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第二十二話 謀られた戦い

 長い。二話に分割すべきだっただろうか。




 中央都市から少し北に離れた草原。障害物はなく、遮蔽物もなく、ヒトもいない。ライと魔王が選んだ、戦いに適した場だ。

 リィエは戦うふたりから少し離れた位置で、何気なく口を開く。


「どうでもいいんだけどさ、ライ。サシなのにわたし、いてもいいの?」

「お前はオレ様の相棒だろうが、相棒は許可されてんだよ」


 ライも普段どおり、勝手なことを言ってのけた。

 ちなみに――戦闘中である。

 魔王の強烈な右ストレートを、ライは上半身の動きだけで回避し、その伸び切った腕を叩き斬らんと魔剣を滑らせる。ガッ、という鈍い音がして、黒い肌を僅か削った程度で魔剣は停止。即座に魔剣と身を引き、迫る左拳から退避する。魔王の――拳闘の間合いから離れ、自分の――長剣の間合いギリギリで足を止め、魔剣を振るう。その頃には引き戻っていた魔王の右腕で、魔剣は受け止められた。魔王は魔剣を腕で上方にそらしつつ、一気に前進してくる。しかも左拳を思い切り振りかぶっている。さすがにこれは拙いので大きくバックステップ、魔王から距離をとる。

 魔王は追撃してこずに、左拳をゆっくり下ろす。そして相好を崩して小さく息を吐く。


「お前、戦いながら喋るなよ。気が削がれる」

「そりゃ好都合」


 適当に返答し、ライは離れたまま魔剣を振るう。刃が届かなくとも生み出された黒い斬撃が飛ぶ。愚直に突き進むそれを、魔王は暗色の翼を広げて飛翔、軽々と避ける。そのまま降下の勢いを乗せて、突貫してきた。

 ――速ぃな。

 ライは冷や汗を流しつつ、一瞬間で思考を回す。回避。どこに。右? 左? だめだ。間に合わない。ならば。

 思考の結果、ライは倒れるように全力で地面に突っ伏す。横に体を流すよりも、こちらのほうが速いという判断だ。髪が真上からの風に揺れるのを感じて、回避を確認、急いで立ち上がる。

 少し離れた位置に着地した魔王が舌打つ。


「ち、速くしすぎた。大雑把にしか攻撃できなかったか」

「ま、あの速度なら、普通それで十分だがな」

「避けておいて、よくいう」

「お前の腕力じゃあ受け止めることなんざできねえんだ、死ぬ気でかわすに決まってんだろ」


 受け止めた場合、その時点で敗北決定である。魔剣は無事かもしれないが、持っている手、支える脚がもたない。ブッ飛ぶ、てか消し飛ぶ。

 こっちの内心を知ってか知らずか、魔王は肩を竦める。


「まあ、オレは魔王の中でも唯一近接格闘を本領とする。純粋な膂力では最強だろう」

「あーあー、解説どうもありがとさん。解説ついでに、なんで魔剣に触れても消滅しないのか――いや、消滅が極端に遅いんだか、教えてくれませんかね?」


 軽い口調ながらライの眼には、質問に答えろ、という強い意思が通っていた。

 魔王は特に隠すようなことはせず、さらりと答える。魔王というのは等しく饒舌らしい。


「このオレ――“武闘”の魔王の能力は魔力を物質化し纏うこと。このチカラによりオレの拳は硬度と威力が強化されている。というのがひとつ」

「ひとつ? まだあんのか」

「勿論。というか、お前も気が付いているんじゃないのか?」


 ライは表情を曇らせ、舌打つ。気付いてはいたが、それが事実だとは思いたくなかったのだ。なんせ、それが事実ならライにはどうしようもならないことだから。

 ライは搾り出すように、呟く。


「……属性、か」

「その通り。魔剣とは、文字通り“魔”の剣。属性は勿論、魔。そしてオレは魔王。“魔”の王。魔剣には及ばぬとはいえ魔の属性は濃い。同属性同士の衝突では威力が半減する、基本だろう?」


 竜人(サラマンダ)が火の海でもそうそう死なないのと同じように、水霊(ウンディーネ)がどんな水圧にも耐えられるように――魔剣では、属性的に魔王を倒し辛いのだ。これはあくまで“強さ”ではなく属性の“濃さ”の問題だ。故に、魔剣が幾ら強かろうと、属性能力である限り威力の軽減は避けられない。

