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第三十三話 主人公は1度負けた相手に2度負けない、てか負けるわけにはいかない

「来たか――」


 変わらず“八番目”の魔王は、魔王城の門を背に立っていた。そして、閉じていた瞳をゆっくりと開く。

 瞳にうつる人影は、


「待たせたな」

「はっはー、さっきぶりだ」


 魔剣の使い手たるライと、先ほど奇襲してきた達人レベルの剣士ヴェンデッタのふたりだけ。

 ふむ――どうやら、他のメンバーは後方支援に徹するという腹積もりらしい、“八番目”はそう推測する。そして、聖剣はトドメのための控えか。

 そこまで読んで、“八番目”はつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「小賢しい。時間をかけてなにを企んできたかと思えば、その程度か」

「かっ。読みきった気になってろよ、その先に必ずオレ様の策があるぜ」

「オレの策でもあるがな」

「ハッタリを」


 どこまでもつまらなげな“八番目”に、ライとヴェンデッタはよく似た風に、ほとんど同時に、口端を鋭角に歪ませる。


「はっ、そりゃあ――」

「――どうかねぇ?」


 無音――ヴェンデッタは大地に干渉し、土を蹴らずして、予備動作なく、どこまでも自然に“八番目”との距離を無くす。大きく剣を振り被りながら。

 ヒュン。

 日ごろから重ねてきた素振りの如く気負いなく、なんの衒いもない真横斬りが小気味よい風切り音を鳴らし舞う。

 そこでようやく、


「っ、なぁあ!?」


“八番目”は、ヴェンデッタの接近に気付く。速くはなかった、ただ恐ろしいまでに接近は、否、大地ごとの移動は自然だったのだ。

 無論、致命的なまでに防御は間に合わず、がら空きの胴を横からブッタ斬られる――ことはなく、硬質な表皮に遮られ、傷は浅く、衝撃によろめくだけにとどまる。ただの剣ではそれでも上等である。剣士の技量と膂力が窺える。

 そのよろめいた隙を突くは、ライの魔剣。入れ替わるようにヴェンデッタが退いた、その場所に踏み込み、ライは魔剣を振るう。

“八番目”は衝撃に揺られながらも右手の漆黒の剣を、感じた気配に向けて構える――ガキャア! と剣同士の悲鳴がこだまする――隙を突いたはずのライの一撃は、“八番目”の脅威的な反応速度で漆黒の剣を盾に遮られた。

 今度はライが瞠目。即座に眼を細めなおし、未だ体勢の整わない“八番目”に追撃を仕掛けんがために魔剣を引く。同時に、ヴェンデッタも剣を振り被っていた。

 そこで。

 

「!?」

「っ!!」


 ふたりはそれぞれ左右に、跳び退いた。絶好のチャンスを、棒に振ってまで退いた。

 何故か。

 答えは簡単。ふたりの元いた空間に、黒い塊が消失を起こしていたから――それは“八番目”の放った魔の弾丸。

 ライが毒づく。


「ち、忘れてたぜ。そうや、んなスキルもあったな」

「白々しい。想定していなければ、回避できる場面ではなかろうに」

「お見通しってか?」


 ライは時間稼ぎのように口を回す。それはなんらかの意味をもつのか。はたまたただこちらを煽っているだけか。

“八番目”はライの真意を読みきれずにいたが、どちらかといえば時間稼ぎであったほうが拙いと判断する。

 ならば、時間などかけずに終わらせる。“八番目”は力とともに言葉を放つ。

 

「ひとつ忠告だ。あまり喋りすぎていると、弱く見えるぞ?」

「んだと――」


 ライの言葉途中で、“八番目”は己が身より魔を解放、周辺一体に黒き塊を幾百も撒き散らす。漆黒の球体が縦横無尽に駆け巡り、周囲にあるあらゆる存在を消失させながら荒れ狂う。

 それは30センチほどの魔の弾丸、否、砲弾による360度全方位乱射――どこに隠れているかは知らないが、遠くに離れた後方支援者たちに当たれば行幸、そうでなくとも前衛の回避は辛い。

