第九話 VS騎士
はじめて(?)の苦戦。
「やっぱり、ライは強いな」
「は、まぐれだ、まぐれ」
レオンの率直な褒め言葉。グリオの負け惜しみな文句。ライはそのふたつを聞いて、ますます気分をよくした。
「あぁ、やっぱオレ様は主人公だよな。褒め称える弟子キャラに、ブーたれながらも実はオレ様のことを認めているライバルキャラ──すげぇ、完璧じゃん」
あっはっはっはっはー、とライは笑った。と思ったら、ふいに笑い声が止まり、わざとらしい口調で呟いた。
「ん? いや、グリオはライバルじゃなくて、引き立て役、か」
だーっはっはっはっはっはっは、とまた豪快に笑う。めっちゃ楽しそうだ。
「おい、こいつうざいぞ」
「いや、まぁ、その、勝ったのが嬉しいんだよ。きっと」
怒りながら指を刺して言うグリオに、どうにか弁護の言葉を探して、見つからないレオン。リィエは掌で顔を覆った。
「ライ、そろそろ落ち着いてよー」
「だーっはっはっはっはっは、ばーか、ばーか!」
もう意味がわからない。リィエは溜息を吐いて、くるり。
「がッ!?」
風が頭に落ちて、ようやくライは静かになった。
「まったく、このばかは……。あ、そういえばレオンはどうだったの?」
一瞬で態度を切り替えて、リィエはレオンに向き直った。レオンはどことなく嬉しそうに頬を掻く。
「ああ、勝ったよ」
「すごいじゃない!」
「そんなことないよ」
朗らかな笑みを浮かべ、謙遜するレオンに、グリオが地団駄踏む。
「くぅ! なんでこんな優男が勝って、おれは勝てねぇんだよ!」
「や、優男?」
自分のことか? と、レオンはもの言いたげな顔をする。グリオは気付かず不満を叫んだ。
「しかも! おれが負けたのは、なんと童顔だなんてー!」
「童顔じゃねえ!」
倒れていたライは即座に復活を果たし、力の限り否定する。久しぶりのネタだった。
「ところでライ、次の試合はいつになるんだ?」
レオンがふと思いついた質問を口にした。その返答によってはいつもの特訓はできないな、という意味もあったりする。
「あ? えー、えー、えーっと……?」
ちらちら、とリィエに視線を送るライ。覚えていないらしい。
リィエは今日何度目かの溜息を吐いてから、呆れたように答える。
「……明日の午前中だよ」
「そうそう、それそれ」
「そうか。なら今日の特訓はしないほうがいいな」
試合に障ったらまずいし、とレオンは付け加えた。ライは別段どうでもよかったので、ぞんざいに頷いただけだった。
「――時にフェレス」
『なんだ』
「さっきの試合で魔剣の力、抑えとけって言ったろ。なんか普通に炎斬れたぞ」
あの時――握っている魔剣からは強大な力が抑えきれていなかった。握っていたライだからこそよくわかる。ゆえになんの迷いもなく、火に向かって魔剣を振るったのだ。
結果オーライとはいえ、抑えきれていなかったのは事実。そういう意味合いで、ライは訊いたのだ。
『あー、わりぃ。階級四位って言ったろ? アタシはもともと弱いんだよ』
「……いやに自虐的だな。ま、いいけどよ」
追及はしない。ライは他人の深いところに踏み込むのは遠慮したかった。シリアスは苦手だから。
そして次の日。
大会、午前の部。
