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第二十九話 八番目とヘンタイ

 説明が思ったより長引いてしまった。





「しっかし、大魔王って魔王城にいやがったんだな」


 ライは久々に――といっても2日だが――踏みしめる土を感じながら、思い出したようにそんなことを言った。前に行った時は気付かなかった、という意を込めて。

 

 歩く一行の目指すは、まさにその魔王城。

 実は魔王城、中央都市にほど近いところにあり――というか中央都市から南西方面に1時間ほど直進すれば行き着く――道も舗装されているので、いくのは比較的に簡単だ。

 なぜこんなにも近くにあるのかといえば、かつて中央都市は魔王城から溢れる魔物どもを狩るための砦であったらしいのだ。

 が、魔物どもの進攻はあまり苛烈でもなく、砦に集まった戦士たちはぶっちゃけヒマだった。それで発祥したのがあの大武術大会である。大会が繰り返される内に、ちらほらと観客が来るようになり、彼らが噂を流して、いつの間に大会は沢山の観客を獲得することとなる。観客などはそこに定住するものも現れ、ヒトが集まれば商人が訪れ、店をかまえだす。店が増えれば、土地が足りなくなり、砦の外壁は崩され都市として領土を勝手に広げていく。領土が増えて、防衛面に問題が発生する――かに見えて、戦士の定住者も多いので襲い来る魔物は全て戦士たちが撲滅した。

 なんてことが10年も続いて、気付けば砦だったそこは大都市に変貌していた――それこそが、現在の中央都市シャンバルなのだ。

 魔王城が近くにあるという、実はかなり危ない都市だが――しかもその危険性に誰も気付いてないのが最悪だ――今回はそれが急いでいるライたちには功を奏した。


 ライの質問に、ゼルクはわざわざ聖剣から姿を現し、頷く。


「ええ、魔王城の地下にいます。そこに、封印されているのです」

「えっと、わざわざどうも」


 話を裂いて、思わず礼を言ってしまった。だって、そんなわざわざでてきてくれるとは思わなかったのだ。けれどもよく考えれば、でてこないと話しようがないと、ライはワンテンポ遅れて気付いた。

 ライはそんな風に納得をしてから、元の話に修正。気になる単語は、


「で、封印? んだよそれ」

「なにといわれても、そのまま封印です。地下に縛り付けられ、大魔王は外にでることができません」

「ふうん。なんか初耳だな」


 ライには珍しい、微細ながらも棘のある物言い。

 なんで今まで話さなかった、とっとと説明しろや。ゼルクはライの言いたいことをすみやかに汲み取った。


「そうですね、そういえば大魔王についてはあまり説明していませんでしたね、すみません。道すがら、少しだけ時間もありますし、私の知る限りを説明しておきましょうか――フェレス、出てきてください」


 一旦、言葉を区切りフェレスに登場を促す。しっかりと顔を突き合わせて言っておきたいことなのだ。

 声に応え、ふいに全ての光を遮る闇が生まれ、静寂なる魔を招来する。魔はヒトガタを象り、悪魔となる。


「そんなに重要なことなのかよ」


 不思議そうに首を傾げたフェレスが、魔剣より顕現した。


「はい、とても重要な、けれど荒唐無稽な話です。レオンやリィエも、信じてくださいよ」


 少しだけ冗談めかしてから、ゼルクは語り始める。今まで語ってこなかった、全てを。


「そもそも大魔王ですが、奴は有り体に言ってしまえば――神です」




 大昔、本当にずっとずっと昔、今でいうところの創世記と呼ばれる時代のこと。神さまが、なにかがどうにかなって生まれた少し後の話。ヒト7種族が七神に創造された時のこと。

 その直後に大魔王――その頃は呼び名などなかったのだが――は生じた。なんにもないどこかから、なにもかも内包したどこかから、自然に唐突にこの世界に生まれ出でた――それは神と同じ生まれ方であり、だからこそ奴は遅れて生まれた、在り得てはならない“八番目”の神なのだ。

