第三話 VS魔王
扉の先には、なんというか、まあお約束。魔王が仁王立ちしていた。
魔王は感嘆するように告げる。
「早いではないか、聖剣の使い手よ」
「確かめたいことがある、魔王」
相手の発言など取り合わず、レオンは鋭く問う。
「ヒレリア、という村を知っているか?」
「ヒレリア……? 知らぬな、なんのことだ」
レオンは一瞬だけ怪しむように眼を細めたが「そうか」とだけ呟いた。そして聖剣を握り締める。
「それでも──貴様は魔王なんだろう?」
「いかにも、我は魔王。それ以外の──何者でもないわッ!!」
魔王の威厳に満ちた宣言が、合図だった。
レオンが跳んだ。魔王が魔剣を引き抜いた。聖と魔を司る剣が、交錯する──
「さぁってと」
扉の前で、ライは乾いた唇をなめていた。視線の先には剣を交える魔王とレオン。肩のリィエに視線すら向けず、話しかける。
「おい、リィエ。1回くらいはいけるか?」
「うー、なんとか」
「よっし、じゃ頼むわ」
やたら多いポケットからダガーを2本取り出して、重ね合わせる。それを確認したリィエがくるりと指を舞わす。
「ん、さんきゅ。お前は休んでろ」
ダガーに風が宿ったのを確認して、ライはリィエを肩から下ろす。
最後に、リィエは弱弱しく微笑んで言う。
「ライ、がんばって」
「ああ」
頷いて、ライは風より速く駆けた。
「弱いな、弱い弱い、弱いぞ人間」
魔王が呪詛のように囁く。レオンの表情は苦い。幾度かの剣戟──また鍔競り合う。押し合いになってくると勝ち目はなくなる。人間が魔物に、膂力で敵うはずないのだから。
魔剣に、さらなる力が込められる。
「剣の技量だけでも、我には遠く及ばない。弱い、弱いぞ聖剣の使い手よ!」
魔剣に、聖剣が押され──
「ッ!」
魔王が一気に飛び退く。今の今まで魔王がいた空間に、一陣の風が通り過ぎた。
「カッ! やっぱ、不意打ちなんて効かんか。まあ、主人公には似合わんしな」
風の如き鋭い斬撃を振るった者──ライが吐き捨てる。それに対し
「貴様は……何時かの五月蝿い人間か」
魔王はどこか疲れたように呟いた。
そんな言葉は耳に届かず、ライはニィと唇の端を歪める。
「本気でいくぜ魔王、オレ様の英雄譚──その礎になりやがれッ!」
いつも通り一方的なことを言い放ち、両手のダガーを構える。
右──逆手に持ったダガーを大地に向け、左──順手で持ったダガーを、その右ダガーに添えるように重ねる。正面から見れば、それは銀の十字架。
リィエだけが知っていた。それは、ライが本気で戦う時の構えだと。
「いくぜ!」
ライは雷のような疾さで魔王の眼前へ、そのまま右側へと振りかぶった両手を振りぬく。
「ぐ」
そのスピードに呻きながら、魔王は漆黒を生み出し、風のダガーを受け止めようとする。が、いかんせんライの攻撃は速過ぎた。漆黒が十分な盾となりきる前に、ライはダガーを薙ぐ。
傷は浅い。だからどうした。だったらもっともっと、斬り裂けばいいだけのこと!