 つまり、魔剣では魔王に勝てないと、そういう意味ではないか。ライは否定するように首を横に振った。


「けど、魔物どもは瞬滅したぞ」

「魔物ていどの薄い魔では、滅されるだろう。いや、オレ以外の魔王でも、ここまで消滅に抵抗はできまい。だが、オレは先ほど言ったな、魔力を纏う、と。纏うとは、鎧がごとく我が身を守っているという意味でもあるんだよ。このチカラもまた、魔の属性を帯びている。魔剣のチカラは、それでさらに半減だ」

「ち、じゃあオレ様は一番相性の悪い相手とあたっちまったわけか」


 ライの文句に、しかし“武闘”は鼻を鳴らす。


「どうだろうな、“虚光”の野郎はえげつないからな。相性の不得手も、性格の相克も加味して戦う相手を操作しやがる。案外、お前は相性としては一番マシなのかもしれないぞ?」

「は、テキトー言いやがって。まあいい、相性最悪のヤロウに勝ってこそ、主人公だからなッ!」


 主人公的口上を述べ、ライは跳んだ。






 レオンと“獄炎”の魔王の戦闘は、どうも戦闘と言うには一方的過ぎた。


「はは! そぅら!」


“獄炎”は火炎球を生み出し、殺意を持って送球する――その先にあるのは、聖剣勇者選抜大武術大会の分会場。


「くっ!」


 レオンは苦い表情で聖剣を振るう。火炎球は、聖剣に触れた途端に風船のように破裂し消え失せた。火炎球に含まれた魔属性に、聖剣の浄化能力が反応し消し去ったのだ。

 聖剣が相手では、魔王の如何なる攻撃も無為でしかない。

 が、レオンは生身の人間だ。超高熱の火炎球が、近付くだけで皮膚が焼かれる。レオンの手は、酷いやけどを負っていた。剣を握ることすら厳しいというあまり芳しくない状況である。

“獄炎”は嘲笑のように感嘆を漏らす。


「ほぅ、さすがは聖剣の使い手だ。よく我が獄炎を前にし、無関係な他人をそう何度も守れるとは」

「く、卑怯者が」

「我は魔王だぞ、それは褒め言葉だ」


 ふはははは、と“獄炎”の魔王は嗤う。

 今までの魔王は、真正面から戦うような奴しかいなかった。たとえ近くに戦えないようなヒトがいても、こちらとの戦いに集中してくれていた。そのせいで、魔王という存在を見誤っていた。いや、見直してしまっていたのだ。魔王といえど、戦う際には戦士としての誇りはもっている、と。

 少なくとも、今までの魔王たちはそうだった。しかしコイツは、“獄炎”の魔王は、誇りなど一切もっていなかった。勝てばいい、という精神を貫いている。

 ここらへんはライに通じるところがあると思う。そして、自分にはない強さのひとつだ、とも思う。まあ、ライはここまで露骨に卑怯じゃないし、自分も卑怯な行為をしたいわけではないが。

 しかし、しかしである。そんなこんなの全ては、実際どうでもいいのだ。問題は、場所の移動を言い出したのが魔王であり、それに乗った自分の迂闊さだ。魔王は最初から狙っていたのだ、自分をここにおびき寄せて、人質を盾に倒そうと。

 それを予測できないでどうするか! レオンは、いつまでも抜けきらない自分の考えの甘さに、唇を噛んだ。


「なにを呆けておる。それ、次だ」


“獄炎”の魔王はゴミでも捨てるかのように、火炎球をほうる。無論、そんな適当な所作でも火炎球は加速し、分会場を狙う。


「させない!」


 熱い、痛い、苦しい。そんな風に叫ぶ手を動かし、レオンは火炎球に果敢に挑む。聖剣を振るい、火炎球を一瞬の内に浄化、掻き消す。炎自体が消えてもなお残る熱に、レオンは顔全体で苦痛を浮かべるが、歯を噛み締めて弱音は漏らさなかった。

 逆に、レオンは叫ぶ。


「く、ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおっ!」


 聖剣を振りかぶり、大地を踏みしめ、咆哮で自らを鼓舞し、“獄炎”の魔王に踊りかかる。

 このままこの攻防を続けてもジリ貧だ、攻め込むしかない! それはレオンの念頭にある焦りにも似た判断だった。

“獄炎”は眉をひそめ、火炎球を乱射、レオンと距離を置こうとする。

 レオンは瞳を細め、迫り来る脅威をしかと見定める。

 全て叩き落す。ひとつも残してはならない。残せば後ろの会場が燃えてしまう。無関係な人々がいらない被害を負ってしまう。ならば、それが嫌ならば、どう動けばいいか。どれから落としていけばいいか。どれだけ速く動けばいいか。思考を巡らす。聖剣を握る。覚悟を決める。