 大魔王は生まれてすぐに魔物を創造し、ヒトや動物、大地を破壊し始めたらしい。それは七神が創ったものもの全てを破壊しようとする大魔王の意志だったらしいのだが――真意はわからない。

 その行動に、七神はとりあえず魔物に対抗するためにヒトに魔術が授けたのだが、魔物どもの物量に圧されて、世界はやがて荒廃する。

 七神はそれを嘆き、大魔王を殺すことを決めたという。


 大魔王を殺すための武具、七神全員の力で出来上がったのが――聖剣、そして魔剣。


 その制作と同時に、七神は深い眠りに入った。

 それは、“神は死なない”というこの世界の根本的なルールのひとつを破るなどという、反則にして不正、違法にして邪法の武具を創った代償。

 眠りに入った神々に代わって、出来上がった聖剣と魔剣はとある人物の手に渡り、その人物はどうにかがんばって、大魔王の封印に成功したという。

 とはいえ、敵は神。封印されながらも魔物を量産し続け、今でも様々な謀略、奇策をもって世界滅亡を遂行している。




「…………」


 なんていう壮大な神話の一部を聞かされた一行は真剣そうに黙りこくる。みな考えているようなポーズをとり、話をじっくり咀嚼しているようだ。

 ちなみに全員、足は止めていない。早く着くのが目的なのに、話に聞き入って止まるわけにもいかないのだから。考え事のポーズをとりながら進む集団とは、少々奇異にうつる。まあ、すれ違うものなどいやしないが。


「ん? まておかしいだろ」


 ライは話を聞き終えてからきっかり20歩のところで、矛盾点に気付き異論を述べる。


「めっちゃハショってる感があるのは置いとくとして……神を殺すためにできたのが聖剣と魔剣なんだろ? じゃあ、なんで大昔のその誰かさん――たぶんオレ様の先輩のときは封印止まりだったんだよ」


 先輩、という部分に僅か顔を引きつらせながらも、ゼルクは首を振って答える。


「それについては私も不思議に思っていたのですが、わかりません」

「ふんふん、じゃあもうひとつの疑問――お前、なんでそんなこと知ってる?」

「あ、たしかに」


 それは実に鋭い問いだった。思わずリィエも同意する。

 確かに、天使とはいえ何故そんな大昔の神話などを知っているのか。少なくとも現代にはそんな神話は残っておらず、ゼルクと同じ時代を生きたはずの悪魔たるフェレスだって知らないと、そういう感情をライは表情より読み取っていた。

 歴史からは埋もれ、過去に生きた悪魔でさえ知りえない神話。それを、何故知っているのか。一体、誰に聞いたのだか。

 ゼルクはけれども、いとも容易く答える。


「教えてもらいました、神様から」

「――は?」

「ぇえ!?」

「はぁあ!?」

「か、神様ぁあ!?」


 ライだけでなく、未だ話を吟味していたリィエとフェレス、レオンまでもぶっ飛んだ単語に驚倒し声を上げる。


「いや、いきなりカミサマとか言われましても……ねえ?」


 流石のライも半信半疑の様子で、顔をそらして1歩引いた。

 真っ当な対応だが、ゼルクは待ってくださいと美麗に苦笑する。


「話にはまだ続きがあるのです。それを聞いてください。

 先ほどの話の、それから数百年後に、天使と悪魔の全面戦争がありました――そう、私やフェレスが生きた時代の話です」

「!」


 フェレスが僅かに反応を示すが、黙して語らずゼルクの言葉を待つ。


「その戦争は、遠い昔からある天使と悪魔の確執による種族間戦争――と表向きはそうなっていますが、実際は大魔王が仕組んだ計略に、天使と悪魔がまんまと嵌ってしまったという裏向きの話があるのです」