ライの猛攻。
魔王は魔剣だけではついていけず、漆黒を駆使してどうにか防ぐ。時に漆黒が槍をかたどり、反撃を幾度か試みたが、全て見切られる。
逆にライのほうは全ての攻撃をひらりと避け、かわりに着実に魔王へとダメージを与え続ける。
なんなのだ、この人間は。魔王の頭に、そんな疑問がひしめく。しかし答を導くだけの思考を、する暇もない。故に、魔王は猛ったように叫ぶしかできない。
「キサマァ、何者だァァアッ!!」
「は」
つまらない。そんな風に口を動かして、しかし律儀にライは答えてやる。
「オレ様は──主人公だよッ!」
言葉に合わせたように、別方向からの斬撃が降る。
「はッ!」
「くぅ」
レオンが、割り込むように聖剣を魔王に叩き込んだのだ。勿論、漆黒に遮られて表皮に届いてはいない。が一瞬、魔王の気はレオンに向く。隙。
「らぁッ!」
ライの風の刃が、漆黒の薄い部分を突く。
しかし。
そこで爆発したように魔王が激怒する。
「魔王たる我を、侮るなッ!」
激昂が、漆黒となる。その漆黒が魔王を中心に球形となり、ライとレオンを吹き飛ばす。
「ち」
「く」
それぞれ呻いて、それぞれどうにか受身をとる。
ふん、と勝ち誇ったように魔王は嗤う。
「我が漆黒を貫けぬ限り、貴様らに勝利はないぞ」
端的に言えば、劣勢だった。
刃は全て球形の漆黒に阻まれ、どうしようもないくらいダメージが通らないのだ。そのくせ、魔王の魔剣や漆黒は地味に痛い。特に漆黒の手数の多さはヤバイ。ていうか、なにより漆黒での篭城はセコイだろう。
「どうする、ライ」
腕やら脚やら腹やら、いろんなところを負傷しているレオンが、攻防の僅かな合間に問いかける。ライは口早に答える。
「今までの戦闘がその聖剣の覚醒を促している──」
「本当かっ!?」
聖剣が覚醒すれば、きっと勝てる。レオンは希望を見つけて、無邪気に歓喜した。が、
「といいなあ」
一気にやる気が削がれた。気にもとめず、ライは神妙に言葉を続ける。
「ということで、覚醒するため──逝けレオン!」
なんだかニュアンスが違う。レオンが思った時には背中を押され、魔王の前に放り出されていた。驚いて後ろを振り返ると、ライは全速力で走っていた。てか逃げ出していた。
「え、えぇぇえっ!?」
レオンは何がなんだかわからない、という風に叫ぶ。遠くで見ていたリィエも、ない力を振り絞って突っ込んだ。
「さ、最低だー」
魔王は心底呆れていたが、とにかくレオンに魔剣を向ける。
「まあ、あの人間はよい。聖剣の使い手、貴様さえ滅ぼすことができれば、な」
雰囲気が壊れかけたが、どうにか魔王によって立て直す。レオンも、シリアスに聖剣を握り締める。
「くそ。聖剣、聖剣っ! 頼む、力を貸してくれ! 俺はお前に誓ったんだ、魔王を倒すと! こんなところで死ぬわけには──いかないんだッ!!」
「無駄だ、人間! これで終わりだ!」
必死の叫びも、魔王はせせら笑う。
漆黒を纏う魔剣が、死が──来る。
しかし。
「ふ。The・主人公アイテムたる聖剣を、見くびるなよ?」
ライは確信していた。ここは、この場面は、この状況は、間違いなく……!!
──そして、聖剣が光り輝いた。
「な? これは……」
「まさかッ! 聖剣の覚醒か!?」
レオンと魔王が、ともに驚愕を声とだす。そして、魔王は聖剣の光を嫌い後方へと逃れ、レオンは不思議そうに聖剣を眺める。
「はっはっは、ふは、ふはっはっはっはっはっはっはっはっはっはー!」
笑い出したのは、完全第三者であるライだった。何故そこでお前が笑う。魔王とリィエの心中はその瞬間だけシンクロした。
「今だレオン! やれェェいッ! ぶっ殺せ!!」
なんか、このまま裏切られる敵役みたいな態度だった。つまり調子に乗りすぎだ。
レオンはそれが聞こえていないかのように、ただ呆然と聖剣を眺め続けていた。さすがのライも少し不信を感じる。
「あ? どうかしたのか、レオン?」
「……え? あ、やっぱりここから?」
よくわからない、おそらくライへの返事ではないことを、レオンはぶつぶつと呟いていた。呟きは続く。
「名を? 君の? わかった。君の名を言葉にすれば、いいんだね?」
「!」
そこで、魔王が焦りをあらわに、レオンへと躍りかかった。
「させんぞッ!」
「出て来い──ゼルク!」
言葉を、奏でた。瞬間、聖剣の輝きが、爆光となり全てを包み込む。視覚すら焼くその光は一瞬の内に収まり、聖剣のうちに集束する。そして、レオンの隣には──
「外は随分久しぶり、ですね」
天使がいた。
「え、とぉ?」
「ん、んん?」
「これが、て……んし」
「すごい……」
