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第三十話 第一回にして最終緊急作戦会議




「そろそろ離しやがれ!」

「んー、逃げ切ったか?」


 引きずり回すようにして、ライの腕を掴んで逃げていたヴェンデッタに、いい加減痺れを切らしてライが魔剣に手をかけた。という絶妙なタイミングで、ヴェンデッタは掴んでいたライの腕を離す。

「いてっ」といきなり離された勢いあまって尻餅をつくライを無視して、ヴェンデッタは逃げてきた方向を1度見やり、うんとひとつ頷く。


「逃げ切ったな……や、追いかける気がなかっただけか。はっはー、なるほど門番か」

「そのようで。ところであなたは一体どなたですか?」


 逃げるヴェンデッタの後を追ってきていたゼルクは、前置きもなしに先と同じ問いを投げかけた。どこか疑いの念が見え隠れしていた。勿論、追走していたレオンとフェレスも、横で息を整えながら興味津々といった様子で耳を傾けている。

 振り返りながらの返答は、実にあっけらかんとしたものだった。


「さっき言っただろ? だめ主人公のカッコいいお師匠さまだって」


 天使とか悪魔とかいるけど、全く気にした様子はなく、ヴェンデッタはニッと子供のように笑った。


「マジかよ、ライ」


 フェレスが確認のようにライの顔にまん丸の眼を向ける。

 ライは極度の嫌悪の感情を隠そうともせずに、暗雲の立ち込めた声音で答える。


「……ぁぁ、本当に心底、絶体絶命認めたくないが、不肖の師だよ」

「久しぶりだね、おししょーさま」


 それに合わせるように、どこか苦いものを含ませたリィエの挨拶。

 レオンとフェレスとゼルクの3人は、何故か調子のおかしいライとリィエの態度に疑問符を生やす。久しぶりの師匠との再会。もっと喜ぶものではないのか。どこかぎこちないのはどういうことだろう。

 ――そんな疑問は、次の瞬間で掻き消えたが。


「おお! リィエ! リィエじゃん! ぅわぁもう! 変わらずちっちゃく可愛いなこのぅ! ばか弟子なんかどうでもいいが、お前に会えなくてオレはメチャクチャ寂しかったんだぞう!」

「!」

「!?」


 ヴェンデッタはリィエの存在に気付くと、間髪いれずにはち切れんばかりの喜びを吼え、抱きついていた。

 無論、身体の大きさの違いからリィエはヴェンデッタに掴まれ、頬ずりされているだけであり、抱きついているとはヴェンデッタの主観である。

 そんな状況を飲み込めずに、開いた口が塞がらないレオン、フェレス、ゼルク。唐突の豹変についていけないようだ。

 全く気にせず慈しむように、愛するように、力いっぱいリィエの小さいな身体を抱きしめるヴェンデッタ。もう、にっこにっこした最上級の笑顔で、至福を味わいまくっていた。思わず、感激がヴェンデッタの口から声と漏れ出る。


「あー、ちっこくてかあいい、かあいい。ほんとかーわーいーいー」


 もう頬ずりを超えて、すでに頬を押し付けているだけの、ともかくヴェンデッタ的には最高の愛情表現に、手のうちで当のリィエは呻く。消え入りそうな、悲鳴を。


「く……苦しぃ」

「てめえ、このロリコンやろう! リィエから離れろや、ぶっ殺すぞ!」


 リィエの苦渋に、ライは一気にマジギレ。抜き放った魔剣をヴェンデッタに振るっていた。怒りながらも斬撃は速く鋭く、ぶっちゃけ完全に殺す気の一撃だったわけだが、ヴェンデッタは柳のようにゆらりとした体捌きで容易く回避、リィエを愛で続ける。


