エピローグ
そして。
あれから1ヶ月ほどが経った。
まあ、変化はほとんどないのだが。世界はなにも変わらず、回っているのだが。
それも当然。ライたちは敵の存在を、攻撃してくる前に叩き潰したのだから。大ごとになる前に、未然に防いだのだから。
これは、ライにとって誤算だった。これでは自分の存在がアピールできない。主人公の伝説が、全く世に広まらない。
ライは悔しそうに地団太を踏んでいた。
そしてまた別のアプローチの仕方を考えると言って、傷の治療を済ませてから、リィエとフェレスを連れてどこかに行ってしまった。
レオンも後を追おうとしたのだが、ライに
「お前はともかく家族のところに戻れ、絶対に心配してるから安心させてやれ。その後じゃないと連れてかないからな」
と言われ、しぶしぶ故郷に帰った。ちなみにゼルクはレオンのほうに付き合った。
家族と安穏と暮らして2週間。レオンとゼルクは再びライを探す旅へと出たのだが、これがなかなか見つからない。
かわりに、最近話題になっているという噂について聞いた。噂を聞いて、ふたりは最初は耳を疑ったが、真偽を確かめることに決めた。
そしてレオンは、ゼルクとふたりで再び魔王城、その最上階の扉の前にいた。
なぜこんなところにいるのかというと、最近流れ出した噂を確かめにきたのだ。
噂。
噂によれば、なんと魔王城最上階にて――
――魔王が現れた、らしい。
ありえない、とレオンは思ったが、実際に出会った冒険者は幾人もいて、勘違いではなさそうだ。
ならば、大魔王がまだ魔王を隠して創造していた、ということなのだろうか? 時間差で生じるような細工でもしてたのだろうか?
わからない。わからないから、確かめにきたのだった。
ゼルクは慎重に言う。
「レオン、もし本当に魔王がいた場合、どうしますか? 戦力的に、私たちふたりでは心許ないですよ」
「うん、そうだな。だったら少しだけ様子を見て、魔王の強さがどれくらいかだけ確かめたら、すぐに逃げよう。それでライたちを探して、また来ればいい」
「それが最善でしょうね」
「――じゃあ、開けるぞ」
レオンは若干の緊張感を押し殺しつつ、両開きの扉を力を込めて押す。
大きな扉が、ギィと軋む音を響かせて、開く。開く先には――ひとりの人型が立っていた。
ふたりは眼を見張り、即座に戦闘態勢をとる。
が。
「あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! よく来たな、勇者さまよぉ」
それは聞き覚えのある声で、聞き慣れた笑い声だった。なにより、このテンションの人物は――ひとりしかいまい。
「おうおう、なんだなんだ、律儀にオレ様なに様魔王様に負けに来たのかよ、ご苦労なこったなァ」
あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは、とまた大笑いする。
レオンはきっかり10秒間固まって、それから頭をかかえる。
なにを言えばいいか、いや、まずは確認から。そう思い、重たい口を開く。
「……なにやってるんだ、ライ」
そう、自称魔王は、なんと我らが主人公ライ・スヴェンガルドそのヒトだった。付属部品として、悪者っぽい黒マントとかつけていた。果てしなく似合っていない。
ライのほうも、遅まきながらレオンたちのことに気付いた。
「ん? なんだレオンにゼルクか」
しかし懐かしむ反応はかなり薄く、すぐに自分の言いたいことにもっていく。
「はっ、なにをやってるかだと?
あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはァ! 魔王さまと呼べぇい!」
「え?」
「だから、見てわからんか? 聞いてわからんか? 魔王さまさ」
「…………」
レオンはもう本当にゲンナリした調子でため息をつく。ていうかもう帰りたかった。一体自分はなにをしに来たのか、わからなくなってしまった。横のゼルクに至っては絶句し、反応すらできないでいた。
気にせずライは上機嫌に語りだす。まるで魔王のように。
「ジョブチェンしたんだ。第一部の主人公は第二部では何故か敵になってるってのはセオリーだろ? あー、ただし主人公にも理由がなんやかんやとあってしょうがなく、または勘違いによるもんだぞ。ここ重要」
「いや、そういうことじゃなくて――ほんと、なんでそんなことしてるんだよ、ライ」
「考えたら負けだよ、レオン。ライはなんにも考えてないんだから」
「流石に今回はアタシもため息つきたくなるぜ」
呆れ果てたように言って、現れたのは小さな人型と小柄な人型。
レオンやゼルクには久方ぶりの姿、
「リィエ! フェレス!」
「うん、久しぶりだね、レオン、ゼルク」
「元気そうだな――って、天使長さん、なに固まってんだ?」
「いえ、どう反応すればいいのか、わからなくて」
フェレスの疑問に、苦笑も綺麗にゼルクはそう答えた。
なんとも、いつも通りの様相だった。
1ヶ月のブランクなど全くものともせずに、普通に会話を続ける一同。
「で、ライがなにをやってるのかというと――いつもの通り、ただの思いつきによる悪ふざけだよ」
肩を落として、やれやれという風にリィエは首を振る。横でフェレスも同じようにやれやれと呟いていた。
「そっ、そうか」
そこまで真っ直ぐ悪ふざけと言い切られてしまうと、どうにも返答に困る。
やめさせるべきなのだろうか。レオンはコメカミを指で押さえる。放置しても害はないような……いや。
「そういえば、ライ。ここに冒険者が何度か来たんだよな、そのヒトたちをどうしたんだ?」
「ん? ああ、来たな、勇者候補ども。勿論、魔王としてノしてやったさ。ざっと20人はノしたな」
へへん、と何故か自慢げに胸を張るライ。
対照的にレオンは、実害を肯定されて悩ましげにコメカミから額に指を移動させる。
「えっと、ライ、それはよくないんじゃ、ないか? なんの理由もなく、ヒトをその……」
いや流石に殺しはしてないだろうから――殺していては噂が広まらない――逡巡して言葉を選択。
「倒すのは」
「あ? 相手はこっちを殺す気で来てんだぞ、そりゃ返り討ちにするだろぅが」
「いや、そもそもだったら魔王って名乗らなければいいんじゃないのか?」
「今の気分は魔王なんだよっ!」
「き、気分?」
戸惑ってしまうレオン。なんか言い切られると、このまま押し切られそうだった。
リィエがため息を吐きながら、レオンに向かって首をふる。
「もう、処置なしだよ、レオン。わたしとフェレスでずっと説得してるけど、全く聞く耳持ってくれないんだから」
「そうなのか」
「そうなんだよ」
頭痛を感じて、レオンは頭を抱えた。
よくわからないが、ライは魔王を続けたいらしかった。止めても無駄となると――もうほんとに家に帰ろうかな、とレオンは考え始めていた。
そんな時、くすりとゼルクが笑った。
「どうしたんだ、ゼルク」
レオンが振り返って問う。今まで沈黙してただけに、なんだか意味ありげだったのだ。
ゼルクは肩を竦めて言う。
「いえ、ライは隠し事が下手だと思いましてね」
「隠し事?」
「ええ。ライ、あなた本当は世界に未だ魔王が――敵が健在であると誤認させていたいのでしょう?」
「?」
ライとゼルク以外の3人が揃って頭に疑問符を浮かべる。どういう意味だかわからない。
ゼルクは続ける。
「そうすることで、共通の敵を残すことで、種族間同士の争いを考えさせないようにした。そういうことでしょう、ライ」
この世界には元々、魔物とその王、魔王という全人類共通の敵が存在していた。常にその敵を恐れていた人類だが、それは裏を返せば、人類を団結させる要因でもあったのだ。
未だに、種族間の偏見や確執というものは存在する。けれど長い歴史のなかで、1度として争いにはならなかった。それは仲たがいしている余裕がなかったからだ。魔物が魔王が、いつ襲ってくるかわからないという不安要素があったからだ。
それ故に団結していた人類だが――その要因が消え去れば、どうなるだろう?
