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第三十六話 VSラスボス・上

 上だけで予想外の長さになってしまいました。





 ダン、と地面を踏みしめ、ライは放たれた矢のように大魔王に跳びかかる。間合いを一瞬で潰し、急接近。

 

「ふッ」


 呼気を発し、魔剣を素早く横薙ぐ。

 大魔王は何食わぬ顔で微笑んだまま、防御動作の予兆さえ見えない。魔剣がその身に襲い掛かっているというのにだ。

 まさか速さに追いつかなかった、とは思うまい。余裕か、それとも油断か。


「舐めんなッ!」


 馬鹿にされた。ライは魔剣に怒りも上乗せて、大魔王の皮膚を裂――大魔王は、そこでくすりと笑う――くと誰しも思った。その、直前。寸前。

 ガキィィィィィン!!

 と、悲痛な金属音が鳴り響き、ライはなにか硬質の物を魔剣を通して感じた。


「ンだそれっ!?」


 唐突に、何の前触れもなく、大魔王と魔剣の間に、ひと振りの剣が突き立っていた。その剣が、魔剣を受け止めたのだ。

 ライの困惑の間に、大魔王はいつのまに右の手に握っていた、もうひと振りの剣でもって刺突を放つ。

 空気を掻き乱し、食い破るような神速の突き。見事に隙を突いた一撃、ライは咄嗟に身体を捻るが、避けるに避けきれない。

 ――やべ。

 思った。が、


「ライっ!!」


 ライはひとりではなかった。

 割り込む声はレオン。ライに1歩遅れて駆けていたのだ。聖剣を振るい、大魔王の突きを間一髪で弾く。弾かれた大魔王の剣は浄化し消え去った。

 続けざま、


「ふたりとも、退いて下さい!」


 鋭い声と同時に、薄暗いこの地下封印領域を眩い輝きが照らし出す。

 大魔王を全方位から取り囲むように、ゼルクの光刃が幾十と輝いたのだ。

 それを目視した瞬間、ライはバックステップ。ついでにレオンも引っ張って、ともに後方へ退く。

 ゼルクが、開いた手のひらを握り締める。

 そして光刃の全てが、大魔王に殺到する。大魔王を刺し貫くことを目的に、輝ける刃が一点を目指して進軍する。無論、速度は光速。たとえ神であろうとも避けることは不可能といえる。

 だというのに、


「ふふ、ふはは。そちの覚悟は、嚇怒は、その程度か天使よ」

「!?」


 なんということもなく、大魔王は悠然と立ったまま。

 摩訶不思議なことに、光刃は大魔王を貫く直前で、触れる直前で、掠る直前で、空中に急停止したのだ。それはまるで時そのものが止まってしまったかのような光景で、大魔王はひとり停止した世界で嘲笑う。

 なんらかの手段で防がれたか、弾かれたならまだわかるが、停止するとはなんだ。なにかをした風には見えなかったが、なにかをされたのか。

 思案のなか、攻撃を放った張本人のゼルクは、ふと思い出し、現状を理解する。

 そうだ、そうだった。怒りに忘れてしまっていた。忘れてはならないことを、怒りに晦まされた。思い出す、相手は――


「ふん」


 大魔王はまたも知らぬ間に剣を握っており、その握った剣を軽くひと振りする。大魔王を取り囲むように静止していた光刃どもを――ガラスが割れるような澄んだ高音を響かせて――遍く蹴散らす。キラキラと、砕けた光刃の欠片が美しく大魔王の周りを舞う。

 誰しも見蕩れるその幻想的な絵画のような中で、走るフェレスは構わず声を張る。


「じゃあ、アタシのはどうだッ!」


 ぶぅん、と巨大な影の鎌を腰を捻り振り被り、全体重を込めて、走る勢いも乗せ、大魔王の首を狩りにかかる。大鎌は大魔王の首に触れる――触れない!

