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第三十七話 VSラスボス・中



 そもそもおかしいのだ。

 被造物が造物主に挑もうなど。まず、そう考える時点でありえないことなのだ。

 何故なら、神はそんなことができないようにヒトの子らを創った。

 自分たちに反発できないように、心に神と戦おうと思うこともできないように枷をつけ、

 自分たちに反抗できないように、身体能力にも術にも神を超えることができないように限度を設け、

 自分たちに反逆できないように、身体にも絶対に神に辿り着けないように寿命という名の終わりを課した。


 ただ、その原則を討ち崩すのは同じ神による被造物――神殺しの剣。

 聖剣と魔剣だ。

 聖剣と魔剣の最大のチカラは、実のところ浄化力や消滅力などではなく、“神には攻撃ができない”という、創造時のルールを破ることができるという点なのだ。

 だからライたちは戦ってこれた。

 が――

 



 世界が、スローモーションのように感じられる。

 聖剣と魔剣の刀身の欠片たちが、ゆっくりゆっくり落ちていく。ばらばらの欠片たちが、舞うように大地へと吸い寄せられ、やがて幾つもの甲高い音を響かせて床に落ちた。

 響く澄んだ音の中で――大魔王が嗜虐的に笑った。リィエが恐怖に固まった。フェレスが絶望に顔色を染めた。ゼルクが驚愕に眼を剥いた。

 レオンが、


「ぇ」


 折れた。


「ぇ、ぁ? ぅそ……だろ」


 支えを失い、自信を奪われ、信念を折られた。

 押し寄せてくる疲労感と眩暈。自分が立っているのかもわからない。頭がぐるぐると混乱し、靄がかかったように上手く思考ができない。恐怖と不安に胸が破れそうだった。

 聖剣の加護を失い、残るは凡庸なる人間の身。神を前にするには、酷く惨めで無様が過ぎた。

 こんなにも、こんなにも自分にとって聖剣とは重かったのか。レオンはこの時はじめて、聖剣のもたらしてくれていた安心感を、優越感を、万能感を知った。


 そしてライが、


「らぁあッ!」


 吼えた。

 自らの半身とも呼べる存在を砕かれた喪失感。そして最大の勝機を潰された絶望感。

 魔剣も聖剣もないのでは、最初からないに等しかった勝ち目は、もはや本当になくなった。

 精神を、事実が押し殺す。心を、魔気がぶち壊す。魂を、神威が屈服させる。

 それでも。

 それでも、ライは崩れそうになる脚をギリギリで保って見せた。しかし、片膝も地面につかないのは、ただの意地だった。

 大魔王はそんな様を慈しむように、唇から言の葉を滑らせる。


「折れたか、安心するがよい、それがヒトの精神力の限度じゃ。

 崩れぬか、流石は主人公、その精神力は素晴らしいの。じゃが、立っているだけでどうするつもりじゃ?」

「黙ってろ。オレ様は、絶対に勝つッ!」

「まだ強がりが言えたか。まあ、そちの足掻きを見せてもらおうかのう」

「はんッ! 主人公の底力っ、見せてやらァ!」


 ライは再度吼え、闘志を灯して魔剣を強く握り締める。

 ――そこにある微かなチカラを感じ、ライはさらにもうひと振りの神殺しに眼をつける。


「レオンっ! やる気ねえんなら、その聖剣よこせ!」


 名指しされても、レオンは呆然としていた。焦点のあわない瞳で、虚ろだけを眺めていた。

 ライは励ましもせず、ただもう1度名を呼ぶ。


「レオンっ!」

「ぇ、ぅぁ? でも……」

「うだうだうぜえ! いいからよこせ!」


 面倒になって、ライはレオンからひったくるように柄だけとなった聖剣を奪う。

 大魔王が、それを見てわざとらしいほど不思議そうに問う。


「折れた聖剣と魔剣の柄だけで、どうするつもりじゃ?」

「は。The・主人公アイテムを、なめんなってことさっ!

