第二話 ようやく自己紹介
「ふう、なんとか倒せたか。ありがとう、キミたちのお陰だよ。キミたちは強いね」
微笑んだ少年は、丁寧に礼を述べる。ライは頬を掻きながら、視線をそらしてぶっきらぼうに答える。
「ま、当然だ」
「それでええと、キミたちは一体……?」
少々ためらいがちに少年は問いを発した。瞳にはわかりやすい疑問が滲んでいる。ライは眉をひそめて答え、リィエはライの肩に座って答えた。
「あ? さっきも言っただろ、オレ様は世界の主人公、全ての主役、ライ・スヴェンガルド様だ」
「わたしはリィエ、妖精だよ」
さっき聞いたこと、見ればわかること。少年の訊きたいことは、そういうことではなかったが、名乗られて返さないのは礼儀に反する。
「俺はレオン、レオン・ナイトハルト。よろしく」
「そうか、レオンな。よろしく。レオンも魔王倒しにいくんだろ?」
なぜか不自然なほどいい笑みを浮かべ、ライはいきなりそんなことを言う。
真意を掴みきれず、レオンは曖昧に頷く。
「えっ、ああ、そうだけど……」
「だったら一緒に行こうぜ! オレ様たちもちょうど、たまたま、偶然にも、魔王倒しに行くところだったんだよ」
「そーだったのっ!?」
ライの言葉に、驚いたのはリィエ。ライは無視して話を進める。
「ほら、さっきも感じたけど魔王って強いじゃん、ひとりじゃ太刀打ちできないじゃん、だったら協力して戦えばいい、そうだろ?」
「た、確かにそうだけど……でも危険だ、やめておいたほうがいい」
レオンは本気で心配しているようだが、ライには無意味だった。逆に問う。
「だったらお前ひとりで倒せんのか?」
「そ、それは……この聖剣を使えば──」
「相手は魔剣を持っている、同じくらいの力を持つ魔剣を。それで差し引きゼロ。それに正直お前は弱い。デーモンていどにも勝てないようじゃあダメだ、わかってんだろ?」
遮って、攻め立てるようにライはまくし立てた。ひとつの反論点も見つけられず、レオンは俯いた。
ライは、切り替えて今度は優しげにレオンの肩を叩く。
「だから、一緒に行こうって言ってんだ。お前は倒したいんだろ、魔王を」
「……ああ」
「だったら迷うな、勝率を上げるために誰だって利用しろ」
レオンは迷ったように視線を彷徨わせてから、やがて強い眼をして、頷いた。
ライは――気付かれないようにニヤリと悪魔の笑みを浮かべた。
「で? さっきのアレはなに?」
レオンの説得を完了し、ともに旅することにした3人。今は近くの村の宿屋である。レオンと部屋を別々にして、ようやくふたりになった途端、リィエはそんなことを訊いてきた。
「なんかもう、気持ち悪くて鳥肌たったんですけど」
「あ? あれか。あれはな、主人公を叱咤する年長者キャラだよ」
「なんで、そんなこと……」
フッ、とライは息を吐いて、邪悪な笑みを浮かべる。
「──魔剣だ」
「魔剣? ……魔剣。──魔剣! 魔剣っ!?」
リィエは声音を4段変化させ、そのキーワードを繰り返す。
ライは大きく頷く。
「そう、さっきの魔王が持ってた──魔剣だ」
「な、な、な……」
「ふふふ、魔剣を手にしたオレ様、最近流行りのクールでダークな主人公! どうだ、オレ様にぴったりだろう?」
「じゃ、じゃあまさか、レオンと一緒に行くっていうのは……」
「その通り! オレ様だけじゃあ、魔王に勝てないからだ!」
いっそ清々しいくらいにはっきりと、ライは言った。ヘンなところで冷静なやつだ。
「あの優男を使って魔王を倒し、魔剣を奪還! どうだ、この完璧な計画はよぉ! もうあんな駄剣はいらんッ!」
「おーまーえーはーどーんーなーあーくーやーくーだー!」
「くく、最近の主人公はな、頭脳戦にも強いんだよ! そう、これから始まるのは、聖剣伝説──改め、魔剣伝説だッ!」
あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!! と、ライはもう高らかに笑った。
リィエは思った。こいつ最悪だ。
ライは笑いを収めると、ビシッと天を指差し宣言する。