「この手のひらサイズがもう、堪りません! ほんっと、風の神グッジョブグッジョブいい仕事してますね!」

「こな、くそっ! 離せ、つっ、てん、だろ、がっ!」


 言葉の切れ目と同時に、ライは魔剣を全力で振り回して振り回して、けれどもやはり全て軽く避けられる。


「はぁ、マジでずっとリィエに抱きついてなかったもんで、最近調子悪かったんだよなあ。ぬくぬく。

 ……あとうっぜえぞ、ライ。お前なんかの攻撃は見慣れてんだよ、当たらねえのはお前もわかってんだろ? しかも得物が長剣じゃあ、お前に合ってねえっての」


 情熱的なハグの割に、ライには冷めた感想を告げるヴェンデッタ。激しい二面性をもつ、よくわからないキャラクターである。

 そのよくわからなさに、未だ3人は時間が止まったように固まっていた。脳が対処に困っているのだ。

 そんなキャラを相手にするには理解を捨て、言葉ではなく暴力でしかできない。それをよく知っているライは、憤怒の形相で魔剣を握り締め、振りかぶ――


「オレ様がいつまでも同じレベルだと、思うなよ!」


 ――る、その瞬間、握っていた魔剣をライは手放す。けれど勢いはそのままに空手になった右の手が、拳をつくりヴェンデッタに直進する。

 ヴェンデッタは少しだけ驚いたように眼を広げてから、楽しそうに頬を吊り上げる。という表情の一連の動作とともに、スウェーバックでちゃっかりパンチは避けていた。

 が、実のところライの右ストレートは攻撃のためではなく、別に目的があった。回避された途端に握りこぶしを解き放ち手を開き、ヴェンデッタの腕を掴む。すかさず左の手でヴェンデッタの手からリィエを奪い取ることに成功する。

 二段構えのおとり作戦だった。

 ヴェンデッタは寂しそうに手を開いたり閉じたりを繰り返し、ライは護るようにリィエを抱きかかえ、リィエが安堵の息を吐く。


「……素手での戦闘は教えてねえんだけどな」

「はっ、てめえに教わったことだけが全部じゃねえ」

「うぅ、ライ、ありがと」


 ――それは1年ほど前までの、日常風景そのものだった。

 懐かしい。3人は音にはしなかったけれど、顔にもださなかったけれど、心のどこかでそう思っていた。

 けれども現在の日常を彩る――いつの間に停止から脱していたらしい――パーティメンバーたちは、若干の困惑とどことなく面白くない雰囲気をかもし出す。

 レオンが不満そうに、不審そうに――いやぶっちゃけ拗ねた様子で口を挟む。


「ライ、本当にライの師匠さんなのか? だって、そのヒト――」

「んあ?」

「だってそのヒト、獣人(ビーステア)だろう」


 先ほどから、ゼルクもフェレスも気にしていた部分を、レオンは思い切って明言した。

 獣人(ビーステア)――土の神に創られし、大地を操る術を下賜された種族。無論、戦闘においてはその与えられた術を駆使して戦う。まあ、肉弾戦を好む者も中にはいるが。

 その獣人(ビーステア)が、ライの師匠――即ち、剣士だという。

『人間を除く4種族は、神により与えられた術を過信するあまり、武器などを絶対に扱わない』

 などという言葉がある通り、人間以外に武器を扱う種族は存在しない。――余談だが、天使と悪魔にもやはりそういった拘りがあるらしく、頑なに使おうとしない。

 そもそも武器とは人間が他種族の術に対抗するために作り上げ、練り上げたもの。ならば術を扱う他種族には必要のないものであり、他種族たちは未だに武器を軽視している。

 それが、この世界での常識であり、人々の共通認識であり、正常な思考回路だった。

 つまりレオンの意見は、至極もっともなのだ。剣士の獣人(ビーステア)などいるわけがないと信じ込んでいても、それが一般的なのだ。

 ライはけれど、ああそういうことかと納得して、すぐさま首肯する。


「ああ、獣人(ビーステア)だ」

「おししょーさんはね、変人なんだよ」


 リィエが苦笑しつつ付け加える。


獣人(ビーステア)のくせに、その術だけでは足りないと思って、人間から剣術を学び覚えた、奇人変人の筆頭みたいなヒトだよ。そのくせ覚えた剣術は、ライですら太刀打ちできなくらい強い」