 ――なぁおい、根性見せろよ駄剣ども! 最後の最後だろうがッ! チカラの残りカスくらい出しやがれ!」


 集中力を刃の如く極限まで研ぎ澄ます。聖剣を感じ、魔剣を感じる。同調する。同調する。聖剣を、魔剣を、死の淵から呼び起こす。

 そして、聖魔の剣たちの残滓ともいえる力を掻き集め、ひとかけらも逃さないようにする。霧散していくばかりの力を引き戻そうとする。死に掛けの剣たちから決死のチカラを引き出そうとする。

 そうして掻き集めた力に指向性を持たせ、具現するは神殺す刃。

 イメージは完了した、あとはお前らだけだ――ライは折れた剣どもに大喝する。


「砕ける――いや、死ぬんなら! もっとカッコつけて死んでけッ! てめえら、The・主人公アイテムだろぅがッ!! その意地を、最期の意地を見せてみろッ!!」


 ふ、とライの頭に直接、苦笑のような言葉が浮かぶ。


『無茶を言うね、主人公。僕は本当に死にそうなんだけど……まあ、それに応えてこそ、主人公の剣かな?』


 光が生まれた。闇が生まれた。

 聖なる力が灯る、魔なる力が発せられる。

 柄だけの2振りの剣を補うように噴き出した、聖なる光が、魔なる闇が、それぞれ折れた剣の刃となる!

 大魔王から余裕が掻き消え、ノドから驚愕が漏れ出る。


「なっ!? 馬鹿な! 砕けた聖剣と魔剣が力を発するなどっ!? いや、そもそも何故そちが聖剣から力を引き出せるのじゃ!?」

「何遍も言わせんな! オレ様は主人公だ! 主人公なら――なんでもアリなんだよっ!!」


 無茶苦茶だ。言ってることが無茶苦茶過ぎる。やってることも無茶苦茶過ぎる。

 ライは本当に不可能なんて、全く気にしてはいなかった。そんなことはどうでもよく、ただ主人公を貫き通す。それがライだった。

 が、大魔王はすぐに冷静さを取り戻す。なぜなら――


「ふん、なんじゃその剣は。酷く弱弱しい、死に体ではないか」


 そう、魔剣と聖剣は確かに聖と魔で刀身を補った。しかし、それはチカラの消耗からか随分と短く、元の長剣などとは程遠い短剣のような、威厳を損なった姿となっていた。

 けれど、それは考えよう。

 短剣なのだ。短剣とは、つまりダガー。ダガーが2本、それは――


「はッ! 好都合!」


 右──逆手に持った魔剣を大地に向け、


「てめえ見たがってたよな」


 左──順手で持った聖剣を、


「オレ様の」


 その右の魔剣に添えるように重ねる。


「主人公の」


 正面から見れば、それは聖魔の十字架。

 大魔王も、ここまできて思い出す。いつだったかの、ライと“漆黒”の魔王の戦いを。


「まさ……かっ」

「――本気ってやつをなぁあ!!」


 それは――ライの本気の構え。

 初期から貫く本当のバトルスタイル。

 最近は魔剣、つまりは長剣しか使ってこなかった。魔剣の性能上、それで全く問題はなかった。しかしそれでも、ライの得意は双短剣。

 久々に、ライは遺憾なく存分に本気を発揮できる!


「リィエ、バランスがわりい、頭に移動しろ」

「うんっ」


 言われて、リィエはすぐさまライの肩から頭に飛び移る。

 元々、魔剣を手にする前までは、この双短剣にリィエの密着支援がライの全力だった。そしてそこに、今回は聖魔の双剣。

 全力を超えた、全力。

 ライは思い切り口元を歪める。


「よしっ。いくぜリィエ、遅れんなよ」

「もっちろん! そっちこそ、負けないでよ」

「当然ッ!」


 パートナー同士の掛け合い。息はぴったりと合い、共に危険に突っ込む覚悟を決めた真の相棒関係。

 ライは浮かぶ笑みを抑えきれず、猛獣が牙を剥くように、酷く攻撃的に笑みを深める。


「――ははっ!」


 ライは、跳んだ。






 ――出来損ない。


 ゼルクは、頭の中でその単語を繰り返す。何度も、何度も。

 思考を巡らし、推測をたて、なにかどこかで引っかかる違和感を探る。


 ――出来損ない。


 どうしてもその言葉が強く引っかかる。何故かはわからないが、引っかかる。


「出来損……ない」


 呟く。キーワードであろうその言葉を、呟く。

 思考は拡張し、推測は膨張し、違和感が強調される。


 そうしてゼルクは――ひとつの結論に達した。


「そういう、ことか」

「ふ、う。……ん、なんか言ったか?」


 ゼルクが考えている間にフェレスは、ライが目立ってるのを利用してレオンを戦闘域から引き摺っておいた。それがちょうど終わり、一息ついたところでゼルクの呟きに律儀に反応する。

 ゼルクはそれに気付かなかったようで、慌てた調子でまくし立てる。


「すみませんが、私は少し席を外しますっ! レオンを頼みましたよ、フェレス」

「え? あ、おい!」


 フェレスの静止もきかず、ゼルクは空間転移でどこかへと掻き消えた。

 後に残るは、身体がボロボロのフェレスと心がボロボロのレオンだけだった。


「あぁもう! なんだってんだっ! こんな大事な時にっ!」


 苛立つフェレス。しかしすぐに気を収める。

 天使長さんのことだ、なにか考えがあるのだろう。そう思ったからだ。

 ならば次に片付けるべき問題は――


「おい、おいレオン! レオンっ!」

「ぅ……あ?」

 

