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第二十七話 みんな実は心配性


 ライとリィエは、どこにでもあるなんの変哲もない民家を前にしていた。

 ライが確認するように言う。


「リィエ、ここか」

「ここだね」


 ライとリィエは、リィエの風と魔力感覚をたよりに他のメンツを探していた。探査探知は風の得意とする分野ゆえに、結構かんたんに場所を特定できた。都市に入ってすぐ、なんだかわからないが巨大なクレーターがあり、それを迂回してたせいで少し時間がかかったが、どうやらこの一軒家に他のヤツらはいるらしい。

 リィエが不法侵入にならないかな、と常識的なことを考えていると、ライは遠慮もなしにドアを開ける。


「ごめんくださーい」

「え? 勝手に入っていいの? ライ」

「鍵も開いてたし、いんじゃねぇ?」


 勝手すぎでしょ! そうつっこもうとした時、こちらへと向かい来る足音が耳に響いた。ふたりは会話をやめ、ほんの少しだけ警戒をし足音のほうに視線を向ける。

 

「あー、わりぃ、この家のヒトか? 怪我人がいてさ、勝手ながらちょいと借りて――ってライ! ライじゃん! どうしてここが……いや、そんなことより、良かった、生きてたんだな」


 足音の正体は、フェレスだった。てか、どうも不法侵入しているらしかった。

 なんてことも全く気にせず、ライは脱力しながら話し始める。


「は、オレ様を誰だと思ってやがる、主人公だぜ? 死なねえよ」

「なんて強がってるけど、これでも身体のほうはボロボロなんだよ。ゼルクはいる? 早く治療してもらいたいんだけど」


 リィエがライの言葉を呆れ気味に継ぎ、しかしすぐに不安色に顔を染めながら、問う。

 フェレスは眼を見開いてから、鎮痛な面持ちで首を横に振る。


「ライがそんな大怪我負うなんてどんだけ強い魔王だったんだよ……わりぃけど、天使長さんだけがまだ合流してねえんだ」


 ほんとにごめん、とフェレスは全く悪くないのに、平謝りする。

 さすがにそこまで謝られると、今度はリィエが困惑してしまう。


「え、いや、フェレスが謝ることじゃないよ。

 そっ、それよりゼルクだけってことはレオンと……えと、ツィテリアさん、はいるってことだよね」


 ということで話をそらすことにした。その言葉の内で、まだツィテリアに慣れていないことが感じ取れるのは、ご愛嬌だろう。


「あっ、ああ、いるぜ。それになんか知らねえけど、レオンが水霊(ウンディーネ)の女を連れてきた。で、いまそいつに治療してもらってるとこ」

水霊(ウンディーネ)? どこでそんなやつ引っ掛けてきたんだ? ま、いいや、治療できるやつがいるんなら、オレ様も治療してもらいてえ」


 強がってはいるが、本気で重傷のライである。リィエも安堵の息を漏らす。


「いつまでも立ち話ってのは怪我にさわるな、そろそろ向こう行こうぜ」


 言って、先導するようにフェレスは踵を返す。ライとリィエも黙って後ろについていく。

 簡素な構造の家らしく、玄関からは廊下が1本だけ伸びていて、左右の壁に2つずつ扉がある。フェレスはその左右の扉はムシして、真正面の扉に手をかけ、押す。扉の先はリビングのようで、6平方メートルていどの広さ。その床に座るものが3人。

