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第十七話 VS凍土・下





「さて、次はお前か? 魔剣の使い手」


 凍り付けのレオンから、魔王はライに視線を向ける。ライは耳をほじりながら、鬱陶しそうに断る。


「心惹かれるお誘いだが、バトルには手をださないって、レオンと約束しちまったからな。パス」

「そのレオンは、凍り付けだぞ?」

「はっ。凍り付けだぁ? だからどうしたよ」

「なに? なにが――」

「って、わぁぁぁぁああああああッ!! レオンが凍っちゃったー!」


 魔王の言葉を遮り、放心していたリィエが狼狽しだす。と思ったら、瞳に大粒の涙を溜め込み、今にも泣き出しそうな表情になる。


「ライぃ……レオンがっ、レオンがっ!」

「ちょ、おまっ、泣くなよ。ただ凍っただけだろ」

「ただってなにっ! 凍っちゃったんだよ、レオンが……こおっちゃた」


 改めて言葉を噛み締めると、リィエは無性に悲しくなってきた。眼を閉じ堪えようとしたが、無駄だった。

 ぅわーーーーんっ、とリィエは大声で泣き出す。

 魔王の前だってのに泣き喚くとは。ホントに感情のままに生きてやがるな、コイツ。なんてことを思い、ライはため息を吐いた。自分のことは完全に棚上げである。


「落ち着け。まだ死んだわけじゃねえ」

「……え」


 リィエの声が止まる。ライは続ける。


「辺りの村人と同じ状態になっただけだ、死んだわけじゃねえ」

「じゃ、じゃあ、ライがあの魔王を倒せば……」


 希望を見つけたように、リィエは表情を輝かせた。が、希望は無情に切り捨てられる。


「オレ様は戦わないぞ」

「なんでっ!」


 感情の方向が、一気に怒りに向く。ライは気にしない。


「だーかーらー、レオンとそういう約束したんだって」

「そんなことっ」

「そんなこと、じゃねえ。いいか、リィエ」


 ライは言葉を切り、どことなくマジメ気味な瞳で、リィエと視線を合わせる。


「ここ、この時、この相手、この戦いにおいてのみ――レオン・ナイトハルトは主人公だ。主人公は必ず勝つ。だから、黙って見てろ」

「……え、ライ?」


 驚いた。

 リィエは驚き過ぎて、それ以上声もでなかった。眼をまん丸に見開き、口をぱくぱくと開けたり閉じたり。とても驚いている、ということが見て取れる。

 それも当然といえば当然。なんせ、ライが他人を認めたのだ。

 ライは自分の認めたヒトを主人公と呼ぶ。リィエはそれを知っていた。

 もちろん、世界の主人公、全ての主役という自負――というか自称――を捨てるわけでも、一時的に譲るわけでもない。

 ただ――脇役だって、端役だって、悪役でさえ、人生に1度や2度、主人公をする時がある。あるのだ。

 そう、主人公になる瞬間は、誰にでも生きていれば必ずあるものなのだ。

 ごくごく小さなものでも、酷く身勝手なものでも、日の目を見るようなものじゃなくても――自分の物語に生き、自分の剣を持ち、自分の意思で進む。

 それは、それこそは――まさに主人公。

 ライとしても、認めたくないが、ほんっとぅに認めたくないことだが、認めざるをえないことなのだ。

 まあ、そんなようなヤツは、リィエが見た中ではこれでようやく3人目。それにライは自身を本編、他の主人公たちを外伝と考えて、どうにか納得しているようである。

 ――つまり、現在はレオンが主人公の外伝と、ライは解釈しているらしい。そして、主人公の邪魔をするのはライのプライドに反する。

 器が大きいんだか、小さいんだか。自己顕示欲が強いんだか、わきまえているんだか。素直じゃないんだか、照れ屋なんだか。大物なんだか、小物なんだか。ライとは、本当によくわからない男である。

 ともかく。リィエはそんなライの心情を長年の付き合いからわかってしまって、説得できそうもないと悟る。けど、ならどうするのだと疑問をていする。


「でも、じゃあ、どうするの?」


 なにかしら考えとかあるのか、と思っていたリィエだが


「さあ? レオンが自分でなんとかするんじゃねえの」


 返答はかなり投げやりなものだった。しかしライの眼の中に、諦観のようなものは感じ取れない。

 リィエは少し悩む。そして結局、まあ信じるしかない、という結論に至ってライの肩に座り込んだ。ところで、今まで沈黙を守っていた魔王が、会話が切れたのを見て問いを発する。


