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プロローグ





「聖剣よ、オレ様の力に――なりやがれぇぇえええっ!!」


 力の限り振り絞られた雄叫びが、明るい洞窟に響く。狭いこの空間ではよくよく響く。

 雄叫びは、岩に突き刺さる剣を引き抜こうと力を込めるための叫びである。がしかし、剣のほうはびくともしない。

 ──何故なら、吼える少年は聖剣に選ばれなかったから。


「って、なんでだぁぁぁぁあああああッ!?」


 少年の悲痛なる絶叫。

 何故、自分が選ばれないのか、少年は本気でわからないでいた。

 けれども少女は、そこに浮遊していた少女は、数歩下がって冷ややかな視線を送っていた。

 何故、こいつは選ばれるとこうも妄信できるのか、少女はわからないでいた。


「はあ」


 少女の何度目かになる溜息。


「ぅおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおおお!!」


 何度目になるかわからない雄叫び。

 2時間程になる、この不毛な現状。

 何故、こんな状況になったのだろう。少女は真剣に悩んだ。


 ひとつわかることは彼、ライ・スヴェンガルドの聖剣伝説は──頓挫した。







「オレ様に足りないのは、武器だと思うんだ」


 意味不明な言葉を放ったのは、黒い少年だった。

 黒い、というのは艶のある短めの髪の色。少年のように純粋な瞳の色。だぼだぼのタンクトップの色。やたらポケットの多いズボンの色。彼、ライ・スヴェンガルドの好きな色。

 その全くもって脈絡のない言葉に、しかし少女はいつものことだと適当に訊ねる。


「どういう意味よ、ライ」


 そんな風に言葉を返したのは、小さい少女だった。

 小さい。いや、確かに小さい少女ではあるが、小さすぎる。小さすぎて、人間ではないだろうということが一目でわかる。なぜなら、姿かたちは人間と同じでも、大きさが20センチていど。小さいのレベルが違う。さらに、背のところでパタパタと羽ばたいているのは、透き通った一対の羽。

 風の眷族、妖精(フェアリー)

 少女リィエの、種族だった。

 ライはリィエの投げやりな相槌に、気にせず真剣っぽく腕を組んだ。


「いや、主人公としては封印された聖剣とか持ってるべきかな、と」

「……そういえばこの近くにあるんだっけ、聖剣が封印されてるっていう洞窟」


 言葉と同時に溜息が落ちた。リィエは小さい頭を、これまた小さい手で押さえた。ライのバカな思いつきはいつも通りなのだが、どうも今回は熱意が違う気がする。なんというか、オレは本気だぞ! みたいな。


 ああ──余計にタチが悪いよぉ!