 やはり不可思議なことにその鎌も、大魔王の首筋、その直前で急制動をかけてしまう。なぜか、手がそれ以上は思い通りに動いてはくれなかった。


「なっ!?」


 魔気に気圧されたか、神威に呑まれたか。

 違う。

 もっと根源的ななにかが、ゼルクの刃をフェレスの鎌を押しとどめた。しかしそれは一体全体なんなんだ。

 フェレスは敵の目前だというのに、酷く混乱してしまう。


「所詮はヒトの子、ワラワに触れることすら叶わぬか」


 酷く冷めた調子で、大魔王は停止したフェレスの鎌を剣を握らぬ左手で触れ、花を手折るように砕く。

 そのまま流れるように、強張ったフェレスに腕を伸ばす。容易く影の鎌を砕いた、恐るべきその腕を。


「フェレス避けろ!」


 ライが焦りを込めて叫ぶ。

 名を呼ばれて、フェレスはようやく現状の絶望を直視する。したからといって、なにをしようにもできなかったが。

 拳。ただ単なる、拳打撃をフェレスの腹に打つ。折れてしまいそうな細腕、小さな拳で、速いとはいえない拳速で殴った。

 それだけで、


「がっ!?」


 フェレスは瞬間移動のように吹っ飛んだ。ライの眼でさえ、しっかりとは捉え切れなかった。ズシン、という衝突音で振り返ると、フェレスは壁に叩きつけられていた。すぐに重力に引き摺られてずるり、と地面に滑り落ちる。

 倒れたフェレスは動かない。フェレスは死んだように動かない。神の一撃をヒトの身で受けたフェレスは動かない。動けるはずがない。


「フェレスっ!」


 弾かれたように、レオンが深刻をあらわに呼び掛ける。返事を返してくれと言わんばかりに必死に呼び掛ける。


「フェレス! フェレス! いっ、生きてるよなっ!? 生きてるよなっ!!」


 まさかこんなにも簡単に、連れ添った仲間を神は摘み取ってしまうのか。

 そんな思いを強く否定し、切実にレオンは願った。


「フェレス、返事をしてくれっ!!」

「だい……じょ、ぶだ。どうにか、生きてる……ぜ」


 果たしてレオンの願いが叶ったのか、息も絶え絶えにフェレスはのろのろと半身を起こす。どう考えても大丈夫ではない声音だったが、それでも返事がきたことに、レオンは安堵する。

 ライとゼルクも安堵はしたが、それ以上に不審を込めて大魔王をねめつける。殺そうと思えば、簡単だったはずだ。なのに何故そうしなかったのか。

 大魔王はふたりの視線の意を汲み取り、嗜虐的に微笑を刻む。


「愉しい愉しいこのひと時、そう易々と終わらせはせぬよ。代わりに、楽に殺してやることはしてやれんがのう」

「んな……ことより、なんで……天使長さんの光の刃が、アタシの鎌が……止まったん、だよ」


 今にも死にそうな声音でフェレスは問う。不可解な現象に、正答が見当たらなかった。そして問いの返答が期待できる相手は、現象を引き起こした本人だけだった。

 大魔王も、魔王と言うだけあって饒舌なのは変わらないらしい。蔑むように語りだす。


「なにを言うておる、この愚か者め。

 ワラワはなんじゃ? そちらはなんじゃ? そちらは誰に創られたと思うておる?

 理解するがよい。ヒトは神には逆らえぬ。逆らおうなどと、そんな不遜なる意志を保持することすらできんのじゃ。まして、神に刃を突き立てるなぞ、ヒトには絶対に不可能じゃ」


 それは神がヒトを創造した際に科した、枷のひとつ。

 たとえ直接の神でなかろうとも、ヒトは神を害することはできない。本能よりも奥底に刻まれた性質が、攻撃の手を押しとどめてしまうのだ。

 どれだけ敵意を、害意を、殺意を心の底から発しようとも、さらなる深淵の奥底にある枷が、それらを押しとどめる。

 そうつまり――ヒトは神には抗い得ない。勝つなど、論外もいいところだ。


「はっ! ヒトは、だろ? オレ様には関係ねえな。それに聖剣をもつレオンもそのルールを破れるっぽいな」


 それを鼻で笑うのは、やはり主人公。

 どんどん勝負の条件が悪くなるなかでも、ライは笑みを絶やさない。

 だから応えるように、大魔王も愉悦に満ちた笑みを浮かべる。


「その通りじゃ。じゃからそもそも、ワラワの敵はそちらふたりだけじゃ」

「そうかい。

 じゃあ、ゼルクとフェレスはとりあえず退け。落ち着いてできることを考えてろ。てかゼルク、お前は元から知ってたはずだろ。なに似合わずキレてんだよ、頭冷やせ。

 レオンはオレ様ととりあえずラスボスと交戦。んで、リィエ――」


 ライの的確な指示に、レオンは頷いて聖剣を構え、フェレスは動けぬ身に臍を噛み、ゼルクは表情を我慢に歪めながらも無理に自分を納得させて退く。

 そして、リィエはひとり、扉の前でガタガタと震えていた。

 青ざめた表情と、色彩をなくした瞳から、精神を圧迫されているのが見て取れた。そこにいるのはいつもの快活で元気な少女の姿ではなく、魔気に屈し、神威にくじけたか弱い少女がいるだけだった。