 けれどもいるものなのだ。常識とか、固定観念とかそういったものを打破し、奔放に生き、型破りに突き進むものが。

 ヒトはそれを天才、はたまた変人と呼ぶ。


「ライよりっ!?」


 レオンは狼狽をあらわにライに顔を向ける。予想はしていた、していたがやはり信じたくない。だから否定して欲しい、と表情には書いてあった。

 ライは頬を掻き、ため息まじりに言う。


「オレ様だって認めたかねえよ。けど、こいつにゃサシで勝ったことはねえ、それは事実だ」


 レオンは、その言葉に失望によく似た衝撃を受けた。胸に突き刺さるような、鋭い衝撃だった。

 彼にとって、ライ・スヴェンガルドとは主人公なのだ。

 主人公は負けないと、信頼とかそれ以前に、常識のように信じきっていたのだ。だというのに、ライでは勝てないという者が現れた。ライより強いというのは、なんとか納得できる。できるのだが、でもライがまさかここまで簡単に勝てないと認めるなどと、レオンは考えたこともなかった。

 しかも、さらに言ってしまえばそれ以前に、“八番目”の魔王からライは――悪い言い方をすれば――敗走したのだ。

 二重のショックに、レオンは今まで築いてきたライの主人公像が崩れていくように感じた。

 しかし。


「んだよ、その不満そうな顔は。しゃーねえだろうが! 主人公が最強になるのはエンディング後! 今はちょいちょい負けることもあるんだよ。成長のための仕方のない敗北だってあるんだよ! オレ様は成長型の、絶賛成長中の主人公なんだよっ!

 それに! 主人公としては、勝てない相手に勝つもんだろうが! 勝ったことがねえ? 敗走した? だからどうした、オレ様は主人公だ! 勝手にオレ様を評価してガッカリしてんじゃねえ!」


 ライの、一見すれば負け惜しみのような台詞に、レオンは何故か酷く納得した。

 ああ、そうか。完璧だと、勝手に思っていたのは自分で、自分の主人公像に、ライを押し込めていたのも自分だった。ライが、その程度の枠に収まるはずがないのに。

 ライは主人公だけど、レオンの思う主人公とは、必ずしも一致しない。ライは、ライの思うとおりの主人公なのだから。

 レオンは自分勝手な思い込みを、恥じ入るように打ち消した。ライが自分と同じ、勝ったり負けたりする存在なのだと考えを改めた。そうすることで、また1歩ライに近付いたような気がした。


 こほん、とわざとらしい咳払いをして、ライはヴェンデッタの説明に戻る。最重要な部分を、まだ言っていない。


「そして、なによりこのヘンタイについて言っておかなければならないことがある。ぶっちゃけ獣人(ビーステア)にして剣士だとか、オレ様より強いだとか、そんなことよりもずっと重要なことだ。

 変人ではなく、なぜオレ様はこいつのことをヘンタイと呼ぶか。それはな、変人という人種を、ヘンタイへと昇華するこいつの性癖! 

 こいつは――ロリコンなんだよッ!!」


 ビシィ、とヴェンデッタを指し、ライは力強く宣言した。指差された本人は、即座に猛反対を叫ぶ。


「ちげえし! オレは幼い女の子が好きなんじゃなく、小さい女の子が好きなんだっ! ロリコンじゃあねえ!!」

「ロリコンじゃねえか」

「ちげえよ! 限りなくちげえよ! オレは成熟して、もう結婚可能な年齢で、なおかつ小さいというアンバランスさが好きなんだ!」

「妖精フェチ?」


 レオンが盛大に引きつった表情で小さく呟く。

 妖精という種族は小さく、そしてとても可愛らしいことから、結構その手のヒトには熱烈な人気がある。らしい。妖精フェチなる言葉が存在しているくらいには。

 呟きが聞こえていたらしいヴェンデッタは、やや不満げに首を振る。


「んー、それもちょっと違うな、少年。たとえば嬢ちゃん」


 といって、フェレスに向き直るヴェンデッタ。いきなり声をかけられて、フェレスはビックリしてしまう。眼をぱちくりさせながら聞き間違いではないか問う。


「へ? アタシか?」

「そう嬢ちゃんだ。名前は?」

「……フェレス」

「うんうん、いい名前だね! かわいい! 大好き!」


 言葉とともに、ヴェンデッタはフェレスに抱きついていた。速くはなかったのに、フェレスはそれを避けられなかった。熟達した歩法によりフェレスの意識の隙を突くことで、回避の機を外させたのだ。この上なく無駄な戦闘技術の使い道である。


「……え? うわ! やめっ、離せ!」


 気付いたときには抱きつかれていた。咄嗟に悲鳴とともに力ずくでヴェンデッタを引っぺがそうとするフェレスだが、どうにもこうにもひっついたように離れない。まるで粘着テープのような男である。

