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第三十八話 VSラスボス・下



 静かに、大魔王は語る。


「どちらかが挫けそうになれば、もうひとりがそれを支える。たとえもうひとりが挫けそうになっても、またもうひとりが変わらず支える。

 互いが互いの支えとなり、折れることのない意志をもち続ける。そして、ふたりで在ることで全力を超えた力を発揮する。そう、神に挑むという愚行さえできるほどの力を。

 そちらふたりは、本当の相棒関係なのじゃな」


 ライとリィエの姿が眩しくてしょうがないというように、大魔王は眼を細める。ここまで強い絆を、大魔王は見たことがなかった。

 だからこそ残念だというように、大魔王はゆっくりと首を左右に振る。


「じゃが、やはりそれは愚行じゃ。立ち上がれるのなら、立ち上がるべきではなかったのじゃ。立ち上がってしまったから、そちはここで今度こそ殺される」

「勝手なことばっか、言うんじゃねえよ」


 しぼり出すように、ライは言葉をつくる。抗うための言葉を。負けないための言葉を。


「オレ様は、主人公だぞ……てめえ、ラスボスなんかに、負けるわけ……ねえだろ」


 やっとのことで発した声に力はなく、足だって震えていて、息は荒れている。風が吹けば、軽く押してやれば、倒れて死に果てそうな様。

 けれど、眼光だけは衰えず、ギラギラと不退転を燃やしている。


「勝つ、勝つ、絶対勝つ――約束は、護るためにあるんだからな」

「…………っ」


 凄絶な輝きを放つ瞳に、大魔王は息を呑む。

 何故。

 大魔王は自問する。

 何故こんな卑小な生物に気圧されている。大魔王ともあろうものが、神ともあろうものが、何故、気圧されている?

 なんなんだ、あの眼は。何故、満身創痍の体であんな眼ができるのだ。大魔王は、生まれてはじめて理解できないものと出会ったのかもしれなかった。


「よくも、まあ……そんな死に体で強がれるものじゃな。驚嘆に値する精神力じゃ」


 大魔王はその動揺を、言葉をもって打ち消す。現実という言葉を紡ぐことで誤魔化す。


「じゃが、心ばかり奮わせておっても、身体がついていけてないぞ、ライ」


 そう――現実問題、ライはズタボロ。

 いくら強がってみせようが、眼光をギラつかせようが、身体はもうとっくの昔に限界なのだ。疲労困憊で、死亡寸前なのだ。

 動けるはずがない。いや、立っているのも限界だろう。もう瞬きさえも辛いはずだ。呼吸を繰り返しているだけでやがて倒れるだろう。

 だというのに、ライは口元を笑みの形のままに言う。絶対の自信を持って、己が名を宣言する。


「は――オレ様を誰だと思ってやがる? オレ様は――」


 が。


「間に合いましたか! 全員、生きていますね!?」


 ライの大見得きりに割り込むかたちで、ゼルクが転移で帰還しながら声を張った。

 それに気付いて、フェレスも声を上げる。


「天使長さんっ! あんた、今までなにしてやがったっ!?」

「…………」


 ライはシリアス調とはいえ、口上を中断させられ、少し拗ねたように口を尖らせる。しかし、次のゼルクの台詞でそんなものは吹っ飛んだ。


「ええ、勝ちを決める最後の一手を――連れてきました」

「連れて、きた?」


 ライは鸚鵡返しに繰り返す。言葉の意味が、把握できない。

 この状況で勝つなどと大言を吐けるということも大概だが、さらに連れてきた、とはどういう意味だ。その場の全員が疑問を抱く。

 その疑問の解答は、すぐに示される。


「なんだぁ? 死に掛けてんじゃん、ばか弟子」


 それは、ニタニタと笑うヴェンデッタ・ストライト。


「真打登場ってな」


 それは、どこまでも強気なグリオ・カータン。


「助力を申し込まれ、馳せ参じましたよ」


 それは、変わらず丁寧な態度のツィテリア・ハルベル。


「情けありませんわね」


 それは、やれやれと肩を竦めるリーリア・クラウゼナ。


 それは、ライたちの物語に関わり、時にともに戦った、戦士たち。この長い物語の脇役たち。

 勿論、真っ先に浮かぶのは疑問。解答からさらなる疑問が生じる。

 なんでここにいる。こんなところにいる奴らじゃない。こんな戦いに参加していいような奴らじゃない。

 なんで、


「お前ら、なんで……っ?」

「なんで、とはライ、愚問ですね。最終決戦、絶体絶命のピンチにこれまで敵として戦った者や味方として戦った者が駆けつける――王道でしょう?」


 ゼルクが茶化すように肩を竦めた。


「まあ、実際は念のために、私が頼んでおいたのですよ。いずれ力を借りる時がくるかもしれない、と。それで中央都市の、あの私たちが休んだ民家に今日の間だけ待機していただいたのです」