 それが当然である。相手は大魔王で、神なのだ。単なるヒトの身では、精神がもたない。それが道理。

 ライは不人だからこそ戦える。レオンには聖剣と怒り、フェレスとゼルクにも怒りと憎しみが心を燃やし、立ち向かうことを可能とした。そこにきて、リィエにはなにもなかった。

 なんら特殊な武具をもっているわけでもなく、特別才に恵まれているわけでも、強く心を震わす感情があるわけでもない。どこまでも平凡なる、なによりも凡庸な、ありふれたヒトでしかない。

 そしてヒトは、神に抗い得ない。それが絶対のルールだった。

 ライはため息をつく。


「たくっ、黙ってると思ったらこれだ。

 おい、リィエ。てめえ、なにぼうっとしてやがんだ。敵はそこにいる、オレ様はここにいる。やることはひとつだろうが」


 リィエは微かに口を開き、閉じた。なにかを言うことにすら極度の緊張を感じているのか、それを幾度か繰り返してから、ようやく声と発した。


「でも……ライ、わたっ、わたし……」


 ライは聞いていられなくなり、いっそ冷酷なくらいに不機嫌を滲ませて遮る。


「お前は、なにをやってんだ?」

「…………」


 言われて、リィエは黙ってしまう。俯いてしまう。答えることが、応えることができない自分を恥じ入るように。

 それすらも気に障り、ライは眉を跳ね上げた。もうほとんど怒ったように、ライは言う。


「お前は一体なにをやってやがんだ!?

 お前は言ったな、隣にいると。横にいて、一緒に戦うと。傍らにいて、ずっと同じ道を進むと! だったらなんでオレ様とともにいて恐がってやがんだ!? オレ様がいるだろうが、恐がってんじゃねえ! オレ様はお前といるぞ! それでなにが不満だ!?

 ――お前はオレ様のなんだ!? 言ってみろっ! 言ってみろ、リィエ・スヴェンガルドッ!」


 恫喝のような叫び。怯えた心を、ひっぱたくような言霊。

 弱ったところをさらに鞭打つような行為だったが、リィエは顔を上げ小さく笑ってしまう。ライの呆れるほどの真っ直ぐさに、心を揺り動かされた。

 励ます意味も、慰める気持ちもない。伝えたいのは、ともにいるということだけ。ただそれだけ。リィエにはそれだけで十分だった。それで十分、支えになる。

 だから返す答えなと、わかりきっている。ただ、口にするには確固とした強さが必要だった。大魔王の魔気を乗り越える強さが、神の神威に打ち克つ強さが、必要だった

 リィエは勇気を総動員して、ライという存在を支えにして、おずおずと口を開く。


「……ぁ」

「あッ!?」


 ライの怒声。リィエは口をもっと大きく開く。


「ぁぃ……ぼぅ」

「はっきり言え! 聞こえねえぞ! もっと強く、高らかに言え!」


 ライが急かすように言い募る。そんな声量じゃあ、足りないというように。

 もうやけくそとばかりに、リィエは叫ぶように言う。


「相棒! わたしは、ライの相棒!」

「そうだ」


 間髪いれず、満足げにライは頷く。


「リィエ、お前はひとりじゃねえ。相棒ってのはふたりいて、はじめて相棒だ。だから、ひとりじゃねえ。そうだろ?」

「うん」

「ひとりじゃねえんなら、恐がることなんかねえ。そうだろ?」

「うんっ」

「絶対にオレ様から離れるな、なにがなんでも傍にいろ。そうすりゃ、ふたりで勝てねえ敵なんざいねえ。そうだろ?」

「うんっ!」


 リィエは、頷いてライの肩にとび乗る。そして、全身全霊をもってライにしがみつき、縋りつき、抱きつく。決して離れてしまわないように、それだけを心に決める。

 ライは全く、と息を吐き、それから敵に向き直る。


「いくぞ、リィエ、レオン」

「うん!」


 元気よく、肩のリィエは返事をする。


「ああ!」


 待ってたというように、横のレオンも返事をする。


 ――ここにきてようやく、主人公パーティはラスボスと対峙したのだった。


 劇の開幕を待ち焦がれていた子供のように、相対する大魔王は喜悦し口を開く。


「ようやくか、少し待ちくたびれてしもうだぞ」

「悪かったな、こっちにも事情があんだよ。お詫びに、望みどおり楽しませてやるよ、ラスボス」

「ほう。期待させてもらおうかの、主人公」


 一切無視して、ライは地を蹴る。

 くるり、とリィエは指を舞わす。ライとリィエの距離が超近接――というか密着状態――のため、支援は非常に楽であり、最速で最高の加勢ができる。――どうやら直接、害を与えない支援程度なら、神を相手取っても可能らしい。

