第十三話 泣きたくなるほど悔しいこと
「まず、最初に言わせてもらおうか」
ライは次の重大発言のために、思い切り息を吸い込む。吸い込んで、吸い込んで――
「なんでオレ様が出演せずに、1話が終わってるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおッッ!!!」
泣き叫んだ。そりゃあもう、号泣だった。
「え? なに? 主人公だよ? オレ様主人公だよね? だよねっ!? だったらなんで一瞬すら出ないことが有り得るの? 有り得たら主人公じゃないじゃん! オレ様は実は主人公じゃなかったんですか? こんなに主人公だって自分のアイデンティティを護ってるのに、実は偽者ってオチ? うっそだろ? そんなの誰も認めねえよ、認めた奴はオレ様の敵というか、もう魔王以上の宿敵じゃん! え、え、えぇぇぇえええ!? 信じられないってか、ありえないでしょ!」
「いや……ライ、落ち着こうよ」
リィエが、恐る恐る声をかけた。リィエだって、ここまで本気で泣いているライを見るのは初めてであり、かなりビビッてるのだ。
「うるせぇ! ちょっとの間はオレ様に話しかけるなぁ! この裏切り者ぉ! オレ様がへばってる時に、それはもう生き生きと活躍しちゃってさぁ! いいよなあ、オレ様も活躍したかったですよー、あやかりたいもんですねー、がぁぁぁぁぁあああああッ!!」
凄まじい勢いで頭を掻き毟る。爪が頭の皮膚に食い込み、薄く血が滲み出す。それでも心の叫びは止まらない。
「もう、主人公やめようかな。はっきり言って、オレ様じゃなくてもいいんじゃない? そうだ、レオンがやれば? オレ様は遠くから見守る師匠キャラでいいからさあ。後々、ほんの1話だけ登場して忘れ去れられるチョイ役でいいですよ、オレ様にはそれがお似合いだと思うよーだ! お前らだけで先に進め! そんで魔王に負けてしまえ! ばーか、ばーか!!」
わーっはっはっはっはっはっはっはっはっは、と一周して笑い泣きしだした。
見るに見かねて、横のレオンが口を挟む。
「いや、主人公はライのほうが向いてると思うよ、俺は」
しかしなにを言ってももう無駄である。
「っせえ! 同情なんかいるかぁっ! ぶわーか! そういう謙虚な姿勢が主人公っぽくていいですねぇ! オレ様も謙虚に生きればこんなことにはならなかったんですかねっ? でもそれじゃあ、オレ様じゃねえじゃん! 別人じゃんっ! 意味ねえじゃんっ!」
「もぅ、うるさいよ! ばか! それを言うなら、わたしだって1話丸まる出番なかったよ!」
リィエが、うじうじ鬱陶しいライに叫びかけた。内容は、どっちもどっちなことであったが。
「うそだッ! 最初のほうに出てたねっ!」
「そんなの意識がなかったんだから知らないよっ!」
「それでも出てたじゃんっ! 出ないより百倍ましだろぅがッ! しかも知ってっかッ!? オレ様はなあッ! オレ様はなあッ!」
ライは一瞬、本気で哀しそうな表情をしてから、言った。最大の絶望を。
「――名前さえでてないんだぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!!!」
天を怨むように、吼えた。眼からは滝のような涙が流れ落ちる。
「現実はいつだって辛い。わかってる。しかし、これはさすがにあんまりではないだろうか?」
ライが燃え尽きたところで、ドアが開く。
「おぉい、うっせえぞ、一般の宿屋なんだから静かにしろよ」
フェレスが果物等の見舞いグッズを手に、部屋に入ってきた。
3人は同時にベッドから顔を上げる。ちなみに全員、首から下が動かないほど重症である。そのため全員ベッドから離れられない。聖剣、魔剣の酷使、魔王とのバトル、それらの代償だった。傷は治っても、失った体力は時間でしか癒せない。
ここは某村、某宿屋、某号室。
秘匿しているのは、隠れているから。逃げてきたのだ、誰かにバレると厄介極まりない。
ゼルクだと姿が目立ちすぎるので、基本的にフェレスに働いてもらっていた。
この宿の手配やら、買出しやら、食事やらで、ここ2日、ずいぶん迷惑をかけたものだ。と思ったのはライ以外のふたりだけ。ライは、先ほどのように叫びまくっては寝る、というばかなことを繰り返していた。
「全く。ライ、まだ落ち込んでるのか?」
「落ち込んでなんていねえよっ。ただ悔しいだけだよっ、なんでオレ様はあそこで弱気になったんだってなッ! いつものオレ様なら立ったね! 無理を押してでも、魔王と戦って勝った! それが主人公だろぅがッ!」
「あ、そういえばそうだね。へばってるとはいえ、ライがあんな簡単に活躍シーンを渡すなんて、普通ありえないよね」
リィエが思い出すように言った。
ライが重々しく頷く。
「だろ? なんか変だぞ」
「きっと、ライも仲間を信頼してるから、自然と任せられたんだよ」
レオンが嬉しそうな笑顔で、そんなことを言った。ライはその言葉にしばし眼を見張り、ふてくされたようにそっぽを向いた。そしてぼそり、と一言だけ。
「……んなわけ、あるかよ」
「漸く落ち着きましたか、ライ」
4人の中で沈黙がおりた頃、ため息とともにゼルクが聖剣から姿を現した。
「これで冷静な会話ができそうですね」
どうやらライが落ち着くのをずっと待っていたらしい。視線をレオンにむける。
「それでレオン。先日の様子ですと、次の魔王の位置がだいたいわかっているのですか?」
「ああ。丸ごと凍らされた村なら、わかる」
険しい表情を刻み、レオンは言った。なにかに耐えるような、そんな風だった。
ゼルクはあえてなにも問わず、ただ頷く。
「……そうですか、なら、次の目的地はそこですね」
「カカッ! なんだ、挽回のチャンスははやいじゃねえか」
ライは喜色満面になった。切り替えの早い男である。
「次の魔王はオレ様がひとりで戦る! いいな?」
確認の形はとっているが、有無を言わせぬ雰囲気を纏った言葉だった。それだけライも必死なのだ。しかし――
「それはできない」
レオンが、それを断った。
「んだとっ?」
「今回の魔王は、俺が倒す。俺が倒さないとダメなんだ」
確固たる意志をこめ、レオンは告げる。
「もともと俺は、アイツを倒すために聖剣を欲したんだ」
「なに?」
「復讐したかったんだ、どうしても。仇を討ちたかったんだ、俺の全てを懸けてでも」
レオンは憎悪を、怒りを、絶望をその言葉に込めていた。いつもとは違う暗い瞳をしたまま、レオンは自嘲気味に、そして泣きそうになりながら続ける。
「さっき言った、丸ごと凍らされた村っていうのは――俺の故郷なんだよ」