「そんなこと、いつの間に……いや、そうじゃねえ! んなの意味ねえだろっ!」


 ヒトは、神に攻撃することができない。攻撃しようという意志をもつことさえ許されない。

 それは、ヒトが創りだされた時に科せられたルール。

 ならばいくら援軍を呼ぼうとも、敵が神で援軍がヒトであるならば意味なんかない。

 大魔王も首肯し、薄く笑う。


「ライの言うとおりじゃ、数を増やしてもどうにもならんぞ」


 ただ、ゼルクだけが静かにそれを否定する。


「そうですかね? 私はかつて神より告げられました。『奴を倒すために7種族全てが必要だ』と。そしてあなたは聖剣と魔剣を見て、言いましたね、『出来損ない』と。

 ずっと、ずっと考えていました。何故7種族が揃わないと大魔王は倒せないのかと。何故私は生かされたのかと。

 7種族のヒトに、どんな意味があるのか。聖剣と魔剣は既に存在しています。そのふた振りさえあれば勝てるのではないのか。ずっとそう思っていました」


 大魔王はなにも言わない。


「しかし、あなたはその神殺しの剣を――出来損ないと言いました」


 大魔王はなにも言わない。


「出来損ない。

 一体、なにが損なわれたのでしょうか? 聖剣と魔剣には一体、なにが欠けていたのでしょうか?」


 大魔王は、なにも言わない。


「考えましたよ。

 7種族が必要で、聖剣と魔剣は出来損ない。そのふたつを考慮しますと、聖剣と魔剣の欠落を7種族が埋めると考えつくのは道理でしょう。

 しかしそれはどう埋めるのか。おそらくこれは神に与えられたチカラ、魔術でしょう。

 そしてならば聖剣と魔剣の欠落とはなんでしょう? これは完全に推論でしかありませんが、聖剣と魔剣は元々ひとつの剣だったのではないか――どうですか?」


 確認のように、しかし確信のようにゼルクは美麗に微笑んだ。

 それを受けて、大魔王は弾けたように喋りだす。魔王であるが故に語りだす。


「ふ、ふはは、よくぞ辿りついたのう、その結論に。流石はあの戦争で唯一生き残った天使、といったところかのう。

 そちの言うとおりじゃ。元はひとつの神殺しの剣を、ワラワがここに封印される寸前に砕いてやろうとしたのじゃ。じゃが、剣は砕けず、神殺しはふたつの剣となって残り、ワラワはそのふたつの剣により、死にはせんかったが封印されたのじゃ」


 聖剣と魔剣では神は殺せない。何故なら、完全な神殺しではないから。

 大昔、神を殺すための剣をもちい、けれど殺せずに封印という中途半端な形で終えたという。その理由はこれだったのだ。

 言われてみれば誰かが思いつきそうなものだが、1本1本がそれぞれ強力すぎたために、その上があったなどと誰も考えもしなかった。

 大魔王は説明を終えると、すぐに亀裂のような笑みを浮かべる。


「しかし、そうであったとして――どうするつもりじゃ?」

「決まっています! リィエ、フェレスこちらに! ライ、聖剣と魔剣を寄越してくださいっ!」

「わかったっ」

「! ああっ」

「おう!」


 叫びに、リィエとフェレスは即座に動き、ライは聖剣と魔剣を放り投げる。中空に飛来する聖剣と魔剣は、風が運びゼルクの手に渡る。

 ここに、7種族全てと聖剣、魔剣が揃った。あとは、神殺しをヒトの手で造りなおすだけだ。

 しかし無論、そう簡単にことが運ぶはずがない。大魔王は、目の前にいるのだから。


「そんなこと、させると思うておるのか?」

「はっ、邪魔すんだろ? だからオレ様がいるってことを忘れんな――オレ様は7種族のどれでもねえ、つまり剣の再生にはいらねえ、だからこそ戦える!」


 ライはズタボロの身体で強がって見せる。だが、強がるとはいっても、明確な目的と勝機を見出し心はさらに奮い立っていた。そして、戦友たちの思いがけない登場で、ライは身体の痛みをほんの少しだけ忘れていた。