 ライがため息を吐き出すように呟く。


「んだよ、生きてんじゃん」


 その呟きに反応し、座っていたひとり――レオンは振り返ってすぐに驚愕、そして歓喜を表情に表す。


「……ぇ、ライ! そっちも無事だったんだな、よかった」


 両者のその言葉には、多分に安堵が含まれていたことを、今は誰にも理解できた。

 けれどリィエが少し気まずそうに唸る。


「うー、ライはあんまり無事じゃないんだよね、これが」

「な、え?」


 その言葉だけで、レオンの歓喜は吹っ飛び狼狽しだす。リィエは努めて冷静に言葉を続ける。


「ライはさっきの戦闘でボロボロなんだよ。今立ってるだけでやっと。強がってるだけなんだから」

「なっ!? そ、そうだリーリアさん、ライを治療してあげてください!」


 レオンは狼狽したまま、床に座る女性に叫びかける。

 呼ばれて、気品溢れる水霊の女性――リーリアはすくりと立ち上がり、きっぱりと言い放つ。


「お断りします」

「……え?」


 レオンの間の抜けた声を無視して、リーリアはずぃ、とライの前に仁王立ちし、睨むような視線を向ける。


「わたくしのことを、まさか忘れたとはいいませんよね、ライ・スヴェンガルド」


 いきなり怒り出したようなリーリアに、ライは眉をひそめる。というかどうも知り合いらしかった。が、


「あ? 覚えてねえけど。誰だてめ」


 やはりこの男は覚えていなかった。記憶力の悪い主人公である。


「大会で戦ったでしょうっ!」


 途端、冷静さをかなぐり捨て、必死の形相で叫ぶリーリア。そんな必死な姿に、ライは少しだけたじろぐ。必死さに押されたライはコメカミに指をあて、記憶をサルベージしてみる。思い出せない。コメカミを叩いてみる。全く思い出せない。ならば、とライはリィエに顔を向ける。


「リィエ、覚えてっか?」

「うーん、さすがに1週間たってるからなぁ。ねえ、なん試合目で戦ったの?」

「……3試合目、ですわ」


 少し言いづらそうにリーリアは述べた。まあ、自分の敗北した戦いの話だ、思い出したくもないのだろう。

 そんな様子に気付かず、いや、気にせず、ライは思い出したらしく手を叩く。


「3試合目3試合目……ああ! 思い出した! やっすい挑発にやたら簡単に乗ってきたあの水霊(ウンディーネ)かぁ」

「……なんて言って挑発したの、ライ」


 リィエは嫌な予感がして、ジト眼でライに問うた。ライはコメカミからアゴに指の位置を変えて答える。


「あん? ぇっと、確か……『ようよう、なんだよなんだよ、暑苦しい噛ませ犬の次は湿っぽい魚のじょーちゃんかよ。やだやだ、水も滴るいい主人公になっちまうぜ。シャワーていどの水しか出せないんだったら、迷わず棄権しとけよ? 魚の刺身はあんま好きじゃねえんだよな、オレ様』だったっけ?」