「なんだとっ!? どういうことだよ、それっ! それじゃあ、アタシたちは――!!」

「落ち着いてください。言いたいことは話が終わってからにしてもらいます」


 静かなるその言葉に、一体如何な覇気が篭っていたのか。厳粛なるゼルクの言葉で、うろたえるフェレスはハッとして平静を取り戻す。フェレスはバツが悪そうに「わりぃ」と話の先を促す。

 満足したようにひとつ頷いて、ゼルクは続ける。


「戦争中は、誰も仕組まれたなど知らずに命を削っていました。そんな不毛な戦いが30年ほどは続いたある日、突然、天より声が響いたのです」

「それが、カミサマだってのか?」


 未だ猜疑心の抜けきらないライは、怪訝そうな声色だった。

 ゼルクは受け流すように澄ました表情でこくりと頷く。


「はい。

 あ、そういえば、ずっと聞きたかったのですが、フェレスはこの時はまだいたのですか?」

「あっ、アタシは、戦争が始まって10年も待たずに逃げ出したよ。なんか知らねえけど、落っこちてた魔剣を見つけてさ。だから、それは知らない」

「落ちていた、ですか……」

 

 ゼルクはなにかを思案するようにアゴに手をあてて、けれどすぐに思考放棄した。

 まだ、話の途中だ。


「それで続きですが。

 神様は――一体どの神様だったのかはわかりませんが――この戦争が大魔王の計略であることを語り、戦いをやめろとお告げになりました。とはいえ、いきなりやめろなどと言われて、はいそうですかと納得できるほど、対立は浅くなく、戦争は優しくありませんでした。

 神様の声に聞き入っていた誰かを、隙とみてまた他の誰かが討ちました――今思えば、おそらくあれも大魔王の策略でしょう。それを皮切りに、戦争は止まるどころか苛烈を極め、戦火は拡大してしまいます」

「その時、他種族はどうしてたの?」

「他種族たちは巻き込まれないように領土に閉じこもっていました。当然です、あれはもう戦場というより、地獄でしたから」


 思い出したようにゼルクは眼を伏せる。瞳に宿るは悔悟のようであり、憎悪のようであり、悲哀のようであった。

 ゼルクは搾り出すように、似合わぬ険しい表情で吐き捨てるように言う。


「そしてさらに1年後、長かった戦乱は終わりを迎えます。両勢力の、壊滅で」

「……っ」


 誰かが息を呑む。なにも救われない終わり方に。まるで楽しくもない結末に。

 ゼルクはなんの感情もまじえず、淡々と語り続ける。


「互いに種族の存続さえ危ういほどに個体数が減ることで、ようやく天使と悪魔は和解することができたのです。

 ――そして、本題はここから。

 和解が成立した時のことです。そこを狙って、大量膨大な魔物どもが、疲弊しきった天使と悪魔を滅亡させんと襲ってきたのです」

「なんだよ、それっ!!」


 フェレスが耐え切れず叫んだ。そんなこと知らないと、そんなこと聞きたくないと。子供のように喚いた。

 ゼルクは無情に言葉を続ける。


「もちろん応戦する天使と悪魔ですが、数の差となにより戦争直後の身では戦えるはずがありません。他の種族たちも、戦争の終結など知る由もなく閉じこもったまま。天使と悪魔は、私を除いて絶滅しました」

「そんな、ことが……」


 絶滅したとは聞いた。けれど、そんな無残な死に様だったなんて、聞いていない。そんな嫌過ぎる結末だったなんて、聞いていない。フェレスは、もうほとんど泣いていた。遠い過去の同胞たちを想って、心の中で泣いていた。けれども、ライたちに心配をかけたくないという意地で、瞳からは決して涙を零さなかった。