 背負うものが多ければ多いほど、重ければ重いほど、ライは強くなる。

 どこまでも主人公体質な男だ。

 それでも大魔王の進行を邪魔することなどできはしない――大魔王は単なる事実として言う。


「そちひとりが阻もうとも無駄というものじゃ、この死に損ないが」


「――ひとりじゃ、ないさ」


 ライと大魔王の舌戦の最中、第3の声が割り込む。無粋な声のほうに、ふたりの視線が送られ、


「俺だっている。俺だって戦えるっ!」


 そこには――レオン・ナイトハルトが、立っていた。胸を張って、しっかりと大地を踏み締めて、揺らがぬ瞳で大魔王を見据えていた。

 一瞬だけ呆気にとられたが、一転、大魔王は笑い出す。


「はははっ! そうか、立ち直ったか、立ち上がったか、立ち向かうか、人間! 存外、やるではないか、人間風情にしてはじゃがのう。

 じゃが、ヒトの子がワラワに刃を突き立てることなどできんと、まだわからんのかえ?」


 侮蔑するように、見下すように、心を砕くように、大魔王は嗤う。

 お前の行為は無駄だと。お前の意志は無駄だと。お前の存在は無駄だと。そう告げるかのように。

 けれどレオンはその魔気を、神威を、悪意を跳ね飛ばす。


「そんなのっ! そんなの知らない! 俺はお前を倒す!」

「は。大した精神論じゃな、滑稽な」

「精神論上等じゃねえか」


 ライはニヤリと笑って、なにがおかしいと強気に言ってのける。


「主人公ってのは、最終的には根性論で戦うんだぜ、知らなかったのか?

 立つことができる。拳を握ることができる。こうやって笑ってやることだってできる。戦えない、理由がねえ!」


 なにより、その隣には仲間がいて、その背には家族がいる。


「だからッ! 勝てる!」

「……本当に、愉快じゃのう」


 大魔王は感服するように口元を綻ばす。こんな敵と戦えることが、嬉しかった。こんな愉しい者たちは、そうはいない。だから大魔王はあえて時間稼ぎに付き合うことにした。そのほうが、きっと面白いから。ライという男の面白さが発揮されるだろうから。





「おぅおぅレオン、怖いんなら主人公に任せて逃げてもいいんだぜ?」


 皮肉か、はたまた心遣いなのか、振り返らずライはそんなことを言う。

 レオンはにっこり笑って、それを拒否する。そんなことは絶対にできないと。


「ありがとう、ライ。でも、俺はもう逃げないよ。ここで逃げたら、俺は主人公のライバル失格だ。

 それに――」


 視線を笑む大魔王に向け、聖剣を持たぬ拳をかたく握り締めて、


「俺の故郷を襲い、ライをこんなにボロボロにしたあいつを――1発殴ってやらないと気が済まないんだっ!」


 レオンは、いつものようになんのけれんもなく愚直に駆け出した。







「今から私たちは神の真似事をします」


 ゼルクは厳かに、けれど早口で告げる。そして全員の顔色をゆっくり見回してから、続ける。


「いいですか? 全員、術をこの2本の剣にありったけ注いでください。魔力の限り、全てです」

「しかしならば私は、どうすればよいのでしょう?」


 人間であるツィテリアは困ったように問う。人間は、魔術など扱えない。

 ゼルクはその問いを予測していたようで、すぐに答える。


「人間はですね、知らないでしょうけど、6種族のチカラの間に立ち、取り持つことができるのですよ」


 人間――ヒトの間に在るもの。

 全ての種族に類似し、けれど違う。全ての種族の間をとったような、間に立つ種族。


「だからあなたには、聖剣と魔剣を重ねた状態で持っていて欲しいのです。それでこそ、6種族の魔術はひとつになるでしょう」

「……わかりました」


 ツィテリアは聖剣を右手に、魔剣を左手に受け取って頷いた。2本の折れた剣を、くっつけるように重ね合わせる。

 ゼルクはやはり早口で言いながら、重なった剣に触れる。


「他に質問はありませんね。

 では、やりますよ――できるかぎり、急いで」


 7の種族の者たちは、それぞれ剣に触れ、眼を閉じた。







「ワラワを、殴る? このワラワを? 大魔王であるワラワを? 神であるワラワを?」


 レオンが接近してくるのも気にせず、大魔王は口を回す。愚者の妄言を馬鹿にするように呵呵大笑する。


「あはっ、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!

