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Tree Stump House〜妖精の家の思い出〜

作者: 枝の先

こちらまで来ていただきありがとうございます。

 森の中の切り株に作った妖精の家は、アンドレカとギランとマックじいさん三人だけの秘密。少女がそう頼んで、指切りの約束(ピンキー・プロミス)をさせた。


「よい木を見つけられましたね、アンドレカお嬢さま」


 褒められると思っていなかった少女はことりと首を傾げる。マックじいさんはかろうじて木の種別を判別できるくらいでなぜ彼女がこれに決めたのかまでは知らない。


「サンザシの木ですな」


「はい。妖精はサンザシの木を好むといいますから」


「そうなの? なら妖精さんたちのためにぴったりの木を選べたのね」


 切られたサンザシの木は手頃な大きさで、アンドレカの目を引いた。家から持ってきた妖精のお人形を二体並べて、その間に家の扉として絵の具で描いた平べったい石を貼り付けた。ギランはそばで口出しせずに少女のままごとを見守ってくれている。




「お嬢さま、暗くなる前に屋敷に戻りましょう」


 ギランがアンドレカに手を差し出す。お嬢さまは嬉しそうにその手を掴んで、先に森の手前の管理人小屋に帰っていたマックじいさんにさよならと告げる。


「またおいでなぁ」


 おっとりしわがれてはいるが、体は大きいし丈夫なじいさんは、すぐすぐには退職しそうにない。来年も楽しみだ。


 森は夏の避暑の別荘地からほど近く、毎年訪れる場所だった。年ごとに増える装飾は妖精の家を華やかにしていく。


 妖精の家を作るに当たって森の管理人のマックじいさんに律儀に許可をもらってくれたのも、ギランだった。


 歳上で優しくて物知りなギランのことが、マーティン伯爵家のお嬢さまは大好きだった。


 そして純粋に慕ってくれるアンドレカのことを、執事見習いの少年は可愛らしく思っている。



 男爵家の四男ともなればほぼ平民。見た目も金髪には分類されるが、明るい茶色に近い(ディッシュウォーター)くすんだ金髪(・ブロンド)で、どことなく銀がかかっているのが唯一の特徴。瞳もとくに印象に残らない茶色だ。


 家で最低限の衣食住は保障されていたとはいえ、貴族の高等教育は受けられず早々に働き口を探すことになった。


 マーティン伯爵家の執事見習い募集の要綱を目にしたギランドリュー・オルメは実の父直筆の紹介状を持って就職面接に挑んだ。年齢が二桁になろうかなるまいか、というときだった。


 つけられた文句はただ一つ、名前が仰々しいと言われ、ギランドリューからギランと名乗ることとされて、執事のアクセレに当日から教育されることになった。下仕えの人間が簡易の名前に変更を要求されることはよくあること。ギランは当然了承した。


 当主と夫人にも当たり障りなく歓迎してもらえてほっとする。

 次にアクセレが膝をついたので、それに倣って少女の前に膝をつく。


「お嬢さま、執事見習いのギランでございます。お嬢さまのお相手を務めることもあるかと思い、ご紹介させていただきました」


「ギランです。よろしくお願いします、アンドレカお嬢さま」


 五歳らしくまあるい輪郭に、指を乗せても先が飛び出そうな長いまつげ。太陽をめいっぱい浴びた南国の海のような瞳。ほんの少し黄みがかった(シャンパン・)輝く髪(ブロンド)はゆるやかに波打っている。


 なんてことだ。


 天使がいたずらで地上に降りてきてしまっている。


 幸いなことに羽がないので、勝手に飛び去ってしまうことはなさそうだ。この方が、マーティン家の宝であるお嬢さま。


「お兄さまはギランというの? よろしくね」


 おしゃまに淑女気取りで膝を曲げ頭を軽く下げるのがなんとも微笑ましい。ギランはこの愛らしい姿を眺められるだけでもこの仕事に就けてよかったと感謝した。歳下の女の子どころか、女性の相手はしたことないが精一杯務めようと心に決めた。