 重苦しい雰囲気の中、ライはさらに穿った問いを発する。聞いておかなければならないことだから。


「なんで、ゼルクだけ生き残ったんだ?」

「……魔物に襲われ、けれども私たちは諦めませんでした。諦めずいた私たちは最後に、伝説に縋ったのです。

 発揮されすらしていないその力だけで伝説に名を刻み、けれどもそれがどういったものか誰も知らない、伝説上の存在――聖剣」

「!」


 レオンが瞠目し、自らの腰にさげた聖剣に眼をやる。なんの変わりもなく、聖剣はそこにあった。


「私たち天使と悪魔は逃避と同時に聖剣の眠る洞窟を目指しました。魔物の執拗な襲撃を受ける内に道程で幾人もの仲間たちを失い、そしてようやく辿り着いた時には、生き残りは私ひとりでした」


 ゼルクはそこで自嘲気味に笑った。悲しみに満ちた、酷く遠い笑みだった。


「私は聖剣を掴み、涙ながらに懇願しました。仲間たちを助けるために力を貸してくれと。仲間たちの仇を討つために力を貸してくれと。何時間も泣き叫び続け、祈るように聖剣を引き抜こうとしていました。けれども聖剣はビクともしません。絶望しましたよ、生まれてはじめて本当の意味で無力感に苛まされました。そんな時に、声が聞こえたのです」

「神……」

「そうです、神様からの神託です。おそらく私は史上初めて、神様の声を2度聞いたヒトでしょうね。

 神様は私に言いました。「天使はお前を除き、全て死滅してしまった。けれども奴を倒すために7種族全てが必要だ。お前に死なれては困る。お前には大魔王を殺してもらう」と。

 そして私は様々なことを頭に直接伝えられ、聖剣の中で永き眠りにはいったのです」

「…………」


 先の神話よりも生々しく壮絶なる実体験に、誰も閉口してしまう。

 特にフェレスは、ゼルクと眼すら合わせられずに俯いていた。合わせられるはずがなかった。

 戦場に生きたつもりだった。地獄から逃げたつもりだった。けれど自分が逃げてからも戦争はずっとずっと続き、本当の地獄は自分が逃げた後にこそあった。

 甘かった。本当に、自分は臆病な卑怯者だ。

 そんな卑怯者が、本当の地獄を生きたゼルクに、顔を合わせられるわけがなかった。対等に接せれるわけがなかった。

 劣等感というより、これは罪悪感。フェレスはちくしょう、と嘆くように握りこぶしを震わせた。

 時。


 ――ぞっ。


 殺気が走る。殺意が迸る。恐怖が駆け巡る。

 即座に空間は緊迫感に満たされ、5人は臨戦態勢をとる。


「止まれ、ここから先は通行禁止だ」


 突如、叩きつけられた言葉。身体を突き刺すような声。心を砕くような声。

 声のほうに視線を向ければ、すでに魔王城は眼に入り、その魔王城の手前、そこに守護するように立ち塞がるモノがいた。

 黒い、夜のように黒い肌。背で羽ばたく翼を広げた、3メートルほどの人型。そして、血の如き双眸。ソレは――


「……え?」

「おいおい」

「う、そ」

「どういうことだよっ!」

「…………」


 レオンが間抜けな声を漏らし、ライが引きつった表情をして、リィエが現実を疑うように眼を瞬かせ、フェレスが驚愕に叫びを上げ、ゼルクが鋭利な視線で敵を見据える。


「なんだ貴様ら? ……ほう。聖剣の使い手に魔剣の使い手、天使に悪魔に妖精――聞いていた敵、か」


 5人の反応を完膚なきまで無視して、ソレは得心いったように頬を亀裂させて笑う。ライたちには、すでに見慣れた笑い方で。

 わかる。ソレが何者なのか、わかる。なぜなら、ソレとは幾度も出会った、幾度も戦った、幾度も滅ぼした。


「はじめまして、と言っておこうか。貴様らにしてみれば、そう見えないのかもしれないが、我にとってははじめましてだ」


 嗚呼、そうそれは、すでに存在しないはずの――魔王だった。


「……んで、なんでなんで、なんで!? 魔王、なんで魔王がいるっ!? なんで魔王が生きているっ!? なんで魔王が死んでいないッ!?」


 レオンは混乱を極めていた。混迷に陥っていた。混沌に満ちていた。

 なにがおきている? なにが眼の前にいる? なにがどうなっている? さっぱりわからない。七魔王は全員、滅ぼしたはず――!