魔王は消滅した。魔王や魔物を創造していた大魔王も浄滅した。ならば残るは魔物だけで、しかし知能の低く、生殖能力のない彼らだけではいずれ滅びるのは眼に見えている。
そしていつか人々は気付くだろう。
もう、敵はいないのだ――と。
それに気付いた人々は、いかな選択をとるか。
そう考えると、あまりポジティブな発想は浮かばないだろう。
ならば人類には敵を幻視していてもらおうと、そうすれば団結は保たれるからと、そういう発想。
「幸いにも、魔王が多数存在する、という情報はあの大会で広まりました。そして、一般の人々は魔王の正確な数を知らないでしょうから」
最終決戦の場に居合わせた4人にも口止めはしてあるのだから、この策略は、一応は理にかなっています。ゼルクは言って、微笑んだ。
驚愕したのは加担していたはずの、リィエとフェレス。
「「ええ! ライ、そんなこと考えてたのっ!?」」
見事に仲良く合唱して、ふたり同時にライに視線を向ける。
レオンも驚きと敬意の眼差しでライを見やる。
そして当のライは、
「え? ――ああ、うん、そうだよ?」
ぎょっとしてから、すぐに繕うように笑った。
――それは果たして素顔か、それとも演技か。
それに気付けるであろう唯一の家族の反応は、
「ライ――」
「どっちだよっ! その態度じゃあ、判断できねえぞっ!」
フェレスの渾身満身の突っ込みで、有耶無耶になってしまった。
ゼルクもあえてそれ以上は追求しなかったし、リィエも開いた口を閉ざした。
ライはゼルクの発言も、フェレスの問いも華麗に無視して、
「ま、んなことより勇者さま、お前はこんなところまで何しに来たんだ?」
強引に話を逸らす。その逸らし方は、やはりどちらともとれる態度であったが、追求はなかった。ライの声音が、いきなりシリアスへと変化していたからだ。
「魔王がまた現れたって噂を聞いて、それでここに何しに来たんだ?」
「それは――」
レオンは口ごもる。
それは魔王の正体がライだったのだから、もうどうでもいい話で――
「違うだろ。オレ様が魔王だった、なんてどうでもいいだろ。そうじゃなくてそもそもなにしに来たんだ、って話してんだ。
お前は勇者さまでオレ様は魔王さま――向き合ってやることなんざひとつだろう?」
ライは、言ってポケットのやたら多いズボンから、2本のダガーを引き抜く。
右──逆手に持ったダガーを大地に向け、左──順手で持ったダガーを、その右ダガーに添えるように重ねる。正面から見れば、それは銀の十字架。
ライの、本気の構え。
レオンはそれを受けて、戸惑ったような表情をしたのはほんの一瞬。すぐに嬉しそうに腰元の剣を抜く。
「――そうだな、魔王が目の前にいるんだもんな、やることはひとつだ」
「って、ぇえ? シリアスっぽくなにやってんの、ライ、レオン」
普通にそんな風に進行されて、慌てたようにリィエが遮る。シリアスに惑わされるところであった。
ライは気にせず悪びれず。
「はっ。勿論、勇者と魔王がすることさ」
「いや、勇者も魔王もいないじゃんっ!」
「いんだよ! こういうのはノリなんだから、突っ込むな!」
「ええ、逆ギレ!? じゃ、じゃあレオン?」
矛先を変える。
ライの悪ノリはとことん突き進むが、レオンなら話が通じるだろうという考えだが、
「いや、俺も全力のライとは戦いたかったし」
と、苦笑で意志を伝える。
だめだ、止まりそうにない。リィエは引きつった表情でそう結論する。一応、一縷の望みをこめて残りのふたり――フェレスとゼルクに視線をやるが、ふたりとも「やれやれ仕方ないなぁ」みたいな顔をしていた。
そっちにも猛烈に突っ込みたかったが、リィエは自制してライに視線を戻す。
