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第三十一話 バケモノ




 ライが眼を閉じてから、ヴェンデッタはゆっくりと10数える。10経って、ライの頬をつついた。無反応を確認。ため息をつく。


「ふう……なんか知らんが、ばか弟子は寝たようだな。よし。これで心置きなく驚けるってもんだ」

「え?」


 今、なにを。リィエはまさかと口元を引きつらせる。

 ヴェンデッタはようやく、ようやく抱きしめていたフェレスを離して、そのフェレスと、それにゼルクの顔を交互に見比べる。


「いっやー、天使とか悪魔ってほんとにいたのな、オレはてっきり神話上の存在だと思ってたわ。それにうちのばか弟子が魔剣の使い手ねえ。驚くなぁ、まじ驚くなぁ、すっげえ驚くなぁ」

「えっ」

「はぁ?」

「ほぅ」

「えっと、おししょーさま? まさかというか、やっぱりというか、もしかしてライの前で驚いた姿を見せたくなくて、すまし顔してたの?」

「おう、あいつに弱みは見せたくねえ」


 いっそ清清しいほどにっこり笑って、ヴェンデッタは親指をグッと突き立てる。

 なんて、負けず嫌いか。リィエは苦笑し、レオンとフェレス、ゼルクはライの性格の原点を見たような気がした。


「さて、ライが寝たのは好都合だったな。なんでも知ってるような顔ももうできねえし、教えてくれ。天使に悪魔、それに聖剣に魔剣、んでもって魔王だと? なんだよ、この王道な用語の数々は。世界でも救うのか」

「あー、なんか全部知った風だったのも、演技かぁ」

「まあ、冷静に考えてみれば、ありえないほどお師匠さんは物分りがよかったといいますか、順応していましたね」


 ゼルクは呆れたような感服したような、曖昧に苦笑した。

 そう確かに、思い返せばなんの質問もせず、なんの確認もせず、なんの情報もなく。けれども、まるでなにもかもわかっていたかのように、誰にもバレずに振舞った。

 そんなわけもない。ヴェンデッタは今しがた登場したばかりの、新キャラなのだから。


「わかりました。では手短に語りましょう」


 ゼルクは、今までのことを思い出すようにひとつひとつ丁寧に話しはじめた。

 聖剣を手に入れたこと、魔剣を奪ったこと、魔王たちとの戦いのこと、黒幕である大魔王という存在のこと、突如現れた“八番目”の魔王のこと。

 ただ、大魔王のことを話しはしたが、大部分はぼかしておいた。神とかなんとかは、話をややこしくするだけだと、ゼルクが判じたからだ。


「とまあ、そんな感じで今に至ります。

 ……少々、今日は話し過ぎました」


 ゼルクは本当に、要点だけまとめて手短にこれまでのあらすじを語り終えた。まさに漫画の「これまでのあらすじ」のようなわかりやすさである。

 ただ本人は、今日だけで喋り過ぎたのかノドを少しいためたらしく、手で押さえて治癒をかけていた。


「はっはー、ほんっと漫画みてえな面白愉快な物語だな」


 ヴェンデッタは、そんな軽い一言感想を述べた。いかにも適当な感想である。

 それとは対照的に、フェレスは真顔で疑問を呟く。


「……なあ、天使長さん」

「なんですか、フェレス」

「改めて聞いて思ったんだけどよ――そもそも魔剣ってなんなんだ? いや、ほんとに今更なんだけどヒトに魔属性のチカラをもたらすって、ありえなくないか?」

「あ、確かに」


 レオンとリィエも、横でフェレスの言を聞いていて思わず納得。そのまま同じ疑問を抱く。

 魔、とはヒトならざる存在のチカラだ。それをヒトが使うなど無論、不可能事である。ヒトの身で、ヒトならざるチカラを使える道理はないのだから。

 しかしならば、魔剣とは一体なんなのだ。フェレスは、今までのことを振り返って、ようやくその異常に気がついた。ヒトが人外のチカラを行使しているという、本来あり得ないことに。