 この精神を切り刻まれたレオンの対処だった。


「アタシにどうしろってんだよ……」


 困り果てたように、フェレスは巨大なため息を吐いた。

 どうしようもできなくて、他力本願とわかっていながらも、フェレスは戦うライに希望を向けることしかできなかった。

 がんばれ、と他人事のように念じることしかできなかった。






 聖なる剣が舞う、魔なる剣が踊る、神が創りし剣が歌う。

 それは剣の、剣による、剣のための舞踏会。まるで伝説のような光景。伝説の再現、否、新たなる伝説の創造が、今ここで繰り広げられていた。

 見よ、優美なる剣の舞踏を。

 聴け、打ち合う剣たちの賛歌を。

 感じよ、心震わす剣技という芸術を。

 そして心ゆくまで観賞すべし――この世紀の戦いを、歴史に刻まんがために。伝説として、語り継ぐためにっ。


 さあ、踊れ踊れ、死に果てるまで。歌え歌え、枯れ果てるまで。殺せ殺せ、斬撃舞踏が――終わるまで!


 タン、タン。と互いに足を踏み変え、リズムを刻む。そのステップは自分に都合いい足場を踏む、有利な位置へ移動する。ライはタップダンスのように床を踏み鳴らし、小刻みに細やかに動き回る。大魔王は酷く自然な摺り足で、滑るような無駄のない歩法を魅せる。

 斬り合う剣は雨のごとし。速く、疾く、故に多い。

 数多なる死の斬光が怒涛のように押し寄せてくる。それをステップを踏み、剣で捌き、胴を揺らし、なにより覆うような剣数で襲い来る死を受け流す。一瞬でも気を抜けば、その時点で首はとぶ。欠片でも集中を乱せば、その時点で命は刈られる。微細でも剣速を衰えさせれば、その時点で魂は消し飛ぶ。

 一進一退の攻防は僅かも緩まず、逆にどんどん加速していく。とどまるところを知らぬ超速剣はまだまだ加速していく。まるで誰かに速く速くと急かされているように、剣は加速を続ける。

 それは壮絶なる剣舞踊。金属の奏でる悲鳴が彩り、瞬く流れ星のような火花が飾り、衝突し合う剣風が作り上げる――まさに剣空間。

 刹那を一瞬に、一瞬を1分に、1分を10分に。時間感覚すらも加速し、体感速度すらも変質し、確かに通常空間とはすでにルールが書き換わり、そこは別空間と化していた。

 その剣空間にて歌い踊るは人外と神外。

 両者の顔に張り付くは零れるような笑み。まるで戯れのように、最高に楽しい遊戯をしているかのように、笑いながら殺し合う。互いに互いを殺すことだけに偏見し、視野は狭窄に陥り、殺戮することしかもう残っていない。


 ライはその剣闘の中で舌を巻く。ここまでの剣術を神は誇るのかと。それはすでにヒトの剣ではない。神だからこそ為せる、文字通り神業。

 魔剣は空気抵抗をも消滅させ、最速を超える最速で斬りかかるのに、大魔王には触れられない。聖剣は敵の防御する剣を浄化させ、そのまま振るわれるのに、大魔王には触れられない。

 傷ひとつさえも、大魔王にはあたえられていない。

 ライは、負けじと剣を振るう。ピッチを上げる。加速に加速を重ねる。大魔王を倒せる速度を追求して。


 とはいえ、大魔王にとっても勿論、厳しい戦闘だった。

 そして、複雑な戦闘だった。何故か。

 物質創造であれば魔属性が宿り、聖剣に瞬間で浄化されてしまう。故に魔術という現象で対抗しなければならない。

 現象操作であれば魔属性はなく、魔剣に即座に消滅させられてしまう。故に魔をもつ物質で斬り結ばねばならない。

 つまり聖剣は魔術――ここでは斥力を使っている――で受け、魔剣は創造した剣で斬り結ばねばならないということ。それを1度でもしくじればたちまち剣嵐に呑まれて、斬り刻まれてしまう。