 反して、ライは1度深呼吸をしてから、冷静さを取り戻す。口元を吊り上げ、皮肉るように言ってやる。


「はっ、七魔王なんて、うそっぱちかよ。すっかり騙されたぜ」

「我が兄弟たちの名誉のために言っておくが、なにも嘘などついていないさ」

「あん?」

「我は、昨日生まれたからな」


 魔王は言の葉に邪悪で彩り、言った。

 ライは瞳をすぅ、と細めて魔剣を握る。警戒心を張り巡らしながら、問う。


「お前、なにもんだ?」

「我は魔王だ、見ればわかるだろう? それで納得しないというのならば、こう名乗ろうか。


 ――我は“本物”の魔王だ。


 知っているか? 貴様らがこれまで倒した7体の魔王は、貴様ら7種族をベースに魔属性を付加しただけの魔物だということを。

 だが、我は違う。我は魔属性をベースに魔属性を付加した、魔の塊。魔物を超えた魔物、最も新しき禍根、魔物どもの専制君主! 即ち――


 魔王、だ」


 魔王。魔王。魔王である。

 彼のものこそが魔王――ああ、絶望。彼のものこそが魔王――ああ、死の象徴。彼のものこそが魔王――ああ、破壊の権化。

 この世全てを終わらせんとする真なる禍根。万物総じて壊滅せんとする脅威なる終焉。

 この魔王の存在が即ち、近い将来の世界滅亡を暗示している。冗談のような世界滅亡の危機というやつが、真実の近くにあり続ける。

 魔王は嗤う。心をざわつかせる、狂気の笑みで嗤いかける。


「そして、在り得てはならない“八番目”と呼ばれる、我が創造主と奇しくも同じ呼び名を授かりし魔王だ。

 貴様らがこれまで倒してきた魔王どもは、言ってしまえば試作品。我こそが“本物”だ、我こそが完成品だ。貴様らヒトとは本当の意味で一線を画する究極だ」


 高らかなる宣言。“八番目”は。お前らなど足元にも及ばぬと一片の迷いもなく断言した。不遜とも、傲慢ともとれるその態度は、確かにまさしく魔王のそれ。

 ギリ、とライが奥歯を噛み締め、魂を込めて叫んだ。


「いや、なんでやねん! もう前話とさっきの会話的に完っ全に大魔王との最終決戦ていう運びだったじゃん! なんだよアイツ! 空気読めなさすぎだろっ!」

「……一応、前話の私の台詞が伏線にはなっていたのですけどね」


 ぶっちゃけライとしては新しく魔王がでてきても、別段問題なかったので軽口を叩くことにした。ゼルクは相手の油断のために、レオンたちの緊張をほぐすためにライに合わせる。


