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第二十六話 要は勝ちゃいいんだろ?

「ち、さすがに劣勢だぁな」


 吐き捨てるように言い、ライはバックステップする。そこを狙う“武闘”の魔王の追撃は翼。纏う魔力により刃のように研がれた巨翼は、ヒトの身など簡単に斬り伏せえる凶器となって襲い来る。

 ライはしょうがなく足を止め、翼を魔剣で弾きつつ、大きく振り被った“武闘”の右拳を注視する。動作が大振りでは、軌道は読みやすい。読みやすいのだが、


「ぬんッ!」


 振り切った拳自体が速過ぎて、完全に見切るには多大な集中力が必要だった。

 ライは眼を細め、その拳を捉えることに成功する。そして魔剣を瞬間で“武闘”の右腕に叩き込み、僅かに方向をずらす。そのずれに自分の身体を投げるようにして回避してみせた。

 そのまますれ違うようにして“武闘”の背後を取る。


「ひゃっはー!」


 ライは魔剣を両手で握り締め、“武闘”の背に叩き込む。直撃の衝撃で“武闘”がよろめく。しかしそのていどのダメージしか通らないようで、すぐさま“武闘”は両翼を大きく開く。咄嗟にライは魔剣を叩き込んだ反動を利用して後方へ逃避する。と同時に開かれた翼は、“武闘”の背後の空間を斬断するように荒れ狂った。

 どうにか翼の刃を紙一重で避けたライは、すぐさまそれを誇るように軽口を吐く。


「っぶねぇな。けど、んなノロマな攻撃じゃあ、主人公にはあたんねえな。やーいやーいノロマー」

「本当に、うるさい奴だっ! 少しはその口を閉じたらどうだ!?」


 振り返り、“武闘”は猛ったように言葉を叩きつけた。ライは気にせずにたにた笑い続ける。


「はっはー、なんだよなんだよ、口下手かぁ? もう少しおしゃべりに付き合えよ! 友達減るぜぇ?」

「煩わしい!」


 叫び、駆け、飛ぶ。“武闘”は身体全体を捻りながら拳を握り締める。

 急速接近してくる“武闘”に、ライは叫びで答える。


「リィエ!」

「うんっ!」


 ライはその場からさらに後方へ跳び――その後ろでリィエが指をくるり、と舞わす――それを後押しするような風が吹き、ライは大きく大きく“武闘”から離れる。

 避けられた“武闘”の拳は空を切り、大地へと直撃、爆弾でも破裂したかの爆砕音を響かせる。大地に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、次の瞬間には大地が掘り出されたように崩壊し、抉れた。

 ライはリィエの傍らまで後進して、ばかにするように吹けない口笛を吹く。


「ひゅー、くらってたら痛いじゃ済みそうにねえな」

「キサマ、サシの勝負だろうが! なにを平然と味方の支援を受けている!」


 勿論、“武闘”は激憤する。どうもこの魔王は武人タイプだ。戦いは正々堂々を望むらしい。ならばライの態度は確かにイラつくだろう。戦いが始まったと同時に繰り返される挑発、というか罵倒を連打し、さらにここにきて約束の反故である。そりゃあキレても不思議ではない。

 しかし、武人タイプでなくともライの行動には非難がくる。味方から。


「ぁ、そーじゃん! わたしも咄嗟に合わせちゃったよ! なにやらせてんの、ライ! サシはどうしたのっ!?」

「あ? あー、サシだっけ? メンドーだし、やめた」


 誠意の欠片もない、悪びれた風もない、やる気の全くない、主人公だった。


「キサマはそれでも戦士かっ!?」

「お前はそれでも主人公かっ!?」


 思わず、魔王とリィエは同時に突っ込む。自分勝手に対するつっこみは全種族どころか、魔王にさえ共通の行動らしかった。

 ライは笑って受け流す。――その笑みには、苦いものが含まれていた。


「はっはっは。いや、正直キツイのはマジなんだって。だから相棒くらいはいいだろ」


 実際問題、ライは言ったとおり劣勢だった。敵がこちらの挑発に乗ってくれているからこそ、攻撃は単調化して、どうにかギリギリで避けていられる。だが逆に言えば、怒りに呑まれた状態での攻撃を、ギリギリでしか回避できないのだ。この魔王の実力は本物だった。……短気なのは、問題だが。