“八番目”は亀裂のような笑みを浮かべ、言った。


「避けきって見せよ」





「んだそれっ!」

「てめえが挑発するからだぞ、ばか弟子!」


 前衛のふたり――がなりながらライは魔剣を構え、愚痴りながらヴェンデッタは身を低くした。

 そして襲い来る、魔の飛沫。真横から降りかかる、消失もたらす豪雨。

 かするだけ消失必死。触れてしまえば消滅確定。直撃などでは即滅しかねない。

 ならば、


「全部――」

「ブッタ斬る」「避けきる」

「――だけだっ!」


 見事な合唱。

 ライは砲弾の軌道を見極めんと限界ぎりぎりまで眼を細め、ヴェンデッタは弾群の間隙を探りださんと極限一杯まで眼を見開く。

 動きだしたのは、奇しくも同時。

 ライは高速にして、コンパクトに魔剣を振るう。

 迫る魔弾幕を振りぬいた剣先で4斬り消し、返す刃の腹で6裂き消し、後方に退きながらももう1度強引に斬りかえし3吹き消す。必要最低限数の魔弾を、さらなる魔たる魔剣により消すことで、ライは生き延びる。

 ヴェンデッタは俊足にして、驚くべき技巧にて体をそらす。

 僅かな隙間すら見当たらない魔の嵐を、けれども柳の如きゆらめくステップと唐突に上がった速力――それは大地に干渉して起こした加速――により掠ることすらせずに全弾回避してみせる。

 ふたりが凌いだと、内心で僅かな安堵を浮かべる――その瞬間を狙って


「まだだ」


“八番目”は、ふたりの真後ろ――魔弾を囮に空間転移でふたり共通の死角へと移動していた――から、左右の手から1発ずつさらに魔弾で射撃する。それは先の乱射とは違う精密高速射撃。速度も命中精度も、段違い。

 片方はライの心臓を狙い猛進し、もう一方はヴェンデッタの頭蓋を狙い風を切る。

 ライは魔剣を振り切った状態ゆえに回避もままならず、それでも踏ん張って身体を無理やり捻った。そんな必死の抵抗も、身体の中心を見事に狙い撃った弾丸はあざ笑う。魔弾がわき腹に被弾、魔の接触により消失が起こる。


「ッぅ!」


 けれどライは魔剣の使い手、消滅は魔剣の加護により抑制される。消失以外、痛みと衝撃はライの身を蝕むが、そんなもの耐え忍ぶ。大したことは、ない。


 一方、ヴェンデッタは回避動作中という比較的避けやすい体勢だったために、精密高速射撃だろうとも見切り、首を動かすだけで避け――“八番目”は射撃後すぐに間断なく攻め立てるべく、大地を踏み締め、一直線でヴェンデッタへ向かう。“八番目”の突貫はすでに音速にまで達する高速駆動――避けたところでヴェンデッタは、同時に腹に痛烈な衝撃を受けることとなる。弾丸と並走したとでもいうのか、脅威の速度からの“八番目”の蹴撃により。

 動きが速すぎて、知覚も反射もガードもままならず、直撃であった。


「グッッ!!」


 ヴェンデッタは極力踏ん張ったが、それでも血を吐き散らしながら5メートルほど滑るように後退してしまう。けれども決して足は大地から離さなかった。

 彼は獣人(ビーステア)。獣人は足で大地と繋がっていればこそ真価を発揮する種族。まずなによりも、足が地面から離れないように全力をこめていた。足が地面についているのなら、地面から力を受け取っているのなら、おそるべき膂力による蹴りであろうと、死にはしない。

 ということをわかっていた“八番目”は、吹っ飛んだヴェンデッタを追い討たんと駆け、

 咄嗟に全行動を停止。“八番目”は漆黒の剣でもって横からの一撃を受け止める。

 魔剣による斬撃を受け止められたライは、舌打つ。


「ち。前だけ見てろよ」

「そんな無用心、ありえるはずがなかろう」


 そんな短い言葉の交錯のうちに、剣は5度ひるがえり、また衝突していた。

 両者、最強に程近き剣士の最上級。故に向かい合ってしまえば、自然に開始される――剣舞とも称すべき、美しくも血みどろな剣と剣の殺し合い。

 両手で握り締められた魔剣と片手で操る漆黒の剣の拮抗は一瞬。次の一瞬には互いに剣を引き、また振り被っていた。火花を散らしてぶつかり合い、拮抗。両者示し合わせたように同時に剣を引き、同じように火花を散らす。引き、ぶつかり、拮抗する。ほんの短い間で何度も繰り返されるそれは、まさに斬撃の暴風雨ともいえる刃の応酬。剣技の最奥。剣戟の極致。斬って弾いて振り抜き受け流し斬り裂きいなし振り上げ振り下ろし斬って斬られて斬る。