 リィエは頭を抱えて、うずくまりたくなる衝動に駆られた。どうにかうす緑色の髪をかきむしるていどに抑えたが。この程度で参っていては、ライとは付き合えないのである。


 しかして──聖剣。


 それはかなり有名な話だった。というか知らない者などいるのか? と逆に訊きたくなる。なにせ神話で伝説だ。

 曰く、封印された身であり、選ばれた勇者にしか抜くことができず、剣は勇者を待っているのである。

 曰く、冒険者はその剣を引き抜こうとし、失敗するのが最初の試練である。

 曰く、悪魔の再臨が現実になった時にしか抜けぬ、天使の力を宿した剣である。

 曰く、岩に生えた変種の植物である。

 などなど、真実入り混じった胡散臭い噂の数々が世に広まっている。それが聖剣だった。まあ、未だ引き抜いた者がいないので、真偽の程は定かではないが。

 ──ただ、ひとつの真実はある。それは絶大なる力、莫大なまでの力、究極と称されるほどの力を、剣は宿しているということ。抜かずとも、それは解るそうだ。


「なんで、そんな突然に……」


 なにか嫌な予感がしたリィエはなんとか思い留めさせようとする。心のすみで、無駄な抵抗だと自分でも理解してはいた。

 ライはさも当然というように笑う。


「いやだってさ、それってオレ様のためのような話じゃん。こりゃあとっとかないとな、って思って」

「で、向かってるんだ。洞窟」


 もうなにを言っても無駄だ――釈然としないというように、リィエは口を尖らせた。ライは気付かず、ニッと笑う。


「ああ、これからオレ様主役の聖剣伝説のはじまりだぜ!」

「はあ、ばか」


 妖精は、やっぱり小さく溜息を漏らしたのだった。






「ほっほう、なんか雰囲気は上々だなぁ、おい!」

「そーだね」


 地獄へと続く終わりの門のように不気味で禍々し──かったであろう洞窟の雰囲気は、辺りにある看板の群のせいで台無しだった。

 その入り口に、立つはテンションが異常に高いライ。浮くは棒読み調のリィエ。

 不満そうにライは半眼でリィエを睨む。


「んだよ、テンション低いなぁ、リィエッ! どぉうしたっ!?」

「とりあえず──はしゃぎすぎて、うざい」


 リィエは静かに言い放ち、人差し指をくるり、と舞わす。

 すると。


「がっ!?」


 圧縮した空気の塊がライの頭に落ちた。はた目にはいきなり奇声を発して、頭を下げたようにしか見えなかったが。

 その現象は──魔術。

 風の神の眷族たる妖精は、その神に風を操る術を授けられている。

 リィエは妖精だった。風の操作などお茶の子さいさいである。

 風による打撃――これが結構痛い。

 ライは俯かされた頭を小刻みに震わせながら、ゆっくり首を持ち上げ、


「なにしやがるッ!」


 怒り吼えた。

 ライはこの怒りを晴らすべく、リィエを捕らえようと手をがむしゃらに振り回す。しかし巧みに背の羽を羽ばたかせるリィエにはかすりもしない。


「くそ! このちびが!」


 ライは悔しくなってきて、子供のような悪口を放つ。普通に負け犬の遠吠えだ。というか種族的に仕方のない部分だろう、それは。

 しかし、リィエはその1言に激しく反応しだす。


「ちっ、ちびじゃないもん! 妖精では平均くらいだもん!」


 どうやら、かなり気にしているらしかった。

 その反応を面白く思ったのか、ニヤリと悪者っぽく唇の端を吊り上げるライ。


「ウソをつくなよ。オレ様は知ってるんだぜ、お前が妖精の中でも小さい方だってことを」

「っ! ライの、ライのばかっ! 童顔のくせに!」


 リィエは動揺していたのかヘンなとこを指摘する。確かにライは童顔だが、それはすでに悪口でもなんでもないだろう。


「んな!? 貴様、言うに事欠いて童顔だとっ!? もう許さん!」


 と思ったら、こちらも気にしているらしかった。よくわからない部分にコンプレックスを感じる男である。

 ライはもう無茶苦茶に手を振り回し、さらに口で攻撃を放つ。


「ちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちちびちびちびちびちび、ちびッ!!」


 ちびの連呼は流石に効いたのか、リィエは頬を膨らまして、怒ったように指を立てる。


「許さないのは、こっちだよっ!」


 怒りからか、顔に仄かな朱をたたえたリィエは、くるりと小さな指を舞わす。


「って、そりゃ反そ──くべっ!」


 批判の声も途中に、先程とは比べ物にならない重さの一撃を後頭部に受け、ライはばたりと倒れた。






「ふっ、ついに来たぜ、聖剣の間」


 舗装された洞窟の一本道を歩くこと10分たらず、すでに行き止まり。つまりは、聖剣の刺さった岩がある広めの空間。

 罠も、魔物も、守護者も、分かれ道すら――ない。というか、ただの道を越えて来た場所だった。

 理由は簡単。引き抜いた者がいないのをいいことに、剣の眠る洞窟内は舗装され近隣の村の名物と化しているのだ。故に、洞窟内にはちゃんと明かりが灯っており、剣までの道標、果ては伝説やらの説明が書かれた板まで備えられている。入り口の看板もその類である。


「いいのか、伝説……」


 リィエは軽い頭痛に襲われて、頭を抑えた。


「っし! やってやるぜ!」


 そんなことも気にせず、ライは剣が突き刺さる岩の前に立つ。そのまま、大きく空気を吸い込み


「聖剣よ、オレ様の力に――なりやがれぇぇぇぇえええ!!」


 力の限り、剣を引っ張る。

 そして──










「──で、よーやく、あきらめたの」

「はッ! あんな駄剣、こっちから願い下げだ!」


 その駄剣におのれは3時間も費やしたのか! リィエは言わなかった。リィエは優しい妖精だった。

 まあつまり、ライは聖剣に選ばれなかったのだった。当然のことだと、リィエは思った。本人だけは未だ、


「全く、なんで抜けねぇんだよ。あれ偽物なんじゃね? そうか、偽物だよあれは。あれはただの岩に生えたヘンな植物だよ、うん」


 などとぐちぐちぼやいていた。

 不意に、ライは顔を上げる。


「ん? なんだ、お前?」


 こちらに向かって歩く少年の存在に気付いたのだ。

 綺麗な少年だ。ライにつられた視線をやったリィエはそう思った。人間で金髪碧眼の、美少年。線は細いのに腕を見るとガッシリとしている。柔和な笑みを浮かべた、なんというか、主人公みたいな少年だった。

