第四話 取り込まれちゃった
「──なんだ、ここ?」
ライは闇の中にいた。暗闇、暗黒、絶望。瞳は開いているはずなのに、なにも写してはくれない。
「あれ? もしかしなくても、魔剣に飲み込まれた?」
実際、声は響いていない。口を動かしてはいるが、音にはなっていないのだ。
ここは、全てなき虚無なる空間だった。
「んー、どうしょか」
音にならない声で独語する。
なんらかのアクションか、コンタクトがある、とは思う。しかし、それがいつかはわからない。もしかしたら、こっちの精神的限界がくるまでなにも起きないかもしれない。
それはめんどうだな、とライは思う。ただ、めんどうなだけだが。
実際ライは、精神的限界に達したところで、主人公補正みたいなのでなんとかなるとか考えていた。酷くポジティブな男だった。
ただ、
「リィエ──」
「なんだ、まだ死んでないのか」
と、ほんの一瞬だけ表情を曇らせた。その瞬間を狙ったかのように、驚いたようなソプラノ声が虚無にもかかわらず響いた。
来たか、とライは声を張る。
「誰だッ!」
「ん? 意識まで保ってるのか、すごいな」
どうやら相手にも、こちらの声は届いているようだ。ならば手のうちようは十分ある。
「おいそこの、えーと……誰か! 訊きたいことがあるんだがよ、ここって魔剣の中だよな」
「……ああ、そうだよ」
声は不審そうにだが、答えてはくれた。ライはさっさと次の質問をする。
「なんでオレ様はこんなところにいるんだ?」
「そりゃあ、魔剣が見極めてるんだよ、アンタが羊か狼か」
「羊か狼? どういう意味だよ、オレ様は主人公だぞ、こら」
「は?」
ライは真剣だったが、声は戸惑った風になる。それでも声は律儀に答えをくれる。いいやつなのかもな、ライは思った。
「まあいいや。羊か狼かってのは、つまりアンタが喰われるか、アンタが喰うかってことさ」
「喰うか、喰われるか……」
ライは意味を確認するように、言葉を反芻する。声は独り言のように呟く。
「しっかし変だな……。たかが人間ていどの魔力、ていうか精神で、なんでまだ喰われてないんだ?」
「んなもん、オレ様が──」
「しかもアタシの声まで届いてるし……」
ライが最後まで言う前に、遮るように声は続けた。ライは不貞腐れたように視線をそらす。まあ、どこを向こうが真っ暗だが。
姿なき声は未だ、ぶつぶつと呟いている。
「魔王でも、意識は保っていられなかったのになぁ」
と、そこで聞き逃せないようなことをさらりと言ってのけた。さすがにライも慌てる。
「どういうことだよ、それ! まさか魔王は魔剣に意識をのっとられてたってことか?」
「違うぜ。さすが魔王というだけあって、それはなかった。けど、魔剣の力は使えてなかった。魔剣にとっちゃ魔王も所詮は羊ってことさ」
羊と認定されたら、喰われる。喰われずとも、力を使うことはできない──そういうことらしい。そして、魔王は後者。喰われないていどの、だが羊。
通りであの戦闘での魔剣が、しょぼかったわけだよな。力を使えてないんじゃあなぁ。
「──まあでも、オレ様は主人公だしな」
「さっきから言ってるけどよぉ、それなんだ?」
「ぁあッ!? 主人公を知らんのか?」
「ああ、知らん」
まさに驚天動地の大事件! と言わんばかりに驚くライだが、声はあっさりと肯定を示す。ライは頬を掻こうとして、頬がどこにあるかわからないのであきらめた。そして重い溜息を吐いて、そのまま口を閉じずに説明をする。
「主人公とはズバリ、オレ様のことです!」
説明の第一声はウソからだった。しかし、知らないものには、ウソをウソとすら気付かない。
「へえ、種族かなんかか? それなら納得できるぞ。外見が人間に近いんだな、主人公は」
「まあ、そうだな、人間に近いというか、主人公は大概人間だ」
「どんな種族なんだよ? 特徴とか、教えてくれよ」
「そうだな、簡単に言えば──最強の存在でカッコよくて世界の中心的存在であり、まあつまりはオレ様のことさ」
「ふうん、すごいんだな、主人公は」
全くかみ合っていない会話だった。ライはひたすら自分に都合のいいことをいい、相手はそれを疑うこともせず頷く。
やんややんや説明というか、大ボラを続けていると、ふいに──闇が生まれた。
闇。暗いのではない。黒いのではない。虚無ではない。ただ、闇。姿かたちなど、色など、あるはずがないし、そもそも視えてはいない。それでもわかるのだ──そこには闇がある、と。
「なんだなんだ? いきなり」
「これは、なんつうか……魔剣、かな」
「魔剣? だったら、こいつを喰えば──」
「いや、喰うってのは比喩であって、本当に喰おうとするな」
「なんだ、そうか」
つまらん。そんな風にライは息を吐く。そして、ならばと訊く。
「どうすりゃいいんだよ」
その問いに、誰かは口を閉ざす。思案しているようだったので、ライは黙って待った。誰かは、ゆっくり言葉を紡いだ。
「……ダメだったら、死ぬぜ」
「だから?」
「魔王ですらダメだったんだぜ」
「だから?」
「死ぬだけじゃねえ、死ぬより苦しいことになるかもしれねぇんだぜ」
「だから?」
真っ直ぐ、というかなにも考えていないようにもとれる。が、視える。暗闇の中であろうとライの、真剣な瞳が。
「わかったよ、なら、あの闇を掴め。まあ、主人公ってんなら、大丈夫だろう?」
「当たり前だ」
ライは、見えない自分の手を意識する。自分の身体だ、なんとなくわかる。それを闇へと向ける。向ける。近づく。触れ、た──掴んだ。
「ん?」
「え?」
「んん?」
「えぇぇええっ!?」
で、なんにも、起きなかった。闇はライの手におさまり、それだけ。ライは、驚愕にゆっくり口を開く。
「──しゅ、主人公補正」
「いや、ほんとすげえな、主人公って」
声もうんうんと頷いている、気がする。
「え、いいのこれ? ほんとこれで終わり? いいの、オレいいの? 魔剣? いいの?」
「ああ、アンタは魔剣に認められた」
「そ、そうか……ぁはは、あは、ぁハッハははアハははあははははあははははハハハッはハハハハハはハハハハハはハハハハハははあはハッは!!!」
抑えられず、大爆笑。いやそれはもう、心底嬉しそうに笑う。
「はははははははははっはははははははははは……げほげほ、はぁ、はぁ──わ、笑いすぎて呼吸困難に……死ぬかと思った」
──と、なんとなく気付く。もう、ここから出ることができる、と。それは確信に似ていた。
「なあアンタ、名前は?」
今更ながら、声はそんなことを訊いてきた。ライは息を整えて、念のためもう1度深呼吸してから、答えた。自己紹介で噛むのは嫌なのだ。
「オレ様は世界の主人公、全ての主役、ライ・スヴェンガルド様だ」
「ライ、ね。アタシは■■■■だ」
「あん? なんつった、聞こえねえぞ」
「外に出て、もし思い出したらその名を言ってくれ、頼む」
「あ? まあいいけ──」
言葉途中で、ライは闇から浮上した。