 ならば――千回を超えた剣戟の頃、大魔王は剣でせめぎ合いながら現象に干渉する。

 すると、火が水が風が土が、光が影が、ライに向かって襲い掛かる。

 ヒトには為し得ない、魔王にだって届かない領域の大災害級魔術。千人だって殺し尽くせそうな大災害が、ライただひとりに猛威をふるう。

 噴火を思わせる凶悪なる火の波濤。津波を思わせる膨大なる水の奔流。竜巻を思わせる荒々しい風の咆哮。山崩れを思わせる巨大質量の土の鉄槌。太陽を思わせる輝き過ぎる光の砲撃。大穴を思わせる深淵なる影の顎門。


「――ふ」

 

 ライは眼を細め、脅威を見定める。息を短く吐き、脱力する。魔剣を、一閃させる。

 強大なる災害の全てが――魔剣の一閃により消滅する。

 なに事もなかったように、なにも起きなかったように、魔剣は全ての現象を無にせしめた。

 魔術の発動構成に割かれた集中力。そんなわずかなロスでさえ、この戦闘においては突かれる隙となる。ライは大魔王の集中力が削がれたことを察知し、魔剣を一閃したのだ。

 そもそも魔術では――光を除いて――遅すぎる。この超高速剣闘の中では、あくびがでるほど遅すぎる。

 ライは両手を振るいながら、足はステップを刻みながら、挑発のように言う。


「術なんざ無駄だ――剣で来な」

「そのようじゃのう」


 大魔王も答えて、剣速がまた上がった。

 ライは右手の魔剣を振り上げ、左の聖剣を振り下ろす。上下から挟むように斬り込む。ちょうど中点で横向けた大魔王の剣が下の魔剣を受け止め、発した重力場――斥力により上の聖剣を食い止めた。すぐさまライは左の手首をくるりと回し、鋭く突く。大魔王は斥力によりこの聖剣を弾く。弾かれた左手はその流れに逆らわず、ライは身体ごと回転。右手の甲に左手を乗せ、遠心力を付け加えた横薙ぐ双刃の一閃を放つ。大魔王の剣は未だ横を向けた状態ゆえに、慌てて剣を90度傾けようとするも、ライの剣速に比べれば僅かに遅い。修正途中の剣に左右の内、下側の右手、魔剣にぶつけられるか。ぶつけられた。弾く。しかしそれで精一杯。左、聖剣は腕を伸ばし進軍する。大魔王はすぐさま斥力を生じさせ防ごうとするも――


「同じ手をくらうかっ」

「なっ――」


 斥力発生よりも、なお速く聖剣は大魔王の腹部を斬りつけ、そこで斥力がようやく発生、聖剣は弾かれる。傷は浅きに終わる。

 そんなことはどうでもよく、大魔王は狼狽する。驚嘆する。驚愕する。


 今――速くなった?


 魔剣ではなく聖剣なのだから空気抵抗のキャンセルはできないはず。なのに、速くなった?

 ライが剣術において最上級の戦士だとして、間近で風の支援を受けているとして、聖魔の剣の身体強化を入れるとして、それでもまだ速くなるのかっ!?

 ライは完成された戦士、発展途上ではないはずだ。風の支援も一杯一杯、全神経を集中させて余裕など皆無のはずだ。聖魔の剣の力も最大限全力解放のはずだ。全てにおいて最高にまで完成された状態のはずだ。それで、ようやっと大魔王と同じステージに立つのだから。それほどまでに、神とヒトのポテンシャルは違い過ぎる。

 なのになぜ、なのになぜまだ速度が上がるっ!?


「ぼうっとしてんなよッ!」


 大魔王の思考による隙は時間にして、零コンマ数秒以下、限りなくゼロ。それでもライには突きうる隙に違いない。

 左、順手の聖剣が拳打のごとく突き出される。手首を曲げることで、刃が前を向く。振り被る予備動作のないぶん、俊敏なる一打。

 咄嗟に、大魔王は斥力――間に合わないことを思い出す――はやめて、後方に跳び退く。聖剣をかわされた直後に追撃の右、魔剣を振るうが間に合わない。


「ちィ」


 舌打つライ。

 その時、大魔王の眼にライの手に握られた魔剣が写る。それに追随して思考が叫ぶ。魔剣を持つことができるのは――


「そうか、そうじゃったな! そちは不人(フヒト)! 神によって設けられた上限など、そちにはなかったのぅ」


 ヒトには身体能力に限度がある。術にだって高められる限度がある。それは神が謀反を恐れたがための成長限界――しかし、不人は神に創られた存在ではない。ヒトの子らが生んだ、人外の存在。限度など、存在しやしない。


「なおのこと、そちを生かしておくわけにはいかなくなったわっ」


 なぜなら、成長限界がないなど、いずれは最強だ。

 ライは委細躊躇わず前進、鋭く斬り込む刃は速い。しかし次の斬撃にはさらに速い。刻一刻と、僅かずつ、けれども確かに、ライは強くなる。

 



 ライ自身、その無制限の成長について、すでに気付いていた。

 なんせこうもわかりやすいのだから――。

 己の中で最高の一太刀であったものが、次の瞬間には更なる最高の一太刀に超えられる。己の斬撃の、その限界を超え続ける。今の最高は次の最高に更新され、次の最高は次の次の最高に更新される。いつまでも見えることのない限界。永劫のように終わることのない強さ。突き立った刃のようにブレない意志力。


 そうだ! 強く、強く、強く――なにより強く! 自分に限界などないのだから、永劫の進化を、無限の成長を、究極の超越を、続け続ける!!