「――破ッ!」


 短く呼気を発し、レオンにできる最善、最速、最高の太刀を放つ。それも、立て続けに7閃。それは視覚で捉えられるような速度ではない。残像すら残さずに、火炎球を全て打ち落としてみせる。


「なにッ!?」


 流石の“獄炎”も火炎球全てを叩き落すという絶技に驚愕をあらわにする。それは隙。

 レオンが、“獄炎”を間合いに捕らえた。


「くらえッ!」


 聖剣が、全てを断ち切るように振り下ろされた。




 ――しかしである。

 たとえ、レオンがどうにか“獄炎”に近付くことに成功したとしても――


「は、その程度」


“獄炎”は笑った。驚愕を塗りつぶすように、思い切りくだらないという意を込めて。

 ガキィイ、という金属音。“獄炎”は振りかぶられた聖剣を、“ただ”の剣でもって受け止めた。


「っ! それ、はっ!」


 レオンが眼を見開き、呻く。

“ただ”の剣。そう、“ただ”の剣だ。魔王が自分で造ったわけでもなければ、そもそも僅かにすら魔を感じない。即ち、浄化できない。聖剣の意味が、ない。浄化できなければ、聖剣など普通より斬れる剣でしかないのだ。

 つまり、その剣で受け止められてしまう限りにおいて、聖剣は無意味となる。

“獄炎”は剣を振るい、魔王特有のその強力な腕力を込めてレオンを吹き飛ばす。そして自分は後方に跳んで、さらに距離を広げる。

 レオンは受け身を取り、どうしようもない状況を嘆くように叫ぶ。


「どう、すればっ!」

「どうもできないのだ、あまり足掻くな」


 返る魔王の返事は、冷たく突き放すだけだった。







 一方、中央都市住宅街、というか最初に魔王が集まった――フェレス、ツィテリアのペアと“荒土”の魔王の戦闘場所。


“荒土”の魔王が大地に手をあてると、それだけで――大地が波打った。

 水面のごとく揺れ動くことで、両足で大地を踏みしめているフェレスとツィテリアの、バランスを大きく崩す。

 

「なっ!?」

「っ!?」 


 不動だと思っていた大地が揺れ動く。それだけで、ヒトは困惑してしまう。戦士として生きるふたりも、そこは変わらない。驚愕が口から小さく漏れ出たのもしょうがない。

 揺れる。揺れる。大地が揺れる。ゴゴゴッ! と低くうなるような地鳴りが轟く。地面が震える、大きく震える。そう、それこそはまさに――地震。


「ば、ばかなっ! 局地的に地震を起こすなどっ!」


 ツィテリアが揺れ動く地面に身動きがとれず膝をつきながら、ありえないと叫ぶ。そんな現象を起こすなど無理だと。災害を操作するなど不可能だと。

 そんな小さき人間の声など無視して、震災は荒れ狂う。

 周囲の建物が倒壊する。大地が割れ、砕ける。空間が振動し、静止するものなどありえない。

 このままいけば、倒壊する建物に巻き込まれて圧死するか、地割れに呑まれて砕かれるか、そもそも揺れにより動けないのだから、“荒土”に今攻撃されれば回避できようはずもない。

 そこまで考えが回って、フェレスはツィテリアに叫びかける。


「おいアンタ、こっち来い!」


 言いつつ、腕を取り、力ずくにもフェレスはツィテリアを自分の領域に連れ込む。領域――揺らめく影を薄い膜のように足元に敷くことで、大地から隔離した空間を作り出したのだ。


「床をつくったのか。しかもほんの少しだけ浮いてるんだ、これじゃあおれの地震は無意味だな」


 フェレスの行動に気付き、“荒土”はつまらなさそうに呟いた。そして無意味なら、と大地をぽんぽん、と軽く叩く。すると、局地的大地震は嘘のように収まり、世界はまた不動の大地を取り戻した。


「んな、軽く大地を揺らしたり止めたりすんなよ、これだから強い奴はイヤなんだよ」


 フェレスは引きつった表情で突っ込む。感じた恐怖を、紛らわすために無理に声を張り上げた。あまり意味はなかったが。

 横のツィテリアは息を整え、今さらながら腰に帯びた剣を抜いていた。


「取り乱してしまって、申し訳ありません」


 それだけ告げると、ツィテリアは影の床を蹴り、大地に降り――


「わあ! 待て、大地に降りるな! 死ぬぞ!」


 慌ててフェレスが止めに入る。と同時に大地が大口を開けた。


「必殺、落とし穴。ちなみに深さは1000メートルくらい」


 ぼそり、と“荒土”が囁いた。

 落とし穴、そんなレベルではなかった。横幅こそ落とし穴のレベルだが深さがありえない。すでにそれは奈落というべきもので、踏みしめるべき大地は1000メートル下まで消失していた。