 笑わせる。何度言えば理解するのじゃ愚か者。そこまで愚かじゃと笑いを堪えるのも一苦労じゃ」


 レオンは、委細構わず前進する脚を止めない。

 その姿に、大魔王はなにを思ったのか――不意に脱力する。


「よかろう、百聞してわからぬならば、一見してわからぬならば、いくらでも挑んでくるがいい人間。そして! その度に絶望を噛み締めるがいい!」


 大魔王は防御の姿勢も避ける意気も放棄して、逆に無防備にも両腕を大きく開いてみせる。言葉通り、レオンの無謀なる挑戦に受けて立つようだ。

 レオンは大きく右拳を振り被り、走る勢いも乗せて――神にむかって殴りかかる!


「ゥオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオ!!」

「無駄なことを」


 レオンの雄叫びを、大魔王は嘲笑う。自らに拳を振りかぶるヒトに、神はただ嘲弄を向ける。

 ヒトは神に攻撃することはできない。それがヒトに科せられたルールだから。それが世界に敷かれたルールだから。

 その通り、レオンは拳を突き出した姿勢のまま、大魔王の目前で眼前で止まってしまう。息さえかかる位置に拳はあるのに、そこから前へは進まない。

 心の底のなにかが脚をせき止め、拳を掴む。前へ進めと心が叫ぼうと、もっと奥のなにかが止まれと令する。


「くっ! そぉ!」


 レオンは踏み込む。前へ、前へと突き進む。だが拳だけはもう1ミリだって前へは進まない。まるで見えない壁があるかのように。見えない手で受け止められているかのように。見えない鎖で雁字搦めにされているように。

 ただ絶対に――神に触れることだけはできない。


「無駄じゃ、そちが人間でワラワが神である限り、そちの拳は届かない。絶対に届かない」


 諦めろと、神は言い続ける。人間の脆く崩れやすい心を突き刺すように、言葉を放つ。精神を壊すように、毒を込めた言の葉を放つ。

 絶対に勝てないから。勝つ前に触れられないから。触れる前に対峙できないから。対峙する前に思えないから。

 だって、人間だから。だって、ヒトだから。だって、ルールだから。

 だから諦めてしまえ。

 精神に直接叩き込まれる諦観の感情。諦めろと暗い声で常時囁かれる。

 大魔王の全力の精神攻撃に、レオンがやはりダメかと顔を落とす。奮い立たせた心が、あえなく挫けそうになる。

 ――そこでライが叫ぶ。


「レオン、テメエ、オレ様のライバルだろうがッ! ここで決めないで、どこで決めるッ!? 

神なんざ――ブッ飛ばせッ!」

「! ……ああッ!!」


 主人公の混じりけなき激励。

 それにより立ち上がった理由を思い出す。ライとともに歩む未来を思い描く。一瞬前など忘れて、ただ次を想う。

 諦めそうになったのなら、また心を奮い立たせればいい。

 何度でも、何度でも、何度でも。

 主人公のような鋼の意志力はもっていない――レオン・ナイトハルトは主人公ではないから。

 けれど、主人公が横にいれば、何度でも立ち上がれる――レオン・ナイトハルトはライバルなのだから。

 だからっ!

 動かない拳に、気合を込める。震える脚に、活を入れる。燻った魂に、炎を灯す。

 ――いける、いく、いこう! 主人公の、ライバルならばッ!!


「破ァアッ!!!」

「――ぇ?」


 ゴガン、とレオンの拳は大魔王――神の頬に突き刺さり、全く無防備だったその身を思い切り殴り飛ばした。

 大魔王がまるで普通のヒトのように吹き飛び、地面に落ち、転がって、止まる。本当に無警戒だったらしく、受け身のようなこともできていない。

 史上初、前代未聞、空前絶後。


 神がヒトに殴り飛ばされるなど!


 そんな過去が存在するわけもなく、そんな未来もありえない。ただ1度の現在、この場においてのみ起こってしまったパラドックス。起きてはいけないルール違反。

 聞けば世界の誰もが驚愕する。否、驚愕などという弱い言葉では言い表せないだろう。きっと誰かが新しい言葉を作り出さねば言い表せないほどの驚き。

 そして勿論、最も驚いたのは殴られた本人。


「? ――!?!?」


 理解不能といった風情で、意味不明といった様子で、複雑怪奇といった表情で、大魔王は現状の把握を一切できていなかった。把握できないままに、とりあえず立ち上がり、とりあえず殴られた頬を撫でる。