 早く、速く、疾く。ふたりの剣士はその刃を加速させる。どこまでも、どこまでも加速させる。

 剣戟は続く、続く。互いに互いを殺さんがために、剣闘という死の舞踏はくり広げられる。どちらかが死に絶えるまで、狂ったように踊り続ける。

 ライは疾風の如き剣閃で、“八番目”は怒涛の如き剣斬で、華麗なる剣舞を――踊り続ける!


「ラァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!」

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」


 剣と剣の削り合い。命と命の奪い合い。魂と魂の喰らい合い。どちらかが死ぬまで続きかねなかったそれは、


「はっはー」


 愉快げにして皮肉げな笑みを浮かべたヴェンデッタの斬撃の割り込みにより、さらに爆発的に加速する。

“八番目”はどうにか左、白光の剣でその横入りの剣を受け止めた。

 が。


「くっ!」


 ふたりの最上級の剣士を片手ずつで相手取るなど、いかに魔王だろうと不可能。

 ライとヴェンデッタは、ここぞとばかりに一気に攻め立てる。集中力を分散せざるをえない“八番目”は、それでも両手の剣で迎えうつ。

 乱打する剣戟の舞。乱発する剣閃の群。乱撃する剣斬の波。

 風を斬り、音を超え、光に追い縋る剣速にて、ふたりが瞬間で叩き込んだ斬撃は総計17にも達する。

 剣戟は止まらない。止まらない。

 瞬間で17ならば、2瞬では34、3瞬では51。4瞬、5瞬と斬撃は積み重ねられていく。

 ライは遠くのリィエからの風の支援による限界突破の加速を続け、魔剣を細かく振るうことで隙なく斬り裂く。

 ヴェンデッタは地形ごと操作し、自分に都合よい、相手に都合悪い足場へと作り変えながら、ただの剣士では為しえない剣術にて翻弄する。

 その猛剣を受ける“八番目”の身体には刀傷が数え切れないほども刻まれ、けれど硬い外皮と濃厚な魔属性により死にはしない。“八番目”は、空を注視しながらもできる限りふたりの剣を捌く。傷を負いながらも、致命傷だけは避ける。機を待つかのように、ただ防御に専念する。

 ライはその様子に気付き、剣を交えながらも叫ぶ。


「てめえは必要以上に外に気をやりすぎなんだよ。トドメの聖剣を警戒するあまり、オレ様たちとの斬り合いでも集中力が乱れてんぜ?」


 親切すぎる忠告の言葉。似つかわしくもない警告文。勿論、それも策のうちで。

 言葉により、“八番目”が目の前の剣闘に意識を完全に専念させるのが目的。そしてその言葉は、風をつたってリィエに、ひいてはゼルクに伝える合図の文言。

 その合図により、


 ――光が、天より輝いた。


 眼にもとまらぬ、眼にも見えぬ、眼にも感じぬ――光速とはそれほどまでに速い――落雷か、はたまた流星のごとき光槍。“八番目”を狙うゼルクが、今の今まで溜めておいた強烈なる烈光の槍。

 回避できる速度でも、タイミングでも、状況でもない。ならば確実に直撃するはずだ、ライやヴェンデッタでさえそう思った。

 が。


「――ふ」


 確かに、“八番目”は笑った気がした。身体をゆるくそらし、光速の槍を回避しながら。


「っなぁ!?」


 不意打ち極まりないはずのその光撃を、“八番目”は回避した。

 ありえないと、ライとヴェンデッタは動揺を晒してしまう。剣舞を、微かに揺らがせてしまう。そこを的確に突く白と黒の剣は、ライとヴェンデッタを肩口から叩き斬る。

 灼熱のような痛み、饒舌に尽くしがたい苦痛で、ようやっとふたりは後方へと逃げ跳んでいた。

 ふたりは歴戦の戦士。無意識に身体が回避動作をとっていた故に、傷は致命へとは至らず、されど軽視できない深刻な傷。

“八番目”は傷口を押さえるふたりにあえて追撃は仕掛けなかった。未だ現れぬ聖剣への警戒があったからだ。けれど、警戒していることを悟られぬように、“八番目”は余裕ぶってみせる。