「しっかしよぉ、昨日生まれただあ? なんだよそれ! 大魔王ってのは封印中でも自由かっ!?」

「おそらく無理を押してでも急ごしらえで創ったのでしょう」

「はんっ。つまりお手軽インスタント魔王かよ」

「ですね」


 などという思い切り見下したようなライとゼルクの会話を聞いて、“八番目”は怒るどころか失笑を漏らす。


「ふは、喋ってないと不安なのか? 小さきものどもだ」

「んだとてめ」

「否定したいならば、剣を抜け――臆病者め」


 そう言って、魔王は――今の今まで気付けなかったが――腰に帯びた2本の剣を抜き放つ。

 右に漆黒の剣を。左に白光の剣を。

 握り締める。


「見ろ、貴様らを殺すために用意した双剣だ。

“武闘”と違い、我は魔剣でのダメージが大きい――故にこれは魔剣を防ぐため、魔の気を凝縮して創り出された魔の剣。

 無論、聖剣など掠っただけで浄化されてしまう――故にこれは聖剣を防ぐため、聖の気を入れ込め出来上がった聖の剣。

 貴様らの剣は、これで効かない」

「はっ、大層な装備じゃねえか。けどな、生まれたてのガキが、んな簡単に剣を扱えると思うなよ」


 ライはガキという部分を殊更強調して、思い切り嘲ってやる。剣士でもないのに剣を扱うなど、片腹痛い。剣士とは剣を持つ者ではなく、剣を自分の身体の延長にできる者を指す。昨日今日で剣を握っただけでは、ただの棒遊びも同然である。

 けれど“八番目”はうんざりといった風に言い放つ。


「2度言わすな――自分の優位を言葉で確認していないと安心できないか? この――」


 惰弱者め! という言葉を遮るように、ドンッという破砕音が響く。大地を踏み締め、否、踏み砕き“八番目”がライに突貫したのだ。

 刹那でふたりの距離はゼロとなり、振り被られた黒剣がライを捉える。


「は――やっ!」


 油断。そして慢心。

 初動で、一歩で、一挙動でここまで速いとは流石に思っていなかった。

 それはライをして意識的反応が間に合わないほどの超スピード。

 振りおろされた斬撃を、だからライは完全に無意識――余裕の一片もない、脅威に対する反射的な自己防衛本能――での行動で“八番目”の漆黒の剣を魔剣で辛うじて受け止めていた。それはそれで見事といわざるをえない、よくぞ間に合ったと賞賛すべき防御動作だったが――そのまま鍔競り合うことなく、恐るべき膂力によりてライは後方へ吹っ飛ばされる。