 ツィテリアが、小さく息を呑む。フェレスが止めねば、飛行能力のない自分はその落とし穴に真っ逆さまだったのだから。


「あーぁ。これでもダメか。じゃあ、どうやって殺せばいいんだ?」


 なんていうヒトの気も知らないで、ダルそうにぼやく“荒土”はコメカミ――たぶんコメカミ――を押さえてひとり悩みだす。

 勿論、次の攻撃に備えてフェレスとツィテリアは構えていた。が、いつまで経っても“荒土”はその姿勢を変えず、悩み続けていた。

 

「…………」


 …………。

 5分ほど経って、本当に本気で悩んでいるのだと、フェレスは気付いてため息をつく。

 

「なんなんだよ、コイツは……。まあいい、おいアンタ、剣身をこっちに向けてくれ」


 今のうちとでも言うように、フェレスはツィテリアに声をかける。


「? はい」

 

 一瞬だけ戸惑うような眼をしたが、すぐに言われたとおり剣身を向ける。警戒心は、魔王に向けたまま。

 意味ないと思うな、こういう奴は大概本気で悩んでるぞ。なんて思いは口に出さず、フェレスはその剣をとんとん、と指で叩き、何事か呟く。すると剣身は黒く染まり、凶悪な雰囲気をかもし出す。


「な、なにを?」

「影を宿した。これで魔王を傷つけることくらいならできるだろ」


 ライも初戦――VS“漆黒”の時、リィエの風を宿した短剣で傷を負わすことはできていた。ならば、これでダメージ与えることくらいできるだろ。とフェレスは考えたのだ。

 ツィテリアは慌てて頭を下げ――隙となるので最小の動きで――礼を述べる。


「あ、ありがとうございます」

「ま、その程度しかしてやれん。アンタの技量なら、まあ死にはしないと思うが、用心はしとけ、相手は魔王なんだからな」


 自然体でフェレスは忠告をしておく。そんなフェレスをどう思ったのか、ツィテリアが少し視線に力を込めて眺めてきた。


「…………」

「ん、どうかしたか?」

「いえ、意外と言っては失礼でしょうが、悪魔殿は思っていたよりもずっとお優しいのですね」

「や、やさしい?」


 とんでもない言葉に、フェレスは狼狽してしまう。

 優しい、だと? この悪魔のアタシが? そう言ってやる。それでもツィテリアは態度を改めず、今度こそ頭を深く下げる。


「申し訳ありませんが悪魔、という前知識から悪辣非道の冷血な方かと思っておりました。しかし、あなたはとても良いヒトです」

「や、やめてくれよ、そういうのは」


 恥ずかしがるフェレスは紅潮する顔を隠すように手で押さえる。褒められるとか、そういうのは全く慣れていないのだ。

 フェレスはこの雰囲気を消し去るために、わざと声を荒げて話をそらす。


「ぁあもう! いいからアンタはとっととぶった斬って来い、道はアタシがつくる!」

「ええ、わかりました!」


 ツィテリアは打てば響く鐘の如く小気味よい返事を返し、駆け出す。

 その走行を補助するように影の床が、魔王へと一直線に延びる。それは影の道。その道を、ツィテリアは踏みしめ駆ける。

 しかし。

 突き進む影の行く手を、隆起する大地が遮った。ツィテリアは急停止、たたらを踏まぬように体勢を立て直す。そして説明を求めるように声を発する。


「これはっ?」

「――確かに」


“荒土”はそれを無視して己の語るべきことのみを語る。結果としてはツィテリアの答えとなったが。


「大地からの攻撃に関して言えば、影は最もよい防御法だろうな。けど、逆もまた然りってやつだ。影の攻撃を止めるのに、もっとも適しているのは大地だよ」


 影は、大地を這い進むものだ。何故なら影は、大地に写りこむ虚像なのだから。それは魔術を使っても同じだった。いや、大地から離れることも不可能ではないが、どうしても力は弱まるし、本領ではない。ならば、這うその大地を隆起させればどうなるか。影の進行は完全に遮断される。