 ライは風に乗り、地を踏み締め、魔剣に急かされ疾駆する。大魔王の直前まで瞬間で移動、魔剣を一閃させる。

 しかし、またも大魔王を斬り裂く直前で、ノーモーションで生じた剣がそれをガッチリ受け止める。

 ライは眼を見張り、けれど2度目ゆえにその現象に推測がたつ。


「てめえ、それ……まさか即興で剣を創ってやがんのか?」

「ほう、正解じゃ。よくわかったのう」


“創造”すること。ヒトには絶対に為し得ない、無から有を創造すること。

 それはまさしく神の本分であり、本領だ。ヒトだって、神により創造されているわけで、神は如何なるものでも創造することができるのだ。敵に回してみると、はっきり言って反則級の能力だ。臨機応変にもほどがある。自由度が高過ぎる。

 つまり、今と先の攻防で言えば、唸り迫る魔剣と自らの間に剣を創造し受け止めた、ということだ。

 なにより問題なのは創造速度だった。ライの斬撃が受け止められたということは、剣速よりも創造速度のほうが速いということ。ならばライは真っ向から立ち向かった場合、魔剣は大魔王に届かないということになる。

 どうする。決まってる。


「勝つ!」


 根拠もなく言ってのけた。きっとそれは強さになるから。

 ライは魔剣を引き、すぐに落雷のごとき斬撃を落とす。地と平行に浮くもうひと振りの剣が創られ、受け止められる。何故か中空で剣は静止しており、そのままブッタ斬ろうにも耐え、押し込んでみても動じず、消滅を送り込んでも存在を保つ。

 流石は、神が創りし剣といったところか。

 大魔王が浮くその剣を握り、膂力を込めてライを弾いて飛ばす。神の膂力は強力、ライは一寸も耐え切れず宙を舞う。半ば自ら後方に跳び、衝撃を逃がしていたので空中で体勢を立て直すことではできた。それにリィエの風が補助してくれ、綺麗に足から着地する。


 ライと入れ替わるようにしてレオンが大魔王に踊りかかる。

 聖剣を細かに振り、大魔王を攻め立てる。大魔王は眉を反応させ、体をそらして聖剣の太刀を避ける。

 避けられようとも無関係に、レオンは追い詰めるように聖剣を舞わす。大魔王は、やはり何故か避けることに徹する。

 縦一閃の斬撃、体をそらしかわされる。振り下ろす聖剣を胴辺りで無理に停止させ、手首をかえして横一文字に裂く。大魔王はバックステップでまたも簡単に避ける。レオンは振り切った聖剣を今度は一切止めずに、自分の背中に当たるほどに腰を捻、振り被る。その間にも、足は前へ。倒れ込むように前へ。体当たりのように大魔王へ、向かう。大魔王は来たる剣閃に対して逃避を選択、リーチを見切り、最小限の動きで避けきってみせる。

 大魔王に、回避に専念されてはレオンの技量では聖剣を掠らせることすらできない。ただ聖剣は空だけを浄化する。


 どういうことだ。ライは傍で観察しながら疑問符を浮かべる。

 何故かライの時のように剣を創造して防御せず、大魔王は聖剣を避け続ける。

 明らかにおかしい。剣で受け止め、その隙を突くという戦法はかなり有効のはずだ。なのに何故それをしない。

 疑問は思考に繋がる。思考は推論を立てる。推論の確証を、記憶を遡ることで求める。

 ……ふいと思い出す。先ほど、大魔王の剣と聖剣が触れた時、どうなったかを。

 そして気付く。物質創造には魔属性が宿ることに。

 ライは、勝ち目を見出し微かに笑み、それから口を大きく開く。


「レオンっ、そいつの創るもんは魔属性が宿って、お前には無意味だっ、だからお前は攻め続けろ」

「! そうかっ、わかった!」

「ふむ……流石は主人公ライ・スヴェンガルド、バレてしもうたか。じゃがな――創るだけが能ではないぞ?」


 言が、耳に伝わる前に、レオンは前方から脅威を感じ取る。

 なんだ、疑問と同時にレオンは聖剣をその脅威へとぶつける。大魔王の創る魔属性がつく攻撃ならば、聖剣で浄化できないわけがない。聖剣は大魔王の創造物に対して最強の矛であり、最硬の盾となるというわけだ。

