第二十八話 無駄でぐだぐだした話
「あー、なんかよぉ」
「なによ、ライ」
くだぁ、と寝転ぶライに、傍らで飛ぶリィエがいう。
「つまんないことだったら静かにしてなよ、絶対安静なんだから」
「1日でいいって、ゼルクも言ってただろぅが! もう1日たったぞ!」
確かに4魔王戦から、現在は1日たった昼過ぎである。が、ちがうでしょ、とリィエは大仰に首を振る。
「1日イコール24時間、ってことはあと2時間もあるでしょ!」
「なんでそんなに緻密に精確なんだよッ! オレ様はもう大丈夫だって何遍いわせんだ! 2時間くらいハショれやッ!」
「まだライは寝てるべきだと思うヒトー」
ばっ、とリィエ、そしてフェレスが勢いよく挙手する。
横でレオンがどうすればよいのか、と優柔不断に頬を掻いている。手を挙げることはないと、リィエは判じる。
「ハショっていいと思うヒトー」
「はいはいはーい!」
叫ぶように両手を挙げたのは、ライだけ。やっぱりレオンは優柔不断に頬を掻いていた。
「てめえ! せめてどっちかに手ぇ挙げろや!」
「あー、いや、中立ってことで」
ライの叫びに、レオンは素早く視線をそらす。だっておそらくどっちに賛同しても、敵対側になにをされるかわかったもんじゃないし。
リィエが満足そうにひとつ頷く。
「はい、2対1でまだ寝てるべきに決定ー」
「いやセコイだろっ! 2対2だったかもしれねえじゃん! てかゼルクよぉ、もういいだろ……って、あれゼルクは?」
魂の叫びを、しかし向けた相手はこの場にいなかった。
さっきまでいたのに……ライは首を傾げる。そこでレオンが思い出したようにああ、と口を開く。
「ゼルクなら、なんでも野暮用があるから少しでてくるってさ。
あ、ちなみにツィテリアさんとリーリアさんは、魔王討伐の報告とゼルクのお願いの伝達、それに掃討戦の準備のために会場に戻ったよ」
「はぁん、いつの間にいねえと思ったらそんなことしに行ってたんか、あのふたり」
「言っておくけどライ、ふたりがいないのは昨日からだからね」
リィエの当然のつっこみに、ライは一瞬だけ眼を見開いてから、そっぽを向く。
「へえ、気付かなかったな……」
「…………」
「…………」
「…………」
つっこむ内容すら思い浮かばない。リィエもフェレスもレオンも沈黙を選んだ。
「……しかし野暮用? んだそれ」
ライはさらりと話しを切り替え、首を再度傾げて見せた。天使の野暮用って、一体全体なによ。疑問符しか浮かばない。
レオンもそれは知らないらしく首を振る。
「さあ、それはわからないけど」
「ま、天使長さんのことだ、なんか重要なことなんだろ」
フェレスは気楽そうに肩を竦める。その様子に、リィエはなんとなく思ったことを零す。
「フェレスって、結構ゼルクのこと信頼してるよね」
「へ? え、いや、ちがっ――」
「それはそうだろ。俺だってみんなのこと、すごく頼りにしてるし、心底信頼してるぞ?」
動転するフェレスに、レオンが当然とばかりに言葉を重ねる。
いや、レオンがそうなのはわかってるけど、とリィエは苦笑する。
「ほら、1番最初の頃はさ、フェレス、天使だからってゼルクのことを避けるようにしてたから……」
「え、そうなのか、フェレス?」
純粋なレオンの問いに、フェレスはうっと言葉を詰まらせる。以前のこととはいえ、自分の褒められない行為を掘り返されても困るのだ。
「って、じゃなくて、別にアタシは天使長さんのことを信頼なんて……!」
「してないの?」
「え……いや、そういわれると、どうだろう?」
「曖昧だなぁ」
「アタシにも色々あんだよ。
最初はほら、完全に敵対者だと思ってた。なんせ戦争の相手だぜ? その上、天使長ゼルクって言えば、『相対すれば即逃げろ』って言われてたくらい最悪の敵だったしさ。
けど、一緒に旅して情が移らないわけがない。戦場外の天使長さんは普通にいいヤツだってこともわかった。アタシにだって偏見なく接してくれる。