 この敵を討ちたくばもっと、もっと強くと進化を続ける。十数年の修練にも匹敵する成長速度を、ライはたった数分で見せていた。


「ぅだらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァああああああアアアアアアアア!!!」


 もう無我夢中。一心不乱。我武者羅に、ライは聖魔の双剣を舞わす。

 斬り裂く聖剣は魔剣へと繋ぐフェイント。防がれた魔剣は聖剣へと連動、反動をいかして一突き。避けられたなら手首だけが踊り、追跡する。大きく跳び退かれたので、リィエを信じて無言のままに突貫敢行。風の補助、加速。迫り、相手の長剣間合いぴったりで右前方へと跳躍。タイミングを乱し、すれ違いざまに逆手の魔剣で横っ腹を突き刺す。瞬間剣創、弾かれた。読まれてた。いくら速くとも読まれていれば流石に防がれる。弾かれた方向へ跳び去り、上方から降り来た重力圧をよける。長剣の間合いから1歩離れた場所にて立ち、すぐに思い切り身を屈める。両手両足を地につける構え――クラウチングスタート。大魔王が間合いのために1歩踏み出してきた瞬間を狙い、スタート。利点である加速の易さにより、意表を突いて大魔王に急近接。勢い殺さず、突進し斬り込む。刃が突き刺さる。突き刺さらない。ギリギリで大魔王は剣をライに投擲し――聖剣で即座に浄化するもタイムロス――後方へ跳び、自身に斥力を向け、左腕でガードされた。左腕に一筋の傷。与えたのはそれだけ。

 大魔王は呻く。


「くっ」


 ライは笑う。


「はっ」


 これこそがライの本気、主役の全力、主人公の底力。

 そして、ライ・スヴェンガルドの本当のバトルスタイルだった。

 一撃は次撃のために、次撃はさらなる次撃のために。

 流れを掌握し、主導権を奪取する。敵の動きに合わせるのではなく、敵に己の動きを追わせる。

 斬撃を繋ぎ合わせ、剣戟を連結連動させ、一切合財の隙を排泄し尽くし、動作の最適化を意識的に徹底した、驚異のバトルスタイル。

 身体がどう動けば、次の駆動の助けになるか。力加減をどうすれば、筋肉の稼働の妨げになるか。ライは熟知していた。

 それは傍から見れば優雅に舞い踊る、さながらソードダンス。

 ダンスのお相手を斬り刻む、荒っぽい斬撃舞踏。

 唇の端を鋭角に吊り上げ、ライはまるでダンスのエスコートでもするかのように口上を告げる。


「踊ろうぜ、レディ?」

「ふ、お相手願おうかのう、主人公」


 大魔王は剣を手に創造しながら愉快げにそう返す。

 そうして血に塗れたソードダンスは、再び開幕される。






「すげぇな」


 数少ない、この美しき斬撃舞踏の観客であるフェレスは、知らず感嘆を漏らしていた。

 命の奪い合いだというのに、なぜこれほどまで美しいのだろう。なぜこれほどまでに惹きつけられるのだろう。

 フェレスは食い入るように観戦を心から楽しんでいた。


「――って、夢中になってる場合じゃねえ!」


 自分で自分に突っ込む。

 せめて援護を――と思わなくもないが、あんな超高速戦闘の中にフェレスの攻撃を割り込ませれば、誰にあたるかわかったもんじゃない。というか、邪魔にしかならないだろう。

 そこにくると、リィエは素晴らしい。密着状態とはいえ、補助魔術とはいえ、あの動きに合わせているなんて、尋常な技量ではない。

 そしてさらに、ライとリィエのコンビネーションはありえないほどにシンクロしていた。ライはリィエがどう支援するのか知っているように動き、リィエもライが次にどう動くのかを知っているように支援している。癖を知り尽くしている相棒同士だからこそできる協力プレイ。まるでひとりのように、ふたりの連携は完璧だった。