 そんな戦術的前提は――聖剣をすり抜け、衝撃波がレオンの腹を撃ったことで打ち壊される。

 衝撃波の苦痛よりも、前提条件をひっくり返されたことに、レオンは狼狽する。


「なん……でっ」

「阿呆が」


 休む暇もなく同質の脅威をまた感ずる。

 避けろ――頭が叫んでも、ここ最近の慣れにより、レオンの身体は避けることより聖剣で受ける防御動作を咄嗟にとってしまう。受け止められないと、わかっていても。

 衝撃が、レオンの腹を貫く。


「がはっ」


 先ほどと同じように、聖剣をすり抜けた不可視の衝撃波がレオンの腹を強打した。

 今回の衝撃は耐え切れず、レオンは脚からくずおれる。苦痛から無様に蹲ってしまう。

 大魔王は、そんなレオンに右手の剣を無常にも振り下ろす。


「ちィ」


 舌打ち、ライが魔剣を横にし、どうにかその剣を受け止める。


「んの……馬鹿力がっ! レオン、のけ!」


 大魔王の、神の膂力には勝ち目などない。ライは少しずつ押し込まれていた。だから、この体勢の原因たるレオンにそこからとっとと退いて欲しかった。

 すぐさま理解し、レオンは痛む腹を手で押さえて距離をおく。

 ライはそれを気配と音で確認し、真横にしていた魔剣をいきなり斜めに逸らす。僅かに大魔王の剣がそれた瞬間を狙ってバックステップ、間合いを広げる。

 追撃はこない――遊ばれてる。最初から感じてたことだが、ライは口にせずレオンのほうを窺う。


「おい、どうなってんだ」

「わからない。聖剣で、受け止めたはずだ。なのに貫通した、いや、すり抜けた……?」


 大魔王はなにをしたというのだ。

 疑惑を抱くライとレオン。そこに声を差し込んだのは、ライの肩のリィエ。信じられないという口調で言い放つ。


「ライっ、ライっ! あれ、あれ風だよっ!」

「はぁあ? 風だとっ!?」

「しかも、全く穢れてない! 普通の風だよっ!」

「ふ、他の属性では眼に視えてしまうからつまらんと思ったが、そういえば妖精がおったの。

 まあよい。

 即ち、ワラワは創造する以外にも、現象を操ることができるのじゃよ」


 物質創造ではなく、これは現象操作。神がヒトに与えた魔術、その最上級といっていい。ならばリィエは、ただのヒトでは、干渉できるわけもない。

 ライは、問う。


「それにも、魔属性は宿るんじゃねえのかよ?」

「いや、現象操作には魔属性は宿らんよ。何故なら元よりこの世界にある現象を操作するだけじゃからの。そちらヒトの魔術と原理は同じじゃ。そちらの魔術にも、魔属性は宿っておらんじゃろう?

 ちなみに、魔王どもは元ある世界の自然に無理やり己が魔を混ぜ合わせ、強制的に従わせておるのじゃ。じゃから聖剣により浄化された。まあ、それでは魔術の真のチカラは発揮できんがの。それでも、神の魔術には及ばずとも、ヒトの魔術では対抗しきれぬレベルにはなったのじゃから、十分ではあったがのう」

「説明好きがっ! つまりそれを創った神サイキョーって、言いてえだけだろうがっ!」

「まあ要約してしまえばそうじゃの」

「うぜー!」

「ふふ、そうがなるでない。ほれ、次の攻撃じゃ――こんなのはどうじゃ?」


 ズン、と音ではなく感じ、ライ――とその肩のリィエも――とレオンは大地に叩きつけられた。

 まるで眼に見えぬ鎖にでも捕まったかのように、地面に張りつけられ身動きが全くできない。まるで身体の上に大岩でも乗せられているかのように、全身が押し潰される。まるで体重が十倍にも百倍にも増加したかのように、強く強く地面にめり込む。