 ズキリ――と感じたのかはわからない。

 ただ、その姿勢のまま放心したように動かない。


「は――よくやった」


 ライはニッといつも通りの笑みを浮かべながら、できるかぎり最高の賞賛をくれてやる。


「お前は、見事にライバルとしての役目を果たした。

 噛ませ犬ポジションなんかじゃねえ。もうだめだ、も言わずによく戦い抜いた。十分だ。十分、オレ様のライバルだ。

 ――お決まりのセリフをどうぞ?」


「後は――任せた」


 レオンは最後の力を振り絞ってそれだけ告げて、糸が切れたように崩れ、倒れた。


「おう、任せとけ」


 自信満々に応えて、その言葉を終えた、その瞬間にライは腹部に強打を受ける。


「ッッゥ!」


 それは純粋な暴力だった。大魔王の迸る怒りが込められた痛烈な拳――拳打は一撃では終わらず、2撃、3撃と続けざまに、結局7度の殴打を受け、ライは膝から力を失くして前のめりに崩れ落ちる。

 

「まだじゃ」


 言って、大魔王は手をかざす。

 その手に生じるは剣。創った剣を握り、倒れたライの背中目掛けて躊躇いなく突き刺す。


「がッ!」


 ライの苦悶の悲鳴。服が破かれ、皮膚が裂かれ、肉が斬られ、骨を砕かれた。猛烈な、痛みだけで死にそうになるほどの苦痛だった。

 剣を墓標のように突き立てたことで満足したのか、大魔王は一旦手を止め、息を吐く。


「まあ、こんなものかのう」


 どうも放心から立ち直った次に、発せられたのは怒りだったらしい。それをライを殴り、剣を突き刺すことで溜飲を下げた。

 元の沈着を心に戻し、花の綻ぶような笑みを浮かべて大魔王は言う。


「さてまだ立ち上がるかの、ライ。いや無理じゃろう。先ほど立ち上がったのが最期に振り絞った死力じゃろう。もうそちにはなにも残ってはいまい」

「ばか、が。聞いてなかったのか?」


 大魔王の精神攻撃を遮り、背中に剣を突き立てたままに、ライは両腕に力をこめる。身を起こそうとし、できそうになかったから顔だけでも大魔王へ向ける。表情は勿論、不敵に笑っている。


「ライバルに……任された主人公が、そう簡単に倒れるかよぉ」

「っ!」


 ズガンと思わず大魔王はライの顎を蹴り抜く。

 反射的に蹴っていた。ライに、これ以上喋らせていたくなかったから。これ以上喋らせてしまえば、なにか取り返しのつかないことになると、そう直感したのだった。

 

「おいおい……話してる最中に野暮なことすんじゃねえよ」


 もう血反吐を吐きながら、ライはそれでも減らず口を叩き続ける。

 身体中、全身隈なく痛いはずだ。痛くて痛くて堪らないはずだ。苦痛に苦痛を重ね、想像を絶する激痛に苛まされているはずだ。神経は焼き切れたように辛苦を訴え、筋肉は稼働限界を超えて停止を叫び、骨だっていたる箇所が折れているか砕けているだろう。

 死んでいるべきで、死すべき重体で、死に体よりもよっぽど死に体のはずで――それでもなお、


「オレ様は、もう挫けねえよ」


 それでもなお、そんなことを言う。そんな姿を見せる。そんな眼をする。

 ゆっくりと――ライ・スヴェンガルドは立ち上がる。


「まだ――まだ立ち上がるのか、まだ戦うのか、ライ・スヴェンガルド」


 もう――それは、すでに侮蔑を通り越して恐怖すら滲む言葉。

 何故そこまでできるのか。大魔王には皆目検討がつかなかった。


「そちはすでに動いていることすら不思議なほどに損傷しているはずじゃ。ワラワの剣を重力を殴打を受け、聖魔の剣の加護を失い、幾度も地に叩きつけられ――

 ――それでも、それでも、それでもそれでも、それでもっ!

