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第十五話 魔王は基本的に饒舌




 村は、まるで作り物のようなありさまだった。

 なにもかもが凍っている。建物も、木々も、村人も。そして、今歩くこの道さえも凍っていた。

 氷は透き通っていて、一見しただけでは凍っていることにさえ気付けない。と同時に、中のモノがよく見えた。

 建物は開いたドアもそのままに、木々は風に吹かれてしなった瞬間を残し、村人はみな恐怖に引きつった表情で保存されていた。

 ずず、とライは鼻をすする。


「寒ぃな……」


 氷の世界にタンクトップ1枚だ、そりゃあ寒いに決まってる。そんな視線を向けたリィエが、少し意地悪そうに口を開く。


「わたしは冷気を風で遮ってるから、そんなに寒くないよ」

「なっ。ずるぃぞ、オレ様にもしろ!」

「それにしてもレオン」

「言いたいことだけ言ってこっちを無視するなっ!」


 無論、リィエはライを無視してレオンに顔を向ける。表情を暗く落として、さっきから気になっていたことを問う。


「もしかして、村人さんたちって――」

「ああ、おそらく生きている。けど、どれくらいもつかはわからない。だから、俺は急いでたんだ」

「そう、だったんだ」


 そういえば、初期では魔王をはやく倒したがってたな、リィエは顎に指をあてて回想する。

 

 唐突に――世界は極寒と化した。


 冷気が頬を裂く、四肢が凍り付く、生命が冷めていく。

 先ほどの寒さなど生ぬるい、これこそまさに――永久凍土の世界。


「誰だ? オレの凍土に入ってくるような馬鹿は」


 どこからか冷え切った、寒々しい声が聞こえた。

 周囲の氷に音が反射して、位置が特定できない。

 全員見えない敵に対し、ともかく警戒体勢をとる。レオンは聖剣を抜き構え、ライは眼を細めて魔剣の柄を握り、リィエはライの頭にくっつきながらキョロキョロと周りを見る。

 と、リィエはある一箇所――そこは風の流れが歪んだ場所――で視線を強めた。そのまま指を舞わす。


「そこ、だねっ」


 風が、叩きつけるようにその空間を砕く。そこには――


「風など冷気に呑まれれば、我が吹雪となるだけだ」

 

 魔王がせせら笑いながら、平然と立っていた。

 リィエの風は凍らされ、魔王に操作権のある吹雪と化されたのだ。

 しかしリィエは、別段驚きもせずに肩を竦める。


「べつにいいんだよ、場所を確かめたかっただけだから」

「なに……?」

「戦うのはわたしじゃないってこと!」

 

 ダッ、と地を蹴る音がした。キッ、と剣を握る音がした。ブォ、と刃を振りかぶる音がした。

 魔王が音の方に振り返ると

 

「魔王ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおッ!!」


 レオンが怒号を乗せて、聖剣を振っていた。


「それは……聖剣っ!?」


 魔王は呻きながらも、咄嗟に氷を生み出し、聖剣を一瞬間だけでも受け止める。即座に氷は砕け散るが、一瞬間の内にバックステップで直撃は回避する。

 レオンは振り切った体勢のまま、落ち着くように息を整える。そして、怒りを堪えるように口を開く。


「この俺のことを忘れたか、この村で唯一の生き残り――いや、お前に生かされた男だッ!」


 魔王はその言葉を聞いても、すぐ理解できずにいた。ゆっくり言葉をかみ締めて、ゆっくり笑みを深めていく。


「お前は……そうか、お前か。確かに覚えてるぜ。しかし、はは、絶望という暗闇の底で、聖剣という光を見つけてきたというわけか、はは! はははっ! 面白い、これだから世界は面白いっ! 娯楽小説などより、よほど現実のほうが面白い展開を用意しているではないか!」


 あっはははははははははははははははははははははは、と魔王は壊れたように哄笑する。楽しげに、心底この世界は面白いのだといっているように、笑う。

 笑っていたのだが、いきなり魔王は笑いを収め、つまらなさそうに言い放つ。


「なんだ、ずいぶん落ち着いてるじゃねえか。オレが憎くないのか」


 どうやらレオンの変わらぬ表情がお気に召さないようだ。魔王は、もっと怒りにかられ、憎悪に呑まれた顔が見たいのだ。

 反してレオンは、薄く笑みさえ浮かべて言ってのける。


「憎いさ。けど、それを表にだしても剣が鈍るだけだ。だから憎悪は全て、この聖剣に込めた」


 魔王はとても驚いたように眼を見開く。


「ほぉ、なかなか強くなったじゃねえか。あの時は、実力差もわきまえず、怒りに任せて突っ込んできた小僧がよぉ」


 くく、と魔王は含み笑いをもらした。

 魔王はさらに上機嫌に話しかけてくる。


「なあ、それにしてもこの状況は面白い。そうは思わないか? 村を奪った憎むべき魔王と、村を奪われた復讐のために聖剣をとった勇者……娯楽用の読み物であれば、酷く盛り上がるシーンだ」


 魔王は言葉を切って、芝居がかった仕草で首を振る。


「が、最も予測しやすいシーンでもある。誰にだってわかる。間違いなく、オレが負けるシーンだと」


 意味もなく、魔王はぶつ切りでゆっくりと話す。こちらの苛立ちを誘っているのだと、今のレオンは気付けた。


「しかし、それはあくまで空想の世界の話。現実はそう簡単ではない。物語の主人公はどんな状況でも勝利を約束されている。そこに力は関係がない。だが現実は違う。力が全て。力あるものがいくら悪でも、強ければ誰にだって勝つ――もちろん善にだって、主人公にだって」

「まてぃ! 主人公はオレ様だぞ!」


 魔王の言葉に、脊髄反射でライが叫ぶ。ギャラリーに徹するつもりだったが、聞き逃せない言葉だったのだ。

 魔王は嘲るように切って捨てる。


「ふん。自分だけで言っていれば、それは子供の戯言と同じ」

「はっ。オレ様は自己主張型の主人公なんだよ」

「聞いたことないよ……」


 リィエが頭痛を堪えるように頭に手をあてて突っ込んだ。

 それらを面倒と思ったのか、魔王は無視してレオンに視線を戻す。


「話が逸れたな。まあつまり、オレに勝てると思っているのか? と言いたかったのだよ」


 レオンは瞳をほんのり細め、口元を緩める。


「あんた、意外におしゃべりだな。それとも余裕か?」

「両方さ。魔王なのだ、饒舌であってしかるべき。油断のごとき余裕をもってしかるべき」

「……そうか」


 レオンは刃のごとくさらに眼を細め、ライの教えを思い出す。

 ライの教えは、基本的にひとつだった。

 それは――隙を突け。

 油断も余裕も余所見も思考も驚愕も安堵も怒りも――結局は隙だ。

 で、逆にこっちは隙を見せるな。どうすりゃいいって? とりあえず笑っていればいい。にやにや、にたにた、にこにこ、な。

 魔王のこれはどう考えても、隙だ。

 レオンは唇を歪ませ笑みをかたどり、魔王に突貫した。


「はぁあ!」

「ほぅ、脈絡のない攻撃。確かにそれも奇襲のひとつか」


 魔王は慌てず騒がず、氷で剣を造る。そしてそれで聖剣に受けて立つ。先ほどのようにその場しのぎの氷ではない――聖剣と氷剣は鍔競り合う。

 どこまでも愉快そうに、魔王が叫ぶ。


「オレは“凍土”の魔王! 小僧、名乗れ!」

「俺は聖剣の使い手、レオン・ナイトハルトだッ!」





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