第二十話 群れるのはザコの特権
ライは転移してすぐ、
「ぅるぅぅあぁぁあぁぁぁぁぁぁ嗚呼アアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああッ!!」
襲われた。
「へ?」
間抜けな声を漏らしながらも反射で魔剣を抜き放ち、襲ってきた狼のような魔物を斬り伏せる。魔物は一瞬で消滅した。
「うわ」
1歩遅れて、ライは自分の行動に驚き声とだす。その声で横のリィエ、レオン、ゼルクはライに視線を向けた。
リィエが代表で突っ込む。
「転移して早々なに奇声上げてんの、ライ」
「いや……とりあえず前向け、前」
ライは投げやりにアゴで正面を指す。その言葉と仕草で、3人は前方の魔物の群れに気がついた。
そこにいたのは、狼のような真っ黒い獣。牙がやたら発達しており、毛むくじゃら。しかも狼よりもひとまわりは大きい――中級の魔物、ダークウルフ。
それが、およそ50匹だろうか、群れをなしてこちらを窺っていた。
焦らず騒がず驚かず、リィエはぼやく。
「なんだこりゃ」
「見てわからんか、囲まれたのさ」
肩をすくめ、ライもあっさりと言ってのける。緊張感皆無である。
「それはわかってるよ、じゃなくてなんで転移した途端に囲まれてるかってこと」
「んなもん、ゼルクに訊け」
言って、ライはゼルクに視線をやる。つられてリィエもその視線を追った。当のゼルクはため息で答える。
「転移先がどうなっているかなんて、流石にわかりませんよ――ただ、都市内に転移したはずですから、魔物がいるのはおかしいですね。どういうことでしょう」
「んなもん、そこの騎士に訊け」
言って、ライは少し離れたところの騎士に視線をやる。騎士は剣を手に、ひとり勇猛果敢に魔物どもと戦っていた。
ライの視線を追ってすぐ、リィエは眼をまん丸にする。
「って、誰?」
「オレ様たちが転移して来る前から戦ってたヤツだろ、だからここに魔物が集まってたってことだ。よかったな、疑問は解消された」
「たっ、助けないと!」
話を聞くことに専念していたレオンが、事情を飲み込んだ途端に慌てだし、聖剣を手に駆けた。それに追従するようにリィエとゼルクも魔物に攻撃を仕掛ける。しかし、ライだけは気楽そうに唇を歪ませる。
「いや、別に助けなくてもだいじょうぶだろ」
ライの視線の先――騎士は白銀の鎧を全身に纏い、流麗な剣捌きでもって魔物どもを斬り裂いていた。
ライは、戦っているその騎士に見覚えがあった。
ザコが幾ら群れても、所詮はザコである。ダークウルフの群れは、10分足らずで全滅していた。
「はっ。ザコの特権、数攻めもこの程度か」
ライは戦闘の終わりを見て取り、吐き捨てた。結局自分では戦っていないのに、やたら偉そうだった。
そのまま足を進め、さきほど戦っていた騎士に気安く声をかける。
「よう、無事かよ、えーと、ツィテリア……だったか?」
騎士もさして驚かず、当然のようにこたえる。
「はい、お蔭様で。しかしライ殿、いつこの都市に戻られたのですか」
「さっきだ。つうことで、今この都市がどーなってんのか訊きたいんだが」
「はい、それが――」
「まってまって、勝手に話を進めないでよ」
リィエは、サクサク話を進めていこうとするふたりにストップをかける。いきなり仲良さげに会話されても、こっちとしてはついていけないのだ。
混乱を整理するように、リィエはともかく疑問点を挙げる。
「え、え? まずライはそのヒトと知り合いなの?」
「ん? お前も見てただろ、大会の時、やたら強い騎士がいたの」
答えるライは、なんだ覚えてないのか、といった風だった。そんな当然のように言われて、リィエは頭に指をあてて記憶を探る。
「え? えと、えーと、えーっと……ぁあ! 思い出した、ライが珍しく強いって言ってたヒトか。んー。1週間くらいしか経ってないはずなのに、なんかやたら昔のことのように感じるなぁ」
リィエの口調は、確かに懐かしむようなものになっていた。まあ最近は1日1日が濃いので、しょうがないのかもしれなかった。
「俺は知らないけど」
リィエが思考に浸っていると、傍らからすねたようにレオンが言ってきた。そう、レオンはその事情すらも知らないのだ。ツィテリアのことは完全に初見である。
