第二十一話 戦闘開始×4
「まあ、おふざけはその辺にして」
ゼルクが、場に流れた気まずい雰囲気を断ち切るように言った。大人な態度であった。
が、それを聞き入れるようなライではない。
「いぃや、まだまだ言い足りねえ。そもそもボスってのはだなぁ――」
「話がややこしくなるから黙ってよーねー」
ライのセリフを完全無視。リィエは微笑みながら、くるり。
「っ!」
途端、ライは全力でその場を跳び退く――もと居た場所では風が薙ぐ。ライはそのまま追撃を警戒、どの方向へも跳べるように腰を落とす。さらに魔剣に手をおいてあることから、油断のなさが見て取れる。前回の教訓から、回避後までも徹底的にしたライだった。
相対するリィエも、指を立てたまま隙を窺うように対峙する。その身体には纏うように風が渦巻いていた。完全に臨戦態勢である。
両者一歩も譲らぬ睨み合い。隙を見せれば斬り裂かれるであろうことが傍目でわかる、まさに真剣勝負。
なんてことをしているふたりを無視して、ゼルクはこほんと咳払い。
「まあ、ともかく話すこともありませんし、戦いませんか? 膠着状態ですと、こちらには際限なく悪ふざけをするヒトがいるのですよ」
こんな感じで、とゼルクは苦笑すら優美にライとリィエを示す。
レオンはそれを聞いて、ライたちを諌めてみる。
「ライ、なんでそんなに本気になってるんだよ。もう戦うってさ、マジメになってくれよ。
リィエも、最近ライへの突っ込みが攻撃的になってきてる、もう少しライを労ってあげないと」
子供を叱るような口調、レオンは先生になった気分だった。生徒たちはとてもばかなのでレオンの手に余る。
そのばかな生徒たちは、考えるように眼を細め、細め、閉じる。閉じて幾ばくか経ち、緊迫した空気を口から吐き出すように、ため息をだす。
「ち、そうだな」
「いやー、これくらいしないとキャラが立たないんだよねえ」
ライは不承不承に、リィエは乾いた笑い声を上げて、一応ではあるが矛を収めた。それを見て、レオンは安堵に笑顔を零す。
端でツィテリアが、会話に参加していないフェレスに疑問をぶつける。
「むぅ。いつも、このような調子なのですか?」
「まあ、だいたいは」
フェレスは笑い声をかみ殺すように、楽しげに答えた。
「よっし、やるならとっととやるぞ。魔王の風上にも置けねぇてめえらなんざ、瞬殺したらぁ!」
ライは、空高くにて睥睨している魔王どもに言葉を叩きつけた。露骨に挑発である。
そんな見え見えの挑発に反応したのか、ひとりの魔王が地へと降り立った。そして、怒気を孕ませた口調で叫ぶ。
「うるせえんだよ! オレだって好きでこんな奴らといるんじゃねえよ! さっきから聞いてりゃあ好き勝手いいやがって! はっ。いいぜ、わかった、オレがテメエら全員相手してやんよ! 勿論、ひとりでなっ!」
酷く好戦的に言い放った魔王は腰を落とし、拳闘のように構えた。ギラついた眼でライたちを睨み、喧嘩をふっかけるように啖呵を切る。
「かかって来――」
切ろうとした――それを言い終える前に魔剣がその魔王を襲う。
斬撃を放った主――ライが口元を急角度で吊り上げながら吼える。
「ひゃっはー! そういう態度は大ッ好きだぜ、おい! こっちもオレ様ひとりで十分だ、サシといこうぜ!」
「はっ! 魔剣の使い手か、上等だ!」
魔剣を己の右腕で受け流しつつ、魔王は怒気を歓喜に変えて笑った。それは、血に塗れた戦闘狂の笑い方だった。対するライも不敵な笑みを崩さずに、魔剣を振るう。
――ふたりは、笑いながら刃と拳の応酬を繰り広げる。
ことの成り行きに着いていけず、呆然としていたレオンがぽつり、と呟く。
「……行っちゃった」
「嵐のように去っていきましたね」
ゼルクも同調して、頭痛を堪えるように頭を手でおさえた。
他者の介入を嫌ったのか、はたまた戦いやすい場所へと行きたかったのか、ともかくライと魔王はバトりながら――剣と拳の激しいやりとりをしながら――遠ざかっていった。すでにふたりの姿は見えない。……ちなみにリィエもライの肩に乗っており、そのままライと同行している。というか強制的に連れ去られた、という表現のほうが正しいかもしれない。
まあ、ライなら大丈夫だろう――レオンは苦笑を浮かべながら呟いた。
全く、勝手に動かないでくださいよ――ゼルクもそうぼやこうとした、
時。
「あなたにも、この場から消えてもらいますよ」
魔王のひとりが不意を突き、ゼルクの肩に手を置いていた。