 まだ戦うのかッ! ライ・スヴェンガルドッ!!」

「っせえ! オレ様は、主人公だぞ! 主人公は絶対諦めねえんだよッ!!」


 諦めない。諦めない。諦めない。

 ライ・スヴェンガルドは決して諦めない。

 たとえ相手が大魔王だろうとも。

 たとえ相手が神だろうとも。

 たとえ武器をなくそうとも。

 たとえ身体が苦痛に悲鳴を上げようとも。

 たとえ圧倒的な力の差を見せつけられようとも。

 たとえ何度打ち倒され死に掛けようとも。


 ライ・スヴェンガルドは――絶対に諦めない。


 任された――ともに戦ったライバルに。

 約束した――ただひとりの家族に。

 誓った――自分の魂に。

 主人公になると。伝説のような主人公になると。

 そして主人公は、決して諦めない。ならばライは諦めるわけにはいかない。


 ――ライ・スヴェンガルドは、主人公なのだから。


 そんな満身創痍の、神に比べてしまえば果てしなくちっぽけな存在に、大魔王は圧倒される。

 その行動原理がわからない。その存在理由が理解できない。その生き様が不可解に過ぎる。

 気がつけば掠れるような声で、大魔王は問いを零していた。


「そこに、その行動に、一体どんな意味があるというのじゃ……」

「あ? 意味だと。んなもんねえよ」


 ただ、とライは続ける。


「意味なんかねえ、意志なんかねえ、意義なんかねえ、意図なんかねえ。

 ただ、

 意地は――ある」


 笑ってしまうほどくだらない。

 たかが意地で、ライは戦っているという。ただの意地で、命をかけているという。

 意地だけで、こうして満身創痍の身体で立ち上がったのだという。

 なんとも、なんとも形容し難い。いや、形容するべき言葉が――主人公しか見当たらない。


 これだ。これだったのだ。

 これを、大魔王は恐れていたのだ。

 ライのことが、大魔王には理解できない。意地なんてもので立ち上がれる主人公のことが心底わからない。わからないというのは、恐い。

 無論、この恐怖は不明に対してだけではない。

 ライの眼が、ライの存在が、ライの意志力が、恐いのだ。それら全てを総合して、恐いのだ。

 そして、恐怖という感情は、戦場においては致命的なまでの隙だった。

 それを狙い済ましたが如く、出来すぎたほどにいいタイミングで。ありえないほど王道的で。陳腐の極みのごときタイムリーさで。

 閃光のような叫びが、相対するライと大魔王の耳を貫く。


「ライ! できましたっ! 神を殺す剣です!」


 ゼルクが言うと同時に、ツィテリアがライに剣をほうる。


「!? させぬ!」


 驚倒。即座に立ち直り、阻まんと大魔王が力を放つ。ライを狙ったのか、飛来する剣を狙ったのか、どちらにせよ狙いは外れる。ライは剣に向かって跳ね、剣は突然の加速によりライの手に速やかに収まったからだ。


「ライ! 勝って!」


 それはリィエの風。追随するように仲間たちが発破をかける。


「そうですっ! 勝って下さい、ライ!」

「お前ならできる! やっちまえ!」

「いけ! お前が主人公だってんなら突き進め!」

「あなたなら、必ず勝てます! 迷わず行って下さい!」

「ここまでお膳立てさせておいて、負けるだなんて赦しませんわ!」

「やっちまえ、ばか弟子」


「ああ――ありがとうよ」

 

 ライはしっかりとその剣を受け取り、しっかりとその声援を受け取り、強く強く剣を握り締める。

 その力を感じ取る。魔剣など比ではなく、聖剣など比べるに値しない。どこまでも逸脱した絶対なる力を、この剣は有していた。

 格が違うどころか、次元が違う。握っているだけで、ライの負傷がみるみる治っていき、背に刺さる剣など浄化させていた。身体中にチカラが漲り、心に気力が満ち溢れ、どんなことだって出来そうな気がしてくる。

 なんとも規格外。発していない、抑え込んでいるはずでこの力。

 この剣は、きっとどんなものだって斬り裂く。そう、たとえそれが、神でさえも!

 故にそれはヒトが造った――神殺しの剣。

 

 大魔王が、感嘆のように言う。


「粗悪とはいえ、本当に造りだしたか、ヒトどもよ。面白い。ならば、こちらも相応の力でもって応えよう」


 ゆらりと両の手を翳し、低く何事かを唱えだす。すると手の内に、周囲を歪ませながら、膨大膨張するチカラが集う。

 今までノーモーション、無音声、構えもとらずに災害クラスのチカラを揮っていた大魔王が、構えをとってまでの攻撃。それはいかな威力か。思考すらも追いつかない。

 手早くチカラが集いきると、大魔王の手の内には決して救われることのない闇が生み出されていた。


「これは、闇なぞではない。そのような付随属性は有しておらぬ。これに在るのはただひとつ、破壊のみ。破壊という概念のみをつぎ込んだ、全てを滅するチカラの塊じゃ。

 そうじゃな、おそらくこれは神にさえ致命傷を負わせることができよう。どうじゃ、これを聞いてなお、その不出来な剣を振るえるかの? 真に神殺しのチカラが付与されているかもわからぬその駄剣で、ワラワに挑めるかの?」

「ったりめえだ! テメエがたとえ世界を滅ぼすチカラを揮おうが、この剣でなら真っ向から挑んでやるよ」


 神殺しの切っ先を神に向けて、ライは疑いもなく言い切る。

 大魔王はその言い分に激昂する。たかがヒトの造った剣が、神である自分のチカラよりも上だと言い切るライに、激昂する。


「侮るでないわ! ワラワは神じゃぞ。ヒト如きが造り上げた粗悪品などに、負けるものか!