 立ち上がろうにも縛られ、這い上がろうにも押し込まれ、起き上がろうにも動けない。

 凄まじい重圧が圧し掛かる。重圧――ライは這い蹲りながらも、現象を看破する。


「じゅう、りょく……重力かっ!」

「知ったところでどうするのじゃ、主人公?」


 大魔王が重圧を増す。この状況をどう打開するのかと、愉しむように笑いながら。

 増加した重みに、骨が軋む。身体が軋む。なにより身体中のいたるところが痛みを訴える。苦痛に涙さえ滲みかける。

 空間をひずませるほどの重力の圧に、身体が耐え切れない。心が耐え切れない。魂ごと押し潰されそうになる。

 ライはそんな壮絶な重力の災禍の中で、視線を彷徨わせる。他の仲間たちを探す。

 自分と同じように、レオンは押し潰されていた。自分と同じように、リィエは押し潰されていた。ふたりの表情には、ありありと苦痛が浮かんでいた。死相が浮かんでいた。

 このままでは、そう待たずに圧死する。

 そこまで思考してから、歯を食い縛る。強く食い縛る。レオンとリィエの現状を見て、ライは歯を食い縛る。


「こんっ……なぁ、もんッ!」


 握る魔剣へ要求する。現状を打開しろと。こんな状況など打ち崩せと。

 魔剣はそれを忠実に実現せんと唸る。使い手の意志を読み取り吼える。

 ライは、重たい腕を全霊をかけて上げ、超重量の魔剣を掲げる。そして、すぐに虚空に向かって振り下ろす。

 ズパンッ――そんな音がした気がした。

 ライは短く息を吐いてから、両手で起き上がり、何事もなかったかのように立ち上がる。

 大魔王はここに来てはじめて、驚愕をあらわにする。


「なっ!? どういうことじゃ」

「はっ、やればできるもんだな」

「まさかライ……現象を、消滅させたのか」

「ああ」


 そう、魔剣の消滅の方向性を変え、触れることはおろか、視認すらできないはずの重力圧を、ライは断ち斬って見せたのだ。

 言えば簡単そうだが、実際は恐ろしく難度の高い魔剣のスキルだろう。ライは、すでに魔剣を自在に扱えるようになっていた。

 ほれ、とリィエとレオンにかかる重力のほうも、ライは消滅させる。


「しっ、死ぬかと思ったぁ」

「っぅ……あ、ありがとう、ライ」


 リィエは小さな身体を奮い立たせ、緩慢ながらも急いでライの肩に乗っかる。

 レオンは礼を言って、ふらついた足で立ち上がる。ダメージは大きいが、ここで倒れるわけにはいかない。レオンは、聖剣を構えなおす。

 ライはふたりのダメージが大きいことを見、少し眉を曇らせる。


「お前ら、ちょっと休んでろ」

「え、だいじょーぶだよっ」

「そっ、そうだよ、戦えるさ」


 ふたりは言うが、ライは聞かない。


「いや、ほんとちょっとだけだから、今の重力でいーぃこと思いついたんで、試してみる間だけだから。ほんとちょっとだけ動くな」


 いい終わるとライはがくん、と倒れ込むように前へ。全速力で疾走し、大魔王に再び隣接、魔剣を振り被る。

 大魔王は、ややつまらなさそうに呟く。


「先となにも変わっておらぬぞ、ライ」

「どうかなっ」


 大魔王はため息を吐き、剣を創造し襲い掛かる魔剣を防ぐ。防ごうとする。


 けれど魔剣は、剣が創造しきる前に大魔王の頬を裂いていた。


「――え?」


 呆気にとられた顔、大魔王は今いったいなにが起こったのか理解できなかった。


「ち」


 ライは舌打つ。首を狙ったが、咄嗟に首をそらしやがった。油断していても、やはり敵は神。

 だが――思いつきは成功したようだ。

 一方で大魔王は、裂かれた頬に触れ痛みが走ったことで、斬られたことに遅まきながら気付く。なにが起こったのかを理解する。

 ――剣速が、明らかに上昇した。

 大魔王の動転した頭は、すぐさまそう結論する。そうせざるをえなかった。

 だが、だが。


「何故じゃっ! 何故、剣速が上がるっ!? なにをっ、なにをしたのじゃっ! ライっ!!」


 今までにない狼狽っぷりを見て、ライはニヤニヤしながら、まるで魔王のように教えてやる。


「はっ、消滅させてみたんだよ、空気抵抗ってやつをな」

「なっ!?」


 空気抵抗。

 大気あふれる世界の中で、それは速度を極めるにおいて最大の邪魔者だった。どんな動作もそれは抑制し、速度を減退させる。どうがんばろうとも、超えられない壁だった。速いほどに強く抑制をかけてくる様子は、まるでヒトにはその速さが限度だと宣言するようだった。