「おい、もう1度訊くぞ。どういう意味だ、魔剣の使い手」

「あ? そうだな……もうちょいっと待ってみろ、それでわかるぜ」


 時間稼ぎのようなセリフに、魔王は興味をそそられる。


「ほぅ。具体的にはどれ程かな?」

「ま、あいつが本当に――一時とはいえ、主人公の器かどうかはオレ様にもわかりゃしねえ。5分にしよう。5分経ってなにも起きなければ、レオンはそこらのエキストラと同じってことで、オレ様がお前と戦おう」

「ちょっと、約束したんじゃなかったの?」


 リィエがちゃちゃを入れるも、


「それにも限度はあるし、器でないならハナから守ってやらん。せめてオレ様のパーティとして名脇役くらいでいてほしいもんだぜ」


 かなり勝手なことを、こともなげに言う。リィエはため息を吐いた。

 魔王はライの提案に、嬉しそうに乗っかった。


「5分か、いいだろう。その5分でこの世界がどこまで面白いのか、見極めようではないか」


 どうやらこの魔王も、面白いことが大好きなようだ。







 そこには何も無かった。上も下も、前後も左右も、足場さえも。

 自分の姿すら見えない闇の中で、レオンは地に足のつく感覚もないままに、ただそこにいた。

 いや、そこと場所を特定することもなく、移ろっている気さえする。

 無にも近しい、虚無的空間。そこはレオンという存在を希薄にしていくように感じられた。


「ここは……? 俺は、死んだのか」


 漠然とした、曖昧なる、なにもかもが不確かな世界にも、レオンの声は音として響いた。そして、もうひとつの声が響く。


『いや、レオン・ナイトハルト、君は死んでいないよ』 


 レオンは周りの空間から響く声に驚き、どこからしたのかと視線をめぐらす。姿は見えなかったが、“そこ”にいるのはわかった。


「この感じ……お前、聖剣か?」


 なんとなくだが、ずっとともにいたからわかる。雰囲気というか、かもし出す空気というか、気配というか。


『よくわかったね。その通り、僕は君と常にともにあった浄化の剣。君たちが、聖剣と呼ぶ存在さ』


 男性とも女性とも取れない、大人とも子供ともとれない、ヒトとも神ともとれない声――聖剣は少しばかり嬉しそうに言った。

 レオンは問う。


「ここはどこだ? どうして聖剣が俺に話しかけてきたんだ? 俺はどうなったんだ? 魔王は、ライやリィエはどうなったんだ?」


 ひとつ質問を口から出せば、あとは泉のように疑問は湧き出てくる。

 聖剣はしかし、質問を一切無視して、自分の話を押し通す。


『僕はね、君の質問を受け付けるために会いに来たんじゃあないんだよ。僕は確かめにきたんだ』


「なにを、確かめるというんだ?」


 聖剣はレオンの内を見透かすように、鋭く告げる。


『君の――覚悟を、さ』

「覚悟……?」

『そう、覚悟。

 僕は、聖剣という存在は、君たちの言うところの大魔王というモノを倒すために生み出されたんだ。だから、その道程で邪魔となる魔王を排除している君には、力を惜しみなくかしている。けど――』


 柔和だった空気が、僅かばかり刺々しいものへと変わる。


『君、今回の魔王を倒した後、まだ戦いを続けるのかい?』


 そんなことっ、とレオンは口を開こうとするが、聖剣は言葉を続ける。


『君の戦う理由は凍らされた故郷を救うこと。じゃあもしそれが叶ったなら、君はもう戦わないのかい? そうだというなら、君にはもう力はかせないね。僕は大魔王を倒すための剣であって、魔王を倒すための剣ではないのさ。

 いや、君のことだ、戦いはするんだろう? ライ・スヴェンガルドらが心配で、ともに行くのだろう。けどね、理由のない剣は脆いよ。ライ・スヴェンガルドのように、戦闘を戦闘とし、理由を求めないならいいけど、君はそうじゃない。君は戦いに理由を求めるタイプだ。そのタイプのものは、理由が確固としていればこそ、真の力を発揮する。でも君はどうだい、理由はもう果たすじゃないか。ここで“凍土”の魔王が滅べば、君は戦う理由を失うじゃないか。