でも、やっぱ種族の違いかな。なんか信頼してる、って言い切れねえんだよ」
「……その言に則って言うなら、お前は誰も信頼してないってことか?」
ライがほんの僅かだけ眼を細めて問うた。まさかてめえ、種族なんかちっさいことを気にするようなヤツだったのか? 眼はそう語っている気がした。ライにとっては、実は重要事項である。
フェレスは悩ましげに、んーと唸ってから首を左右に振る。
「んや。それが天使長さんだけなんだわ、こういう複雑な感情は。ライとかレオンとかリィエは、下手すりゃ戦争中に一緒に戦ってたヤツらよりも心から信頼してるし、大切だ」
その宣言に、ライはびくりと肩を震わせたと思ったら、表情を隠すように手で顔を覆う。
「……んな恥ずかしいことをよく言えるな」
「ライ、そこで茶化すのは駄目だろう」
レオンが僅かに叱るような口調で言うが、対してリィエはにやにやしながら違うよと首を振る。
「違うよ、レオン。ライのこれは照れ隠し、ライは実はすごい恥ずかしがり屋なんだよ。ほんとは信頼してるとか、大切とか言われてすごく嬉しいのに、思わず悪態を吐いちゃう……ライの子供っぽいところのひとつだよ」
「えっ?」
「んなっ!? ち、ちげえよ! 本音だ、本音っ!」
慌てたように声を荒げるライ。図星だと言っているようなものである。
そうと理解できると、レオンもフェレスもにやにやした顔になる。
「そうだったのか、意外だな」
「ははっ、ライにも可愛らしいところがあったんだな」
「~~~~ッ!! ぅ、うっせえぞ! んなことどうでもいいだろうがッ! いいから話を戻すぞ! えーとなんの話だっけか」
誤魔化すように、ライは強引に話をそらそうとする。
うんうん、そうだね。と、小さな子供の我が侭に付き合う優しげな大人のような表情で、リィエは答える。
「フェレスがゼルクに複雑な感情を抱いてるって話だったよ」
「そぅそぅ、それそれ……って、じゃあ種族差関係ねえじゃん」
「確かに、そうだな。
んー、じゃあやっぱ心でわかってても、頭はまだ敵だと認識してる、ってことかもしれないな」
「うん、オレ様もそう思うよ! はい、この話おわりー。話題を変えようぜ」
いつまたさっきの話に戻ってしまうか気が気でないライは、全力で話題転換に努める。
そんなところもまた子供っぽいということに、本人だけが気付いてはいない。
3人の暖かい視線に圧されつつも、ライは思考を回し、そういえば、と思い出す。
「最初に言おうとしてたことまだ言ってなかった!」
「え? ……ああ、そうだったね、すっかり忘れてたよ」
話をひん曲げた張本人のリィエは、悪びれもせずにそんなことを言ってのけたのだった。
「で、なに?」
「いやさ、なんっか最近、戦闘パートばっかでギャグパートやってねえよな、って思って」
「いやパート分けしてたんだ」
そこに驚きなんだけど、とリィエは表情を強張らせる。
ライはなんの気負いもなくあっさりと頷く。
「ああ、実はな」
どうしよう、つっこみところなのかな、でもライ、素で言ってるっぽいし……。とリィエは刹那迷って、
「……まあ、言われてみれば最近は戦ってばっかだねえ」
スルーすることにした。ここでつっこむとなんとなくライが可哀想に思えたからだ。
レオンやフェレスも同じような結論に達したらしく、リィエの尻馬に乗るように同意を示す。
「そうだな、もう聖剣を手に入れたのがずっと昔のことのようだよ」
「うんうん、アタシもまさかこんなに戦闘ばっかになるとは思ってなかったぜ」
「お前はあんま戦ってねえじゃんか」
ライの意地悪げな言葉に、フェレスはけれどもフッと笑ってみせる。
「パーティ内の誰かが戦えば、パーティメンバー全員に経験値は入るんだぜ?」
「そういうシステムだったのっ!?」
「いやゲームじゃないんだから……」
つっこまない方針だったリィエも思わずつっこんでしまう。レオンも苦笑しつつも常識人の意見を述べた。
ライはため息を吐く。
「はあー、お前らなんでそんなに脱線したがんだよ、たくっ」
