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第二十三話 戦い続ける者




「ふむ。浄化能力はないにしても、たしかに光ですね」


 思案するようにアゴに手を置いて、ゼルクは上品に言葉を紡ぐ。


「しかし、属性は魔。なんとも矛盾しきった能力ですね」

「私は魔王ですから、属性ばかりは魔のままですよ」


虚光(きょこう)”は肩を竦め、けれど全く落胆の様子はない。むしろ、自分の能力に絶対の自信があるようにも見え、それを誇示するように口を開く。


「この魔を含んだ光――私自身は魔光と呼んでいます――この魔光はただの光よりもずっと高性能だと自負していますよ」

「光を扱う者としては、聞き捨てなりませんね」


 眉を僅かに反応させ、ゼルクが反論を告げる。


「浄化もない、治癒もできない、輝きすらくすんでいる。これで、どこが光を超えていると?」

「浄化? 治癒? 輝き? そんなものは必要ありませんよ。

 この魔光の能力は破滅、そのひとつに尽きます」


 その発言に、ゼルクは呆れたように言う。ゼルクにだって、自分の能力に対して誇りがあった。言葉は辛辣にもなる。


「くだらない。光に破壊ができないとでも? 形を定めれば刃にだってなりますよ。そもそも破壊能力などいくらでもあるでしょう、それを光と比べるなど……」

「破壊ではありません、破滅です」


 ゼルクの言葉を遮るように、“虚光”は微妙な間違いを指摘する。

 ゼルクは首を典雅にかしげる。やることなすこと、ゼルクの行動はいちいち雅だ。


「それはなにか違うのですか?」

「なにが? 全く違いますよ。私の魔光を浴びたモノはゆっくりと衰弱していき、やがて構成物質は崩壊、死に至ります」

「それなら破壊のほうが早いのではないですか?」


 なにせ、破壊できればそれで死ぬ。ゆっくりなどという待ち時間があるのは面倒ではないか。ゼルクのその意見に、“虚光”は鼻で笑う。


「そうでしょうか? 破壊に対する防御を、あなたはしないのですか?」

「それは……」

「破壊は、つまり物理的な攻撃です。しかし私の魔光、その破滅は違います」

「防御が、できない?」

「その通りです」


 破壊――つまり物理的な攻撃なら、物理的に防御ができる。対して破滅とは、物理的な攻撃ではなく因果的な現象だ。魔光を浴びると、破滅する――という捻じ曲げられたありえない因果律だ。防ぎようがない。

 ならばその前に、光を浴びなければよいという案が湧いてくる。しかし、回避などできるのだろうか?

 ――光の速さを。

 魔光とは、つまりやはり光であることに違いはない。言うまでもなく光とは、この世で最も速い。それを回避? 不可能である。来ると頭で理解した頃には光を浴びている。そして、破滅。


「私の魔光はすみやかに全てを照らし、緩やかに全てを破滅へと導きます」


 防御は無意味、回避は不可能。“虚光”は、そう断言した。


「それは……破滅というより、むしろ毒でしょう」


 ゼルクは苦い成分を多めに含んだ笑みを浮かべて、純白の両翼を羽ばたか――


「そればかりはさせません!」


“虚光”が、天に近付けるわけにはいかない、と叫ぶ――天使の特性をちゃんと理解しているらしい。それと同時に魔光が走る。迫り来る光速の破滅に、対するは光。ゼルクは“虚光”が魔光を放ったと同時に、光を撃っていた。

 刹那すら待たずに魔光と光は衝突し、破裂、強烈に輝いたと思ったら、対消滅した。


「ほぅ、やはり先ほど防いだのも偶然ではありませんか」


“虚光”は忌々しげに呟いた。

 ゼルクは、光の速さで襲いかかる魔光を防いだ。不可能なことを難なくやってのけた。

 どんな不可能にも例外はあるものです。ゼルクはそう言った。


「私は天使長です。仲間の天使たちと戦ったことくらいあります。それもわりとたっぷりと。

 まあつまり、光を相手どって戦うことには慣れています。光の速さ? しかし扱う者がいるのなら、その扱う者がどこに、どうやって、どの程度の光を輝かせるかという思考が入ります。こちらはその間に自分の身を守るように光を輝かせれば防御は可能です。そしてこれは私にとって幸運でしたが、いくら破滅の魔光とはいえ、流石に同じ光では相殺されるようですね。いや、反属性同士の反発による対消滅でしょうか?」