久々の再会をもう少し喜ぼうよ、とか。怪我したら危ないじゃん、とか。無意味に戦ってなにがしたいの、とか。
言おうとして、
「――――」
ああ――だめだ、と。
リィエは理解してしまう。もうなにを言ってもライはきかないと理解してしまう。
だって、ライの顔が、すでに主人公のそれになっていたから。
本気なんだ、とわかってしまう――無論、本気で殺しあうつもりなどないだろうが、けれど本気なのだ。本気で、主人公としてライは戦うのだ。
レオンは、主人公のライバルだから。
「思い返してみると、ライと全力で戦ったことはなかったな。1度、機会はあったけど、あの時は邪魔がはいったしな。
だからこれが主人公とライバルの、最初の戦いだ。
全力で行くよ、ライ」
「はっ――いいぜ、こいよ、こっちも全力だ、なんせライバル相手だしな」
それは、レオンにとってどこまでも嬉しい言葉だった。
ライはニッと八重歯を見せるように笑い、レオンも答えるように満面で笑う。
「はじめようぜ――ライバル」
「そうだな――主人公」
ライは跳び、両手の短剣を振り被る。
レオンは駆け、握る長剣を引き絞る。
転瞬、謳うような刃音を響かせ剣と剣が交わる――これより先、幾百にも及ぶだろう主人公とライバルの最初の戦闘は、こうして火蓋を切った。
◇
むかしむかし、あるところに主人公がおりました。
彼はひたすらに前向きで、どこまでも負けず嫌いで、とっても家族想いの主人公でした。
彼は、彼が主人公だからという理由で、この世界に巣食う魔と戦うことにしました。
その肩にはたったひとりの家族にして相棒が乗り、その隣にはライバルが立ち、その後ろには滅びたはずの天使と悪魔を仲間として引きつれて、彼は歩み続けました。
数々の激闘を繰り広げ、色々なヒトと出会い、様々な試練を乗り越え――主人公は魔王と相対します。
主人公と魔王は、それはそれは凄まじい死闘を演じ、互いにボロボロになりながら戦い続けました。
魔王は言いました。
「お前は何故そこまでするのだ」
主人公は答えます。
「おれが主人公だからだ。主人公になると約束したからだ」
魔王はその言葉を聞いて気が付きました。
この主人公は――主人公ではないと、そう気付きました。
主人公は、本当は別に勇者などではなく、英雄であるはずもなく、魔王なわけもありませんでした。
ただ――主人公になろうと、主人公になると、そう誓い、主人公であることを自分に強いる、前向きで負けず嫌いで家族想いなだけの――どこにでもいる少年でした。
そして、魔王は気付いてしまうと、もうなんだか主人公に負けてもいいような気になりました。
その時点で、決着はついたのでした。
こうしてこの世界から魔は去り、けれど主人公の物語は終わりません。
主人公が主人公であろうとするならば、決して物語は終わらないのです。何故なら主人公を主人公足らしめるのは、物語だからです。物語が終わってしまえば、主人公は主人公でなくなってしまうのです。
主人公は、主人公であろうとします。誰よりも、主人公であろうとします。それを信じてくれる誰かがいる限り、主人公を名乗り続けます。
だから彼は歩みを止めません。決して止めません。
彼は――死ぬまで主人公でした。
死んでも――主人公でした。
これは伝説。
やがて語り継がれる伝説。
主人公であろうとする主人公の、
――そんな伝説。
あとがき
ここまで読んでくれた方々、本当にありがとうございました。
あとがきにこれ以上、書くことはありません。
というかこれ以上書いてしまうと、どうも言い訳になってしまいそうです。
なので、ここらで筆をおかせていただきます。
では。