 少年はその外見によく合う透き通った声で、ぶっきらぼうなライの問いに答えた。


「あ、あぁ。俺も聖剣に挑戦してみようと思ってね。冒険者だよ」

「ほほぅ。ま、ムリだとは思うがガンバレ」


 ひらひらと手を振って、ライは出口へとさっさか足を動かした。興味ゼロである。


「あ、待ってよ、ライ!」


 少し呆けていたリィエも、我に帰ってすぐにライを追う。

 少年のほうもあまり気にせず、ただ剣を前にゆっくり眼を閉じた。


「────」


 そのまま、誰にも聞こえないような小さな囁きを剣に向かって呟いてから、キッと眼を開く。そして願うように、祈るように、誰かに聞かせるように、力強く宣言する。


「聖剣、力を貸してくれ。俺は、魔王を倒すんだ!」


 そして、少年は剣を引いた。


 ──剣は抜けた。


 いとも容易く、とても簡単に、それが当然だと言うように、聖剣は抜けた。

 誰にも絶対抜けない伝説は、今ここに抜き放たれたのだった。


「え?」

「──は?」

「うそ……」

 

 引き抜いた張本人も、ちょうど気まぐれで後ろを振り返ったライも、それにつられてライの視線を追ったリィエも、誰もが予想外の出来事に呆然と呟くのが精一杯だった。




「……ら、ライ、あれ――」


 幾ばくか時は停止して、そんな中最初に声を発したのは、あまり聖剣に関心のないリィエだった。とはいえ驚愕は残り、言葉は震えていた。

 リィエは黒のタンクトップを引っ張りながらライに言う。


「抜け、ちゃったよ?」


 それが聞こえたのか、引き抜いた少年も眼が覚めたように、これが夢ではないかと確認するように、手の中の聖剣を握り締めてみた。確かに、硬い柄の感触が伝わる。

 それでもまだ信じられないのか、少年は声にだして独語する。


「本当に抜け、たのか?」

「ねえ、ライったら。いいの?」


 傍では、リィエが孤軍奮闘していた。ひっぱるものをタンクトップから頬に変えて、リィエは停止したライをともかく動かそうとする。


「……な」


 そしてぽつりと、ライが何事か呟いた。


「な?」


 意味が分からず、リィエは耳を寄せる。直後それを後悔した。


「なんっっっっっっだそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええっ!!」


 ライは絶叫し、バタリと前のめりに倒れた。

 耳を寄せていたリィエは、酷くうるさい声にふらついてしまう。咄嗟に耳を塞いだはいいが、それでも頭はガンガンした。


「もお! うるさいよ、ライ!」

「なぜだ、おかしい、わけがわからねぇ」


 倒れ伏した状態で、ライはぶつぶつと繰り返していた。リィエの声など届いていないようだ。


「えぇ、と。大丈夫?」


 そんなライに、表情をこわばらせながらも少年が心配そうに訊いてきた。少年はいいヒトらしかった。


「なんでそうなる? なぁぁぜぇぇだぁぁ、わからん、わからんぞぉぉお」

「あー、だいじょうぶだから、気にしなくていいよ」


 一向に帰ってこないライの代わりにリィエが答えた。リィエはライの保護者だった。少なくともリィエはそう自覚している。


「そう? でも、なんだか……」


 言葉は続かなかった。少年には現在のライをどう言い表せばいいのか、わからなかったからだ。


「うん、だいじょうぶ、だいじょうぶ」


 リィエは必死に笑顔を浮かべた。にこにこと擬音がついても不思議ではないほどの笑みだった。そのつくった笑顔になにを感じたのか、少年は「わかった、ごめんね」とだけ言って、居たたまれなくなったのか去っていた。

 そして。


「そう……か」


 1分ていどの後にぽつり、とライが呟いた。


「ん?」


 ようやく帰ってきたのか? とリィエは顔を寄せる。


「────ッ!」


 そして、一気に引いた。さっきと同じパターンだった。

 ライは立ち上がり、天に告げるがごとく高らかな声で言い放つ。――負け惜しみを。


「わかったぜぇ! つまり、オレ様が3時間与え続けたダメージが残っていて、そこに来たあの優男が難なく引き抜いたと、そういうワケだなぁ。くく、オレ様の手柄を横取りするとは、やるじゃねぇか。主人公を妬んだ脇キャラのようなヤツだな。オレ様を怒らせてただで済むなんて、思ってねぇだろうな!!」


 ライの目が、据わっている。ていうか怖い。リィエは無意識に距離をとり、いつでも術が発動できるように指を立てていた。


「くく」


 リィエの挙動のなにもかも気にせずに、ライは掌で顔を覆い、薄く笑う。これではもう主人公ではなく、悪役だ。しかも幹部くらいの。


「よおっし! 行くぞ、リィエ!」


 顔を覆っていた手をリィエに向けて、ライは凶悪に笑った。


「え、あ、うん? どこに?」

「もちろん、あの優男から聖剣を奪還するんだよ!」


 奪還は、奪われたものを取り返すことを言うんだよ。リィエは、ライの現実逃避な用法の間違いを指摘したかった。する間もなく、ライに掴まれた。






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