「ギラン、わたしの屋敷を案内するわ」


 そんなことを言ってにっこりするものだから、両親が笑い出した。名義はマーティン家当主のものだが、彼の娘の屋敷と言っても差し支えないだろう。


「おやアンドレカ、ちゃんと全部の部屋がわかるのかい?」


「そうよ、アクセレに任せたらどうかしら?」


「わたしが行かないのはお父さまのお仕事部屋だけよ。それもどこか覚えているわ」


 ちら、とギランが執事長に助けを求めると、行ってこいとのことだった。



 お嬢さま相手の初仕事はお手を繋ぐことだった。屋敷内をまわる少女の抜けのある説明をききながら、ギランはここでならやっていける、と自信をつけた。




****




 今年の夏も別荘にやってきた。

 両親は仲の良いアンドレカとギランを数年は微笑ましく見守っていたが、愛娘が十代に入ると困惑を見せるようになった。執事となるべくして雇われたのだから、男を娘の側にばかり置いてはおけないと当主の右腕として働くことが増えた。それではアンドレカが寂しがる。ギランも潔癖に接していて信を得ていたため週に一度はアンドレカに付くことを許したが。


 夏の間、ギランは別荘まで同行はしてもアンドレカの世話を焼くことはなく、他の仕事があるからと敷地の外で働いていた。


 アンドレカはギランが一緒でなければつまらないと思いつつ、別荘に泊まる間にちょこちょこ妖精の家を見に行った。飾りを増やしたり減らしたり、石の扉のデザインを変えたりした。いつも森にいるのはマックじいさんで、彼は昔と変わらず歓迎してくれる。


 マックじいさんはその年に弟子をとったと話してくれた。教えがいのある若造だそう。




****




 アンドレカも十代半ばとなり、父は積極的に見合いの話を持ってくるようになった。おかげでマーティン家の姫は望んでもいない日々のデートに惓んでいる。お気に入りの執事が紅茶を淹れても、わずかながらにしか機嫌が上向かない。


 お馴染みの味にようやく笑顔を見せたアンドレカは、執事に質問をした。


「ギラン、わたしの好きな色は?」


「オレンジ色です」


 明るくて温もりを感じるその色は、お嬢さまにぴったりです。


「わたしの好きなお菓子は?」


「カスタードもお好きですが、春にはストロベリーに生クリームを乗せただけのものをほとんど毎日召し上がりますよね」


「あなた、一週間に一度くらいしかわたしのお付きをしてないくせになぜ……」


 どこで情報を仕入れているのか、と呆れたし焦った。


「お嬢さまのお召し上がりになるものを把握するのも私の務めですので」


 たまの贅沢に食べていると思わせたかったようだが、こちとら大事なお嬢さまの口にするもの触れるものは全て報告が入るようにしている。体調に異変があったらすぐ対応できるようにするために。


「なんでも知ってるのね」


「当然でございます」


 雪が白いのと同様に、ギランがアンドレカについて詳しいのはなんでもないことだそうだ。


「わたしもギランのこと、少しは知ってるわ」


 アンドレカは嬉しそうにする。


「本当はギランドリューというのよね」


 別に名前など秘密ではない。古くからマーティン家に仕えている者であれば知っている。


「はい」


「ギランもオレンジ色が好きでしょう」


 それは、お嬢さまが好きな色だからつい目について彼女に渡すものとして選んでいるだけであって、実際は淡い黄色と爽やかな青色が好みだった。アンドレカの髪と瞳そのもの。


「そうですね」


 二杯目の紅茶を注ぐ。いつも一杯目はストレートで、二杯目は砂糖を入れたミルクティー。だからミルクを先にカップに入れてある。


「なにも言わなくても、ギランはぜんぶわかるのよね」


「長いことお仕えしておりますので」



「なら、わたしの気持ちは?」


 わずかに見開かれたギランの目は伏せられた。


「お嬢さま、私は……俺は、お応えできません」


 それはアンドレカがギランを好きだと知っている、ということだ。さらには執事としてではなく、一人の男としてもアンドレカを受け入れられない、と言った。


「お嬢さまは、俺にとってかけがえのない方です。それだけは申し上げられます」


「そう。正直に言ってくれてありがとう」


 潤んだ瞳で見つめられて、ああこれは後でひとり部屋で泣くんだな、と読み取れた。わかった上で慰めもできない自分を、自分の立場を恨んだ。


 何が正直なものか。


 本心であれば、ギランの腕に閉じ込めて三日三晩好きだ愛してると伝え続けるのに。アンドレカの素晴らしさとどこに惚れたのかを彼女が飽きるまで説く。嫌がって泣いたとしても止めてやらない。