「何故それは一字一句覚えているのですかっ! そしてわたくしのことを魚呼ばわりするのはやめなさいっ!」

「暑苦しい噛ませ犬……グリオのことか」


 即座に言葉を返し、リーリアが激憤した。横のレオンは懐かしげに苦笑しながら頬を掻く。

 話がややこしい方向になって来た。リィエは感じ取り、ともかくライに謝らせようと口を開く。


「ライ、子供みたいな悪口はやめなよ」

「はっ。お前に対するちびと同じようなもんだろ?」


 しかしリィエはちび呼ばわりにカチンときて、すぐに怒りを制御できなくなる。いかにもこらえ性のない妖精である。

 ふふん、と鼻を鳴らしてライに挑みかかる。


「それじゃあ、ライの童顔と同じだね」

「……ほぅ」


 こちらも簡単にキレた。短気にもほどがある。


「オレ様は童顔じゃねえ、何遍言わせるんだ、このちび! ちびちびちーび、ちーびちび!」

「リズムに乗せるなぁ!」


 リィエはくるり、と指を舞わす。風がライの死角を襲う。ゴンッ! と小気味いい音で風はライの後頭部を打った。ライは倒れた。

 慌てたのは風を放ったリィエである。まさか回避すらできないほど、こんな弱い一撃にも耐えられないほど、ダメージを負っていたのかと。


「わっ! ご、ごめん、ライ! やりすぎた!」

「……へ、返事を返せない、だってただの屍なんですもん」

「わぁー! ライ死んじゃやだー!」


 心配はいらないという意味を込めたライの会心のボケも通じず、リィエは瞳に涙を溜め込む。おいおい、と今度はライが焦る。


「だ、大丈夫だ。ただ単に、身体が動かないだけで、大丈夫だ」

「それはマズくねえか!?」


 ここでまた、冷静さを著しく欠いたもの――フェレスが割って入り、倒れたライを抱きかかえて真剣に叫ぶ。


「ライー! 死ぬなー!」

「ライー! 死んじゃやだー!」


 リィエもマジ泣きで叫んでいた。


「リーリアさん!」


 この果てしなく混沌っぽい状況を見かねたレオンが、強めに名を呼ぶ。この状況を打破できる唯一の人物の名を。


「嫌っているのはわかったけど、それでもライを助けてあげてくれ。頼む」


 頭を下げ、真摯な想いをぶつけた。

 後ろではふたりが未だうるさかったので、シリアスさは微塵もなかったが。


「……はぁ。仕方ありませんわ。実際、わたくしが断ったのは、ただの意地ですから」


 折れたように、リーリアは息を吐く。そして倒れ臥したライに手を差し出す。うっすらと、リーリアの手が青く輝く。


「光栄に思いなさい、わたくしに治療してもらうのだから」

「うっせ、黙って治療しろ」


 素直に礼を言うライではない。咄嗟にでたのはやはり悪態であった。

 無論、リーリアは顔を赤くしたが、堪えるように1度深呼吸する。


「はあ。全く、何故この男はこんなにも偉そうなのですか」

「オレ様は主人公なんだよ、偉いに決まってんだろ?」

「ライー、静かに治療受けなよ」

「そうだぞライ、しっかり治療受けて、ちゃんと回復しないと」

「ぅ」


 と、悪態を吐き続けるライに、リィエとフェレスが心配そうな声音でそんなこと言うもんだから、沈黙せざるをえない。流石に半泣きの少女の懇願には、主人公とはいえ勝てないのだ。

 ライが沈黙すれば、リーリアが喋る理由もなく、治療に集中することができた。

 じっくり1分間の治療を終え、リーリアは満足そうにひとつ頷く。


「ふぅ、こんなところですわね」

「ぉお、すげーな水の治癒。疲れがほとんどとれたぞ。けど、んー、傷は全然治らねえな。痛みはないのに、不思議な感覚だぞ」

「そっ、それが水の魔術ですわ。あとは自己治癒能力を信じて安静にしていなさい」


 魔術のこととはいえ、まさかライに褒められるとは思っていなかったのか、リーリアは少しばかり意外に思いながらも嬉しそうに言った。


「流石ですね、リーリア・クラウゼナ様」


 そこで言葉を発したのは、今の今まで黙って背景のように状況を眺めていたツィテリアだった。


「ん、なんだ、いたのかツィテリア」

「はい、いました」


 ライの割と酷いセリフにも、ツィテリアはさらりと受け流す。

 と、ライはツィテリアの言葉の内に、聞き捨てならないものを聞いた気がした。


「ん? 今、クラウゼナ、って言ったか?」

「はい」

「クラウゼナ。そうか、クラウゼナ、ねえ。大会の時は名乗ってなかったじゃねえかよ」

「ええ。騒がれても困りましたから」

「え! クラウゼナって、あの?」


 リーリアが肯定を示すと、リィエも気付いたのか眼を見開いて確かめるようにリーリアを眺める。


「? リーリアさんって、有名人なのか? ライ」

「アタシもなんかついていけねえんだけど?」


 そしてレオンとフェレスが、揃って首を傾げた。話についていけていないらしい。

 レオンのその発言に、ライは驚愕というか困惑、いや、ぶっちゃけ呆れ果てたという表情を貼り付ける。


「お前、マジで言ってんの? フェレスはしょうがねえけど、レオンが知らねえってのは……」

「あっ、ああ。知らない」


 ライは呆れを通り越して、もう寝てしまいたくなった。それでも一応、自分の治療のために頭を下げてくれたことを思い出し、心底面倒だという口調で、かろうじて説明をする。


「……そういや、お前は田舎モンだったな。いやそれでもクラウゼナの名くらい知っとけよ。クラウゼナって言えば、現代の霊王のことだろうが」


 それを聞いて、レオンはゆっくり頭を回す。

 えっと、霊王――五大王の一角で、水霊の王のこと。ん? 王? 王と、同じ姓?