“荒土”はシンキングタイムの終わりを告げるように、手を叩く。


「さて、と。ん、よし。殺し方、思いついたぞ」


 気の抜ける、子供のような口調で、“荒土”は楽しげに笑った。






 中央都市から東に離れた草原。そこに佇むふたり――ゼルクと魔王である。


「空間転移ですか」


 ゼルクはぐるり、と周辺を見回してから、そう結論づけた。あたりには建造物などなく、果てしなくなにもない草原が広がっていた。遠くに小さく都市が見えた。あれが先ほどいた場所だろう。辺りに見覚えはある。確か、シャンバルへ行く時に通った道だ。ゼルクはそれだけ理解すると、場所についての思索をやめた。

 それを待っていたかのように魔王はゆったりと笑んで、答える。


「その通り。些か荒っぽかったですが、これで隔離に成功です」

「最初からそれが、各個撃破が目的だったのですね」

「ええ。まあ“武闘”の行動は、流石に計算外でしたがね。それも良い方向に向いてくれました」

「何故、わざわざ各個撃破など」


 ふ、と魔王は肩をすくめてみせる。わざとらしい態度に、些かゼルクの眼が細まる。


「理由はふたつあります。

 まず、我々魔王に協調など望めません。最初から個々人で戦ったほうが性にあっています。

 ふたつ目は――あなた方がわたしたちとは逆に、多人数での戦いを得手としているからです。わたしは当初、聖剣だけが脅威の対象だと思っていました。しかし、“狂嵐”との戦いでは、聖剣は使われていない。それでも“狂嵐”は負けた。これはつまり、聖剣の使い手の仲間も、十分脅威となりうるということです」

「それで、わざわざ各個撃破ですか。魔王と名乗るわりには、地味ですね」

「そう言わないで下さい。ちゃんと下調べをして、わざわざあなた方にとって最も戦い辛いであろうものをあてたのですよ? 些か面倒でしたよ、他の魔王たちに戦う相手を指定するのは、ね」


 気になる単語に、ゼルクは眉をひそめる。


「戦い辛い、とは?」


 魔王とは誰もが饒舌な上に説明好きなのか、ぺらぺらと説明を重ねてくる。


「相性の悪い、と言ってもいいでしょう。

 魔剣には“武闘”の能力が有効的でしょう。聖剣に必要な対策を“獄炎”には与えてありますし、性格の面でも聖剣の使い手は絶対に勝てません。悪魔には大地自体を操ることで、地をゆく影の進行を防ぐ“荒土”が良いでしょう。そして、天使には同じ光の属性を持ち、対策を練ってある、この私――“虚光”の魔王が、最も相性が悪い」


 勝利宣言のように、“虚光”の魔王は腕を大きく広げた。

 ゼルクは、さっきから大仰な仕草が眼に付く“虚光”を見据え、否定を口にする。


「そう上手くいきますかね。最初の……“武闘”の魔王ですか? 彼の行動は計算から外れていたのでしょう?」

「上手くいきますよ、なんせ、私の策ですから」


 そんな風に、自信――いや、おごりの体現のように“虚光”は言ってのけた。

 言ってもきかないタイプだ、とゼルクは判じ話を切り替えることにする。


「質問してもいいですか」

「どうぞ」

「何故、都市を制圧しなかったのですか? 魔王が4人もいれば簡単でしょう?」


 最初は、ひとりだけだと、ゼルクは思っていた。ならば制圧に時間がかかるのも理解できた。しかし4人もいるのならば、制圧に一週間もかかるはずがない。なのに、何故。

 そこまで重要ではないが、気になってしまったのだから訊いてみた。“虚光”は、やはり饒舌に語る。


「それはあなた方をおびき寄せるためです。この都市が、陥落寸前と知れば、魔王がいると知れば、あなた方はやってこざるをえないでしょう? しかし、一瞬で制圧してしまえば、あなた方に伝わることもありません。だから、この都市のヒトどもを生かし、外部へ救援を求めるまでは、外部にこの都市の現状を伝えるまでは、膠着状態にしておこうとしたのです。

 まあ、その計画は全くもって無駄となりましたがね。予想外に、あなた方はこちらがなにもせずとも来ました。だったら最初からこの都市を潰しておけばよかったですよ」


 ス、と“虚光”は眼を針のように細める。そして今までの慇懃な口調のまま剣呑に言葉を吐く。


「まあ、この都市にも、あなたにも――すみやかに消えていただきますがね」


 ゼルクはそんなくだらない脅し文句に失笑し、それでもちゃんと言葉はかえしてやる。

 

「それはこちらのセリフですよ。だいたいあなた、私と口調やキャラが被っています」

「それこそ、こちらのセリフですが――ねッ!」


“虚光”とゼルクは光を揮い、世界を光り輝かせた。









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