 その、空気抵抗を消滅させた。

 空気を消滅させ、抵抗を退かし、邪魔なる全てを排除し、ただ加速するだけの魔剣。

 先ほどまでとは全く変質した、神――神速にも届く、超高速の斬撃。

 大魔王は思わず似合わず叫ぶ。


「先ほどから、非常識が過ぎるぞ、ライっ!」

「神なんて非常識物体に言われたかねえよっ」


 ライも叫びかえし、その声と同時に魔剣を振るう。魔剣が抵抗を消滅させて、大魔王に超高速で迫る。

 これでは、もう物質創造の速度では追いつかない。

 ならば。

 金属音。刃と刃が交わる音。

 大魔王はその手にもつ剣でもってライの太刀を受け止めたのだ。

 花びらのような唇を綻ばせ、大魔王は笑う。


「ふふ、ふはは、愉しい、愉しいのう、ライ。そちはワラワの予測をいつも超える。剣を交えることになるとは、思うておらなんだ」

「ああ、そうかい!」


 言い合う間にも、魔剣と神の剣は閃く。

 両者、剣速はすでに神速。短い会話のうちに26合、打ち合っていた。

 神の膂力は強大、ライが真っ向から剣を受け止めれば、腕が砕ける。故に、捌きいなし受け流す。ほんの数ミリでも打点がズレるだけで握る魔剣が吹き飛ぶ、ほんの僅かでもタイミングを乱せば両手が消し飛ぶ、ほんの一瞬だけでも力比べになれば身体が消え失せる。1度もミスはできない。それは死を意味するから。

 ライは鍔競り合えない分、打ち合いを加速させる。斬って引いて、斬って引いて、そのサイクルを加速させる。早く速く疾い、追求するはかわされないほどの、受け切れないほどの速さ。けれど大魔王はライの太刀の全てに反応し、ライと同様に見事に受け流す。

 一体全体、どれだけ剣と剣は打ち合ったのか、数えるのも馬鹿らしい。ともかく膨大な数で、これからさらに膨大になっていく。

 そんな死と隣り合わせの戦闘のさなかだというのに、ライはおどけたように口を開く。魔剣を回しながら、笑いかける。


「げっ。剣術まで神クラスってか」

「はは、そちらと遊ぶためにはこのくらいできなくてはのう」

「このくらいって……明らかにお前、八番目とかヘンタイとか超えたレベルの剣技だぞ」

「神じゃからの、我が創造物など比較になるか。ヒトなどと同じに考えるなど愚かしいぞ」

「ちぃ!」

「しかしそれにしても――」


 勿論、言葉の応酬よりも激しく、荒々しく剣の応酬は続いている。互いに、会話で集中力が削がれることを期待していても、実際は無駄だと理解していた。その程度で、この敵の集中は揺るがない。