「ライっ!」


 叫びと同時にリィエが風を繰り、吹っ飛ぶライの勢いを緩めるんとする。

 ――さてその瞬間、全員の眼がライに向けられていた。安否を伺うという行為に気をほとんど向けてしまっていた。

 だからその瞬間を狙って、“八番目”は双剣を振るう。


「甘い奴らだ」


 重低音の呟きと、ブォと鈍い風切り音でようやく“八番目”に視界と思考を戻した頃には――ゼルクとフェレスは肩口から斬りつけられていた。


「か、はっ」

「ぐ」


 斬りつけられつつも、ふたりは追撃を避けるために大きくバックステップ――なんてしていることは気にせず、“八番目”はすでにレオンにターゲットを定めていた。

 レオンは皆の傷の加減がどうしようもなく気になってブレそうになる意識を、無理やり前方の敵に集中させた。

 全力でなくては、殺される。レオンの魂が、そう叫んでいた。

 腰を落とし、視線を固定し、呼吸を止めて、正眼に待ち構える。

“八番目”は1度大きく翼を広げて、上空へと飛翔する。適当な高度まで飛び、いきなり急角度で落下するようにレオンに直進する。

 と、剣の間合いほんの少し手前で、“八番目”は左の白光の剣をレオンに向けて投擲した。

 対応に焦るレオンは回避か捌くか、一瞬よりも短い時間迷って、右――今“八番目”が白光の剣を手放した方向、つまりは死角――に跳んで回避を選ぶ。

 頃には、なにか黒い塊がレオンの腹に直撃していた。


「ぐっ!? ……ど、どこからっ、なにが来たッ!?」

「“狂嵐”が風を扱うように、“獄炎”が炎を扱うように、我は魔を扱う――普通ならば直撃すれば消滅は免れぬのだが、聖剣の加護が邪魔をしたか」


 疑問一杯で、腹を苦しそうに押さるレオンに“八番目”は丁寧に説明をしながら、投擲した白光の剣を拾い上げた。


「しかし――」


 倒れたレオン、傷口を抑えて片膝をついたゼルクとフェレスを見、“八番目”は失望したようなため息を吐く。


「所詮、この程度か……」

「どの程度だってっ!?」


 実力不足を言う“八番目”に、少し離れた位置のライが猛反発を叫んだ。

 少々飛ばされたが、ライはリィエの風で勢いを殺し、地面に叩きつけられることだけは回避していたのだ。ならば、ライはほぼノーダメージだ。

 まだ、始まったばっかりだぞ。ライはいつものように不敵な笑みを浮かべた。


「勝手にオレ様の限度を決めんじゃねえ! オレ様の限界はオレ様が決めるッ!」

「ほぅ、ならば見せてみろ、貴様の限界を」

「リィエッ!」

「うん!」


 風による加速。ライは疾風迅雷の突撃を敢行する。

 速度だけでいえば“八番目”をも越す速度での肉薄。まさしく雷撃のようなライの一撃。けれど“八番目”は、ライのフェイントを全て見切り、驚くべき速さも見事反応し、完璧なる対応をして――ガキィィィン! 甲高い金属音が、鳴り響く――漆黒の剣でしかと魔剣を受け止めてみせる。


「なにっ!?」


 受け止められた。受け止められた。受け止められた? 

 ライは、その事実に驚愕し眼を剥く。

 今の斬撃、魔剣の力を解放してなかったとはいえ、ライの全身全霊の太刀だった。本気で、両断する気で放った太刀だった。

 おそらくは、その太刀を受けたのがレオン・ナイトハルトならば、防御も回避も間に合いはせず、その身を斬り裂かれていただろう。たとえ受けたのがツィテリア・ハルベルでも、防御が間に合ったかは怪しい。

 それほどの、およそ剣士としては最上の太刀だったのだ。

 それを、剣をとって1日経つのかどうかという者に、完璧に防がれた。受け止められた。

 一体、どうなってやがるっ!

 鍔競り合いながらも、ライはほんの僅かだけ思考の渦に陥っていた。それを“八番目”の声が我に返す。


「そう驚くことはない。我は、元よりそういう風に出来ているというだけのこと」

「そういう風、だと?」

「我はな、生まれた時から、剣を操る才に長けた形で創られたのだ」

「……それって、」

「剣の才だけではない。戦闘において、我は天才的なセンスを賦与されている。

 我は――戦うためだけに生み出されたのだ」


 静謐なる自己の存在理由の断言。なんともいえぬ気迫を、絶大なる自信を込めた“八番目”の言葉。

 何故だかわからない。けれど、この敵が恐いと感じた。この敵が、恐ろしいと思った。この敵が、強いとわかった。

 振り払うように、ライは口を動かす。


「まさか才能なんてもんまで、創ったもんに賦与できたか」

「神なのだ、その程度で驚くこともあるまい。

 ところで――6秒、といったところか」


 呟いて“八番目”は左手、白光の剣をライの無防備なわき腹へと突きだす。

 ライは噛み合う魔剣と漆黒の剣を支点に、力を込めた反動で後方へと跳び退くことで掠るに抑える。地に足を着け、ライが怒鳴る。


「てめえ、なんの数字だそれはっ!?」

「この剣が、魔剣と接触していられる時間だ。魔を宿したとはいえ、どこまで抵抗できるかがわからなかったのでな、確認させてもらった」

「くそっ、そういうことかよ」


 厄介だ。ライは内心、毒づいた。今回の魔王は、どうやら今までにないほど慎重のようだ。それはとても厄介だ。そういう奴は挑発にも乗らないだろうし、隙もさらしにくい。ライの最も苦手なタイプである。

