プロローグ
「う…ん?」
雨が降ってきた。
雨、といっても土砂降りの大雨というわけではなく、ぽつぽつとしていて気にならない程度だけど。
普段の人だったら、『本降りにならないといいなぁ』とか、『傘、持ってきたっけ』とか何気ないことを連想するだけで終わる。
変わった人だと、なんでも気温の変化とか、雨が降る前の独特な臭いとか、ツバメが低く飛んでいるのを見て、前兆を感じれるらしいけど、馬鹿な私にはよくわからない。
今回の雨もそんな感じだと思っていた。でも、今回の雨はそんなんじゃなかった。
雲なんか一つもなくて。
近所のスーパーで巣を作ってるツバメは空高く飛んでいて。
頬に降ってきた雨はなんだか生暖かくて。
指で触れると、なんだか粘り気があって。
なんだか鉄の臭いがして。
そして、指についたそれはなんだか赤くて――。
それが、血液であると認識するにはそう時間はかからなかった。
突然の出来事に小さく悲鳴を上げ、尻餅をついてしまった。
なんで?
なんで、血?
「なんで血が、降って、くる、の?」
血。
血液。
生き物の体の中にある液体。
生き物がケガをしないと、外に出るはずのない液体。
「け、が・・・?」
そうだ、ケガだ。
鳥か何かがケガをして、たまたま私に降ってきたのだろう。
そうなのだろう。
しかし、だとしても。
「ひぃ・・・あ・・・」
目の前のものが、関係がないとは言えないだろう。
とっさに周囲を見渡すと――いや、無意識のうちにそれを認識しないよう、脳が安全装置をかけていたのかもしれない――『それ』が目に入った。
膝立ちをしている人と、その横に立つ青年。
膝立ちをしている人は、サラリーマンなのかスーツを着ており、青年は私と同じ高校の制服を着ている。
青年はこちらに冷たい視線をおくっており、膝立ちをしている人の周りには血だまり、そしてその人には。
首から上がなかった。
急激な精神的なストレスにより脳が嘔吐中枢を刺激し、胃の内容物を一気に押し上げられ、吐いた。
見間違いなんかじゃない。見間違えるはずもない。
だって、首からこちらに向かって血が発射されるんだから。
間欠泉のように勢いよく出るそれを見間違えるもんか。
なんで首がないの?
私の頬についたそれは、あれの一滴だったのか。
怖い。
隣の青年は誰なの?
死にたくない。
あの青年が殺したの?
殺されたくない。
殺される?
誰に?あの青年に?
私、殺されちゃうの?
「にげ、なきゃ」
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。逃げなきゃ。
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。
急いで逃げなきゃ殺される!
「あ――」
立ち上がれない。
恐怖のせいか、脚がいうことを聞かない。
「動いて!」
拳で太ももを思い切り叩く。相変わらず、力が入らない。
「ねぇ!ねぇ動いて!」
何回も叩くが変化は見られない。
死にたくない!死にたくない!死にたくない!
こんなところで死にたくない!
「動け!動け!ねぇお願い、動い――」
「ねぇ」
「――」
青年がいつの間にか、私の目の前に立っていた。
氷のように冷たい目。
ぼさぼさの薄花色の頭髪。
アイドルみたいな童顔。
手には血の付いたナイフ。もう片方には瞳孔が開いた生首。
あぁ。
私もこうなるのか。
いやだな、お葬式で首に縫い後が付いた状態で出るの。
お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、ごめん。
いっっっぱい色んな夢話したのに、ほとんど叶えらなかったよ。
クラスのみんな、ごめん。
文化祭、盛り上げようねって約束したのに、守れなくて。
ごめん、皆ごめん。
あぁ、よかった。
最後に私を殺す死神の顔がこんなにも私好みの顔で。
あぁ、でも。
「せめて、男の子とキス、したかったな――」
続きいる?