ここまで接近されて、気付けなかった? 気を抜いていたせいだ。殺気がなかったせいだ。戦いの日々を、未だ取り戻していないせいだ。ゼルクの頭の中に刹那で複数の思考が閃いた。と同時に腕を振るって、距離をおこうとする。
だが、遅い。抵抗むなしく、ゼルクは魔王ともども空間から切り取られたように、その場から掻き消えた。
「って、おい! 展開が早すぎるぞ!」
思わずフェレスは叫んでいた。ライが暴れまわってどっか行ったと思ってたら、今度はゼルクが消えた。ライはいい、いつものことだ。だが消えた、とは如何な意味をもつのか――フェレスは焦りと不安を顔に貼り付けた。
それとは真逆の冷静な声と表情で、レオンはたしなめる。
「落ち着いて、フェレス。今のはたぶん空間転移、ゼルクは消えたんじゃなく、移動しただけだ。それなら簡単に考えればいい。これで魔王は2人減った、あとは半分。俺たちが倒せばいいだけだ」
ライなら、ゼルクなら、必ず勝ってくれる。レオンはそう信じていた。そんな確信の篭った声音が、取り乱したフェレスを平静へと引き戻す。
「む……そう、だな。あのふたりが負けるなんて、ちょっと想像できねえや」
「他人のことを言っている場合か?」
底冷えするような声。巌のように硬質な声。刃のように鋭利な声。反射で視線を声のほうに向けると、残ったふたりの魔王が地に降り立っていた。
峻烈な雰囲気を滲ませ、尊大な口調で魔王のひとりは己が名を告げる。
「名乗り遅れた、我が名は“獄炎”の魔王という」
片割れの魔王も面倒くさそうに――お前が名乗るなら一応、なんて心情が見て取れる風に――口を動かす。
「“荒土”の魔王。よろしくおねがいはしない」
厳しく傲慢な物腰。だるげなやる気のない態度。正反対の魔王ふたりに、レオンはやりにくそうに口を開く。
「んー、フェレス、どうする?」
「どう、って。やっぱひとりずつやるのがセオリーなんじゃないか」
「まっ、待ってください、私も戦えます」
と、レオンとフェレスの相談にツィテリアが慌てて割って入る。
レオンが瞳を細めて、口早に問う。
「あなたも、戦力に数えていいんですか?」
それは、簡潔な確認だった。あまり長々しゃべっている暇はないのだから。しかし、言葉の内には真意を問う鋭く重いものがある気がした。
ツィテリアは、迷わず頷く。命を懸けるなど、戦士には当然のことなのだ。
「勿論です」
「わかりました」
戦力が増えるに越したことはない。いくらこれまで魔王を倒してこれたと言っても、油断はできない。してはならない。レオンはそう思う。
――きっと、自分はそういう油断を突いて、今まで勝ってこれたのだから。
レオンは言う。
「フェレスは、どっちっていうと後衛だよな」
「ん、まあ」
「じゃあ、ツィテリアさんと魔王をひとり頼む」
ツィテリアは前衛だろうから、後衛と組めば、かなり戦闘を有利に進められるだろう。レオンは拙いながらも――レオンは戦闘で、あまり頭を使わない――そんなことを思い描く。
「聖剣勇者殿は、どうなさるのですか」
ツィテリアは怪訝そうに尋ねた。ひとりでどうするつもりなのだ、と。それに対しレオンは強い姿勢でにっ、と笑う。
「勿論、俺はもうひとりの魔王とサシで戦う。主人公がサシでやってるんだ、ライバルも同じことをしないとな」
ツィテリアは思わず声を失くし、フェレスは諦め気味に首を振る。
「はぁ……お前、ライに染まりすぎだろ」
「フェレスだって、そうだろう? それに、俺はすでに1度ひとりで魔王を倒してる。今回だって上手くいくさ」
「――ならば聖剣の使い手、我と戦ってもらうぞ!」
会話を打ち破り、銀色の剣でもって“獄炎”の魔王がレオンに斬りかかる。レオンは反射的に聖剣を刃に絡ませた。ガキィイ! と金属の悲鳴があがる。
レオンが眉をひそめる。
「これは……」
「“荒土”のチカラは近くじゃあ巻き込まれる。離れるぞ、聖剣の使い手」
“獄炎”の魔王は一方的に言い放った。レオンは僅かに逡巡する素振りを見せてから、小さく頷く。そして意図的にライたちとは逆側に、駆けた。
「おれは、お前たちを殺せばいいのか?」
気の抜けきった声で、“荒土”の魔王は首を傾げた。
フェレスは明確に答えをくれてやる。
ペースに呑まれるわけにはいかない、強気にいく。そんなことを頭に浮かべていた。
「そうだ、だが殺されてやるつもりはないぜ」
「ふーん、ま、がんばって」
冷え切った、酷薄な微笑をたたえ、“荒土”は大地に手をついた。
――かくて、4つの戦いは始まった。