 さらにこちらからも一応攻撃は続けているが、目立ったダメージも深い傷も与えられてはいない。“武闘”の魔力を纏うチカラによる防御はライの魔剣を通してくれないのだ。

 さらにさらに、攻撃にも回避にも全力駆動していたライは、貼り付けていた余裕がほんの僅かずつ剥がれ、疲れが見え始めていた。

 まあつまり、劣勢である。

 だが、結局それだけだ。劣勢なだけで、絶体絶命からは遠いし、ライには負ける気が、全くもってなかった。

 だから、ライははぁー、とため息を吐いてから、切り替えるように自らの頬を叩く。


「全くしゃーないな、ついにオレ様の隠された主人公パワーを解放するしかない……か」

「え!? もしかして、内に秘められた究極パワーとか、封印してた禁断の力とか? そんなのあったの、ライ!」


 リィエの驚愕を得て、ライは思い切り調子に乗る。


「オレ様を誰だと思ってやがるッ!? 最強、無敵、常勝と三拍子揃った主人公サマだぜ? ないほうがおかしいだろう?

 ふふ、ふはははははは。わーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはッ!! ……まあ、うそなんだけどさ」

「いやわかってたけどね! うそだって最初からわかってたけどね!」


 泣き叫ぶようなリィエのつっこみ。一瞬でも期待した自分がばかだった。

 ライはもう1度はぁー、とため息を吐いて、リィエに眼を向ける。今度こそ真っ直ぐな、なにやら決意を宿した瞳だった。


「リィエ、プランBでいくぞ」

「は? なにそれ」


 いきなり意味不明ワードを出されても、リィエとしては困ってしまう。てか一瞬前までのくだりはスッパリなかったことにしたらしかった。

 気にせずライは続ける。


「ばっか、ここはノっとけよ。とりあえず頷いとけよ」

「いや、意味わかんないし」

「だーもぅ! アレだって、アレ。あの……なんだっけアレ、あの策だよ。ふたりで練りに練った結果、強すぎて使用禁止されたあの策!」

「……もしかして、お師匠さんを倒した、あの策戦? それでお師匠さんに『もう使うなーっ!』って怒られたやつ?」

「そぅそぅ、その策、その策。アレ、やるぞ」

「ぇー、アレやるの?」


 少し気まずそうにリィエは聞き返す。あまりやりたい策ではないのだ。


「ああ。アイツは強いからな、オレ様とて無為無策では厳しいもんがある」


 軽い口調。深刻さなど感じさせない、緩い表情。しかし、リィエはライを理解していた。眼を見れば、ライの真意は感じ取れた。現状が、本気で拙いのだと。


「……そっか。わかったよ」

「ぉし、決まりだ。

 やい魔王! オレ様たちがこの策を使って、負けたことは1度もねえ、覚悟しとけ」


 この策を使うのは、まだ2回目でしょっ。リィエをそうつっこむことも忘れて、


「なんというか、先に謝っておくよ。ごめんね」


 気の毒そうに、“武闘”に謝っておいた。

 この策は、相手の怒りを買うのだ。ほんのちょっとだけ。






「ほぉ」


“武闘”の魔王はライの言葉に、思わず舌なめずりしていた。中々、興味をそそられる言葉だったのだ。そしてこの魔王の感情配分は、怒りよりも興味のほうが大きく、そのため怒りなど吹き飛んでいた。

“武闘”の魔王は、その名の通り戦うことが好きである。しかし歯ごたえのあるような戦いは、あまりしたことがなかった。自分が強すぎたせいだ。個体としての地力では、どの存在にも負けないように創られたのだから、それも当然なのだが。

 そんな魔王である自分に、挑もうというヒトどもがいる。力では敵わずとも、知恵や武具で自分たちよりも遥か強い敵にも引かない、そんなヒトどもが。


「いいだろう、サシなどもうどうでもよい。ふたりでかかってくるがいい。そういえば最初は全員まとめて倒すつもりだったのだしな。

 その代わり、オレも全力だ。そしてもう、激情にも呑まれん! そんな状態では、勝てそうにないからなァ!」


“武闘”の顔に、亀裂めいた笑みが浮かぶ。強者と戦えるという喜悦に満ちた、バトルジャンキー特有の凶悪な表情だった。

 相対するライも、ギラついた八重歯を見せ付けるように笑い返す。


「はっ、ほざいてろ。いくぜリィエ! 遅れんなよ」

「わかってるって!」


 声と同時にライが地を蹴り、リィエが指を舞わす。

 リィエの風はライの速力をさらに限界まで上昇させる。その風を受けつつ、さらにライは駆けながら小刻みにステップを踏む。

 魔王をして、ライの速度は眼でどうにか追えるか追えないか、というほど速い。そして凄まじいまでに熟達したステップのせいで――残像とまではいかないが――ライの姿がブレて見える。素晴らしい身体能力、そして体術だ。だが、こちらに跳びこんで来れば、反応は可能。もちろん、反撃も。