「何故あの状況でかわせた、と顔に書いてあるな」

「勝手なことぬかすなっ、オレ様の顔にはなんも書いてねえよっ」

「理由は単純、我にはその攻撃が予測範囲内だったからだ。予測できる行為には、同時に対処ができる。そうだろう?」


 ライの言動にはなんら取り合わず、“八番目”はつらつらと語った。

“八番目”は元より空からの――天使が後方支援というならば、天からだろうと推測した――奇襲に警戒網を張っていた。最初からライの忠告など、まったく聞いていなかったのだ。

 確かに敵の発言を聞くというのも馬鹿な話ではある。それでも聞いてしまえば、しかも信憑性がありそうなことならば、心はそちらに向いてしまうのは道理。そういう心理を突いた策だったわけだが、“八番目”にはお見通しだったようだ。


「ち、ヤな奴だ」


 予測をたてて、適切な対処をとり、絶妙なタイミングで反撃に転ずる。

 心底、面倒なタイプだ。思いながら、ライはズキズキと痛む傷を、魔剣に念じて出血をいくらかおさえてもらう。これでまあ、大丈夫だろう。

 横眼でヴェンデッタを見やれば、苦しげな表情ではあったが、まだ戦えるだろうと勝手に判断。

 被害の確認を終え、ライはいつものように口を走らせる。


「あーぁ、これだけの傷を負わされちゃあ、動けんな。オレ様たちの負けだよ。なあ?」

「ん? ……あぁ、そうだな。痛いったらねえ」


 苦しげに言って、ライは蹲るようにして足を折りたたむ。振られてヴェンデッタも苦々しげに返した。

“八番目”が失笑を漏らして、言う。


「なにを馬鹿げたこ――」


 停止からトップスピードへ。ライは折り畳んだ足を開く、その力を利用して前方へ疾駆する。

 勿論、ライの言葉は嘘だった。戦えないわけがない。

 とはいえ、それは騙まし打ちというには、相手は騙されてくれていなかった。

 苛烈な魔剣の一閃を、噛み合わせるようにして“八番目”は漆黒の剣で止めてみせる。


「ふん、幼稚な嘘だ。それでは騙すことなどできはしない」

「はッ!」


 失敗――けれどもライは、鼻で笑う。それこそ、防御されることなど予測していたと、言わんばかりに。

 なにを笑う、“八番目”が問おうとするも、ライが吼えるほうが、ライが後方へ跳び退くほうが、早かった。


「フェレスッ!!」


 言霊を唱える。跳び退きながら、その名を呼ぶ。


 ――魔剣より、大鎌を振り被った悪魔が現れた。






「っ!?」


 フェレスは、いやここにいる2名と聖剣の使い手以外は後方支援として離れた位置に隠れて機会を窺っている。最初に、“八番目”はそう判じていた。そう予測していた。さらには天からの一撃で、予測は確信へと昇華していた。

 確信である。その確信を裏切られるということは、つまり“八番目”には予測範囲外だった。予測できない行為には、身体は硬直し、無様な隙を晒してしまう。

 丸出しの隙を穿つは黒き大鎌。

 フェレスは登場と同時に振り被っていた――隙の一切を排除した、タイムロスのない登場だったのだ――影の大鎌を一気に振り抜く!


 これは、かわせない。


“八番目”は静かにそう結論する己が心をねじ伏せ、どうにかこうにか魔弾を放ってみせる。弾丸は運よく影の大鎌にぶつかってくれた。それだって望外だ。

 けれども。

 即興の魔弾と、今の今まで魔剣の中で溜めに溜め、一点集中した影の鎌。そのふたつの小細工なき正面衝突。

 勝敗など、明らかだった。

 魔弾は2秒も稼げず霧散し、鎌は“八番目”の首を刈る――はずだったところを、2秒の間に“八番目”は漆黒の剣を引き戻し、受け止めて見せる。

 慄くのはフェレス。


「くそ、なんて反応速度してやがるっ」

「舐めるなッ!」


 怒号するのは“八番目”。

“八番目”は剣より間接的に魔を影の鎌に流し込むことで、消滅させる。さらに、その頃にバックステップによる逃避を計っていたフェレスに向けて、渾身の魔弾を発射する。大きさは先の比ではなく、1メートルにも及ぶ巨大なる砲撃。