 防御は無意味、回避は不可能。ならば、同じ系統のチカラで、相殺する。

 しかしそれは、言ってみれば簡単そうだが、実際やってみれば高難度のはずだ。

 敵の思考の間に防御する――つまり防御の先制だ。敵より早く思考し、敵より早く行動し、敵より早く光を放たなければならない、ということだ。さらに言えば、敵の思考を予測し、敵の行動を読み取り、敵の性格を見抜く、そんな洞察力も必要となる。

 驚異の瞬発力と心を読んでいるような洞察力をもってして、初めて相殺は為されるのだ。


「まあ、あなたの……魔光といいましたか? それが良い能力であることはわかりました。しかし、それで私に勝てるというのは、短絡すぎやしませんか?」


 ゼルクはにっこり、と美しい笑みを浮かべた。しかしその笑顔に“虚光”は言い知れぬ不安を募らせる。

 なんだ、この感覚は――思ったことは口にせず、“虚光”は不安を打ち消すように無理やり微笑を貼り付ける。


「随分と、上からの意見ですね。たかが――天使風情がッ!」

「声を荒げないで下さい。弱く見えますよ? いえ、あなたは本当に弱いですね」

「っ! なにを――」


 ゼルクは“虚光”の口が開くのを無視して、弱さの理由を説明してやる。


「戦い方が、光の扱い方が下手です。いくら魔王といはいえ、こんな平和な時代ではそう多くの戦闘をこなしていないでしょう? それが簡単にわかります。この時代では戦い慣れている方なのかもわかりませんが、私に言わせればまだまだです。

 私は、戦争の時代の真っ只中で隊長として生き、最前線で戦い続けました。そして、生き延びているのです。この意味がわかりますか? あなたとは経験が違うのですよ」

「なにが、言いたいのですか」


 仮面が外れるように、“虚光”の表情から微笑が消えていく。代わりに浮かぶのは勿論、憤怒。

 そしてその憤怒を呼び起こすと理解しながら、いや、理解しているがこそ、ゼルクは思い切り言葉を叩きつけてやる。


「だから言っているじゃないですか――あなたは強いチカラを得て調子付いているだけの、弱くて脆い糞餓鬼です、と」


 ゼルクには似合わない、少々汚い言葉。それ以外の言葉が思いつかなかったのだから仕様がない。

 その言葉で、“虚光”の被っていた慇懃な仮面が完全に剥がれ、獣を思わせる凶悪な形相で怒号する。


「キサマッ! 言わせておけ――」


 何かが、何処かで光った気がした。


「――え?」


 光の槍が、“虚光”の胸を深く貫いていた。


「なっ?」


 気付き、驚愕を声と出そうとする“虚光”に、追撃の光の槍が光速で幾閃も刺し込まれる。やはり刹那も待たず、“虚光”は浄化し消え去った。

 ゼルクは嘆息するように、すでに消えた“虚光”に向けて言い放つ。


「本当に、戦い慣れていませんね。敵の話を無警戒に聞き続けるなんて、愚かしいにも程がありますよ。戦いの最中では油断すれば死にます。警戒すれば警戒されます。ならば油断のように警戒せねばなりません。昔はそれが基本でしたよ」


 無警戒を装い、敵を油断させ討つ。基本だ。

 その基本が、この時代で為せているのはゼルクの見た中ではふたり――ライ・スヴェンガルドと“凍土”の魔王だけだった。幾人もの戦士を見てきて、たったふたりだけ。この時代の平和さを、戦う者の少なさを強く実感させられた。自分の時代から比べると、この時代は危険なほどに平和だ。

 しかし、それで良いのだろうと、ゼルクには思える。平和に越したことはない。戦う者が少ないならば、戦い自体が少なくなるか、ならないにしても規模は小さくなる。敵対者さえいなければ、大きな戦いはまず起きまい。


「だからこそ、敵対者の駆逐のためにこそ、私は眠っていたのだから」


 だから、この時代が平和なのはとても良いことなのだ。ゼルクは確認するように、深く頷いた。

 と、思い出したようにゼルクは零す。


「おや、そういえば私への対策とは一体なんだったのでしょう?」


 消え去った“虚光”は勿論答えることができず、その問いは風に吹かれてなくなった。





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