“武闘”は待ち構えるように、腰を落とす。“武闘”はすでに行動を定めていた。ライがこちらに攻撃を仕掛けてきた瞬間に、魔剣が振り下ろされる瞬間に、この拳を叩き込む。

 後の先――カウンターで決める。冷静にいけば、やれる。

 引き絞るように拳を振り被る。ライがそんな迎撃姿勢の“武闘”に向かう、迫る、近接す――そこで“武闘”はライの姿を見失った。


「っ、なぁあっ!?」


 驚きの声とは反対に、“武闘”の頭は状況をすばやく把握していた。

 あの高速移動中で、横っ飛びしやがった! 冗談だろっ!? “武闘”はありえないと叫びたかった。しかし、ありえたのだからしょうがない。認める。思考を切り替える。

“武闘”からして右方向から、殺気が来――


「逆だッ」


 左方向からライの声がして、だから咄嗟に“武闘”は右に向けようとしていた首を無理やり左に向けた。

 視界の中にライの姿は――ない。


「っ!?」


 どういうことだ、“武闘”が思った頃には右腕に痛み。斬られた。やはり右側かっ。首を向ける。ライの影だけを、どうにか眼の端に捉えた。そこに居たのは把握した。

 ――どういうことだ?

 またも、ライを見失った。

 ――なぜ、逆方向から声がした?

 しかし気配は感じる、今度は後ろか。


「上だぁあ!」


 声が上から降ってくる。バカな、気配は後方にあるのに! 

 どちらが本当か、刹那のうちに“武闘”は頭を回す。気配は曖昧な感覚だ、ならば五感のほうが信頼できる。そう思い、先は間違った。ならば、


「後ろだッ!」


“武闘”は後方へ、翼による斬撃を放つ。手ごたえは、ない。ならば、上だったのか? 顔を持ち上げる。天しか見えぬ。無論、ライの姿は影すらない。

 どういう――

 ことだ、と思う前に、弱いながらも斬撃が胸元を走った。痛みに、視線を前方に向ける。影すら見えなかった。

 後ろも上も違う。ライは下にしゃがみこんでいた、そういうことなのか?


「なにが起きている?」


“武闘”の頭が困惑で一杯になる。意味がわからない。理解ができない。どうして声とは違う方向から攻撃が来る? どうして気配と違う方向から攻撃が来る?


「くッ!」


“武闘”は混乱状態を拙いと判じ、翼を広げて空へと舞った。これで剣士であるライの攻撃は届かない。ゆっくり思考を働かせることができる。

 どういうことだ。声は確かに聞こえる。無論ライの声が。ゆえに反応してしまうのだが、そこにライはいない。声をかけ、次の瞬間には反対方向へ移動、そのまま攻撃? 不可能だ。さすがにそこまでのスピードはない。それにそれだと気配とは別方向から来た2撃目の説明がつかない。ならば――

 ぞっ、と“武闘”の背筋があわ立った気がした。反射的にその場から離れる。直後、ブォッ! という音とともに飛来してきた黒い斬撃が、元いた空間を斬り裂いていた。

 下を見る。ライが、魔剣を振るった姿勢で笑っていた。

 そうだった。ライはただの剣士ではなく、魔剣の使い手、遠距離攻撃も可能だった。そんな基本事項を失念するとは、自分で思うよりも“武闘”の混乱と焦りは強いのかもしれなかった。


「いや、いや」


 違う――受け身に回ったのが間違いだったのだ。“武闘”はそう結論付け、思考の全てをやめ、混乱と焦りを振り切り、ただ猪突猛進に殴りかからんと翼を広げる。


「わからぬことを考えても、答などでない。ならば、こちらから仕掛けたほうが、勝機はある! ゆくぞッ!」


 天空から、重力をも味方につけ、風を切り裂きながら音速の勢いで、“武闘”はライへと一直線に突っ込んだ。

 もうすでに流星のような恐るべき必殺の一撃の先に、しかしライの姿はなかった。ライはすでに回避、していたらしい。“武闘”だって、回避されるのは予測済みである。溜めがあったし、ライの高速移動を考えれば当然とも言えた。

 ではなぜ“武闘”は避けられるとわかっていながら、この攻撃を敢行したのか? それは――元々、当てる気がなかったからだ。

“武闘”は拳が大地に届く直前で翼を限界まで開き、急降下の勢いを殺そうとする。この速度で無理やり制動をかけるなど、自分の身も危険な行為だ。しかし敵はなんのリスクもなく倒せるほど甘くはないのだから仕様がない。翼にかかる負荷、折れてしまいそうな激痛が走る。その痛みを、歯を食いしばって耐え忍び、どうにか停止に成功した。そうして“武闘”は静かに大地に立つ。