「げ」


 体術というか、運動能力の低いフェレスは、それを避けることなど不可能で。


「――なんてな」

「くっ」


 だから、1回目の影渡りをここで使う。

 フェレスが影へと呑み込まれるようにして姿を消したことで、魔弾は虚しく空だけを消滅させるのみ。

 実はフェレスが現れた時点でライは“八番目”から離れていたのだが、それはフェレスを安全なところまで逃がすため。ライの影からフェレスが湧き上がるように姿を現す。フェレスの安全を確保した。

 代わりに前進していたのはヴェンデッタ。

“八番目”は左、白光の剣でヴェンデッタの瞬剣に受けて立つ。火花散る剣戦が、再度はじまる。

 斬、斬、斬。撃、撃、撃。断、断、断。

 金属の悲鳴が轟き、剣戟の歌が響く。裂かれた浅い傷から血しぶきが飛び、着々と互いにダメージを蓄積していく。

 ヴェンデッタは握る剣と踏みしめる大地を操り、“八番目”は両の手で掴む2刀でもってそれに応える。

 ヴェンデッタが大地を踏みしめ剣を振るえば、“八番目”の立つ大地が途端に泥沼へと変わり、受け止めんとした白光の剣はぬかるみに足をとられて僅かズレ、ヴェンデッタの刃が肩を打つ。返すように右、漆黒の剣がヴェンデッタを襲う。ヴェンデッタは足で地面を軽く叩いて、音を鳴らす。すると、漆黒の剣を遮るように大地が隆起した。いきなり生まれた壁を、けれども剣は気にせず裂く。大地の壁は斬り裂かれ、その向こうのヴェンデッタを狙う。時にはヴェンデッタはしゃがみ込んでいた。髪の毛が2,3本もっていかれた。過ぎ去った瞬間に、ヴェンデッタは立ち上がりながら下段から剣を振り上げる。“八番目”は頭をそらしてかわす。ながら、左腕は動いており、白光の刃が迫る。気付いたが、この体勢では回避はできない。ならば、と大地に干渉。ヴェンデッタは今たつ大地を下げた。体勢も変えずに、立ち位置を変えることで避けて見せたのだ。咄嗟に“八番目”は剣を引き絞りながらも、下がった大地に立つヴェンデッタを見下ろす。

 ヴェンデッタは笑っていた。先ほどの、ライと似たように。

 だから、なにを笑う。“八番目”は不可解を叫ぼうとして、


 ――唐突に、なんの兆候もなく、レオンが輝ける剣を握りて“八番目”の背後より現れた。


 それは空間転移。それはトドメの一撃。それはライたちの最後の一手。

 だということを、“八番目”は予測できていた。

 予測できうる奇襲は奇襲になりえず、“八番目”は冷静な対処をとる。

 魔弾をレオンの剣を目掛けて刹那で10撃ち込む。それは一瞬で浄化されることは眼に見えているが、逆説、一瞬は稼げるということ。その一瞬で、“八番目”はそのまま左に身体をそらし――


 いつだってライの策は、“八番目”の予測を裏切る。

 レオンの手にした輝く剣は、魔弾に触れた途端、なんの抵抗もできずに消失したのだ。


「ッ!?!?」


 驚倒を、隠せない。驚愕を、剥き出してしまう。

 そこをヴェンデッタは過たず狙う。下がった大地を最速で元の高さまで戻し、その勢いも味方に放つは最速の刺突。

“八番目”は殺気の急接近により驚きの空白からでも、無意識咄嗟に右手首を回す。直進する刺突を、横にそらす。同時に、残った左の剣をヴェンデッタの剣に衝突させ、距離を離そうと力を込めて吹き飛ばす。“八番目”はその勢いを殺さず、武器をもたぬレオンに蹴りを見舞って、こちらも同様に吹き飛ばす。

