直球勝負の直井さん
直井さんと隣の席になった。
彼女はとても寡黙な人だ。いつも無表情で淡々と物事をこなしては一人で過ごしている。
美人なのだけど、話しかけづらい雰囲気を漂わせている。
彼女がクラスの誰かと話しているところを見たことがない。もちろん僕も彼女と話したことはない。
けれどこれから隣の席同士でやっていくとなると、ずっと無言でいるわけにはいかないだろう。
僕は勇気を振り絞って話しかけてみることにした。
「どうも……あの、話すのはじめてだよね?」
「はい」
彼女は唇だけ動かして答えた。視線はまっすぐ黒板を見つめている。
「次の授業は数学かぁ。最近、授業難しくない?」
「いいえ」
「直井さんは数学得意なんだ?」
「いいえ」
「得意じゃなくてもわかるんだ?」
「はい」
「ドラクエの主人公か」
まずい、つい突っ込んでしまった。怒らせてしまったかもしれない。
表情をうかがうと、彼女は顔色ひとつ変えずに言った。
「いいえ」
あくまでその態度を貫くつもりらしい。
それならこっちにも考えがある。
「ものを燃やしたあとに残る物質は?」
「はい」
「酸素を取り込んで二酸化炭素を排出する器官は?」
「はい」
「英語でこんにちはは?」
「Hi」
発音よく返してくれた。意外にノリがいいのかもしれない。
「えっと、じゃあ……」
「人で遊ばないでください」
怒られた。
けれどやったぞ。直井さんから初めて「はい」と「いいえ」以外を引き出した。
「私に話しかけないほうがいいですよ」
直井さんは表情を変えずに僕を見て言った。
いかにもなにか事情がありそうな重々しい口ぶりだ。
ここは踏み込むべきかどうか……いや思いきって聞いてみよう。
「それは……どうして?」
「たいていの男子が声をかけることすらためらうお高くとまった高嶺の花の美少女ですので」
「自分で説明風に言っちゃったよ」
「あなたの顔面偏差値を50とすると私は75ぐらいなのでそこには目に見えない分厚い障壁があります」
めちゃくちゃ言われてるが否定できない。的確な計測だった。
そして思ってたのとずいぶんキャラが違った。
「なんだ、直井さんって普通にしゃべれるんだ」
「いいえ」
「そんなことないよ話せてるじゃん」
「いいえ」
「また戻っちゃったよ」
「わたしに話しかけないほうがいいですよ」
「ループ始まっちゃったよ」
気を抜くとBOT風になってしまう。
もう絡むのやめようかなと思っていると、直井さんは神妙な面持ちで語り始めた。
「私はその……口下手ですので。昔から、なにを考えてるかわからなくて気味が悪い、とよくいわれてまして。ならいっそのこと、考えてること全部直球で言ってやれと思ったんです。そうしたら、いつしか周りから人がいなくなっていました……」
「そうだったんだ……。それって、いったいどんなこと言ったの?」
「ユキちゃんの顔面偏差値を40とすると私は75ぐらいだよねって言っただけなのに……」
「また顔面偏差値の話してるよ。それ美少女キャラが一番やっちゃいけないやつだよ」
「あとはおもにメタ発言とか……あとがきで作者と会話とかもしちゃいます」
「それは友達去るね」
「休み時間になろうのラブコメ読んでるぼっち陰キャのみんな、見てる~?」
「外に向かって煽るのやめて」
直井さんは窓の外に向かって笑いながら手を振った。別にそっちにカメラが置いてあるわけではない。
「でも考えていることを素直に口にするようになってから、とても体の調子がいいんです。もともと私、体調を崩しやすくて……学校に来るといつも下痢だったのに、今はすこぶる快便です。食欲も出てきて肌ツヤもよくなって毎日がエブリデイです」
「なるほど、ストレス解消になってる感じ?」
「そうなんです、言いたいことも言えないこんな世……おっとこの先まで言うと垢バンされますね」
「やめてね? ガチでやばいから」
「本当の私、デビュー! しました。ちなみにこのネタがわかる人は全員おっさんです」
「ごめんもう勝手にしゃべらないでくれるかな」
「あっ、すみません。このように私、言ってはいけないことを言ってしまうんです」
直井さんは申し訳なさそうにうつむいてしまった。
本人も決して悪気があってのことではないようだ。
無視するのは簡単だけども、それだと僕もかつての彼女の友人と同じになってしまう。
「まあ、このぐらいなら僕は気にしないよ。理由を聞いたら、根っからの悪人ってわけじゃなさそうだし」
「えっ……。そんなこと、初めて言われました」
「あ、そう? 今まで悪人って言われてた?」
「好きです」
「いや早いな」
「付き合ってください」
「だから早いよ。急すぎるよ」
「そんな急でもないですよ? 隣の席にイケメンが来て仲良くなれないかなぁ、あわよくば付き合えないかなって常日頃思ってましたので」
「お高くとまった高嶺の花どころかとんでもない俗物じゃん」
「この際フツメンでもいいかなと。TierB−で妥協しようかと思います」
「ゲームのキャラランクみたいに言うのやめてもらえる? それにしても勝手に人のことをBマイナスはひどくない?」
「あっ、そうですよねすみません。じゃあギリギリTierAということで……うっ、急にお腹が……!」
「ごめんもういいよBでも! Cでもなんでもいいよ!」
みるみるうちに彼女の顔色が悪くなっていく。
嘘をつかせてしまうと体調が悪くなってしまうようだ。
「いやでも、いきなり付き合うとかはちょっと。まだお互いよく知らないし」
「では出会ってすぐ合体ではなくお互い素直になれない両片想いのじれじれ路線で行きましょう」
「無理だよね。直球でしかものを言えない人が約一名いるし」
「そんなことないです。あなたのことなんて別になんとも思って……うっ、ガハッ! ゴホっ!」
「ちょっと無理しないで!」
急に危険な咳をはじめてしまった。吐血でもしそうな勢いだ。
そのとき休み時間終了のチャイムが鳴った。青い顔をした直井さんは、お腹を手で押さえながら立ち上がった。
「じ、授業が始まる前に、ちょっと、と、トイレに……」
「大丈夫? 手かそうか?」
「気安く触らないでください。私は心を閉ざしているので……うぅっ、お腹が……」
「続けるんだその路線」
直井さんはふらつきながら教室を出ていった。
……やれやれ。こんな調子じゃ先が思いやられるなぁ。
遠い目をしながら暗転しかけたそのとき、直井さんが慌てて戻ってきた。
「ちょっと待ってこれで終わりにしようとしてる? そこそこキャラ立ってるでしょ? 短編じゃなくてどうか連載にっ!」
「無理だね、君メタ発言するから。ていうかそれしかないじゃん」
「メタ発言のくだりからやり直すからお願い! ちゃんと過去のアテクシかわいそう共感エピソードひねりだしてくるから!」
「いやそれよりもっと前からやり直さないとだめだね」
「面白い! 続きが気になる! と思った方はブックマークと評価をお願いします☆」
メタっているうちに直井さんの顔の血色がよくなってきた。とても生き生きとしている。
僕は次の席替えに期待することにした。
最初丁寧にやろうとしたけどめんどくさくなったパターン
あとがきで作者と会話させて落とそうかと思ったけどあまりに寒くなってしまったのでやめました。