「んなにっ!?」


 そこで焦った声が聞こえた。ライの声だ。これもまた、予測通り。

 おそらくライは、“武闘”の拳が大地に突き刺さった瞬間の隙を突いて、斬りかかるつもりだったのだろう。それを“武闘”は逆手にとり、攻撃を中断することでほんの僅かにライのタイミングをずらしてみせた。このずれと、ライの刹那限りのパニックに乗じて、“武闘”は拳をコンパクトに振り抜く。

 ライは咄嗟に魔剣でその拳を受け止めた。


 ――だからどうしたと“武闘”は嗤った。


 防御は脆く打ち崩され、衝撃はライを打ち砕かんばかりに突き抜ける。弾丸のような速度で真後ろに吹っ飛び、吹き飛び、ぶっ飛ばされ、軽く50メートルほどの距離を、飛ばされた。

 ライの身体はボールのように大地を横転し、後転し、前転し、何度も何度も回転して、ようやく止まった。

“武闘”は拳を振り切った姿勢のまま、倒れ臥したライを警戒していた。――5秒。10秒。30秒。1分。ライは動かなかった。


「死んだ、か」


 そもそも人間生物に耐え切れる威力ではなかった。受けた腕は折れ砕け、支えようとした脚はくずおれ、衝撃をまともに受けたものは絶命するしかない。そのはずだ。

 それでも、なぜだか“武闘”は気を抜いてはいけないような気がした。本当に、死んでいるのか自信がなかった。

 確認を取ろうと、“武闘”は翼を広げ――鋭い苦痛に苛まされる。


「くぅッ」


 翼は先ほどの急停止で、すでにズタズタだった。動かすことはできそうにない。羽ばたくなど、不可能だった。

 仕方なく、歩いてライに近寄る。ゆっくりと、警戒を解かずに。


「…………」


“武闘”は仰向けに倒れたライの顔を覗こうとして――


「わりぃ、うそついてた」

「!!?」


 ぱちり、と閉じていた瞳を開いたライに、驚倒した。その隙に、ライは立ち上がり魔剣を“武闘”の胸に刺しこむ。なぜだか、簡単に刃は胸を貫いていた。


「バカっ、なァ! 魔力は纏ったままだぞ、なぜ貫けるっ? いや、そんなことじゃない――」


 全力ではなかった。確かに全力ではなかった。速度を重視し、当てることを最優先し、精確無比の一撃を選んだ。全力などでは決してなかった。けれど、けれど!


「人間があの一撃を受けて、なぜ生きているッ!!?」


 胸を刺された痛みさえ感じないほどの驚愕。

 物理的に、生物構造的に、現実的に考えて、人間はあの一撃を受けてしまえば、問答無用で死ぬ。死ぬべきなのだ。これで死なぬなど、それではまるで――


「は、ハナっから、1発くらいなら死なないと、オレ様は踏んでたんでな。

 魔剣を全開に、リィエの風を補助に、オレ様は全力で後ろへ跳んで威力を軽減し、身体を捻り衝撃を逃がした。そんなギリギリの、それこそ死に物狂いのあがきで、どうにかこうにか生き延びたぜ」

「最初の言葉も、一撃でも受ければ死ぬと言ていたのも、嘘かっ!」

「はん、だからわりぃって言ったろ? って、そこまで言ったっけ、オレ様」

「くぅ、このペテン師めが」


 いや、待て、風?

 その単語が全てを結合し、答を導き出した。


「そうか、先ほどの奇怪な現象は全て風による幇助かっ!」

 

 おそらく初撃は風により声を運んだのだ。そして2撃目は風の斬撃での波状攻撃。ライ自身はたぶんやはり気配の通り後方にいたのだ。“武闘”は翼の感覚だけで、いないと判断してしまっていた。いない、と確定してしまった。

 目立った行動のライではなく、後衛で風を繰るリィエこそ、この策の要だったのだ。


「よくわかったな、前使ったヤロウは混乱しまくって、戦闘終了後に理解してたんだがな。

 まあ、お前は空飛んでる間に思考できたんだろぅがよ。あん時は焦ったぜ? この策は怒涛の連続攻撃が肝だってのに、それを回避されたどころか、まさかオレ様が引っかけられるとは、恐れ入ったぜ。けど、そのお陰で死んだフリ策戦に切り替えることができて、こうやって成功したわけだが」