 ゼルクの返答は、


「? それはそうでしょう。ヒトは魔属性など絶対に持ちえませんし、扱えません」


 まるきり不思議そうな表情で、かえってきた。なにを当然のことを言っているのですか、とでも言いたげな表情である。

 フェレスは即座に追求をかける。


「じゃあ魔剣、いやライはどうして――」

「ライはヒトじゃねえぞ?」


 割り込むように、ヴェンデッタは軽く言ってのけた。


「は? はぁあ!? なっ、どう――」

「どういう意味だッ!?」


 フェレスが困惑に言葉を迷っていると、静観していたレオンが半ば怒ったように遮り叫んだ。聞き逃せる、言葉ではなかった。

 そんなむき出しの怒気を向けられたヴェンデッタは、眼を見開いてから乱雑に頭を掻き、嘆息した。それからリィエに眼をやる。


「んだよ、リィエ、なんも言ってねえのか?」

「……うん」

「さっきの話を聞く限り、かなり波乱万丈な旅をともにしてきたこいつらに、なんも言ってねえのか?」

「……うん」


 リィエは申し訳なさそうに眼を伏せた。負い目から、レオンやフェレスと眼を合わせたくないかのように。

 その態度に、おいおいとヴェンデッタは顔を引きつらす。そして酷く投げやりに質問をもうひとつ。


「じゃあ、お前の名前は?」

「言ってない」

「お前らそれでもっ……。いや、事情はわかってるけどよ」


 一瞬、膨らんだかに見えた感情を、即座に押し込めヴェンデッタはぷいと顔ごと横に逸らす。そうでもしないと、ガラにもなく怒ってしまいそうだから。

 そんなふたりの行動と言葉に、レオンは自然と口を動かしていた。


「なにを言って……それに、名前?」


 ヴェンデッタは無言で、リィエを睨むようにして視線で促す。

 リィエは観念して、レオンと眼を合わせて詫び告げる。


「わたしは初対面のヒトには、フルネームをあえて名乗らないようにしてるんだ。名乗ると少し、面倒になるから。そのまま言う機会もなくて、ううん、今まで黙っててごめんね」


 刹那、リィエは逡巡したように面持ちを沈ませる。けれどもすぐに眼に決意を宿して、しかとレオンの眼を見定める。


「わたしのフルネームは――リィエ・スヴェンガルド。わたしとライは血は繋がってないけど、でも――家族なんだ」


「!?」

「か、ぞく?」

「それは流石に、少々驚きますね」


 レオンは驚愕に言葉さえ失い、フェレスはオウム返しに言葉を反復、ゼルクは興味深げにアゴもとに手をおく。

 それらの反応を意図的に無視して、ヴェンデッタは性急に話を進める。


「で、ライな。ライは、そうだな、率直簡潔に言っちまえば――バケモノ、だな」

「――!?」


 その衝撃は、先の比ではなかった。

 レオンは言葉どころか意識さえ失うかと思った。フェレスは意味を理解しかねているようだった。ゼルクだけは知っていたのだろう、堪えるように瞑目した。


「そんな言い方しないでっ!」

「あー、わりぃわりぃ」


 リィエの心から全力の否定も、ヴェンデッタの軽妙な謝罪も、レオンにはどこか遠くに感じた。

 レオンは今立つ地面が信じられなくなったかのようによろめく。そのまま、脚で支える力を失い、尻から地面にぺたりと座り込でしまう。意味は知れども理解はできない言葉が、いきなり飛び交いだした現実に、頭がついていけていない。とっくの昔に、レオンの思考処理能力を超えた話へと発展していた。

 ゼルクはヴェンデッタの言葉を継いで、レオンに心配の念を感じながらもさらに付け加えんと述べる。


「そこからは、私が言いましょう。あなたも知らないことを、私は知っていますから」

「そうかい、どうぞ」


 ヴェンデッタはなんの感慨もなく譲る。元より、説明は得意ではないし。

 ゼルクは癒したばかりのノドの調子を確認するようにひとつ咳払い、言葉を選ぶ。


「まずですね、聖剣と魔剣について説明しましょう。

 聖剣とは聖の属性――つまり我らヒト7属性をひとくくりにした属性のことですが――を宿した剣で、ヒトたるものの剣です。勿論、使用者はヒト。それも極端に聖の気が強く、意志の強い者です」


 まあ、武器を扱うのは人間だけですから、さらに絞られてくるのですが。ゼルクはレオンと聖剣を見つめたままに言った。そして視線を眠るライと、魔剣へと移す。


「そして対をなす魔剣とは、魔の属性――つまり我らが対敵者の属性を宿した剣であり、ヒトならざるものの剣です。

 聖と魔のチカラでもって大敵は倒せる。故に必要とされた魔のチカラとして出来上がった剣。けれどここでひとつの問題が発生します。

 察しの通り、魔属性の剣を創ったはいいのですが、では誰が持つか、という問題です。使用者は、ヒトではありえません。ならば、誰でしょう? 魔物? 違います。魔王? 無理とは言いませんが、チカラを行使することはできません。それにそもそも、敵対者に使用されては困ります。

 ――そう、ここで登場するのはヒトでも魔物でもない、新たなる存在です」

「え? 主人公?」

 

 思わずフェレスは、ギャグでなく言っていた。


「違います」


 即否定された。フェレスだって違うのはわかってはいたが、ここは間違いなく言っておくべき場面だったのだ。

 ゼルクは気を取り直して、低く神妙に言う。


「聞いたことがありませんか? こんな一節を。

『神によって創られた命をヒトと名付けるのならば、ヒトによって生み出された命は、故にヒトに非ず――名付けて曰く、不人(フヒト)

 この世で唯一、神に創られた命ではない――他種族同士の間に生まれた呪われし子」


 神は、自らの創造した種族間での生殖活動は無論、想定して創った。そうして勝手に増えていけばいいと考えていた。故に、それは自然なことで、やはりどこまでいっても神の創造したシステムであり、ヒトはヒトに変わりない。