 それでも、剣戟とともに言葉を紡ぎ続ける。


「その魔剣、魔王どもの眼で見ていた時から思っておったが、そちの得意な得物ではないようじゃの」

「へえ、よくわかったじゃねえか」

「やはりな、どこかぎこちない。あるいはそちの得意な得物だったなら、剣術では負けていたかもしれぬな」

「ぁあっ!? 舐めんなよ、オレ様は得意不得意で戦ってんじゃねえんだよ、お前なんぞ、魔剣で十分」


 言いながら、ライは冷や汗を隠せないでいた。

 速度は、確かに追いついた。ようやく同等にまで登りつめた。しかし、しかし筋力が技量が経験が、他の全てが圧倒的に劣る。

 神という規格外なスペックもさることながら、神なる者の剣術は、なるほど確かに神技だった。

 たとえ不人といえど、敵に回すには強大が過ぎる。

 しかし、だから自分には仲間がいる。ライは声を張る。


「リィエっ、レオンっ、早いが休憩終了! てめえらも混ざれや、3人で攻めるぞっ」

「うんっ」

「ああッ!」


 本当に僅かの休みだったが、ふたりは嬉しそうに返事をする。ライだけに押し付けていたくなかったのだ。

 レオンは一直線に大魔王へと走る。ライと斬り合う大魔王へと向かう。リィエは肩で指を舞わす。ライの速度をさらに加速させる。

 並び立つ、聖剣の使い手と魔剣の使い手。そして補助を担う妖精。

 大魔王は3人を満面の笑みで迎える。


「もっと、もっとじゃ、もっとワラワを愉しませてくれ」

「はぁあッ!」


 気合をこめて、神速剣舞にレオンが割り込む。

 とはいえ、レオンの剣速ではとてもじゃないがライと大魔王の剣舞には追いつけない。神ではない、空気抵抗が邪魔をする。それでは決してこの速度には至れない。

 それでいいのだ。聖剣は遅くとも、大魔王の剣を剣とせず浄化できるのだから。大魔王はレオンの聖剣を受けることができないのだから。

 それならばと避けるのだが、魔剣の超高速がそこを追撃する。大魔王は手にする剣で受け止めると、そこは隙となり聖剣が狙う。

 これでは繰り返しだ、と大魔王は思い、やり方を変えることにする。


「――っ!?」


 レオンに向けて、風が吹く。現象操作による、聖剣をすり抜ける穢れなき風の槌だ。

 魔剣とは剣で鍔競り、聖剣には術で対抗する。それが大魔王のとった戦術。

 しかし。

 音もなく、魔剣は振るわれた。その斬撃は、超高速によりレオンに直撃する以前の風を捉え、消滅させる。


「レオン、お前はそのまま攻め続けろ、お前への攻撃は全部オレ様が消す」

「! 了解っ!」

「リィエ、お前は風が来たらオレ様に言えっ、見えねえんじゃあ勘になっちまうからな」

「わかったっ」


 早口に告げる策。それは現状の最善手といっていい。大魔王は自分の戦術を崩す策を、瞬時に思いついたライに小さく感嘆する。

 これでは術の意味はない。なんせ超高速の魔剣がレオンに届く前に消滅させてしまうのだから。剣での勝負も、2対1では少し厳しい。まして聖剣が相手となるとかわすしかできず、面倒だ。

 大魔王は、次手にうつる。


「次は、これでどうじゃ」


 ぞっ――ライとレオンは咄嗟にその場から離れる。なにか不吉な予感が、身体を跳び退かせていた。

 その不吉は魔。魔の波濤が大魔王からでなく感じられたのだ。それは――


「ふはは、九番目、となるのかのう」


 黒い、夜のように黒い肌。背で羽ばたく翼を広げた、3メートルほどの人型。そして、血の如き双眸。

 大魔王の前に立つそれは――魔王だった。

 ライはゲンナリした口調で言う。


「そんなに簡単に創りやがって……」

「2対1じゃったからの、不利を感じたのじゃ。これで2対2じゃな」

「は、100対1でも勝てるくせに、よく言うぜ。それに――」


 ライは鋭く眼を細め、訂正を口にする。


「2対2じゃあねえ、5対2だ」

「なに?」

「魔王ってんなら神じゃねえんだ、お前らでも倒せるだろうよ――フェレスっ、ゼルクっ」

「勿論だっ」「勿論です」


 影が、魔王の足を沈めて動きを封じる。光が、動けぬ身を刃となって刺し貫く。

 創造からたった数秒で、“九番目”の魔王は浄化し消え去った。


「そうじゃったのう、失念しておったわ」


 大魔王は驚いた風もなく、そんなことを言う。


「そちらは、5人で主人公パーティじゃったな。くく、面白い、ほんに面白い……じゃが、さらに面白くなる方法を今しがた思いついたぞ」

「いやな予感しかしねえな」


 ライとレオンはどんな攻撃がこようとも対処できるように、腰を落として隙なく構える。

 フェレスとゼルクは、また魔王が創造されようと瞬殺出来るように集中を高める。


「なに、聖剣、魔剣――」


 三日月に頬を歪めた大魔王の姿が掻き消える。その瞬間に、大魔王はライとレオンの寸前に立っていた――空間転移。

 その手が、優しげに聖剣と魔剣に触れる。


「そんな出来損ないを、折ってやろうと思ってのう」


 そしてたおやかに細い指で軽く、撫でた。傍からは、撫でたとしか見えなかった。

 ただ、それだけ。


「さて――」


 パキン。

 ただそれだけで、乾いた音をたて、今まで幾多の戦いをともにしてきた――


「どうするのか、見せてもらうかのう」


 ――聖剣と魔剣は折れ、砕けた。


 大魔王は、恍惚そうに笑った。






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