 仕方がない、と視線を“八番目”から離さずに、ライは声を張る。


「てめえらサボってんじゃねえぞ! 生きてんだろ、とっとと立てやっ!」


 ひとりでは勝てないという判断だった。

 ライの要請に応えて、主人公パーティは立つ。


「少し、油断しましたが、勿論まだいけますよ」

「速いし鋭い、強いな。けど負けねえ」


 ゼルクとフェレスが傷口を押さえながらも強気に返す。どうやら傷は浅いようだ。


「剣だけに集中しすぎたな」

「みんなだいじょうぶ?」


 レオンは反省しつつも聖剣を構え、リィエは心配そうにみんなを気遣う。

 パーティ全員が再度戦意を灯し、“八番目”に相対した。

 ライは極限まで瞳を細めたままに、警戒を言っておく。


「てめえら、不用意に攻めんなよ。こいつは強い。今までの誰よりも」

「ふん、やはりどこまでも臆病。来ないなら、こちらからい――」


 ――キッ。

 いきなり、“八番目”の横合いから斬撃が振り来る。

 それは唐突な、第三者の介入だった。

“八番目”は咄嗟にどうにか手首を回し、白光の剣で防ぎきる。けれど、“八番目”は自分が両断されたかと思った。そんな勘違いを生むほどに、それは鋭い斬撃だった。

 一方、仕掛けた男は、防がれた時点で即座に後ろに跳んで退いた。

 斬撃を放った者――全身をすっぽり黒いフードつきのマントに包まれ、容貌さえ窺えない長身の男――は、少し驚いた様子で笑う。


「はっはー、不意をうったつもりだったんだけどなぁ、受け止めるとは」

「何者だ」

 

 凍えるような誰何の声。男はおどけたように、また同じようにはっはーと笑う。


「何者もなにも、オレは通りすがりの剣士――や、お師匠さまさ」

「――おい」


 その言動に、ライが反応する。心底嫌そうな声音で、違うと祈るような表情で。


「てめえ、まさか……」

「はっはー、中央都市を目指して歩いてたんだけど、面白そうな状況が眼に入ったんでな、オレも混ぜてもらおうと思ってさ」


 男はフードを脱ぎ去り、顔をあらわにしながら言う。


「ひっさしぶりじゃねえか、ライ」


 フードの中に隠されていた、男の瞳は青く鋭く、なのに表情は締まりなく、口元はだらしなくにやけていた。どこかライに似た雰囲気で、けれど決定的な違いとして、頭部に生えた――獣耳があった。

 それだけでわかる――この男は、獣人(ビーステア)

 土の神により創造された、ヒト7種族の1種。獣のような耳と尻尾、なによりしなやかさと瞬発力をもつ、まさに野生児の具現化のような種族。

 ライはその姿を確認して、改めて残念そうに全力でため息を吐く。嘘であって欲しかったというように。


「いつかの伏線を今頃回収しやがったか。んなずっと前の伏線、誰も覚えてねえよ。オレ様は回収しない忘れられた伏線だとばかり思ってたんだぞ」

「お前は変わらねえなぁ。相変わらずボケなことばっかほざきやがる。ヘンタイか?」

「なんでだよッ!? てかお前にだけは言われたくない言葉だぞ、このドヘンタイが!」


 親しげに話すふたりに、レオンが根本的な疑問を呈する。


「えっと、ライ、誰?」

「あー、こいつは――」


 心の底から嫌そうにライは口を開くが、獣人の男は遮るように、ニヤリと笑って高らかに謳う。


「んん? おっと、そういやまだ名乗ってなかったな。名乗るんなら自分の口から、だ。勝手にしゃしゃり出るな、ばか弟子。

 オレの名はヴェンデッタ・ストライト――だめ主人公のカッコいいお師匠さまだぜ。

 ま、よろしく。

 ――さて、逃げるぞばか弟子。こいつにゃ勝てん」


 と思ったら、続けて情けないことを自信満々に言い切った。

 そしてライを掴んで、ヴェンデッタは恥ずかしげもなく後ろをむいて逃げ出した。







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