魔王すら混じって、4人は驚倒する。
天使──男、金髪碧眼はレオンよりもずっと澄んだような感じであり、長身長髪の超美形。真っ白な法衣。そして決定的なのは、背に負った純白な翼。あと、金色の輪を頭の上に浮かしている。
誰がどう見ようと──天使だった。
「待てぇい! 天使は絶滅した種族だろぅがッ!」
「ふむ、その見解は惜しいですね。私を除いた天使は、確かに絶滅していますから」
ライの疑問に、柔らかく天使が答える。その答に新たな疑問が生まれる。
「なんで、アンタだけは生き延びてんだよ」
「とある敵を滅ぼすために、私だけは聖剣の内で寝ていたのですよ」
またまた疑問は出てきたが、そんなことを細かに訊いていては時間が足りない。そしてなにより、魔王の剥き出しの殺気に質問は中断せざるをえなかった。
「まあ、訊きたいことは山ほどだが、それは置いておくとして、いっこだけ答えろ。アンタは味方か?」
「それは大丈夫だよ、ライ。ゼルクは俺たちの味方だ。な、ゼルク」
「私は、私を解放してくれたあなたに味方します、レオン」
「なぁら、構えろ。相手さん、痛いくらい殺気だしてんぜ」
その言葉でライ、レオン、天使──ゼルクの視線が魔王へと定まる。魔王は数的劣勢を気にした風もなく、顔を歪ませ笑う。
「聖剣の使い手、それに天使か。──だが、我は魔王! “漆黒”の魔王! 全てを闇へと飲み込む“漆黒”! 負けなど、あり得ぬはッ!!」
「カッコよく決めてるところ悪いが──オレ様のことも言えよ!」
「ライー、空気読もうよー」
魔王が格好良く決めたというのに、やはりライとリィエはどこまでもマイペースだった。それにレオンが小さく苦笑。無駄な力を抜いたところで、聖剣を構える。
「いくぞ、魔王! 俺たちは、勝つッ!!」
そして、思い切り跳び掛り、振りかぶる。魔王は、聖剣のチカラを見極めるためか漆黒で受けて立つ。
「はッ!!」
レオンは聖剣を振りぬいた。魔王は倒れた。
「──へ?」
ライは思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。それも当然だろう。あれだけ格好つけていた魔王は、ただのひと振りでやられてしまったのだから。
「まてまて、え、なにこの状況。てかその聖剣は一体全体なんなんだ?」
「聖剣です、これくらいの威力はあるでしょう」
混乱の極みなライに、ゼルクは当然といった風で答えた。
ライは思った。今までの苦労は、なんだったのであろう、と。
レオンの方は、うな垂れているライと打って変わって、わなわなと歓喜に震えていた。
「や、った、やったぞ。遂に、魔王を倒したぞ!」
軽く涙を滲ませて、レオンは勝利に喜ぶ。よほどなにかあったのだろうと、思わせる態度ではあった。ライはわかっていないようだが。
「ふ、我を倒したからと言って調子に乗るなよ、聖剣の使い手」
致命傷に倒れ伏した魔王は、それでも威厳を損なわずに喋りだす。
「すぐに第2、第3の魔王が現れ、その聖剣を奪うであろう。ふはははははは」
「なんつう負け台詞……」
馬鹿にしたように、ライは言ってやる。が
「なんだって? 魔王が、まだいるというのか?」
レオンは純粋な子だった。負け惜しみな言葉すら真に受ける。
「その通り。魔王など、我を含めて7体おるわ! そして、我らの上には──大魔王様が、いる」
「なんだそのとってつけたような設定はっ! てか連載を引き伸ばされた漫画の展開だよ、それは!」
ライの叫びのようなツッコミ。無視される。
「魔王が、7体。それに、大魔王?」
「レオン、彼の言っていることは本当ですよ。私はその大魔王を滅ぼすために、眠っていたのですから」
「しかもマジ話だったよ!」
神妙そうに、レオンとゼルクは会話を交わす。めげないライも突っ込む。無視される。
「ふはははは、聖剣の使い手よ。圧倒的な力に貴様がどう足掻くか、死した後に聞こうか、ふは、ふははははははははははははははははははッ!!」
そして魔王は、“漆黒”の魔王は、笑いながら消えていった。生きた証もなにもなく、魔王は完全消滅したのだった。あとに残るは、魔剣だけ。
「って、そうじゃん! 魔剣!」
かつてないスピードで、ライは駆けた。目指すは勿論──
「魔剣じゃーーっ!!」
「な? いけない! 魔剣にはおそらく悪魔が──」
叫びで気付いたゼルクが静止の声をかける。が、それで止まるライではなかった。
魔剣に、触れる。魔剣を、握る。魔剣が、震える。
──魔剣は、笑ったような気がした。
ずっと静観していた、
「ライーーーーーッ!!」
リィエの悲痛な叫びだけが、響いた。