 そちはその粗悪品を信じ向かってくるがよい、そして造作もなく神の力の前に敗北するのじゃ!」

「はン! 剣を信じてんじゃねえよ、剣なんざ信じてねえ。

 これは言うにも聞くにも恥ずかしい信頼ってやつだ。製作者への、仲間への信頼ってやつだ。

 オレ様の戦友たちが、仲間たちが、家族が、造り上げてくれた剣だ――断ち斬れないモンなんざ、あるわけがねえ!

 そして言ったはずだなァ! 剣を握るオレ様は――」

「世界の主人公」


 ライの言葉を引き継ぐように、倒れ臥したままレオンが。


「全ての主役」


 肩で息をしながらゼルクが。


「テメエの敵」


 壁を背に辛うじて意識を保つフェレスが。


「ライ・スヴェンガルド!」


 そしてリィエが、高らかに宣言する。

 彼こそは、主人公だと。ライこそは、主役だと。ライ・スヴェンガルドこそは、大魔王を倒す天敵であると!


「ってえ! オレ様のセリフをとるなよっ!」


 咄嗟の突っ込み。いや、自分の決め台詞をとられたのが気にくわなかったのだ。

 けれど、これはこれで、いいのか。ライはそんなことを思う。場違いにも穏やかに、そう感想した。

 ふ、と息を吐き、思考転換。眼光を敵へと定める。


「さあ、最後だ――終わろうぜ」

「ふん、来るがよい――どこまでも憎き、けれどもワラワと同じく混沌より生れ落ちし最愛の同胞よ」


 ダンッ! と両者同時に駆け出した。

 一直線、互いが互いに向かって突撃する。迷いも躊躇いもなく、己が全てを賭して最後の突貫を敢行する。

 駆けながら、ライは最後の口撃を放つ。いつものように言葉を最後の武器とする。


「最後だ! 真っ直ぐ行って、ブッた斬ってやるよっ!」

「ふん。そんな言葉を、魔王たちとの戦いをずっと見ていたワラワが信じると? この嘘つきめが」

「はっ、バレバレかい!」


 ライは一直線に駆け――大魔王は、刹那で姿を見失う。

 やはり裏をかいてきたか、と大魔王は眼を細める。どこだ。やはり定石どおり後ろか、それとも上か、意表を突いて左右どちらか――


 ふと、気付く。


 これは、つい最近誰ぞの視点で見た――


「2度ネタごめん――てなッ!」


 後ろではない。上ではない。左右ではない。

 前、前――正面突破!

 ライは、駆けながらも思い切りしゃがんだのだ。


 これは“八番目”との戦いで見せた戦法。

 以前の戦闘パターンは全て見切られている。だから、魔王に見せたことのある戦法をとるはずがない。

 幾度も切り結んだ最中でも、ライは戦法だけは同じものを使わなかった。だからやはり魔王戦のデータ分だけ、ライは動きが制限されていると自然に考えていた。

 違った。

 制限されていたのは、縛られていたのは、大魔王の思考のほうだった――思い込み、油断し、自ら隙をつくってしまっていた。


 最後の最後で、ライのペテンに綺麗に嵌められた!


 しゃがんだ故に、脚はたたまれバネの如く。開く瞬間の反動を前方に駆け出すエネルギーに変換。

 ロケットダッシュで、大魔王に隣接。ライは身体を捻り限界一杯まで神殺しの剣を振り被る。


「奇ぃ衒ったってしょうがない。珍妙な終わり方なんざ望まねえ。お涙頂戴展開なんて真っ平だ! 

 ――ただただ王道陳腐!! 

 主人公とその仲間たちの振り絞った最後のチカラ! そんな、そんな使い古されたお約束過ぎる、つまんねえチカラの下に!」


 それは浄化の、消滅の、いや――浄滅のッ!! 

 一撃ッ!!!


「――負けっちまいなァ、ラスボスッ!!」


 それでも流石は大魔王というべきか、反応速度も神経伝達速度も神速。完全に隣接しきる前に、手の内の破壊の結晶を神殺しの剣に向けて放つ。

 絶望すら生ぬるい絶滅の波濤。救われることのない深淵は、なにもかもを呑み込み消し去る虚無の果て。時間も空間も、運命さえも区別なく喰い破る破壊。


「ワラワは神じゃ! 神に仇なす者の末路は古今東西いつどこであろうと決まっておろう! 

 ――負けるがよい、主人公ッ!!」


 それは神が創り上げた、世界を最悪し災厄し砕滅させる――破壊のッ!!