「え? え? まさか、リーリアさんって……」

「はい。わたくしは我らが水霊を統べる霊王バルトロウ・クラウゼナの一人娘、リーリア・クラウゼナですわ」


 つまり、王女さま?


「しっ、ししし、失礼しましたっ!」


 レオンは全力で頭を下げる。今まで、そんなことにも気付かず非礼であり続けた。完璧に不敬罪である。

 けれどもリーリアは別段気にした風もなくふわりと微笑む。


「構いませんわ。わたくしからしたら、聖剣勇者さまのほうに非礼があったかと思っていますのに」

「え?」

「聖剣勇者といえば、今ではかなり神聖化されています、知りませんの? 五大王が大会に莫大な投資をしたのも、それほど聖剣勇者を探し当てたかったからですわ。だから、対等に話して頂いて構いません」

「ん、ん? そういうものなのか……」


 レオンは納得していいのか微妙に頭を悩ませていた。不敬罪は知っていても、実際どういったものかはわかっていなかったのだ。思いっきり庶民なレオンである。

 リーリアはその様子に納得したのだと勝手に判じ、話を切り替える。


「しかし」


 わざと一旦言葉を区切り、ツィテリアに視線を定める。


「そう言うあなたこそ、確か間王の直属護衛だったと記憶していますけど?」


 間王――いうまでもなく、五大王が一角、人間の王のことである。

 ツィテリアは、リーリアに礼儀を払うように恭しく頭を下げ、朗々と名乗りを上げる。


「はっ、私は間王直属護衛部隊隊長を務めています“剣の騎士”ツィテリア・ハルベルと申します」


 しかしこれには他のメンツは驚かず、ライは道理でといった感じで受け入れる。


「なんだ、強いわけだ。王の直属じゃあなあ」

「そうだね、ライが本気だすくらいだもんねぇ」

「ああ、アタシと一緒に魔王と戦った時もそりゃあ強かったぜ」


 リィエもフェレスもうんうん、と頷いていた。

 と。


「ふむ、この場にふたりも権力者か、それに近しい者がいましたか、好都合ですね」


 唐突に、玲瓏な声が響いた。

 驚倒したリィエは声に振り返る。


「! び、びっくりしたぁ、突然現れないでよっ!」


 声の方向に立つのは勿論、神出鬼没な天使ゼルクだった。


「それは失礼しました」


 苦笑するように、ゼルクは微笑む。それからふぅ、と安らいだような表情を零した。ゼルクもゼルクで、他のみんなを心配していたのだ。

 フェレスはそれに気付いたが、あえてなにも言わずに別方向に質問する。


「けどよ、なんでこんなに遅かったんだ?」


 フェレスとしてはゼルクが苦戦したとすら思っていなかったので、あまり心配していなかったのだが、こんなに遅いとはまさか、まさかがあったのか? そんな意を込めた質問だ。一応、外見上はそれらしい怪我は見当たらないが。

 返答は、やはり苦笑。


「それが……私が飛ばされた位置は少々遠くて、時間がかかってしまいました」

「? 空間転移すればよかったじゃん」

「あれは日にそう何度も使えません。それに私の相手だった魔王は大して強くありませんでしたので、余力は残してありますが、その余力は皆さんの治癒に残しておきたかったので」