 これで一旦、距離を置いた。この間に心を落ち着け、


 る、ヒマもなく、絶え間なく策は“八番目”を追い詰める――


 ひゅるるぅ、となにかが天より降ってくる音が、“八番目”の耳朶を打つ。

 壮絶な悪寒と直感に突き動かされ、“八番目”はその場から跳び退いた。けれどもその離れた先へ、落下物は風に――リィエによる風の干渉――押されて、落下地点を変更する。

 

「――!」


 驚くヒマさえもなく、ざくり、と“八番目”の左肩から先が落下物――聖剣によりて斬り落とされた。


「ガァツ、ッァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!? な、にぃ! 聖剣だとッ!?」


 落下し、腕を斬り落とし、大地に突き刺さったそれは、紛う事なき聖剣だった。

 何故、ここに聖剣がある。何故、使い手の手元にない。“八番目”は至極当然な疑問にとりつかれる。

 答えるのは、聖剣持たぬ聖剣の使い手。





「騙されたな、魔王」


 レオンが刀身が消え去った剣――ヴェンデッタの持っていた予備の剣――を捨てながら、声を張る。“八番目”の魔王を、嘲笑するように。


「俺が持っていたのはゼルクに輝くように細工してもらっただけの、ただの剣だったのさ。奇襲に使ったそれこそが、本当の聖剣だ」


 ヴェンデッタの「聖剣、それに魔剣ってよ、使い手以外でも持てるものなのか?」という問いに対する答えは、検証の結果、半分が是、半分が否だった。

 半分というのは、一応使い手以外も持つことはできたが、チカラを発揮することはできなかったのだ。

 それでも持てるのならば、ヴェンデッタの案は可能だった。

 即ち、空よりの聖剣の投下。

 聖剣を天に飛ぶゼルクに持ってもらい、タイミングを計って――リィエも天におり、下の状況を風により知覚していた――落としてもらったのだ。

 これは後方支援者の、後方というのをどこにするか、という悩みも一挙に解消した。空のほうが、天使にも妖精にも都合がよかったからだ。

 その事実を、敵方に予測されていたのは痛手であったが。

 




“八番目”は、苦痛と憎悪に顔を大きく歪めていたが、少し経てばすぐに平静を取り戻す。心の動揺は、敗北へと繋がるのを、この魔王はよく理解していた。


「よかろう、我の失策は認めよう。が、貴様らも同時に失策を犯した。

 聖剣を奇襲に用い、使い手から離した。そのせいで、見ろ、確かに腕は落とされたが浄化力は半減、我は生きている。いや、聖剣の浄化力を考えれば、腕一本など安いものだ。そして――」


“八番目”は、そこに突き立つ聖剣を背にして、ライたちに相対する。


「我はこの聖剣を背にして戦う。これでもう聖剣は使わせない、そして聖剣の使い手はただのヒトに成り果てる!」


 聖剣でトドメがさせなかった時点で、貴様らの敗北は確定したのだ! “八番目”は高らかに言い切る。

 言われたライは眉を落として、


「はっ、確かにいいとこついてる、流石だ。けどよ、いいのか、そんな簡単に聖剣に背中向けててよぉ」


 一転。楽しげに、嗜虐的に、ライは笑う。


「その聖剣ん中に――ゼルクがいんのによ」

「!」


 先のフェレスの件が、頭を掠めた。“八番目”はまさかと身体を反転させて聖剣に向き直る。

 聖剣に変化はなく、ゼルクが現れる様子もない――ハッタリ。

 無造作に、本当に無意識に、右の漆黒の剣を視線よりも先に動かしていた。

 ガキィィイ!


「ち」


 魔剣と漆黒の剣が、またも噛み合う。


「本当に、嘘つきだな」


 ライはここにきてようやくこの“八番目”の魔王の最大の長所に気がついた。

 反応速度だ。

 この魔王は反応速度がなによりも速い。どれだけ不意を討っても、この魔王は対処してくる。

 ああ――でもだったら、何重にも策を練っておいてよかったな。

 ライは思ってから、叫ぶ。


「ゼルク!」


 2度目の呼び声――それが合図で、ゼルクは聖剣の元、“八番目”の背後に空間転移でなんの脈絡もなく現れ出でる。

 そのまま聖剣を掴み、


「レオン、これを」


 正当なる使い手へと放り投げる。


「なにっ!」


“八番目”が吼えようとも、リィエの風が補助し、しっかりとレオンの手に聖剣は収まる。“八番目”に向かって駆けていた、レオンの手に。


「ありがとう、ゼルク、リィエ」


 礼を言いながら、レオンは“八番目”の左側へと横っ跳びして、聖剣を思い切り振りかぶる。

 左側――先ほど左腕は浄化したので、受け止める剣はなく、しかも右手は未だライと鍔競り合っている。

 つまり、邪魔するものはなく、避けることもできない。


「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁああ!」

「くぅう!」


“八番目”の腹に――聖剣が突きたてられた!