 一撃ッ!!!


 そして。



 神を殺す剣と神が殺す力が――激突する!!



 ――――!!!

 究極を通り越した絶対の剣、上限を極め尽くした終焉の力。激突する両者は間違いなく最上最高最強のチカラ、絶大なる神代の一撃。

 それらは一分も力を漏らさず、微かも余波を出さずに、収束され互いのみを打ち消さんとする。故に衝突は限りなく静かで、不気味なほどに静謐な最終決戦だった。

 神をも殺す剣は破壊を砕かんと無言で咆哮し、神より発せられし破壊は剣を折らんと無音で絶叫する。

 互いが互いを静寂の中で殺し合い、滅ぼし合い、壊し合う。

 浄滅しろ。破壊しろ。浄滅しろ。破壊しろ。浄滅しろ。破壊しろ。声もなく――泣き叫ぶ。

 ピシリと、神殺しの刀身にヒビがはいる。くしゃりと、神の腕に裂傷が走る。

 それでも浄滅も破壊も、互いに退かず突き進む。世界さえも揺らし、真っ直ぐ突き進む。どれだけ減退しようと、変わらず前に向かって突き進む。

 けれどそれは拮抗だった。

 だから。

 だからぶつかり合うふたりは、最後の1歩を踏み出す。決着するための1歩を踏み締める。沈黙を打ち壊すように獅子哮を上げ、ふたりはクライマックスを飾る1歩を踏み込む。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 ――浄滅と破壊。


「はぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 ――ライと大魔王。


「勝つのは――」


 ――主人公とラスボス。


 その最後の闘争。最後の激突。最期の一撃。

 打ち克ったのは――

 

「オレ様だッ!!!」「ワラワじゃッ!!!」


 そして、極光が全てを白に染めた。
















「……ぁ」


 極限の刹那。

 大魔王は、なにかに気がついたように声を漏らした。
















「……くは、くはは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」


 大魔王の哄笑が響く。愉快で愉快で堪らないというような声音で、笑い続ける。


「くはっ、くはははははははははははははははははははははははははは!! はは! はははははははははははははは!!

 あぁ……ワラワの、負け――か」


 笑う大魔王の胸には、決定的な穴があいていた。


 打ち克ったのは――果たして主人公ライ・スヴェンガルド。


 ここにきて力の差などとは言うまい。神を殺す剣と神が殺す力に差は全くといっていいほどなかった。両方ともに力の最上限に達してしまっていて、だからぶつかり合うエネルギーに優劣など一切ない。現に神を殺す剣も、神が殺す力も、互いが互いを打ち消しあったかのように、対消滅した。

 では勝敗を決したのはなにか?

 なにも特別なことではない。ただ単純に、衝突の際にライのほうが、わずかにいい形で斬りこめていたというだけの話。

 最後のペテンが、最後の勝因だった。ただそれだけ。

 胸に神殺しの剣の刺傷がありながらも、大魔王は笑うことをやめない。死に直行しながらも、笑い声だけは高らかだった。


「はは、は、ははははは。はははははははは!!

 ようやく、ようやく理解したぞ、ライ」


 意味不明なことをいい、また笑う。なにが愉しいのか、笑い続ける。

 大魔王は、極限にてようやく気付いたのだ、わかったのだ、理解できたのだ。正しくライ・スヴェンガルドを、理解したのだ。それが嬉しくて、笑い止らない。


「ようやく、そちを理解できたぞ。死の間際にて、ようやく不明を理解したぞ、ライ」

「あん?」


 全身の力を、全霊の根性を、全部の意地を出し尽くしたライはもうぶっ倒れてしまっていたが、それでも負けじと返答くらいはしてやる。

 大魔王は今まででにない、酷く優しげな微笑を浮かべ、断言する。


「そちは――主人公じゃ」

「!」


 ライは、そんな当然とも言える言葉を、酷く驚いた様子で受け止める。


「そちが主人公であろうとする限り、そちは誰よりも主人公じゃ――大魔王である、ワラワがそう断じよう」


 言い切ると、大魔王の身体が傾いだ。無邪気に笑みをたたえたまま、恍惚に満ちた表情で、満足とばかりに大魔王は身体から力を抜き去る。

 最期までライを見据え、倒れながら消えながら、大魔王はライに手を差し出す。


「嗚呼――愉しかったぞ、ライ」


 その手はなにも掴むことはできないままに閉じられ、そして大魔王は消え去った。

 激戦にして死闘、最終決戦に相応しい王道決戦の果てに――ラスボスは主人公に完膚なきまで敗北し、浄滅したのだった。











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