 そのセリフで、リィエは思い出したように声を震わす。


「そ、そうだゼルク! ライがボロボロなんだよ、治療してっ」


 水で体力を取り戻しても、傷だらけの身体には変わりない。実際、疲れはとれても、痛みは消えても、深い傷はほぼ完全に残っている。

 リィエの懇願に、ゼルクは鷹揚にうなずいて、ライに優しく触れる。


「……ほっ、本気でボロボロですね、ライ。よくここまで歩いてこられましたね」


 治癒しはじめてすぐに、ゼルクが引きつった表情で呟いた。それを聞いて、脇に控えていたリィエとフェレスも顔色を失くす。


「だ、だいじょうぶなの?」

「まさかしっ、死なねえよな?」

「いえ、そこまでの心配はいりません。ただ私の光でも、完治には時間がかかります。おそらく2、3日は絶対安静……おや? これは、水の治療でもしましたか、ライ?」

「んあ? ああ、してもらったけど?」

「そうですか、ならばそんなにかからないかもしれませんね。まあ、それでも今日1日は安静にしていてもらいますが」

「わったよ」


 ライとしても、動きたい気分ではない。すげー心配そうな瞳でじっと見つめられているし。しかもふたりから。

 さて、とライの治癒を終えてすぐにゼルクはリーリアとツィテリアに向き直る。するといきなり流麗な仕草で、ふたりの権力者に頭を垂れた。


「霊王の御息女様と間王の護衛殿に、お願いがあります」

「好都合、といっていましたが、そのお願いごとが関係しているのですか?」


 ツィテリアは僅かに怪訝そうにゼルクに対する。先の会話で、いささかゼルクに苦手意識があったのだ。

 ゼルクはそれに勘付いたが、深く問わずに素直にはい、とだけ答える。


「内容を言ってみてください」


 全てはそれからですわ、リーリアは凛とした語調で言った。王女としての顔が、そこからは見取れた。

 ゼルクは、これを伝えたらどう反応するのかと観察するように眼を尖らせながら口を開く。


「魔王城に攻め込まないでください、と五大王にお伝えしてほしいのです」

「何故ですか、最大の敵たる魔王は倒しました。ならば我らの敵は魔物だけでしょう?」


 魔王城とは、魔物の発生地とされているのだ。だから好戦的なリーリアは疑問を呈する。首魁を倒した今、後は残党の排除だけではないのか、と。

 ゼルクはある意味予想通りの言葉を受け、珍しく厳しい表情で首を真横に振る。それでは駄目なのだと、強く否定するように。


「いえ、違います。まだ大敵が残っています。このことは、あまり世間に広めないで頂きたいのですが……」

「約束しましょう」

「ありがとうございます。

 ……大敵が、まだ存在するのです。魔物を、そして魔王を創りだした――我ら人類の大敵が」


 ぴくり、とツィテリアとリーリアが反応を示す。ゼルクは続ける。


「その大敵を倒すのが、私たちの目的です。そしてその大敵は、おそらく聖剣と魔剣でないと傷をつけることすらできません。ならばいかな戦力を投じようとも、いかな大軍で攻め入ろうとも、それは全て返り討ちにされるだけなのです」

「だから、魔王城を攻めるな、と?」


 リーリアは不可解そうな瞳で言った。その瞳は、理由はわかっても、意味は理解できないと言っていた。いきなり大敵とか言われても、困惑するだけで納得できないのだ。ヒトは、実際に体感しなければ敵の怖さを認識しない、できない。

 ゼルクは言葉による説明でどう納得させたものか、と眉を曇らせる。

 

「危険度がわかり辛いですかね。でしたら……そうですね、あなた方は魔王と戦いましたよね? その魔王を生み出すことができる存在が、その魔王より弱いと思いますか?」

「……いえ」

「簡単に見立てても、その大敵はおそらく魔王単体の10倍は強いと思います」

「本当に、そんな存在がいるのですか?」

「そればかりは、信じていただくしかありませんね」


 視線が交錯する。一方は疑念の、もう一方は信じてほしいという祈りを込めた視線の交錯。この世界の権力者ふたりを相手に、ゼルクは1歩も引かずに視線を戦わせる。ここで眼をそらせば、今までの全てが嘘だと言っているようなもの。だから、ゼルクは真っ直ぐ眼をそらさない。

 どれだけか緊迫の時間は過ぎ、やがて


「……はあ、わかりましたわ、信じましょう。そしてそのお願いごと、引き受けますわ」


 最初に視線を外したのはリーリアだった。一応、信じる気にはなったらしい。リーリアがそう言えば、ツィテリアも同意するしかなかった。


「ありがとうございます」


 ゼルクは微笑みの裏で、けれど現実的な思考を回していた。

 さて、これでお膳立ては調えました。邪魔は入らないでしょう。あとは大敵を滅ぼすだけ……簡単に言いましたが、勝てるのでしょうか?

 ゼルクは自分が少々、無鉄砲になっていることを自覚した。これもまた、どこぞの主人公の影響だろう。ゼルクはもう1度、誰にも気付かれないように苦笑した。


 ――まあ、なんとかなるか、と楽観思考をしながら。





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