 フェレスの些細な抵抗を押さえつけ、抱きついたままヴェンデッタは今度はレオンに視線を向ける。


「とまあこんな風に、オレは別に妖精限定というわけじゃねえ」

「はっ、はあ、そうですか」

「だから、それをロリコンと――」

「ちげえってんだろ!」


 ライの台詞を最後までは言わせず、ありたっけの否定をわめいていた。

 レオンは思った。ああ、似た者師弟だ、と。


「離せぇえ!」

「そーだそ-だ、離せー」


 瞳を僅かだが潤ませ、本気で悲痛に叫ぶフェレス。同調するリィエ。


「ろり!」

「ちがう!」


 言い合うライとヴェンデッタ。


「は、はは」


 乾いた声で笑うレオン。

 そして、呆れ果てるゼルク。


「ライも大概シリアスに向きませんが、その師はそれ以上にシリアスを壊してしまいますね……」


 全く、と漏らしてから、ゼルクは声に真剣さを加える。


「はあ……皆さん遊んでいる場合ではないでしょう。そろそろ真面目な話をしますよ」


 至極真っ当な――じゃれ合いをやめさせるためという意をありったけ込めて――言を述べる。その声は、決して大きな声量ではなかったが、なぜか騒いでいたはずの全員の耳に飛び込んできた。

 すると唐突にばか騒ぎは終わりを告げる。いきなりライが俯いたからだ。その言葉からなにを思い出したのか、堪えるようにライは大地を睨みつけ、握った拳を小刻みに震わす。ギリッ、という歯軋りの音が、確かに聞こえた。

 そしてまたいきなり、俯かせていた顔を持ち上げて、ライはぼそりと呟く。


「そうだそうだ、思い出した。

 ど……だったな」

「ど?」


 リィエがライの不可解なワードに耳を傾ける。ライはわざとらしいほど穏やかに頷く。ただ、眼は据わっていたが。


「そう、ど。

 ……ど、どどど、ド、ド! 怒ッ! 弩ッ――畜生ぉおッ!!」


 と思ったらいきなり雄叫びだした。オプションとして地団駄も踏んでいる。悔しがっているということを視覚で簡単に理解できる所作である。


「そうぃや負けたんだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああーーっっ!!!

 ちっくしょうっ! 

 ゆるせねえ、ゆるせねえ、許せねえ、許せねえ、赦せねぇえッ!

 このオレ様を敗走させただとッ!? この、オレ様をぉお! ああ! 悔しい、悔しい、腹立たしい! 死にたくなるほど屈辱的だッ!!

 クソがっ! 絶対復讐してやる! 完全にブッ潰してやる! 完膚なきまで敗北させてやるッ! オレ様の100倍は屈辱を味あわせてやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううう!!」


 大爆発のような嚇怒。ライは、己の負けを認めたくないようだ。――さっきは負けてもしょうがないみたいなことを言っていたくせに……気分屋にもほどがある。

 もう永遠に怒ったままではないかとさえ思われたライだが、始まった時と同じく唐突に怒気を収め――気が晴れたのでは決してなく、ただ押し隠しただけである――沈着に言葉を吐く。


「策を練るぞ」


 いつになく、ライの声音は真剣だった。


「思いっきり油断しちまったが、アイツはオレ様たち全員の戦力を足しても、勝てないくらい強い。だから策を練る。

 今までの奴らは強いったって、オレ様たちと対等くらいだったからメンドーな策なんざ練らなかったが、今回はそうもいってられねぇ。

 たく、突如でてきていきなり今までの10倍くらいのレベルのヤツが現れるなんて反則だろ、チートかよ、強制敗北ルートですか、このやろう」

「確かに、すごく強かった……」


 リィエは曇った表情で思い出す。

 ライを殴り飛ばし、フェレスとゼルクを斬りつけ、レオンを撃った、あの魔王を。

 と、自分の思考にひっかかりを見つける。


「って! そういえばゼルクとフェレスのケガは大丈夫なのっ!?」


 心配に満ち満ちたそれに、ゼルクはにこやかに頷く。


「はい。傷は浅かったので、走りながらでも治療できましたし、もう大丈夫です。フェレスのほうも……あれで傷口が開いていなければ、大丈夫でしょう」

「そっか」


 最後のほうに不安はあったが、とりあえず一息。そのままもうひとり、レオンに心配を向ける。


「じゃあ、レオンのほうは?」

「俺も、うん、大丈夫だよ」


 レオンはやせ我慢ではない笑みを見せる。どうやら“八番目”が言ったとおり、聖剣が護ってくれたようだ。そう付け加えると、リィエは今度こそ心底安心しきった微笑を浮かべた。