「しっかし、妖精って小さくて不便そうだと思ってたが、あんな利点もあったんだな」


 ひとりでは、どんな種族よりも戦闘に向いていないであろう妖精種族。体格的にも、魔術の威力としても、他の種族に劣ると言われている。そもそも、彼ら彼女らは争いを好まない温和な種族なのだ。

 それが、ただひとりのパートナーを定めると、こうも変貌するのか。小さな身体は、補助にはもってこいの体格だったのか。


「――って、だから! こんなこと考えてる場合じゃあねえんだってっ!!」


 再度、自分を叱咤するフェレス。とはいえ、支援が無理ならばじゃあなにをすればよいのか。フェレスには思いつかなかった。

 いや、なくもない。

 視線を横にやる。


「…………」


 そこには、心的死滅寸前なレオンが俯いていた。

 どうしよう――励ますか慰めるかでもしようか。いや、きっとなにを言っても効き目はないだろう。

 それでもレオンには奮い立ってもわらないといけない。フェレスはそう考えていた。

 このまま戦って、ライは大魔王に打ち克てるのか? 

 たぶん、無理だろう。

 今は優勢にことを運んでいるが、おそらく長くは続かない。体力とか駆動限界とか、そういう単純なものもだけど、神とは底知れない。何故だかこのまま勝てるとは到底思えない。

 やっぱり全員で立ち向かわないと、ラスボスには勝てない。それが鉄板である。フェレスは少しライに影響されていることに気付いた。

 ふるふる、と首を振る。頭をそれで真剣に切り替える。

 フェレスはレオンの眼を見て、言い聞かせるように切り出す。励ましでも慰めでもなく、ただ伝えたいことを、伝える。


「なあ、レオン。なんで逃げなかった? なんで逃げずに、こんなところまで来たんだ? 相手は神だぜ、元々勝ち目なんざあるわけねえ。なのに、なんでだよ?」

「え、それは……」


 いきなり話しかけられ、レオンは口ごもる。

 フェレスは言葉を真剣に考えながら、続ける。ゆっくりと、ちゃんと乗せた感情が伝わるように。


「聖剣、魔剣があったから? そうなのか? 違うだろ、少なくともアタシは違う。ライがリィエがゼルクが――お前がいたから、だから勝ち目のない戦いでも来たんだ」


 ふいに声音は自嘲へと変色する。


「この、アタシがだぜ? その昔、戦争が怖くて逃げ出したこのアタシがだぜ? 勝てないってことを理由に、逃げ出したこのアタシがだぜ?」



 ――なぜ、勝てないとわかっていながら、戦えるのか。


 それはフェレスにとって、数百年前から悩み続けていた問題だった。

 命が尽きれば、全てが終わる。なにもかも、今まで生きた意味がなくなる。それは真実で、それは恐怖だ。

 だというのに、なぜ。なぜ戦えるというのだ。

 勝ち目はないんだぞ、勝機はないんだぞ、勝てないに決まっているんだぞ。

 死んで――死んでしまうんだぞ。

 なのに命を懸ける。なのに生命を賭す。

 そんなの馬鹿だ。馬鹿の所業だ。


 そう、思っていた――今だってそう思っている。


 けれど、あるものだのだ。


 命を懸けて戦わないといけない時というものだが。死を覚悟してまで戦わないといけない時が。

 あるものなのだ。

 馬鹿の所業だろうが、勝ち目がなかろうが、そんなことは関係なく、戦わないといけない、そんな時はあるのだ。

 それが、悪魔の仲間たちにはあの時の戦争だった。そして、フェレスにとってはこの戦いに他ならないのだろう。

 だって、ライは今この時も命を懸けて、魂を賭して、死と隣り合わせで戦っている。戦っているのだ。

 だったら、後ろから付いていくまでだ。主人公パーティのひとりとして、主人公に付いていくまでだ。

 死ぬのは恐い。とてもこわい。こわいけど、それでもフェレスは戦うことを選んだのだから。ライとともに行くことを選んだのだから。だから、戦うことからフェレスは逃げない。


 逃げることだけは――もうしない。



「アタシは覚悟を決めたぞ! 最後まで戦い抜く覚悟を、ライと同じ道を歩む覚悟を、終わった果てにも生き延びる覚悟をっ!

 じゃあレオン、アタシなんかよりずっと勇気のあるお前が、こんなとこで腐ってんじゃねえ!

 聖剣を折られたっ! それはそのまま自信や、心、精神を砕かれたようなもんなんだろう、そりゃあもうなんにもやる気おきねえだろうよっ! 勝てないって思っちまうだろうよっ! 

 でも、でもっ!