『本会場第二回戦49試合目! “主人公”ライ・スヴェンガルド選手VS“騎士”ヒューン選手です!』
ぃえぇぇぇーーーーーーーーーーいっっ!! と、もうそろそろ冷めてもいいだろう4日目でも、衰えを見せない観客たちの大声援。
ライは思わず耳を押さえる。目の前に立つ、ヒューンと名乗る──絶対偽名。てか、人間って言ってるだけだ──フルアーマーな、マジモンの騎士さんを窺うと、平然としていた。
たく、なんだよコイツは……。
頭の中でめんどくせーとか思いながら、ライは魔剣を握る。
『それでは──開始!!』
先手必勝とばかりに、抜刀と同時にライは全速力で剣を叩き込む。反応すら困難な高速斬撃。たいていのヤツなら、これで決まる。がしかし、
──剣と剣は、鍔競り合った。
騎士は、ライの速度に追いつき、剣を受け止めたのだ。
「──!」
ライは思い切り瞠目する。そして、一気に後方へ跳び、距離をとる。
「……負ける」
『ライ?』
放心したようなライに、フェレスが不思議そうに名を呼ぶ。すると、唐突に魔剣を地面に突き刺した。
『ら、ライ? なにやってんだよ、なんで魔剣を手放してんだ』
「本気でやらないと──負ける」
フェレスに言葉をかえしたわけではなく、ただのひとりごと。
ライは幾つもあるポケットからダガーを2本取り出し、構える。
右──逆手に持ったダガーを大地に向け、左──順手で持ったダガーを、その右ダガーに添えるように重ねる。正面から見れば、それは銀の十字架。
そう──ライの、本気の構えだ。
遠くで客席のリィエが眼を見張っていたが、ライは気付くよしもない。
「ぃくぞ!」
叫び、全速力で駆ける。常人ならば、いや、あるていど鍛えられた戦士にすら、反応できないような速さ。そのスピードから繰り出される左手、順手のダガー。それを騎士は、隣接される前に、剣のリーチでもってダガーの刀身をはたく。
「く」
見た目ははたく、などと軽い印象を与えるが、実際はしっかりと力の篭った重い一撃。ライの重心が揺れる。そこを狙って、返す刃がライへ直進。首を後ろにそらしてどうにか避ける。
剣を振り切った後は隙──頭でそんなことを考えるが、反撃はできない。なぜなら、ダガーの短い刀身では届かないから。相手は、それを計算して自分の剣のリーチギリギリで攻めてきている。しかしだからこそ、相手の剣も避けることができるわけだから、状況は五分か。
騎士が剣を振るい、ライが間一髪で避ける。ライは反撃できないが、騎士も攻めあぐねている。そんな戦況で、膠着してしまった。
「ち──うぜぇなあ、オイ!」
ライは雄叫ぶ。ライは膠着状態が、大嫌いだった。
唐突にライは、思い切り後方へ退いた──逃走ではない、反撃のための一手──瞬間に前方へ、騎士に向かって跳んだ。
タイミングを崩され、騎士は僅かに焦りを示す。
好都合。
剣のリーチをくぐり抜け接近。騎士が剣で邪魔をするが、それでも無理矢理前進し、ようやくダガーの間合いに入った。
──今しか、ない!
「もらったッ」
左右のダガーが、両方向から同時に斬撃を放つ。
ライの全力、最速の一撃。剣で防ごうにも2閃同時攻撃――一方は防げない。
ゆえに騎士は即断で剣を手放し、ライの手首を掴んで止めてみせる!
「んなッ!?」
マジか!? うそだろ、ありえねぇ!