「というわけで! 明日、魔王城へいくぜ!」
魔王城とはあきらかに別方向を指指していたが、そこは突っ込まない。
「はいはい、どうせそう言うと思ったよ。でもレオンが止めるんじゃない?」
もうリィエは完全に諦めていた。が、レオンは常識人である。常識人に対して突然「明日、魔王倒しにいこうぜ!」なんて持ちかければ、2秒でごめんなさいだろう。
それでもライは不敵な笑みを崩さない。
「ハッ! 甘ェなァ、あいつは来るぜ、間違いなくな」
妙な自信を持って、ライは断言した。リィエは不思議そうに首をかしげてから、考えるのをやめた。どうせ結果は明日わかる。
で、次の日。宿屋1階の食堂。朝食の席。
「というわけで、今から魔王城にいこう」
「買い物にいこう、ってくらい軽く言うね」
さすがにレオンも苦笑。しかし、すぐに真顔となって
「まあ、俺も早く決着つけたいし。いいよ、今からいこう」
「へ?」
「そぉこないとなっ! じゃ、いこか」
「ああ」
なぜだか、レオンも乗り気だ。リィエははや過ぎる展開に、眩暈を覚えた。
「ふっ、ついに来たぜ、魔王城」
真っ黒で、建物としての造形美とかが全くわからない城──魔王城。
金を払って、魔王城観光ツアーに参加して数時間。ライたちは結構近場にあった魔王城に到着した。
実は魔王城というのは誰もが場所を知っており、ほとんど毎日自称勇者が訪れる、来ようと思えばいつでも誰でも行ける場所なのだ。
まあ、ツアーだって、ある。今では有名観光地みたいな扱いを受けている節さえあるし。
魔王があまり本格的に侵攻を開始しないこと、大きな街の近くにあること、それらがこんな状況の理由だろう。
てか、人間の商売根性は末恐ろしいものがある。そんな実例だった。
「いいのか、魔王……」
これ前もやったな、リィエはそんなことを心の隅で思ったが、溜息は止められなかった。そしてやはりと言うべきか、
「やっべ、始めて来たけどやっぱ、いっいなー、おい!」
テンションが異常に高いライ。
「必ず、倒す」
マジメすぎるレオン。
よくわからない組み合わせだった。リィエはもう1度深く溜息を吐く。
「もう……どうでもいいや」
心底にある本音だったが、誰も気にはとめなかった。
しかし、さすがに魔王城である。内部となると一筋縄ではいかない。
まず魔物が出るわ、出るわで、結局数に押されて逃げ回る。そうしていると、今度はトラップが作動。落とし穴に剣山、天井落としに勝手に閉まるドアによる密室やら、降り来る鉄球と剣。それを突破しても、また魔物。
こうまで厳しいと、
「うっがぁぁぁああ! 疲れたぞぉ!」
ライが唸っても、仕方がなかった。
現在地は7階の広間らしき部屋。「一体全体この建物は何階建てなんだ、ゴルァ!」とライが言ったのは4階の時だったか。1階ごとの広さも半端でないため、疲れ果てるには十分なのだ。
レオンが少しやつれた笑みを浮かべて、励ます。
「だ、大丈夫、きっともう少しだよ」
「それは何度も聞いたわっ!」
「ライ、うるさいよ。叫ぶ元気があるなら、まだいいでしょ」
ライの肩でダウン中のリィエが、弱弱しい非難の声を上げる。
このメンツ唯一の後方支援者であるリィエは、5階の時点で魔力切れを起こして、それからはずっとこんな調子である。ライはバツが悪そうに、顔を背けて歩を進める。
すると眼の前に現れたのは、ふたつの重々しい扉。なんとも荘厳で、これが最後の扉だ、と宣伝しているかのようだった。しかしそんな扉が2つ並んでいる――まず間違いなく、片方は罠だった。
こういう場合、大概はリィエの風で様子見するのだが、リィエはダウンしてるし、どうしようか。
ライは少しだけ考えて、あ、と掌に握りこぶしをぽん、と置く。
「なあ、レオン。どっちにいけばいいと思う? オレ様はレオンについていくぜ」
最悪だった。つまり、レオンを罠探知に使おうとしているのだった。
しかしレオンは、
「わかったよ」
と、素直に返事をする。普段つっこむ筈のリィエにはそんな気力がない。ライのやりたい放題だった。
レオンが片方の扉を開く。その先には──