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第三十五話 遂にラスボス登場、そして最終決戦開幕





 ラスボスとは、いかなる相手か。大魔王とは、いかなる存在か。神とは、いかなる超越か。

 ライたち5人は、心の底で不安を抱きながらも、魔王城、その地下、いかにもなにかを封印しています、という扉の前までたどり着いていた。

 なぜだか、魔物は1匹たりとも見当たらず、気配さえも感じなかった。故に、ここまで容易に来れたわけだが、それが逆に不安を増長させた。何故、あんなにも膨大にいた魔物どもはいないのか。答えは至極簡単、自分たちは誘われているのだ。大魔王にとって、自分たちの襲撃などなんでもない、そう言われたに等しい。

 けれども、それは好都合とも言えた。相手が油断してくれているのなら、付け入る隙はあるのだから。


「全員、覚悟はいいな?」


 最後の確認、ライは口元を緩めて振り返る。

 扉越しのプレッシャーに萎縮しながらも、静かに4人は頷く。それぞれ、瞳に決意と覚悟を宿して。

 ライは満足げに笑うと、重々しい扉に手をかけた。

 

 ――ゆっくりと、扉が開く。

 

 扉を開いた途端、突風が5人を襲う。しかしこんな場所に風など吹くはずもなく、風の眷属であるリィエもそれが風ではないとわかる。

 では、なにか。

 それは精神を砕く威圧感。それは心を引き裂く魔気。それは魂を屈服させる神威。


 心的死滅を齎す、禍々しきプレッシャーの向こうには、黒きヒトガタが在った。

 それは美しく、それは麗しく、それは黒く、それは邪なる――絶望によく似た女性だった。

 長身にして180センチほど、20代後半であろう成熟しきった肢体を扇情的な黒衣のドレスで包み、

 長い長い、艶やかなる髪の毛は漆黒色の夜空のように美麗で、

 暗く昏く、底も果ても終わりもない暗黒色の瞳で、

 黒い、黒い黒い黒い、全てが黒い美女。絶世といってなんの文句も見当たらない、驚嘆にさえ値する、確かなる麗人。


 けれどもけれども。

 その美の化身のような彼女に、恋焦がれることは決してなく、劣情を抱くなど畏れ多い。

 抱く感情があるとするならば――ただひとつ、畏怖のみ。

 凶悪なる瘴気をその身より発し、害悪なる狂気をその身より生じさせ、真悪なる魔気をその身より噴き出す。

 この世の全ての負を、魔を、黒を、闇を、ヒトガタに押し込んだような、忌避されしあってはならない究極の魔。

 おそろしいおそろしい。おぞましいおぞましい。おびただしいおびただしい。

 吐き気を催す。頭がガンガンと痛みを訴える。胸がムカムカしてしょうがない。

 視界におさめるのも嫌だ。気配を感じるのも嫌だ。記憶に残しておくのも嫌だ。身体中の全てが、心の底のどこまでもが、この魔を完全に拒絶している。


 ――だというのに、何故? 何故、頭を垂れ、平伏し、服従してしまいそうになる? 

 それは神たるものに対する無条件の、それでいて無理やりに植えつけられた信仰心。そして神に比較してどれほどまでも卑小なる自分に対する絶望。

 格が違う、存在が違う、領域が違う、世界が違う。違う違う、違い過ぎる。

 ヒトなどがその御身を直視すれば、頭を地に擦り付け相対したことを謝罪したくなる。声高らかに賛美歌を歌いたくなる。卑小なる我が身に恥じ入り死にたくなる。

 何故ならば、彼女こそは神。万物の創造主が1柱。ヒトの母であり父たる存在の同胞。


 そもそも、ヒトは神に抗えないように創られている。ヒトは神に従うように創られている。ヒトは神に奉ずるように創られている。

 直接の創造主でないだけ抵抗はできるが、一瞬でも気を抜けば本当に死んでしまいそうなほどの神威にあてられ、足が竦んでしまう。


 嗚呼。嗚呼!

 そう、そう、そう!

 かの者こそは、かの者こそが――世界を最悪し災厄し砕滅させるモノ、魔する魔たる魔なる魔、魔であり神、神であり魔、魔を生きる全てという全ての造物主――


 大魔王なり。






「よう来たな、ヒトども」


 ヒトの形を成した神の声が響き渡る。澄んだ、鈴の音のような声だった。


「歓迎しよう。ゆるりとするがよい」


 そう言って神は、大魔王は魅惑的に笑った。それだけで、同姓――に見える――のリィエやフェレスでさえも心臓が高鳴るのを、頬が朱に染まるのを、見惚れてしまうのを、止められなかった。