それはいつものお前だっ! ていうかお前の発言のせいだろうがっ! 3人は心中で同時に突っ込んだが、口に出さないという点でもシンクロしていた。仲の良いパーティである。
ライは気にせず話を戻す。
「オレ様が必死でギャグ盛り込んでんのによぉ、それでもこんだけ戦闘パートが連続するってことは、もうエンディングが見えはじめてやがるな。ま、あとはラスボスだけなんだし、終わりは目前、か」
「うーん、嬉しいような、寂しいような」
「ま、早く終わるってのはいいことだろうぜ」
リィエはまさに月並みなセリフを言い、フェレスも言葉の割に寂しそうな表情だ。
けれど、ライは不敵にニヤリと笑う。
「とかなんとか言って、実はさらに連載引き伸ばしが起きて、大魔王は実は8大魔王という集団で、その上に魔神とかいたりしてな」
「そ、それはぜったいいやだよっ!」
「さっ、流石にそれはないと思うけど……」
「どうだろうな、こういう話って後々影響及ぼすんだよなあ」
フェレスが不吉なことを言う。ライもそれにノる。
「はっは、いやまあ流石にねえよな、2度ネタになっちまうし……とか言って安心させておいて、実はある! っていうオチか」
「何気ない無駄そうな会話の中にこそ、伏線というのは紛れているもんだからな」
「お、フェレスわかってんじゃん」
「まあな」
はっはっは、とふたりで勝手に盛り上がるライとフェレスに、リィエが慌てて会話に割って入る。
「いやでもこの会話が実現されちゃったら、ほんとに魔神とかでてきちゃうじゃんっ!」
「それは……最悪の展開だ」
レオンは絶望したように手で頭を抑えた。
そしてライが名案を思いついたように人差し指をぴん、と立てる。
「気付いたぞ、この会話をやめよう。なんか話せば話すほど自分の首を絞めてるような気がする」
「たしかに……」
「ライが話し始めたんじゃん!」
「――いや、あなたたちはなにを話しているのですか?」
唐突につっこむゼルク。どうすればいいのかわからない、という感じの面持ちから、実は結構序盤からいたであろうことが推測される。たぶん、入るに入れなかったのだろう、会話に。
「ん、なんだゼルク、もう用事は済ませたのか?」
ライはすでにゼルクの神出鬼没に驚かず、自然体で言った。
ゼルクはいつものように美しい笑顔でもって答える。
「ええ、もういけますよ」
「って――はっ! そうだった、ゼルク! オレ様もう動けるぞ、戦えるぞ、大丈夫だぞ、あと2時間なんてハショっていいよな?」
思い出し、縋るような嘆願に、ゼルクは一瞬驚いたようにリィエを見やり、その表情から全てを悟る。そしてにっこり笑って、
「いえだめです」
即座に却下した。
「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああッ!?」
「……冗談ですよ」
くすり、とゼルクは笑んだ。完全に楽しんでいる。てかライ以外のメンバーは横で大笑いしていた。
なんっかもう、ライは全力で脱力してしまう。
「ぁーもぅ、だりぃ」
「さて、魔王城に急ぎましょうか」
ライのことをガン無視しながらも、若干焦ったようにゼルクは言った。
「なんだゼルク、そんなに急ぐことなのか?」
いち早く笑いをおさめたレオンは不思議そうに問う。べつに急ぐような理由が思いつかなかったのだ。
けれどゼルクは表情を不安に彩る。
「……はい。できれば、手を打たれる前に城に辿り着きたいのです」
「手?」
「おそらく、7魔王全てを倒したことはすでに敵に知れているでしょうから、なんらかの罠を張ってくる可能性が高いのです。時間が経てば、危険度はそれに比例して上がっていくことでしょう」
「そう、なのか……」
マジメモードになったレオンは、神妙に頷いた。
それでもやっぱりライは気にせず、
「ふん。無駄話してるヒマもない、か。ま、ラスボス倒したらもっと無駄で、もっとぐだぐだ話そうや」
ニッと笑って、そう締めくくるのだった。