「あ、そうか。お前はそん時、分会場にいたからな。ま、説明するようなことも実はねえし、ともかくオレ様の知り合いってことで、納得しとけ」
「ツィテリア・ハルベルと申します」
ライのテキトーな紹介では名もわからない。そう判断したのか、ツィテリアは恭しく頭を下げ、自分から名を告げた。
名を名乗るのなら、と順番にレオンたちも名乗る。
「あ、俺はレオン・ナイトハルトっていいます」
「わたしはリィエだよ」
「私は天使ゼルクです」
さらり、と今まで話に入っていなかったゼルクも名乗っていた。
「天使さま……ですか。近くで見ると、やはり神々しい」
さすがに天使を見ては驚きを隠せないのか、ツィテリアは興味深そうにゼルクをしげしげと見ていた。
そんな様子になにを感じたのか、ライは手のひらに拳をぽんと置く――ライはこういうチープな、というか芝居がかった動作がけっこう好きだったりする。
「あ、だったらコイツも。フェレス」
魔剣に呼びかけ、中の住人を無理やり叩き起こす。
すぐに闇が湧き出て、空間を侵蝕する。闇はうごめき、渦巻き、人型をなす。闇は、めんどくさそうな少女の姿となって顕現した。
「自己紹介のためだけに呼ぶなよ……まあいいけどさ。アタシは悪魔フェレスだ」
口では愚痴るも、結局はいいヤツ、フェレスであった。
全員の自己紹介を終わらせたライは、ようやく最初の話に軌道修正する。
「さて、自己紹介はこのくらいでいいな。で、ツィテリア、現状説明を頼む」
「……はい」
返る返事は重く、ただ1言で今までの雰囲気を消し去り、緩んでいた空気が引き締まる。まあ、ツィテリアは最初から真剣だったのだろうが。
言葉は淡々と、しかし微かな憂色を滲ませ、ツィテリアは語り始める。
「まずは現状を簡単に説明しますと、この中央都市シャンバルは――魔物の群れに制圧されかけています。
こんな事態に陥ったのは、ライ殿らが魔王を倒された後のことです。魔王が消え、ライ殿らも去ってしまった後、そのすぐ後で、もう1体――魔王が現れたのです」
「なんだと?」
フェレスは思わず声を漏らしていた。
“狂嵐”の名をもつ魔王の死に様。なにか不自然を感じていたが、仲間を呼ぶための合図だったのか? フェレスはひとりそんなことを思考する。
ツィテリアは続ける。
「その魔王は辺りを見回し、ライ殿らがいないのを悟ると、こう言いました。
『我は魔王、“獄炎”の魔王。我がここに来たのは、この都市に焦土となってもらうためだ。すでに外では我が眷属どもが暴れている、都市の壊滅も時間の問題だ。だから、貴様らもあまり足掻いてくれるな』と。
魔王の言った通りでした。会場から逃げ出すことに成功しても、外では――否、都市中で魔物が暴れていました」
「はん、大胆なことをする魔王だな……けどよ、見たところ死体はねえぞ。住民はどこいったんだ?」
ライはどうでもいいようで、かなり重要な問題を突っ込む。ツィテリアは、そこには落ち着き払って答える。
「皆、大会の分会場に避難しています。運よく大会中でしたので、戦える者は沢山いましたし、それを指揮するだけの指導者――五大王様もいましたので、統制のとれた動きで速やかに分会場を奪取し、戦えない者たちをそこに保護したのです。そして、戦える者たちは会場の守りを固めているか、今の私のように外で魔物を狩っています」
「大会中だったのが、不幸中の幸いだったってことか」
「いえ、狙ったのでしょう」
レオンの安堵からの言葉を、ゼルクが否定した。レオンは疑問符をゼルクに向ける。
「どういうことだ?」
「現在、この都市には世界中の戦士が集っているのでしょう? さらに言えば、5種族の長までいる。それがどういう意味か、わかっていますか?」
「意味? 都市が今まで陥落しなかった、くらいじゃないのか?」
ゼルクは首を鷹揚に横振りする。
「今のこの都市が落ちれば、世界の戦力は大幅に減退する、ということです」
世界、という単語に反応し、話が大きくなってきたな、とレオンはぼやく。ゼルクは当然のように、言葉を続ける。
「魔王――いえ大魔王の目的は世界の滅亡ですから、どこの、などと言わず世界規模で見ているはずです。彼らにとっては種族など関係なく、戦力を減らしておきたいんですよ。こう戦力がひととこに集中していれば、向こうから見ると格好の的。このタイミングで攻めて来たのは、そういう理由からでしょう」