 天使長さんは、ばかなアタシにはわからないなんかをわかって奔走してる。

 ライとリィエは、神さま相手に真っ向から挑んでる。

 アタシらにもなにか、なにかきっとできることがあるはずだ! 聖剣がなくったって、なにかできるはずだ――そうだろ? そうだろレオン!」

「――フェレ、ス」


 途中から、ただ感情をぶつけるような言葉になっていた。しかしだから、レオンの心に響いた。レオンの、壊れかけた心に、染み入った。

 ああ。

 レオンはああと思う。

 気付いた。自分の中にある、最初からある根底的な弱さに今になってようやく気付いた。

 そうだ、俺は、レオン・ナイトハルトは、いつだって誰かに頼って生きてきた。誰かに寄り添って生きてきた。

 両親に、聖剣に、ライに、仲間たちに。

 ずっと、誰かの助けを借りて、立っていた。ひとりで立てるように生まれたはずの生命なのに、誰かがいないと泣き喚き、立つことを簡単に放棄していた。

 レオンはそんな弱さをいつまでも抱えていた。成長もせず、弱くあり続けた。

 でも、それじゃあダメなんだ。いつまでも弱いままではダメなんだ。いつも支えてもらえるとは限らないのだから、自分で立たなくてはいけないんだ。立ち上がれる足を、否定しちゃいけないんだ。

 あぁ、そうだ。

 ずっと、支えてもらって立っていたじゃないか。立ち方は、教えてもらっていたじゃないか。だったら、きっと、きっと――


 ――そろそろ、ひとりでだって立てるはずだ。


 レオン・ナイトハルトは、ようやっと自分の弱さと向き合うことができた。






 唐突に。

 突然に。

 兆候もなく。

 前触れもなく。

 ライの神業にも迫る剣技が、揺れた。不屈の闘志が、揺らいだ。脚が震えた。視界が霞んだ。

 身体中に痛みが駆け抜けるから。身体中の筋繊維が拒絶を叫ぶから。身体中の気力が蒸発しそうになっていたから。

 端的に言えば、限界である。駆動限界にして、精神限界だ。

 全力ならぬ死力を尽くした善戦を見せ、けれどそんな無謀な行為が続くはずもない。神ほどの無尽蔵に近い体力を、不人は保持してはいない。

 その隙を、大魔王は過たずつく。


「が……っ!」


 ライの腹に、剣を手放した神の拳が叩き込まれる。一撃で人体を停止に追いやる、一瞬の内に10発を超える、そんな驚異の拳を。

 激痛が走るなか、意識を手放しかけるのを、ライはどうにか繋ぎとめる。だが、ついに膝から崩れ落ち、ライは地に倒れ伏した。


「くそっ」

「ふふ」


 嗚呼、神なるかな。神なるかな。絶対究極の神なるかな。

 神とは絶大だ。神とが絶対だ。神とは絶望だ。

 たとえ相手が不人だろうとも。たとえ相手がなんだろうとも。たとえ相手が――主人公だろうとも。

 神の神威は揺るがない。

 どれだけライが無限の成長を見せようとも、それは未来への可能性であり、現時点においては底が知れる。

 どれだけライが動作の最適化をはかり、隙を消し去ろうとも、生物が動くのだ、必ず無駄は生じる。

 どれだけライが強くなろうとも、神とは存在が、次元が違うのだ。


 だからこの結果は必然だった。


 元よりライに、勝ちの目などありえなかった。勝機など微塵も存在してはいなかった。

 ライは身体中に傷を刻まれ、幾度も打たれ、そして今――膝から崩れ落ち、倒れ伏した。


「死んだかの」


 大魔王は反発を望みながら、ライに確認する。

 そして、


「…………」


 声に対する返事はない。


「ふむ、返事がない、本当に屍となったのかのう」


 勝手なこといいやがってっ! まだまだ全然余裕だねっ! かかって来いよ、ラスボスがっ!

 そう言おうとして、ライの口は動いてくれなかった。

 口が動かないというならば、ライは自分の身体に立てと命令する。けれど、身体は言うことをきいてはくれなかった。ぴくりとさえ、動けやしなかった。

 ――なんだい、こりゃ。

 なんだか頭の中さえぼんやりする。思考が掻き乱れ、ノイズが走る。そして異様に眠たかった。瞳を閉じてしまえば、そのまま眠ってしまえそうだった。

 ライは、歯を噛み砕かんばかりに食い縛り、眼に力を込める。寝ないように苦心する。たぶんここで寝てしまえば、死んでしまうのは簡単に予想がついた。

 もうダメなのか。もう、起き上がることすらできないのか。そんな疑問の声がおぼろげな意識のなかで発せられる。すると、もうダメだ。もうダメだから諦めよう、という諦めの返答が返ってきた。声には恐ろしいまでの強制力があり、ライの折れそうな心を容赦なく叩く。