 ライは戦術的視線で思い出したようにレオンの言葉を咀嚼する。


「そういや、魔を扱うんだったな、あの魔王。

 魔、か。全く具体性に乏しい表現だぜ。ともかく触れたら即消滅みたいなこと言ってたし、今回は前衛と後衛できっちりわけとかないとな。

 聖剣の加護を受けたレオンは大丈夫。だったら、オレ様も大丈夫そうだな。てことでオレ様とレオンはまあ、前衛。

 で、ヘンタイもかわすだろうからいいとして、じゃ、他の3人は後衛で支援頼むな」


 とりあえずの編成を組み、ひとり得心するライ。けれどレオンから迷うような声が出る。


「師匠さんも、戦うのか?」

「あ? たりめえだろ、使えるもんは使っとかなきゃな」

「いいんですか?」

「元からそのつもりでまじったんだから、いいさ」


 あっさり言ってのける。さすがに強者の風格がある。……未だに腕の中には暴れるフェレスがおさまっているが。

 レオンはならば違う方向の不安を口にする。フェレスのことは気にしないことにしたらしかった。


「でっ、でも師匠さんは剣の加護をもっていない。前衛にするのは拙いんじゃないか?」

「いい、大丈夫」


 ライは絶対の確信でもあるように断言した。

 戦士の腕、という一点においてライは、ヘンタイとさえ呼ぶ師のことを信頼しているらしかった。……たとえ悪魔の少女を素敵な笑顔で抱きしめていようとも。

 ライは、フェレスに視線でヴェンデッタを剥がすのは無理だと告げておいた。無駄な労力は使わないほうがいいと。フェレスは絶望の表情でうな垂れた。

 話を戻す。


「で、だ。主人公として同じ相手に2度負けるわけにはいかねえ、確実に倒すぞ」

「はっはー。オレには2回どころじゃないけどな、負けた回数」

「っ! 敵の話だ、師匠のポジションのヤツには何回負けても最後に1回勝てばいいの」

「言い訳をダラダラと。主人公として潔さが足りねえんじゃないか?」

「うっせ、うっせ、うっせえ!」

「あー、お師匠さん、あまりライをからかわないで下さい。こういう風に、ちゃんとしているライは珍しいのですから」


 苦笑で、ゼルクはヴェンデッタに釘を刺す。頭を使っている時のライのペースを乱すのは、勝率を左右する。勝つためには、しっかりとした策を練ってもらわねばならないのだから。

 ヴェンデッタは悪びれもせずに「楽しいのに……」と呟いて、しょうがなく抱きしめる腕を強めて我慢することにした。フェレスが断末魔のような奇声を上げたような気がした。

 華麗にスルーして、ライはしきり直す。


「……まあ、気をとりなおして――『第一回にして最終緊急作戦会議~チートを赦すな、一般プレイヤーの意地を見せろ~』を開始する」


 なんだそのネーミングはッ!? 誰しも思ったが、みな口を閉ざした。なんかもうつっこむのも面倒くさくなってきたから。

 ライはそんな事情に気付きもしないで口を働かせ続ける。


「フォーメーションはさっき言った通り、オレ様とヘンタイとレオンが前衛。リィエにフェレス、ゼルクが後衛。

 オレ様とヘンタイとレオンで奴を抑え込む、それをリィエは補佐。んで、その隙に他の後衛組は術を溜めておけ。溜め撃ちだな。

 これが基本戦術。で――」


 ライはコメカミに指を置き、眼を閉じる。

 思考を回す。全力で思案し、高速で思索する。現状において最適、最善な策を練り上げる。

 そうしたまま、およそ1分。ライは眼を開く。


「――できた。

 フォーメーション変更。やっぱレオンは補欠に回れ、お前はトドメにする。

 作戦概要だが、まずオレ様とヘンタイで奴を抑える。その補助をリィエがする。その隙に溜めに溜めて放つ、フェレスの一撃。これは回避される公算が高い。だが次、回避された瞬間を狙って、ゼルクが光を撃つ。回避直後、それも光の速さなら、まあ当たるだろ。で、敵が怯んだところで、オレ様とヘンタイが攻撃、動きを止める。そこをゼルクがレオンとともに空間転移で魔王のすぐ真後ろに移動、レオンは奇襲で聖剣を突き刺す。って感じだ。