「成功、だと? オレをこの程度で殺せると、思っているのかッ!」


 憤怒の叫び。聞いたもの全てを震え上がらせるような威圧感のあるその叫びは、胸を剣で貫かれてるとは到底思えない。

 それでもライに効きはしない。


「思ってるね! 1回刺しちまえば……」


 内側までも魔力を纏えないだろ、そうライが告げようとして、“武闘”は声を張る。


「ま、まだだっ! オレの能力は内側にだって魔力を纏える!」


 言葉の通り、内側で魔力の鎧が生み出されたことを、ライは感覚で理解した。それも決死のチカラか、身に纏うそれより強力だ。

 それでも、ライは笑う。


「へえ、そこまでできたか――けどな、もう意味ねえんだよ」

「なんだとっ!?」

「そもそもよぉ、魔剣がお前にブッ刺さってる時点で、おかしいとは思わねえのか?」


“武闘”は口ごもってしまう。確かに、どうして自分は貫かれているのか、わからなかったからだ。

 ライは、笑みをさらに深めて、口が裂けたように笑う。まるで悪役の笑い方である。


「簡単さ、この魔剣の出力限界までチカラを放出しただけだよ。

 大魔王をぶった斬るための剣だぞ、その下っ端の魔王が斬れないわけがねえ。

 出力限界まで引っ張ると、気張って5分ていどしか持たねえし、その5分が過ぎれば指1本動けなくなるから、ほんとはやりたくなかったんだがな」


 見れば、“武闘”の胸に刺さる魔剣の刀身は黒く染まり、破壊的な威圧感をかもしだし、圧倒的な魔の波濤を発していた。


「く、そぉ……くそぉお! 死ぬ、のか。オレは死ぬのか!? くっ。いい、いいだろう、そこは潔く死んでやる! 

 しかし、オレの興味の答をくれ! キサマはなんなのだッ!? 一体、なんなのだ! なぜあの一撃を受けて死なない!? あれで死なないのであればキサマは人間では、ヒトではないと考えるしかできん!! キサマそれではまるで、まるで――」


“武闘”が、ライに対する不可解を叫ぶ。先の攻撃方法は説明できた。もう死ぬしかないことも、理解した。しかし、この人間が生きていることにはどうしても納得ができなかった。納得ができないまま、死にたくはなかった。興味が満たせないまま、消えたくはなかった。だから“武闘”はライの存在を、ありえない存在と叫ぶしか、できなかった。


「――それではまるで、バケモノではないかッ!!!」


 その言葉を最後に、“武闘”の魔王はあっさりと消滅してしまった。だから、ライの呟くような返答を、残念ながら聞き取ることができなかった。


「そうだな……“おれ”もそう思う」


 その言葉は――風だけが聞いていた。







「バケモノ、ねえ。随分なつかしい呼び名だ」


 ライは自嘲のように、呟いた。その言葉には、思うところがあったのだ。

 リィエは――策の要だったため敵にバレないように少し離れた位置で風を操っていた――ライの頭に急いで抱きつき、泣きそうな声で言う。


「ライぃ、気にしちゃだめだよ? ライは、バケモノなんかじゃないんだから」

「……あぁ、わかってるよ。ありがとな、リィ――」


 言葉は続かず、


 ――――!!!


 遮るように絶大な轟爆音と、強烈な地震がここまで届いた。

 ライはいつもの調子を取り戻すように言う。


「んあ? ばかデカイ音だな」


 リィエもそれにならう。


「だね。都市のほうからだよ、ライ」

「ふむ、ま、しゃーない、急ぐか。……あいつら死んでやがったら赦さねえぞ」

「って、動けるの?」

「なんのためにチカラ抑えてたと思ってんだ。1分も使っちゃいねぇんだ、だいじょぶさ」

「いや、そうじゃなく……ないけど、そっちじゃなくて、魔王に殴られて身体ボロボロでしょ、ライ」

「だから行くんじゃねえか、ゼルクに治療してもらわんとな。根性と気力で、あそこに辿り着くくらいはできるさ」

「……そっか。でも心配くらいは、いつでもしてるからね。無茶しちゃ、だめだよ」


 真摯なリィエの言葉に、ライは眼を見開いてから、眼を閉じた。そしてにぃと笑みを浮かべ、眼を開くと、完全にいつもの調子を取り戻す。


「は。オレ様は主人公だぜ? 心配なんて無駄んなるだけだ――主人公だから死なないんじゃねえ、死なないからこそ主人公……なんだからな!」






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