 ああ――ちくしょう。

 瞼が、重く圧し掛かる。瞳はゆっくりと閉じて――


「ライっ!」


 それを、風のような声が止めた。頭の中の冷め切った声を、暖かい風が吹き飛ばした。普段は眠気を誘うような暖かな風は、けれどなぜだか意識を覚醒させてくれた。

 リィエは、ライに言う。


「ライ、ライ、諦めちゃダメだよっ。ライがここで諦めちゃったら、全部終わっちゃうんだよ? ライがやりたかったことも、護りたかったものも、全部なくなっちゃうんだよ?」

「……わかってる。ちゃんとわかってる。けど、身体が動いてくれねえんだ、おれはもう、だめだ」


 掠れたその声には覇気はなく、いつもの調子とはかけ離れていた。何時になく後ろ向きな発言。そして本当に余裕がないのだろう、一人称が元のそれに戻っている。

 しかし、ライは気付いているだろうか。そんなことを言っておきながら、さきほどまで喋ることさえできなかったはずなのに、今はリィエに返答していることに。

 リィエはぎゅっとライの頭に抱きつきながら、感情をありったけ込めて、言葉にかえて伝える。


「そんなことないよっ! ライは、だってライは――主人公じゃないっ!!」

「!」


 ライが眼を見開く。なにかを思い出したように、眼を見開く。


「わたしに、誓ってくれたじゃない。ライは主人公になるって、主人公は絶対に諦めないって、主人公は絶対にわたしを裏切らないって。ライ、忘れちゃったの?」

「あぁ、うん、忘れてねえよ、忘れるわけがねえ」


 それはライの原初の記憶。全ての始まりの誓い。

 ライは、リィエに誓ったのだ。家族となった時に、誓ったのだ。


 主人公になると。絶対に諦めないような、そんな主人公になると。リィエを裏切ることのない、伝説のような主人公になると。


 そうだ。そうだ。そうだ。

 だから、だったら、そうだというならば。

 諦めない。諦めることだけは絶対にしないっ!


「すまねえ、リィエ――もう少し、付き合ってくれ」

「うんっ、うんっ。勿論だよっ。

 あ……ねえ、ライ」

「ん?」

「――がんばって」


 ライは数秒ほど呆気にとられて、すぐににぃと顔中に笑みが浮かべる。

 がんばれだって?

 未だに身体は動かないし、動き過ぎて体力は底をついちまった上に、打ち倒され続けてボロボロだ。

 もう勝ち目なんてないのかもしれない。もう立ち上がることすらできないのかもしれない。ここで死んでしまうのかもしれない。


 こんな状態で、がんばれだって?


 そうか、がんばれか。リィエがおれにがんばれと言ったのか。

 だというのならば。

 身体が動かない? 動き過ぎて体力が切れた? 打ち倒され続けてボロボロ?

 そんな程度のことで、おれはリィエの応援に応えないのか? そんな程度のことで、おれはリィエとの約束を破るのか?

 ――なんだそれは。

 なんだそれは。なんだそれは、なんだそれは。

 なんだッ! それはッ!!

 なんで身体が動かないていどで、おれは寝転がってるんだ? 体力が切れたくらいで、なんでおれは立ち上がれないんだ? ボロボロになっただけで、なんでおれは立ち向かわないんだ?

 そんな、そんな自分に腹が立つ。むかっ腹が立つ。ハラワタが煮えくり返る。苛立ってしょうがない。

 

 最も大事な家族の応援に応えられずして――なにが主人公か。


 そうだ、おれは――オレ様は――主人公だ!


 ライ・スヴェンガルドは、主人公なんだ。主人公なのだから、立ち上がらなければならない。

 だから、そう、立ち上がる。





「ばか……な」


 一応警戒して様子を見ていた大魔王は、知らずそんな言葉を漏らしていた。

 あれだけ執拗に痛めつけ、叩きのめし、打ちのめしたというのに。

 全く死んでいておかしくない、否、死んでいてしかるべきだけのダメージを与えたというのに。

 ライ・スヴェンルドは、立ち上がって見せた。

 両の手にはしっかりと聖魔の双剣を握り締め、瞳には凄絶な眼光をたたえ、口元には笑みさえ浮かべて立ち上がった。

 それを見て大魔王は言い知れぬ悪寒を感じて、思わず必要以上に跳び退き距離を取る。

 そんなことを気にもとめず、ライはリィエに向けて言う。


「がんばれって? ――ああ、がんばるッ!!」







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