 けれど神の摂理に反して、他種族と交わるものたちが現れる。それは本当に極々少数であり、大した問題ではなかったので神は捨て置いた。どうせ子をなすなどできはしないのだから。なぜなら神は、ヒトにそんなことができるようには創っていないからだ。

 それでも、それでも奇跡にも似た偶然は起こる。神の創造も想像も超え、運命さえも意に返さず――生まれてしまった、世界に認められない子。

 ヒトでなければ魔物でもなく、まして神であるはずもない。

“八番目”の神などよりもよっぽどありえない、究極の突然変異存在、混沌の具現化、それこそが――不人(フヒト)


「外見は人間そのものですが、構造は全く異なります。

 どの種族よりも頑健で、敏捷で、自己治癒力も高い。そしてなによりも成長限界が存在しない。まさにバケモノじみた強さを誇ります。現に長らく名がなかった時期は、バケモノとしか呼ばれていませんでしたし」


 まあ、その呼び名は単なるヒトの性質であるとも言える。

 自分たちの理解の外のものを虐げ、異常を極端に嫌い、自分と違うというだけで排泄する。

 7種族のどれでもない、そのくせ自分たちとほとんど変わらない外見を持つ。それは、途轍もなく異様な存在だ。少なくとも、ヒトから見たら。

 それはまるで、人形がひとりでに動きだすような、奇妙な恐怖が胸の内から沸いてくる。心の底で、どこか異質に気付き、その異質を拒絶する。

 ヒトは、異物を許容できるほど優しくもなければ強くもない。


不人(フヒト)――それがライの正体です。ですよね、リィエ、師匠さん」


 ゼルクは似合わぬ曇り顔で、いらない確認をリィエとヴェンデッタに向けた。確認をとらないと、レオンは納得しないだろうと思ったからだ。

 リィエは精一杯強がって、ヴェンデッタは呆れ果てたというように首肯する。


「うん、そうだよ。そこまでしっかり説明されたのは、さすがにはじめてだけどね」

「全く、あのばかは隠し通せると思ってたのか」

「……っ」


 これで、レオンは否定を口にできなくなってしまった。認めるしか、なくなってしまった。否応なく、真実を受け止めざるをえなくなってしまった。

 泣き声のように、レオンは掠れた声で呟く。


「でも、他種族同士で子が生まれるなんて、聞いたことがない」

「子が生まれる可能性は本来、ない、と断言してもいいほどに低いのですよ、普通のヒトは知りさえしません。それでも、ゼロではないのです」

「じゃっ、じゃあ、他種族間での婚姻は法で認められていないはずだ、それはどうなんだ」

「認められてるとか認められていないとか、そんなことはどうでもいいんだよ。好きになったら、そうなるのは自然だ。ま、ガキが生まれるとは思ってなかったろうがな」

「っ」


 レオンの力いっぱいの反論も、ゼルクとヴェンデッタに簡単に説き伏せられる。事実は、事実として受け止めなければならなかった。

 レオンは砕く勢いで歯噛む。血が滲むほど手を握り締める。あらゆる手段で、爆発しそうな感情を押しとどめようと努める。


「ライは……なんで隠してたんだ?」


 レオンの血を吐くような言葉に、ヴェンデッタは軽薄そうにフと笑う。


「そりゃ拒絶されるからに決まってんだろ」

「拒絶なんて……!」

「へえ。しないと、言い切れるのか。今までは知らなかったが、知ってから、そういう風に見ると途端に気味悪く感じるぞ、気持ち悪く思うぞ。それでも、お前は拒絶しないと言い切れるのか?」

「それは……」


 ヴェンデッタは懊悩するレオンに、追い討ちのように残酷に笑いかける。


「たとえば、ライは生まれてすぐに親に捨てられた。産みの親に、だ。名前さえつけてもらえずにな」

「そんなっ」

「けれど、リィエとは家族なのでしょう?」


 ゼルクは比較的、平静を保ったままの表情で言った。内心では、どうなのか見えないが。

 リィエは小さく微笑んで、頷く。


「うん。うちのお母さんが捨てられてたライを拾って、ライはわたしと一緒に育ったの。それからずっと、一緒にいるよ。これからもずっと一緒にいる。家族だからね」


 それは、とても眩しい笑顔だった。

 無条件の信頼。

全てを知り、全てを理解し、その全てを受け入れ、尚もともに生きると決めた――どこまでも尊い誓い。

 それがリィエ・スヴェンガルドの生きる理由。

 はー、とリィエの笑顔から眼を逸らし、ヴェンデッタはバツが悪そうに――自分が悪役みたいでなんだか居たたまれない――最後に吐き捨てた。


「ま、これを知ってお前たちがこれからどうするのか、ライが眼を覚ます前に決めとけ」




 一話だったんですが、長くて二話にわけました。

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