****




 アンドレカの十八歳の誕生日を過ぎて、父は決断を迫った。父親が選りすぐった候補者の中から未来の夫を選べと。


 子爵家よりマクジョラ・ルア。伯爵であるマーティン家から格は一つ下だが、なにより長い歴史があり現当主は厳格な男で令息もその面影を色濃く受け継いでいる。ここに嫁げば生活は安泰だろう。


 伯爵家よりディクル・オリン。少々破天荒だが常に笑顔を絶やさないし人心掌握が上手い。投資に力を入れており資産を膨らませている。新規事業振興にも余念がない。女性からも好かれやすいが深い関係になることはなく、誠実さも併せ持つ。心を通わせれば刺激的な恋をしつつ、真実愛してくれるだろう。


 侯爵家よりセザン・オ・ラガリー。他国の血を積極的に取り込んできた家系でエスニックな魅力のある男性。国外との繋がりも深く多言語を操る。剣の腕も確かで立場がなければ近衛になりたかったとのこと。嫁となれば他国の文化を学ぶことも多く生活に飽きることはないだろう。




****




 マーティン家の別荘で過ごすのはこの夏が最後になるかもしれない。


 アンドレカはひとりで妖精の家を見にきた。アンドレカが放置したぶん、土だらけに汚れて、野生動物や虫たちにかじられている哀れな人形や飾りを。


 ギランが同行しなくなってから、森を訪ねる頻度は格段に減っていた。


 サンザシの木の株、その根本からは新しい緑が芽吹いている。苔も広がってはいたが、アンドレカが作った石のドアは塗装が剥がれてはいるが無傷だった。定期的に掃除されているかのように状態が保たれている。


 マックじいさんが気を利かせてくれていたのだろう。

 大きなハンカチに妖精の人形たちや木の枝、白い花の髪飾りなどを乗せていく。


「お嬢さま」


 振り返ると、懐かしくもシワを増やした柔和な顔があった。


「マックじいさん。……今までここを貸してくれてありがとう。なかなか来れなくてごめんなさい」


「いんや、ギラン殿がずっと来ておったでの」


 それで、彼は夏の間は別荘から姿を消していたのだ、と腑に落ちた。


「そう。……ここに来ていたのね」


 アンドレカのことを避けていたようだけれど。


「ゆくゆくは森の管理人になりたい言うて、儂の仕事を習っておった。猟銃の撃ち方もしとったぞ」


 ついぞ彼は将来の展望などをアンドレカに打ち明けることはなかった。彼がマーティン家の執事以外になるなんて、彼女の中にはなかったから。


「じゃあ、マックじいさんの弟子って」


「ギラン殿じゃよ」


 アンドレカの膝の上から、妖精がころりと転げ落ちた。どこにも行きたくない、ここに残らせて、と訴えているように思えた。


 片付けようとしていた過去を、人形たちの汚れを丁寧に拭いてまた配置し始めた。この森ごと、ギランと作った妖精の家を彼が守ってくれるのなら、守られていたい。それが儚い記憶のかけらでしかなくても。

 アンドレカの心は妖精たちとともに置いていくことを許してほしい。



 ギランはお嬢さまが無事嫁いだ後はマーティン家を退職して、マックじいさんの跡を継ごうとしていた。そうして、アンドレカが作った妖精の家を、思い出をその手で守ろうと計画した。

 アンドレカに告げることはなかったけれども。ギランの人生において、お嬢さまという存在に出会えたことでもう満たされていた。




****





 最終的に残った結婚候補者の三人とは、それぞれ最低三回デートすることを決められた。


 父が厳選しただけあって、みな折目正しくアンドレカをお姫様のように扱った。


 誰が駄目というわけではないが、誰がいいというのでもない。友人として定期的に会って話をするには楽しいだろう。けれど手に手をとって、見つめ合い愛を語るとなると、アンドレカはどの男も選べなかった。