 レオンなど、心を奪われ、そのまま心の臓が停止するかと思った。ゼルクも苦しそうに心臓あたりを押さえている。

 戦いは始まってさえいないのに、すでに負けてしまいそうだった。登場しただけで、敗北してしまいそうだった。

 ――がしかし、ただひとり、そんなものには心を動かさない主人公がいた。


「やば! ゼルク以上の美しさ強調描写なんですけどっ! さすがにあざといんですけどっ!」


 なんてメタなことを叫ぶライに、心身ともに圧迫されたレオン、リィエ、フェレス、ゼルクは少しだけ気が楽になる。

 一方、大魔王は無礼千万なライに気分を害した風もなく、興味深げに顎に手を添える。


「ふむ。流石は不人(フヒト)と言ったところかのう。魔気を向けられ神威を向けられ、なんの変化もなしか」

「神威? あー、てめえさては自分のことすっげー美人だと思ってるタイプだな? まあ、確かにオレ様をしてすげーキレイだと言わしめるほどの美人だ。がしかし! 残念だったな、オレ様のパーティに女好き要員はいねえ!」


 てめえの美人さ加減は無意味だぜ、わははははっ。とライは強気に笑った。

 僅かにわざとらしさもあったが、ほとんどいつも通りのライだった。

 ライはヒトではない。故に、神など恐れないし、信じもしない。

 相対しようとも、変わらず不敵に笑うことができるのだった。そして、その姿は仲間たちに活力を与える。反抗心を絶やさないでいられる。

 大魔王は言う。まるで歌うように。


「ふふ、面白い。ほんに面白いのう、ライ・スヴェンガルド。そちはワラワの思った通りの性格のようじゃな」


 口より奏でられる天上の旋律は、耳から心を蕩かす。

 ライに効きはしないが。

 敵のペースに呑まれることなく、平静につっこむ。


「なんで名前知ってやがんだよっ!? 名乗らなくてもいいってことかい? あーあー、最近は自己紹介の機会がなくて、決め台詞が言えなくて困ってたところ、ラスボスまで知ってんのかよ、くそっ。いや、それでも名乗るけども!」


 どうも名乗っておきたいらしかった。

 親指で自分を指差し、にやりと笑って、ライは高らかに宣言する。


「オレ様は! 世界の主人公、全ての主役! テメエの敵! ライ・スヴェンガルド様だァァァァァァァァァァァアアア!」

「自己紹介かえ、そちがするのなら、ワラワも名乗っておこうかのう」


 身に纏う暗黒色のドレスのスカート、その裾をちょんと摘み、恭しく頭を下げ大魔王も名乗りを上げる。


「ワラワこそ、そちらの最後の大敵にして、始まりし終わり、混沌より生れ落ちた破滅、在りえざる“八番目”の神にして魔物の創造主――まあ、今は大魔王とでも呼ぶがよい」


 感じたことのない威圧感。名乗る言の葉に、いかなものがこもっていたのか、ライでさえ刹那だけ息をすることも忘れてしまった。

 それを気合と根性でやり過ごすライに、大魔王は底意地の悪そうな笑みを浮かべて薄紅色の唇を開く。


「それと名前のことじゃったが、ワラワはそちらのことならよぉく知っておるぞ」

「なに?」

「ワラワは魔王どもを通して、ずっとそちらを見ておったからのう」

「! ……そうかよ、手の内もバレバレってことかい」


 つまり魔王たちとの8度の戦闘、その全ての戦い方や戦術、パターンに策まで見ていたということだろう。ならば同時に対策や弱点なども、露見しているということ。

 また――勝ち目が薄くなった。

 ライの眉が険しくなる。どうするか、算段を頭に浮かべる。

 そんなライの様子を気にもせず、大魔王が不意にくすくすと笑い出す。まるで童女のように。


「――しかし、これまで千年と生きてきたが、そちらの物語は今までで一番愉しい余興じゃったぞ。愉快で愉快で、ワラワはそちらがここに辿り着くのが、いつの間にか待ち遠しくなっておったわ」