 で、この作戦において訊いておきたいんだがゼルク。お前、空間転移は何回できる?」


 いつだったか、フェレスは言っていた。空間転移は高位の術だと。ならばそう多くもできないだろうから、正確な回数を訊いておきたかった。それを考慮にいれ、作戦の仔細を考えるつもりだ。


「そうですね……1日3回でいどが限度ですかね。けれど本気で戦闘を行うならば、その時魔力を使うので、現実的に言えば空間転移は2回しかできないでしょう」

「そうか。じゃあ、他になんかスキルはねえか?」

「ありませんね」

「アタシはあるぞっ」


 ヴェンデッタの抱擁を受けながらも、フェレスがここぞとばかりに声を張る。フェレスだって役に立ちたかったのだ。……たとえヘンタイに抱きつかれていようとも、フェレスはめげなかった。


「なんだフェレス」

「アタシは影渡りができるっ」

「影渡り? 影を、渡る? どういうもんだ?」

「んーと、アタシの影に沈んで、誰でもいい、別の奴の影から現れる。限定条件付き、タイムラグありの空間転移みたいなもんかな」

「それは何回だ?」

「アタシも3回くらいかな。で、戦闘するんなら2回」

「ほお、そいつはいいスキルだ。これで奇襲回数を増やせるか? や、最初の抑えに微妙な不安があるからこっちに回ってもらうか? けどなあ……」


 ぶつぶつと頭の中身を呟くライ。頭のなかで、様々なことを予想、想定、仮定。空間転移や影渡りがあれば、敵の死角に一瞬もなく移動、そのまま不意打てる。それをどう巧く活用するか。撹乱かトドメか、それとも……。

 と、思考の海に浸かり切っていたライに、ヴェンデッタが意見する。


「おい、ばか弟子」

「んだよヘンタイ師匠、考え事の最中に話しかけんな」

「いや、さっきの作戦でよ、聖剣を控えておくってのは、たぶん相手方に予測されると思うぞ?」

「む、確かに」


 意外にもマトモな意見だった。

 トドメを聖剣に。

 確かにそれではヴェンデッタの言うように相手も予測してくるだろう。なぜなら聖剣はこちら側の最大の攻撃手段、相手も一番警戒しているだろう。それが前線にでないとなると、不意打ち狙いがバレる。予測しうる行動では、相手に対処されてしまう。

 じゃあ。しかし。だったら。

 加速した脳髄は模索を繰り返し――ぴん、と思い出したようにライは人差し指を立てる。


「そういやレオン。お前、確か“凍土”とやり合った時、いきなり聖剣が強くなってたよな、なんでだ?」

「え? あ、ああ。あの時、聖剣が最初の時みたいに話しかけてきたんだよ。それで、覚悟を問われたんだ、それに答えたら力を全部貸してくれた」


 ライは満足げににんまりと笑う。


「“八番目”の魔王つったか。アイツ、属性の濃さは他の魔王どもよりなお濃い。魔剣じゃあノーダメージってほどではないにしても、かなり効きにくい。だから魔剣の能力強化が必要だ。そして、その話どおりなら、強化できそうじゃねえか」


 そしてそれが叶ったならば、魔剣をトドメに使えるかもしれない。

 意表をつく、裏をかく、想定外の行動をとる。

 それはヴェンデッタに教わった基本戦法。ヴェンデッタは奇襲を超推奨していた。


「よし決めた。オレ様は今から魔剣を覚醒させるから、その間にお前らで作戦を練り直しとけ。オレ様のはしょせん即興だから穴が多いだろうから、緻密にしっかりとした作戦にしといてくれ。

 じゃ、頼んだ」


 一方的に言い放ち、ライは眼をゆっくりと閉じた。






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