表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

12歳冬その③

…………。


「魔王様、プトラ王国の使者、第十王子、アルバート・アーサーが御目通りを申し出ております」

執事姿のパイモンに頷くと、扉が開く。護衛らは警戒した目つきで扉を睨む。すると、10代後半の褐色の肌と砂漠の国風の民族衣装を身にまとった豪奢な男と5人の護衛と交渉役の男たちが入室する。彼らが玉座を見上げると、自分たちより年下の女の子が玉座に座っているという事実に驚いている様子だった。


死霊族で骨だけの身体を持つ、バルバトスは迫力の籠った低い怒号を室内に響かせた。

「人間風情が、魔王様を許可なく見上げるとは無礼千万。これがプトラ王国の使者の礼儀とやらか!」

骨の顔なので、表情が見えないがアルバートらの態度に不快感を表し、血の気の多い護衛らは頷いている。アガレスは密かに頭を抱えていた。

パイモンが止めに入ろうと口を開こうとするが。手を出して制止する。

「バルバトス、私がいつオマエに喋っていいと命令したの?オマエは私の剣でしょう?剣は言葉を話しますか?」

じろりと、それっぽく魔力を含ませたオーラを放つ。すると表情のないバルパトスの身体はたしかに震えた。騎士とは正反対の情けない声で謝罪の言葉を口にした。


「出過ぎた真似、申し訳ございません」

「出しゃばる配下はこの場には必要ありません。下がりなさい」

「どうした、バルバトス。魔王様の命だ。下がれ」


この場で配下を統括する立場にあるパイモンは冷ややかな目で一瞥すると、バルパトスは骨の身体に似合わない鋼鉄の甲冑の音を静かに立ててる。謝罪の言葉を口にしようとしたのだろう、かちかちと歯を合わせる音が鳴るが、謁見の間で時間を取らせる方が不忠と思ったのか。深々とお辞儀をして去って行った。


「さて、騒がしくて申し訳ありません。血の気の多い部下ですが悪い者たちではないのです。多めに見ていただけると嬉しいです」

「謝らないで下さい。主への無礼な態度に憤りを感じ、暴走するのは忠臣の中ではよくあることですので」

「ありがとう、アーサー殿。では、話を進めましょうか。それで、化粧品のレシピが知りたいのだったわね」

「はい。現在、我がプトラ王国では貴国のおかげで美容産業でも各国の先を行く業績をあげているのですが、ここ最近魔王領産の偽化粧品が流通し、粗悪な品に騙される被害者が多発しているのです、早い話がレシピを売っていいただけませんか?」

「仮にレシピを渡したとしましょう。それを魔王領産の化粧品として売り出す場合、何か問題が起こった場合、魔王領産のブランドが傷つく結果になる。特に肌に塗るものだから、成分の抽出、品質管理に至るまで魔族の高い魔法技術と厳しいチェック項目が加わってこそあの品質を保てているの。だから、貴方たちがする工程は後は材料を混ぜる、商品に少し加工を加えるだけでしょう?化粧品のレシピを渡すリスクの方が大きいと思うのだけど」

「ええ、ですから相応の物と交換できたらと」


アルバートは部下に目配せすると、小さい宝箱を出す。それをアガレスが受け取り、パイモンに渡し、私の前まで持ってくると宝箱の鍵を開ける。


「……魔石ですね」

魔石とは濃度の濃い魔素の中で生成される宝石で、魔力が込められている。宝石の種類によって魔法の効果が異なる。この宝箱に入っているのは純度の高いルビーではあるが……。


パイモンの顔色を見るとどう反応していいやら、と苦笑を漏らす。私も同じく、小さいため息を憑かざるを得なかった。このアースラ山脈では5つの山脈が横に連なっており、その中でも一番低い山は鉱山でもある。そこはルビーこそ取れないが、これより高純度の魔石が発掘され、魔法効果が同じ魔石がゴロゴロと取れる。


ルビーであること以外はなんの価値もない。そもそも、魔石は魔法が仕えない者たちにとっての便利品という用途が強く、私たち魔法が使える者たちにとってはアクセサリー以外の用途が見つからないのだ。


アガレスに手招きをして内容物も見てもらうが、彼も同じ気持ちのようだ。

「魔王様が欲しければよろしいかと存じますが、魔法の力も弱いようですし……」

「いや、同じ意見でよかった。ってことで、いらないわ」

「い、いらない、とは……」

驚いたのか、吃音を漏らしながら脱力した様子で返した宝箱を受け取った。魔石は必要ないと口にするとありえない、と言いたげに口を大きく開く。

「魔法石だけではなく、この魔石が取れる鉱山を渡します。使いようによっては身を守るアクセサリーに加工できたり、生活用品に組み込んでさらに生活のレベルを上げることも……」

「ええ。けれどうちは基本皆魔法が使えるし、魔石が必要になることはないもの」

魔石は貴重なものなので、うちにもそれがあると言えば欲目を出されそうなので黙っておく。納得してくれたのか宝箱を部下に持たせたアルバートは次の一手に出る。


「では、魔王様の望むものをお聞かせください。貴重な化粧品のレシピを安易に売り渡すのは損失なのはわかっておりますが、我々も命と引き換えにする覚悟でここまで来ました。手ぶらで帰れません」

狙った魚は逃さない。そんなしつこさが残る意思が灯った瞳で止められる。甘い飴色の瞳は鋭く光る。


ここまでしつこいのは予想外だし、理性的に考えれば取引したくないんだけど。感情的になってしまえば、魔族差別があるこの世界で魔族だからと下手に見ることがなく、公平に取引をしてくれた貴重な国だ。商売至上主義という独特な国柄ということもあるだろうけど、それでもここまでの取引は彼らなりに対等に扱ってくれたような気がする。