「がっ!? ァァァァァァァァアアアアアアアァァァァァァァアアアァァァァァァアアアアアアアアアッッッ!!?」


 聖剣が、刺さる。浄化が流れ込む。魔が、掻き消える。

 レオンは聖剣をさらに押し込む。消え去れと、強く念じながら。聖剣はレオンの想念に、その輝きを一層増させる。


「ガアアァァァァァァァァアアアアァアアアアアアアァァァアアアアアアアァァァアアアアッ!!!」


 それでも“八番目”は絶叫しながら抵抗する。苦しみながら、悶えながら、浄化されながら、最後の足掻きを諦めない!


「まだだ、まだ死なないッ! 我は、我は魔王だ!!」

「っ」


 ギン、と凄絶なる視線でレオンを射抜く。そこに篭った感情は殺意と憤怒。視線でヒトさえ殺しかねない、死すら幻視する禍々しき威圧。直視してしまったレオンは本能的に恐怖と死を感じ取り、思わず聖剣を手放してまで、後ろへと逃げ跳んでいた。

 使い手が離れれば、聖剣の浄化力は激減。“八番目”の顔色が眼に見えてよくなった。

 さらに、なんと驚くべきことに、“八番目”は腹に突き刺さった聖剣を自ら掴み、引き抜いてみせた。そして、思い切り遠くへ投げ捨てる。

 遠くで聖剣が地に落ち、渇いた音が鳴った。

 

「ハァ、ハァ……殺し……そこねた、な。くはっ、はは」


 疲れ果てたような声からは著しく覇気が失われ、それでも眼だけはギラギラと酷薄な色を残していた。

 プレッシャー――ライでさえその威圧に押され、息を呑む。死の直前であるとは到底思えない、紅く輝く死線。


 嗚呼、ソレは確かに――魔王だった。


 魔王に相対する主人公は、瞑目し、恐怖に荒れ乱れる心を静める。

 開眼し、自嘲気味に言う。


「……いーこと教えてやるよ。オレ様たちの策は、ここでネタ切れだ。聖剣での一撃で倒すつもりだった」


 それは、敗北勧告か。

 絶大なる圧力に呑まれて、意志さえも殺し尽くされてしまったのだろうか。

 

 そんな、わけがない。


 ライ・スヴェンガルドは、主人公なのだから。


「だから! こっからはアドリブ――てめえらは退いてろ、あとはオレ様ひとりで決着つける」


 恐怖に心を縛られながらも、魂を押し潰されそうな威圧を前にしても、ライは不退転の心情を燃やす。


「ライはケガしてるじゃないか! 俺がやるよっ!」


 レオンが心配を叫ぶ。恐怖に呑まれようとも、仲間の心配だけは口を突いて出ていた。

 確かに、先の傷は未だに凶悪な痛みを訴えている。身体からは刻々と血が、命が流れ出ている。足は震え、身体はふら付いている。戦闘に耐えられそうにない、最悪な体調。

 だからどうしたと、ライは笑う。


「ボロボロなのはお互い様だろぅが。

 それによ――なァ、おィ、お前ら知ってっかァ?」


 ライは、思い切り息を吸い、吸い、吐き出すと同時に宣言する。


「主人公はぁあッ!」


 肩から斬り裂かれ、消滅を直接叩き込まれ、ボロボロの身体で、けれど全く揺れることのない声で、


「1度負けた相手にぃいッ!」


 全世界に、まるで最も大切な常識を、


「2度ぉお!」


 教えてやるように!