「へっ。そいつはどうも」

「じゃが、つまらぬな。ライを除けば、誰も口すら開けんとはのう。想いはあっても、それだけでは虫も殺せぬぞ。これでは興醒めじゃ」


 故に、と言いながら、大魔王はレオンへと視線を向ける。


「まずはレオン・ナイトハルト、どれ、ひとつそち向けの話をしてやろう」

「……な、に?」


 威圧され、心を圧し潰されそうになりながら、レオンはライのいる安心感と聖剣の加護により言葉をつくることに成功した。

 それにより、大魔王の視線にこもる力が増す。


「っぁ!」


 レオンはその深淵の如き瞳で、見定められた。見透かされた。見下された。魂の奥底まで嘲笑われた、そんな気がした。

 放つ空気だけで折られそうな心が、さらに強く軋む。

 神とヒト。その大いなる格差を見せ付けられる。

 レオンは心臓の辺りを押さえつけ、聖剣を必要以上に強く握り締め、視線を地面に落とすことでどうにか潰されそうな心を保つ。

 大魔王は、そんなレオンに薄く笑いかける。


「ふふ。

 のう、レオン・ナイトハルト。何故そちの故郷のような辺境地なぞに、魔王が現れたと思う?」

「……?」


 突然、大魔王はそんなことを言う。

 レオンは、すぐにはその言葉の意味を理解できなかった。いきなりそんなことを言われても、理解できようはずがない。

 とはいえ確かに、今考えてみると、おかしな話ではあった。たかだか小さな村ひとつに魔王が直々に現れるなど。

 大魔王は甘く、ゾッとするくらいに優しく囁く。


「――あれはワラワの命令じゃ」

「ッ!!」


 レオンの中で、なにかが弾けた。

 構わず、大魔王はすらすらと読み上げる。


「あの場所は、昔から聖の気が強い特異点でのう。あそこで生まれた者は総じて聖の気が強く、聖剣の使い手たりえる存在が生まれる危険性があったのじゃ。そして最近になって聖剣がなにかに反応を示してのう、使い手が生まれたと推測できたのじゃ。故に先手を打って潰させておいたのじゃが……まあ、“凍土”のお遊びのせいで全ては台無しになってしまったがの」

「そんな、ことのために……!」


 抑圧されていた心が、怒りという起爆剤により膨れ上がり、燃え上がる。轟々と、敵愾心に燃える。

 レオンは睨みつけるように大魔王を見据える。その眼にはもう、恐怖も絶望もなかった。あるのは、久しく忘れていた憎悪と憤怒。

 その強い視線を、むしろ大魔王は心地よさそうに受け止め、眼を細める。


「そうじゃ、その眼じゃ。聖剣の使い手じゃろう、そのくらいの気概でもって挑んでもらわねば、こちらが退屈してしまうわ。

 よもや門番として置いた“八番目”が突破されようとは思っておらなんだが、あれで勝てぬなら、ワラワ自身が相手をする他あるまい。そしてワラワが戦うのじゃ、つまらぬ遊戯は赦せぬ」


 嬉しそうに、今度はフェレスとゼルクに視線を定める。


「天使に悪魔よ、そちらには言うまでもなかろうが、何時ぞやの戦争はワラワが引き起こしたぞ。そちらの同胞はワラワがひとり残らず皆殺したぞ――それでもそのような弱腰か?」


 その類の挑発を受けては、悪魔と天使としては流石に黙ってはいられない。俯いた顔を持ち上げ、敵意をむき出しに睨みつける。

 フェレスが吼える。


「アンタのせいか、アンタのせいでみんな死んだのかっ!」

「そうじゃ」


 なんなく頷く大魔王。その態度はそんなことはどうということはない、という大魔王の意識を忠実にフェレスに伝えた。

 フェレスは噛み砕かんばかりに歯噛む。


「だったら……だったらアンタはアタシの敵だっ!」

「私たちの、敵です。私も流石にあの戦争を引き合いにだされては、心中穏やかではいられません。みなの仇をとらせて頂きます」


 常に冷静なゼルクでさえも剣呑な怒りを滲ませている。それだけ、あの戦争はゼルクの心に傷を残していたのだ。

 大魔王はそれでよい、と鷹揚に頷く。そして大きく両手を広げ、空間を震わすように奏でる。


「さらに発破をかけてやろう。

 ここでそちらが斃れれば、聖魔の剣はヒトから失われ、ワラワを倒す術は永遠に失われる。そしていずれはこの封印も解け、ワラワは世界を破滅に導くじゃろう。

 ――どうじゃ、やる気は出てきたかのう、主人公? そしてそのパーティども」

「は! やる気なんざ、最初から全開だ。女だからって容赦しねえぞ!」


 ライの握る魔剣が震える。遂に己が存在理由を果たせることを、歓喜するかのように。

 震え、波打ち、吼える。

 かつてないほどその刀身は黒く、深潭の如き漆黒に彩られる。

 禍々しくも頼もしい、全て喰らう魔の波濤が周囲を威圧する。

 刀身に触れた空気すら消滅させ、空間という概念すらも消失させ、振るうたびに世界を壊滅に追い込む。

 確かにそれは、真にそれは、神をも殺す剣。……その前に、世界さえ殺しかねないが。

 そんな暴力的なまでの必滅のチカラを、無理やりに押し込め、抑え込み、どうにか魔剣はその形を維持する。

 ライは、獰猛に犬歯を剥き出す。


「さあ、いくぜ――ラスボスっ!」


 ふ、と大魔王は息を吐き、とびきりの笑みでもって応える。


「来るがよい、ライ・スヴェンガルド、そして我が同胞の小さき子らよ――ワラワを、愉しませてくれ」


 戦いが――始まった。





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