ライの驚愕耐性を打ち破るほどの──驚愕。やはりそれは隙なのだが、剣を持たない騎士は攻撃に移れない。だから、ライを蹴飛ばし距離をとるだけ。
吹っ飛ばされて、ライはそこで我にかえりどうにか受身をとって、また相対する。
対峙し、睨み合い、隙をうかがう。そんな状況の中で、平静を取り戻したライがにやり、と笑う。
「は。やるじゃあ、ねえかよ」
僅かに荒い息で、蹴られた腹をさすりながらも──それでもライは、余裕そうに言葉を放つ。ただの強がりだろうと、弱みを見せるよりはマシだった。
「まさか、ここまで強ぇヤツがこんな大会に参加してるとはなぁ」
騎士は答えない。代わりに腰に帯びた、2本目の剣を引き抜き、構える。
ライも口を閉じ、腰を落として騎士の刃に備える。
2度目の膠着状態の最中――唐突に、審判が時計から眼を離し、言った。
「あと2分です。それ以内に決着がつかない場合、両者敗退となりますのでご注意を」
言い終えて、審判は時計と戦況を気にするように、視線をさまよわせていた。
ライはやべぇ、と心の中で呟いた。
時間制限とか忘れてた。……グリオは瞬殺だったので、審判からの注意すら受けていない。ちなみに試合時間は5分。
しかし、さすがに2分とかでこんなヤツを倒すなんざ、ムチャにもほどがある。
どうするか。ライは全力で頭を回転させる。
ダガー投擲ののちの全速力攻撃……無理だ、いくら隙を作ろうが懐まで行くのはもうできそうにない。ならば、魔剣のリーチで──だめだ。それではスピードがやや落ちる。弾かれて終わりだ。
と、観察するようにライを眺めていた騎士が、不意に手を挙げる。なんだ、と身構えるライだが
「棄権します」
一気に脱力した。
「へ? え、え? ……あっ、ああっ! はい、わかりました──ヒューン選手、棄権! それにより本会場第二回戦49試合目は“主人公”ライ・スヴェンガルド選手の勝利です!」
「あ? おい、待て──」
ぅわーーーーっ!! とかのギャラリーたちの歓声に、ライの声は掻き消された。
耳を塞いで文句を叫ぼうとしたが、さっさと帰ろうとする騎士を見つけて、ライは追いかけた。
「待ちやがれ、なんで棄権なんてした!」
ライのその質問には、怒りに似た感情がこめられていた。騎士はゆっくり振り返り、そのまま頭を下げた。
「申し訳ない。しかし、私はこの大会にはただの気まぐれで参加した身。お主のように大会に意義をもち、強き者が相手ならば、勝利を譲るべきと思いまして」
くぐもった、小さな声だった。が、凛とした、強い響きをもっている気がした。
「あ? ざっけんなよ、オレ様に勝ちを譲ってくれただと? 舐めた口ききやがって!」
「されど戦いに時間制限がなくとも、私はおそらく──」
「ウソをつくな。時間制限がなけりゃ、負けてたのはオレ様だ。世辞なんぞいらねえ」
騎士は息を呑む。ヘルムに隠れて表情は見えないが、驚いていることはライにも理解できた。
「……気まぐれで出た大会だったが、お主のような強き者と戦えて良かった。名を、訊いてもよろしいか」
震えているような騎士の言葉に、ライはいぶかしみながらも、しかし答えてやる。
「ライ──ライ・スヴェンガルドだ」
「ライ殿、ですか。私は“剣の騎士”ツィテリア・ハルベル──また出会えることを、運命を司る我らが間の神に祈りましょう。ではまた」
そう言って、騎士──ツィテリアはもう二度と振り返ることなく去っていった。
残ったライはなぜか不機嫌そうに、鼻をならしていた。
「我らが間の神、ねぇ」
「ライー、なんか本気だしてたけど、そんなに強かったの?」
帰ってきてすぐに、のんきなリィエの問い。遠目では、あまり詳しく戦いは見えていなかったのだ。
それにライは少しばかり悔しそうに答える。
「……はじめてだ、あのヘンタイくらい強いヤツを見たのは──アイツ、なにモンだ?」
「そんなに強かったのっ!?」
「ああ」
一転して驚いたリィエに、ライは小さく、だが断言した。そしてすぐに渋い顔をする。
「くそ、あのヘンタイのこと思い出しちまった……」
「ヘンタイって、まあヘンタイだけど、それでも一応ライの師匠でしょ」
「ハッ! ヤツは絶対にこの物語に登場させないぞ。会話にだってもう二度とだしてやるもんか!」
よくわからないことを、ライは決意した。
しかし、リィエは思った。それ前振りじゃん、と。