そんなゼルクの言に、ツィテリアが僅かに不快そうな口調で反論する。
「もしそれが本当の話だとしても、魔王は私たちヒトを甘くみていますね。確かに今この都市が落ちれば世界はそのまま瓦解していくかもしれません。しかし、逆に言えばこちらの戦力は集中している、そう簡単には負けません」
強気な態度だった。しかし、敵の力を知らない者の驕りともとれる態度だった。
確かにツィテリアは強い、人間で言ってしまえば最強クラスである。が、それでも魔王に及ばないだろうし、先のように数で押されれば、さすがに苦戦は免れない。
最強クラスでそうだというなら、他の者たちでは魔王の相手にもならず、魔物どもに数で劣るのだから、さらに勝ち目は薄い。
そういった現実を、ゼルクは指摘しなかった。事実を述べて、士気が落ちては拙い。勝ち目のない戦でこそ、戦意は重要なのだから。
ライは一通りの話を聞いて、ふーんと零す。
「ま、要約しちまえば、魔王がやって来て魔物ばら撒いて都市機能をマヒさせつつ、戦士どもを抹殺していこうっていう策、か。そして上手いことこの都市を陥落させたなら、後に残るのはよわっちぃヤツらで、世界の滅亡は簡単、と。
悪かねえな。普通、戦力が集中してんなら、戦力の薄いところを局地的に落として、自陣を増やすもんだが、先に戦力集中箇所を落として、後は雑魚狩りってのも、発想としては悪かない。ただ、よほど自信があるんだな、こっちの策を選ぶってことはよ」
「ライ、要約が長い。頭の悪さがバレちゃうよ」
「バレる頭の悪さなんてオレ様にはねえよ。オレ様は最ッ高に天才だ」
口を挟むリィエに、ライは力強く言い返してやる。そして、思案するように眼を閉じる。眼を開く。
「まあ、とりあえず現状理解。じゃあ状況打破するか」
「打破って、具体的にはなにするのさ」
今度のは素朴な質問、リィエは挙手して問う。
ライは不敵に笑う。
「魔物なんてのは知能のないただのデクだからな、普通集団行動すらできねえ。が、魔王が頭脳を担ってやがる、それである程度統制のとれた行動をしてるわけだ。けどだったら頭を潰せばいい、そうだろ?」
「あぁ、そゆこと」
「え……?」
リィエはライの言わんとすることを即座に理解した。ただ、付き合いの浅いツィテリアにはわかっていないようだ。
気にせずライは唇の端を吊り上げる。
「レオン」
「ああ」
レオンもライの意図をすぐに理解し、聖剣の力を解放する。聖剣は光を生成し、辺りを照らす。
「こんなんじゃ足りねえぞっ! もっとだ、もっとッ!」
「わかってる」
発破をかけられ、レオンはさらに出力を上げ、光度を上げる。そして方向性を定めることにより、その光は天へと届く光の柱となる。
「な、なにを? こんなことをすれば、聖剣がここにあると魔王に知らせるようなものっ!」
「それが狙いなんだよ。ライはこっちから探すのがメンドーだから、向こうから来てもらいたいわけ」
リィエが肩をすくめながら、ツィテリアに補足しておく。
そんなこと――ツィテリアはやめさせようと、もう1度叫ぼうとしたが、言葉は続かなかった。
複数の影が、空を切る。下からは、翼を持った人型という風にしか見えないが、それだけで何者かは判断できた。
「は、嫌な聖光が見えたから来てみれば」
「正解でしたね」
「やはり、この都市に来たか」
「――聖剣の使い手!」
と、ひとことずつ魔王は言った。
――魔王は4体いた。
「マテマテマテマテマテ、待ってぇいッ! なぜに4体同時にエンカウント? そういうことしちゃっていいわけ?
うわぁ、ない。ないわぁ。だってそれじゃあもう、ザコキャラじゃん。群れた時点でザコキャラじゃん。いいの、それ? やってることがもうザコだよね。魔王っていうくらいだし、せめてボスではあるはずだよね? ボスの威厳もクソもねえぞ。ボスキャラなら、幾ら勝ち目がなかろうがひとりで来いや。そんで負けやがれ。なに不文律崩してんだよ、お前らは。四天王だって律儀にひとりずつ来るし、いやなん天王だってひとりずつ来るよ! それがボスキャラの宿命なんだよ! てかせめて複数なら部下とかにしろっ!」
思わず、ライは心の底から絶叫していた。すると魔王たちも少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
リィエは思った。ああ、気にしてたんだ、と。