 選べないまま、デート期間は終了してしまう。

 父は候補三人を後日自宅に招待する手筈を整えている。アンドレカの本心を聞こうと言った。




「ねぇギラン」


 お嬢さまに名前を呼ばれて、「はい」と平生通り微笑む。ドアに隙間はあるとはいえ、二人きりだ。


「わたし、明日は嫁ぎ先を決めなければいけないの」


「準備を進めております。ご心配召されませんよう」


 そんなことを聞きたいのではない、とアンドレカは眉根をひそめた。


「ご不安ですか」


「不安よ。だからギラン、こちらに来てちょうだい」


 ギランは部屋の隅からまっすぐアンドレカに向かった。数歩で事足りるその距離は、明日からもっと開くだろう。歩いては追いつけないところまで、彼女は行ってしまう。


 アンドレカはギランの胸に手を置いた。つま先同士は触れている。天使の手に男の鼓動が伝わってしまえば、一貫の終わり。ギランの恋心を如実に表している。知られてはいけない。


「お嬢さま、近すぎます。執事との距離にしては不適切です」


 声の抑揚を抑えれば、小さい手が拳を握り込んでベストのしわを作った。


「ただのアンドレカと、ギランの距離はどのくらいなの」


 ギランは恐ろしかった。思わず抱きしめたくなるような小柄な体のどこにこんな熱く大きな感情を秘めているのかと、内から引き裂いて溢れたとしたらどうしようと。


「ギラン、……キスして」


 この部屋に入って初めて動揺の色を見せた。すぐ引っ込めてしまったけれど。


 紅など引かずとも熟れたように赤い唇がギランを誘惑する。ずっとだ。ここ数年、ずっと。唇だけに止まらず、丸い爪先も前髪を上げた額もしっとりした瞳も、くしゃみしたばかりの鼻先でだってギランを惹きつける。


「自暴自棄になってはいけません。未来の旦那さまのために大事になさってください」


 愛らしい唇を俺なんかに捧げられてしまっては、引き返すことができなくなる。

 一歩、二歩、足を後ろに動かして退室すべく頭を下げる。

 拒絶を見せた背中に、アンドレカは心情を吐露した。


「ギラン、わたし、明日が怖いわ……」


 踵を返して、腕を伸ばした。


 腕の中にいるお嬢さまは想像していたよりずっと華奢で、柔らかくて壊れてしまいそう。これくらい手加減した男の力にさえ抵抗もできないなんてかわいそうに。


 無理だ。こんなに儚げな娘が今日明日結婚を決めていいわけがない。あと数年、ギランの手元で後生大事にして、それからやっとなら。いいや、それでも譲れない。


 ぎり、と口の内側の肉を噛む。血の味で正気を取り戻した。


「明日、どなたを選んでも大丈夫です。お嬢さまなら正しい選択をお取りになれます。マーティン家自慢のご令嬢です」


 アンドレカの腕がギランの背中に伸びる前に体を離した。彼女は伸ばしかけた腕を下ろして、体の前で両手を重ねる。背筋を伸ばして、表情を作った。


「ありがとう、ギラン」





 翌日アンドレカはすっきりとした顔を見せた。

 父とともに待つ部屋に、一人またひとりと客が増えていく。


「お父さま。本当にわたしがこの部屋の中にいる方から一人を選べば、結婚をお許しいただけますか」


「ああ。言った通りだ」


 三人の紳士たちは立ち上がる。


「どうぞ、アンドレカ嬢の決めた方をおっしゃってください」


「誰が選ばれても恨みっこなしということで話はついてるよ」


「みな自信を持って貴女を幸せにすると誓った」


 事前に男同士で話を済ませた。ありがたいことに全員アンドレカを嫁にするのに異論はないし、この場の誰もが婿に相応しいと認め合っている。



 アンドレカは一人の男の前に立った。


 焦っているのは目の前の彼ばかり。


「ギラン、好きよ。わたしと結婚してくださいませ」


 そう言って抱きつくものだから、ギランはどう弁解すべきか、できるものなのか必死に考えた。常識で考えれば、紹介状なしの解雇、村八分、追放。なによりも、大事なお嬢さまの人生を取るに足らない自分が狂わせてしまったのか、という罪の意識がある。


 令息たちは一様に苦笑している。デート中のアンドレカを注視して会話を重ねていれば、彼女の心がどこにあるのかすぐにわかることだったからだ。  


 これまでアンドレカは間違いなく、デートでは一人ひとりと真剣に向き合ってきた。その上で、彼らはどの男も彼女を本当の意味で幸せにはできないと悟るに至った。そんな女性だから応援したい、とも。