誠意に答えるのも、悪くないのではなかろうか。するとアガレスは妙案を提示してくれる。

「僭越ながら。現在販売されている化粧品のレシピは我ら手が加えられていますが、それを人間の手でも加工できるようにレシピを改良し、それをプトラ王国へ提示されてはいかがでしょう。以前、魔王様の記憶を閲覧させて頂いたときに、身近なもので作れる「手作りコスメ」などというものがありましたかと」

例えば精油で作るフラワーウォーターや、蜜蝋で作る保湿クリーム等なら今の化粧品などから品質は落ちるが、無添加だし人間の手でも作れる。今王国で貴族向けに販売されているのは、過去に使っていた化粧品の原材料を鑑定と作り方を解析をして、科学技術で成分抽出や工程など、実現できない部分を魔法で再現しているから...…。


「待て、アガレス。それでは魔王領産リコリスメーカーのブランド価値が落ちてしまうし、一度売ってしまえばそれは利益にならないだろう。人間は貴族より平民が多い。誰でも作れるレシピこそ貴重と呼べるべきではないのか」


表向きでは魔王領産はリコリスメーカーという表の名前で売りだして利益を貰っているけど、それをもうひとつ誰でも再現できるレシピを新たなブランドとして立ち上げ、それを全てプトラに一任させて、売り上げの何割かを貰うのならいいかもしれない。


とにかく、矛先がこちらに向かなくて、利益も貰えて、私たち魔族の名前を表に薔薇さなければ基本的に表の争いに巻き込まれずに済むのだから。


気持ちは決まったので、手をあげて周囲を黙らせる。静寂が訪れたところで考えを口にした。

「ひとつ提案が。魔法が使えない人間でも再現できる化粧品のレシピを売ります。しかし、買い取りではなく、売り上げの30%を毎月頂きますがよろしいですか?それといくつか条件があるので、それらも含め双方の合意を元に魔法で契約書を作成しましょう」

「よろしいのですか?」

先程は頑なだったのに頷いた私がわからないと言いたげに嬉しいような、と困惑した表情で首を傾げるアルバートに思いを告げる。そうしないと納得しない様子だった。


「私はここでは魔王ですが、ローゼ王国にレティシア・スカーレットとして身を置いていることは以前伝えたかと思うのですが……」

「はい、取引の際に事情は少しだけ聞いております」

「正直、化粧品を売るきっかけになったのは令嬢たちからの質問や対応が面倒だったからです。商売は素人よりプロに任せた方が手間も省けますし、なにより国内流通をしてしまうとしがらみもあるので他国に売ってしまった方が丸く収まると思ったからです」

「謙遜を」

「私たちの技術で作られた商品はこの世界のどんな商品よりも高性能で安全だと自負しています。しかし、それが争いの火種になりえる。特に魔族は1000年前の戦争で封印され、人々に恐れられている存在。私は、私の身の回りの人間だけ幸せに暮らせればいいと思っているの。だから、安寧も利益も欲しいし、それらを守るためなら多少の犠牲も厭わないとおもっているの」

「……はい。けっして魔族の皆さま方が後悔されないよう、経済発展国として、1人の商人として両方をお約束します」


面倒ごとを引き起こすなら今後は取引はしないことと、裏切れば全兵力を持って潰すと遠回しに伝えるとさすがにアルバートも息を飲んだようだった。


自分たちを用意に殺す力を持つ存在を前に毅然と立っていられるのも凄いし、それでも商売をするために交渉する姿も上に立つ者として尊敬の念に値する。


「私……オレたちの国は利益主義。その存在が1000年前恐れられた魔族であれ、利益となり取引ができるのであれば些末なことです。魔王様、貴方様のご提案に感謝します」

「お礼はいいので、行動でそれを示してください。やっかいごとを今後持ち込まないこと、面倒なことはそちらで解決してくれれば基本問題ないので。今回は体制的に起こっても仕方のないトラブルでしたけど、今後は国内で起こったトラブルを交渉の場にださないように願いますね」

「…………気を付けます」


今回は利益もあったのでよかったけど、性能が良すぎるトラブルを持ち出されて交渉されてもキリがない。難癖だと笑い飛ばせるが、プトラ王国以外にこちらを恐れずに取引できる国なんて数えるほどだから販路は残しておきたい。


……さて、面倒な話と契約書のサインは終わったので、用事はこれで終わりだろうか。アガレスは静かにこくりと頷く。

「アガレス、私の記憶から化粧品のレシピを解析して書類に記してアルバート殿にお渡しして」

「かしこまりました」

「アルバート殿たちはその間……そうね、アモン、アスモデウスをつけるから客間に案内してそこで待たせてくれる?パイモンは他の使用人たちにお客人のおもてなしの準備を命じてきてちょうだい」

「かしこまりました」

「ただちに対応いたします」


アルバートは胸に手を当てて頭を垂れる。一国の王子がそう何度も頭を下げていいのかと思ってしまうが、この場では一塊の商人のようで誰も口に出さない。

「魔王様の御心遣いに感謝いたします」

「護衛が魔法を使えるといっても生身で険しい山道を上り、遠路はるばるここまで出向いてくれたのです。そのまま返しては魔王の名折れ。レシピの書類を作成する間、ゆるりと旅の疲れを癒してください」


私は一足先に休ませてもらうとして、席を立ち上がる。アモンたちは出ていくのと同時に動く気配がしたので、命令通りに客間に案内してくれることだろう。ここの設備も料理も魔法技術と生活レベルが発展途上の国と比べると最先端なので、驚いて楽しんでくれると嬉しいな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