「――負けねえんだよぉおッ!」





 言葉に促されたように、魔剣が波打つ。闇が、魔が、黒が、狂喜するようにライの心に反応を示す。

 強く、強く、もっと強くと、魔剣は力を限界まで解放せんと波打つ。唸る。震える。吼える。


「そこんとこ、覚えとけ」


 刹那、ライの姿が掻き消えた。

 ――違う。思い切りしゃがんだのだ。“八番目”がそれに気付き、視線を下方にやる頃にはすでに這うような歩法で、ライは“八番目”に接近していた。


「くっ」


“八番目”は呻く。なにせ魔剣のあの様子、おそらくライは最大出力まで力を引っ張り出した。あんな必滅を込めた刃を受けては、さしもの“八番目”とはいえヤバイ。いや、かすっただけで、どれだけ身体を消滅させられるかわかったもんじゃない。ましてや身体は浄化の波動を受けて死に体だ、確実に消滅させられる。

 もう、こんな剣も役にたつまい。“八番目”は持っていた漆黒の剣を手放す。そして集中力を総動員させて、ライを待ち構える。

 魔剣の全力解放――けれどそれはこちらの好機でもある。あんな膨大なエネルギーの放出に、ちっぽけなヒトがそう持続させていられるわけがないのだから。つまり、あれさえ避けきれば、勝利は見える。

“八番目”は最大の脅威である魔剣を注視し、いつでも回避できるように翼を軽く開いておく。

 と。


「え――?」


 ライは、後方に跳んでいた。

 なぜ? 魔剣の全力解放の持続時間は長くないはず、早々に決着をつけたいに決まっている。なのに何故退く?

 驚愕と、不可解と、思案。それらは戦場においては空白を生む、死へと直結する行為。

 無論、そこをつけいらぬ――理由はない。

 ライは、魔剣を投擲した。

 風を食い千切りながら進撃する黒き閃光は、空気抵抗すらも消滅させて限界なき速度を追及する。もはや光速にさえ届く、黒閃。

 勢いよく飛来する魔剣が到着するその寸前、驚愕から立ち直った“八番目”は、その持ち前の超反応で迫り来る魔剣に冷静に対処した。少し身体をずらせばそれで避けられる。

 はずだったのに、


「これで終わりだッ!!」


 いつの間に。

 いつの間に。

 いつの間に、“八番目”の魔王の、その背後にライは立っていた。

 どういう原理か。瞬間移動でもしたのか。なにがどうなったのか。“八番目”には理解ができなかった。

 ただ、ひとつわかったことがある。

 いきなり背後に現れたライが、“八番目”のかわした魔剣を掴み取り握り締めた。そして、そのまま“八番目”の魔王を魔剣でブッタ斬ったのだ。





 ごふり、と血塊を吐き出しながら、消滅寸前の“八番目”は震えた声で問う。


「どういう、ことだ……?」

「は! ひとりで決着つけるなんて言葉、まさか信じてねえよな――勿論、後ろに跳んだ時に、影渡りしたに決まってんだろ?」


 空間転移は2回。影渡りも2回。

 空間転移は2回使った、影渡りは1回しか使っていない。そう、影渡りは1回分、まだ残っていたのだ。だから、使った。

 ライは後方――フェレスの傍にまで跳んで、影に入り込み、“八番目”の背後に写る影へと渡った。そうして自分で投擲した魔剣をキャッチ、背後から“八番目”を断ち斬った。

 それは最後の影渡りを使った、詰みの一手。これも策の内であり、策が尽きたなどと言った先の言動は、やはり嘘だったのだ。本当の策は、ここでようやく尽きた。

 そこまで説明してやると、“八番目”は憤慨した。そんなペテンを、赦せるはずがなかった。


「コノッ! 大嘘つきめがッ!!」


 気にした風もなく、ライは肩を竦める。


「なんだ、褒めてんのか?

 って、ああ。てめえとは見解の相違があったな」

「なにぃ?」

「てめえは言ったな、喋りすぎていると弱く見える、と。けどな、オレ様は喋ることを弱いとは思わねえ。逆に、言葉によって敵を倒す。オレ様にとっては言葉は武器だ――理解したら、もう消滅しとけ」

「く、そぉ……くそくそくそくそくそクソッ!!」


“八番目”は呪いのように吐き捨てて、ぐらりと倒れ臥す。

 数多もの刀傷を受け、光を避け影を避け、聖剣の浄化をその身に刻まれ、魔剣に斬り裂かれた“八番目”の魔王は、ようやっとここに消滅した。






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