 そんな君が、戦いを続けるのかい――君は理由もなく、戦えるのかい』


 聖剣は、ようやく黙った。告げるべきことを、全て告げたようだった。

 あとはレオンの答えに、ゆだねられる。

 レオンは言われた言葉をゆっくりと反芻し、自分なりに考えてみる。自分の中にある迷いを見つめてみる。心の答えを、探してみる。

 結論は、案外あっさりでた。


「俺は、理由もなく戦えるほど、割り切れないよ」


 己の弱さを恥じているように眼をつむった。けれどすぐに眼を開き、強い瞳で聖剣のある“そこ”を見遣る。


「けど、別に“凍土”の魔王を倒したら、戦う理由がなくなるとか、そういうわけじゃない。

 ――俺は、もうライの物語の登場人物だよ。ライが主人公で、俺はそうだな……相棒、いや相棒はリィエのポジションか。じゃあ、ライバル役でも狙ってみようかな」

『そんな理由で、戦えるのかい?』


 声は、少しばかり動揺している気がした。レオンは迷いなく頷く。


「ああ。俺はもうライに乗せられてしまったんだ。だから、こうなったら最後までライに乗せられるさ」


 楽しそうな声音に、聖剣はまたも沈黙する。そのままでどれだけが時が流れ、レオンが、さすがにこの答えはまずかったかな、などと思い始めたころ、聖剣がポツリ、と零した。


『……面白い』

「え?」

『面白いね。君も、ライ・スヴェンガルドも。その程度のことで、本当に君の心は覚悟を示している。本当に面白い』


 言葉とともに聖剣がある“そこ”から小さな光が生じる。光は徐々に輝きを増していき、やがてこの空間全てを照らし出した。

 レオンは自分の存在を確認できるようになり、聖剣が目の前で輝いているのがしっかりと見えた。


『いいだろう。君の覚悟は受け取った、僕の力を全て君に託そう――さあ、受け取ってくれ』


 レオンは迷いなく――聖剣を掴んだ。






 ちょうど、5分が経とうとした頃だった。パキリ、という音がしたのは。

 ライはどことなく嬉しそうにため息を吐いて、リィエはまた涙を、今度は嬉し涙を流して、魔王はやたら苦い笑みで、それぞれ呟く。


「5分ギリギリ、か。まあ、オレ様のパーティメンバーとしては及第点ってとこか」

「よかっ、よかったよぉ」

「本当に……面白過ぎて、笑えないな」


 パキリ、と音がする。

 音とともに、氷にヒビが入っていくのがわかる。そのヒビから、光が漏れ出ているのも確認できる。

 パキ……パキ、リ。

 ヒビが、広がる。氷が、砕ける。光が、現れる。世界が、照らし出される。

 パキンッ! 


「――待たせたな、魔王」


 眩い光を放ちながら、氷の封印を破り、レオンが――ここに復活した。

 魔王は眼を細め、感嘆するように息を吐く。


「ふん、本当に我が氷を内側から破るとはな。恐れ入ったぜ」


 氷剣を2本作り出し、構える。


「しかしならば、幾度でも凍り付けにしてやろう。幾度でも砕けばいい、その都度凍り付けにしてやろう」

「もう、お前なんかに負けない。いや、もうライ以外の誰にも負けない――俺はライの、主人公のライバル役なんだからな」


 力強く、不敵にレオンは言い切った。

 ライは不満そうに口を尖らせる。


「えー、ライバル役ってかなり重要なんだけどなぁ、お前がやんの?」

「ああ。やっぱり、主人公が魔剣を持ってるんなら、ライバルは聖剣だろ」


 少し強気な発言に、ライは呆気にとられるが、すぐに言葉を返す。


「はっ、言うじゃあねえか。まあ、死なない限り好きにしな」

「そうさせてもらう。それで今回は、俺が魔王を倒す役回りだ。

 さあ、いくぞ魔王! 敵役にはそろそろ負けてもらうっ!」


 ドンッ、と大地を踏みしめ一直線に駆ける。さきほどのような、寒さによるぎこちなさはない。聖剣が身体能力を補ってくれているのだ。

 ならば。状態が五分ならば、レオンが剣技で劣るものか。


「ハァ!」


 レオンが聖剣を振るう。魔王はその高速斬撃に回避のいとまさえ与えられず、2本の氷剣で受け止めるので精一杯。


「もう、効かないよ」


 聖剣と氷剣が鍔競り合う、こともなく氷剣は2本ともに砕け散る。一瞬の時間稼ぎにもならず、聖剣はそのまま振り下ろされ、魔王を斬断した。


「おいおい、そりゃねえだろ」


 魔王は盛大に引きつった表情で、呟く。


「いきなりここまで強くなるか。ち、やはり世界は面白過ぎる。面白過ぎて、死んじまうぜ」


 刀傷から、魔王の身体中に浄化がいきわたる。ゆっくりと、魔王の存在が浄化されていく。

 それでも魔王は笑う。楽しげに、嬉しげに、狂ったように。


「ははっ。はははははっ。いいぜ、だったらオレも物語のようにしてやるよ。

 おい、レオン! 実はよぉ、オレが死んでも氷は解けねえんだ」

「なにッ!?」


 驚愕に眼をむくレオンを、魔王が手で制す。


「慌てるな。だから、今オレが解いてやるよ」

「なん、だと? どういう意味だ」

「意味なんかねえよ。ただこの方が物語に相応しい、この方が面白い、この方が最高だ」


 あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!! と魔王は最期の最期まで愉快そうに大爆笑しながら、消滅していった。

 同時に、村から氷が解け消えた。







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