「ギラン、お前に覚悟はあるか」


 マーティン伯爵は拳を握って低い声で問いただした。


「はい。私はお嬢さまを愛しています。それは嘘偽りございません。いかようにも処罰ください。心の臓も捧げます」


 床に額づいて、その心を示した。

 結婚を許してほしい、とは言えなかった。お嬢さまを愛していて彼女の将来を、幸せを考えるのなら、その座を結婚候補者たちに譲るべきだからだ。身分違いなのだから、お嬢さまに要らぬ苦労もかけるしあらぬ誹りも受けるだろう。


 だがアンドレカを想うことだけはいくら諭されても命を落とすことになろうとも止められない。


「そんなのだめよ、ギラン! お父さまも」


 主人に肩に手を置かれ、たかが執事は顔を上げた。


「ならばお前には領主となるべく教育を受けてもらう。その間アンドレカとの接触を禁じる。一年耐えたら結婚を許そう」


 振り返って、三人と目を合わせる。


「お集まりいただいたみなさまには大変申し訳ないが……」


 当主が低頭し、アンドレカもギランもそれに倣った。



 それからというもの、同じ建物内で毎日過ごすというのに、会わせまいとすれば会わないものだ。父親の画策によって巧妙にすれ違いお互いの影すら見られず、婚約期間中であるにも関わらず手紙も贈り物も人伝いの伝言すら禁じられ、アンドレカとギランの愛は試された。


 それでアンドレカとギランが対面したのは一年後、結婚式当日だった。


 真面目な二人に最後には父の態度も軟化していた。ギランの切実さに心を打たれた母の説得もある。



 ウェディングドレスに包まれたアンドレカはそれこそ妖精女王のように佇んでいた。麗らかな陽気さえ彼女のこの善き日を祝うために世界が整えたといっても過言ではない。

 式を終えた後も、ギランの目にはお嬢さまは眩しすぎた。


「……お嬢さま……」


 夢心地で切なげに呼ばれて、花嫁は拗ねた気持ちになる。


「ええ、なあに旦那さま?」


「……っ?!!」


 ぶわっ、と赤色が彼の全身に広まった。タキシードを纏う彼はアンドレカが望む唯一の人。かっこいいのに、アンドレカの一言でこんなにも取り乱してかわいい。


「どうしたの、わたしを奥さんにしてくれたんでしょう?

 ギランドリューさま」


「俺の旦那さまはお嬢さまです!」


「……なにを言っているの?」


 アンドレカは首を傾げる。ギランは狼狽しすぎだ。


「いやこれは、俺の(あるじ)はお嬢さまです!……と、言いたかったわけで……」


「あなたはもう、執事ではないのよ。ギランが、わたしの主人なの」


 白い指がぴんとして、アンドレカの赤い唇に触れた。


「わたし、大事な旦那さまのために今日のお式までしっかり守っておいたのよ?」


 神の御前で二人は結ばれた。緊張しすぎたために、触れたか触れないかというキスだった。


 ギランの両手がアンドレカの頬を包む。


「アンドレカ」


 名前の後にお嬢さま、とはつかなかった。呼び方ひとつでこんなにもドキドキしている。いま唇を合わせたりなんかしたら心臓が破れてしまうのではないか。


「俺の妻、美しいアンドレカ。永遠にきみを愛する」


 壊れ物を扱うように、丁寧なキスから始まり、アンドレカの呼吸に合わせてだんだんと深みを増す。

 二人を阻むものはない。お互いを抱きしめながら、止めどない愛を感じた。


「もう、森の管理人になりたいだなんて思わない?」


 わたしのそばを離れないで、とアンドレカはお願いした。


「それは、時期をずらして引退後になるつもりです。アンドレカは、田舎で暮らすのはお嫌ですか?」


「いいえ。森の中で足腰を鍛えて、二人で長生きしましょうね」




 二人に娘が生まれて、その子が妖精の家を作りたいと言い出したとき、両親は顔を合わせて微笑んだ。


最後までお付き合いくださりありがとうございます。

軽く読めるけどきゅんとできるものが書きたくて……ちゃんと雰囲気がでていると良いのですが。


またお会いできますように。




All Rights Reserved. This work is created by 枝野さき. 2022.

Copy and reproduction are prohibited.

I will not accept to make profits through my work without my permission.

Thank you very much for reading my work.


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[良い点] きゅんとしました。途中、切なくなったけど、ハッピーエンドで良かったです。
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