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12歳冬その②

今日もはらはらと雪が降り続いている。ローゼ王国は世界的に見ても北の方に面しているので、冬の時期の積雪量は周辺地域と比べても多い。


この間は農作物は育たたないし、道も雪が積もっているので思うように外からは出れない。基本は冬ごもりとして家の中で過ごすのがローゼ王国民の冬の過ごし方だ。


しかし、そんな冬ごもりでも私には関係ない。何故なら私は転移魔法が使えるから。転移魔法とは一度いったことのある場所に移動できる魔法。瞬間移動とはまた違った魔法だが、とにかく、行きたい場所に行くことができる。


マナー教育の過程も終了したので、時間に余裕ができ、ここ最近は自室にメイドを必ず1人は常駐させて、魔王城に身を置いていた。


「やっぱ魔王城が一番過ごしやすいわ。魔法で室内温度と湿度は正常値に保たれてるし、この間水道とガスを引いたから、水回りもガスも揃ってる」

「はい。お嬢様の異界の知識のおかげで生活レベルは世界最先端ですわ。人に近い暮らしをしている魔族からも感謝の言葉を多く頂いております」

大理石でできたシンプルでありながら細工が細かい玉座に座りながら、書類に目を通す。地盤の調査書や化粧品の取引を始めたプトラ王国関連の書類など。必要なものだけサインをしてパイモンに渡す。


玉座の右隣に控えているパイモンは、スカーレット家で着ているメイド服――ではなく、魔王城用の膝下丈ほどのメイド服を着こなしたパイモンが今日目を通すべき書類を渡してくれる。シンプルだけど、赤いリボンがアクセントになったメイド服はこれはこれで乙なものだ。


書類関しては、ぶっちゃけなにがかかれているのか、表面上でしか理解していないので、パイモンや書類を作成した担当者にアドバイスを貰う。これがまず魔王城に帰還してからのタスクで、これが終わったらさまざまなことを任せている魔族たちからの報告が始まる。


今日上がったのは、魔王領の山脈の中腹部分で雪崩が起こり、管理している魔獣からの雪の撤去要請。建物を建設をしようと思っていた地盤が緩く、立てられないので、地盤調整や魔法の行使の許可。服飾関係を手伝ってくれている蜘蛛人族からの服に使うパーツの調達の要望などだ。


正直私の承認がいらないものは、事務仕事ができる魔族に丸投げしているが、一応世間では魔族の大半は封印されているものだと思われており、大きな魔法の行使等は魔力で気づかれてしまうので、事前に報告してから、隠ぺいに隠ぺいを重ねて大魔法を使うのがルールだ。


私が魔族の封印を解いてしまい、魔族が解き放たれたことを知られたら世界規模の混乱が起きて私の異世界平和ライフが台無しになる。もちろん、安全で便利な暮らしのためにみんなに我儘に付き合ってもらっているのは感謝しているけど。それでも、魔族が危険に晒されるのは不本意。


そもそも、魔王ってなんなんだろ。パイモンがいうには、魔族は強大な魔素の中から生まれた者たちで、自分たちと密に繋ぐ強大な魔素を力にし、魔力に耐えうるものだなんていっていたけど。本人たちも魔王は本能的に察するので、よくわかっていないのだとか。


謎が多い魔族や魔王。いつか解き明かされる日が来るのだろうか。私的には害が少なければなんでもいいけれど。このおかげで強力な仲間や、便利な魔法を使うことができるのだからむしろいいことばかりだ。


「さて、処理しなければいけない書類はこんなものかな」

「ありがとうございます。アガレス、これを担当者に渡しなさい」

玉座の下にいつの間にか跪いて待機していたのは、トカゲににた爬虫類の頭を持ち、顎の下の白いひげが特徴的な初老風の竜族の男性。執事服をみごと着こなした、アガレスはパイモンからの書類を受け取り、一礼する。


「かしこまりました。では、魔王様、御前失礼します」

「アガレス、少しだけ待って」

アガレスを引き留めると、すぐに反応してくれて、爪先をこちらに向ける。書類を持ったまま、膝をつくと次の言葉を待った。そこまで大層な話でもないんだけど、頬を掻きながら、木材を材料に創造魔法で生成した孫の手を彼に渡す。


竜種は年に数回脱皮するらしく、手が届かない者は背中の皮を剥くのが一苦労だとある日の雑談で耳にしたことがある。思いつきで皮が剥ぎやすいように改良したものを作ってみたのだ。アガレスは城の事務仕事を一手に管理してくれているので日頃の感謝の気持ちとして渡そうと思っていたのだ。


「ま……魔王様、御身に奉仕させていただくことこそ、ご褒美だというのに、その上魔王様自らお作りになられたお品物を下賜してくださるなど……感謝の念に耐えません」

アガレスは涙ぐみながら震える手で孫の手を受け取ってくれた。それは嬉しいのだけど涙を流されるほどの大したものではないのでもう少し贅沢なものを作って置けばよかったと後悔してしまう。


しかも、隣に立っているパイモンも服の袖で目頭を拭っている。

「この品以上の忠誠を尽くします」

「ほ、ほどほどに……」

行け、と手を払うと、アガレスはもう一度頭さげて去る。私たち以外には誰いない玉座の間。パイモンはぐすり、と鼻を啜った。

「我らの頂点に君臨してくださるだけでも最高のご褒美ですのに、温情をかけてくださって感謝致します」

「大げさだって。木材を媒介に魔法で作ったものだし」

「それでも、レティシアお嬢様が彼の者に気持ちを向けて、品物を作ってくださるという労力を割いてくださったというのが重要なのです。それがどんなものであれ、お嬢様に忠義を尽くす者は皆、喉から手が欲しいものですわ」

「そういうものなのかな」

「そういうものです」


パイモンは自信ありげに深く頷くものなので、これ以上反論しても話しが平行線に続くと思い、この場は納得をする形にした。報告といっても、基本は魔王領の管理しかしていないので、受けなければいけない報告はすぐに終わる。


ほっと一息ついていると、パイモンから提案があがる。


「そういえば、以前お嬢様が提案してくださった、魔王城内での温泉の設置が完了したとの報告があったのですが……、お疲れのご様子ですので、よろしければ疲れを癒されてはいかがでしょう」

温泉。日本人なら愛してやまない風呂文化。生前は銭湯にしか行ったことはなかったけど、広い浴槽に浸かりたいと思うのは日本人なら誰だって思うことだ。


少なくともローゼ王国にはバスタブはあったが、広い浴槽に浸かるという文化が

ないので、それが味わえるのはなによりも嬉しいこと。


欲望に負けてしまった私はなにも考えずに頷き、パイモンに先導され温泉へ向かった。


…………。


「ふわぁ……ひろい」

気持ち的にバスタオルを身体に巻き、風呂場に足を踏み入れると、そこには竹で出来た衝立と、自然豊かな木々が広がり、大理石で出来た高級感溢れる温泉が広がっていた。ラグジュリーと呼ぶのがふさわしいのか、以前なんとなく見た旅行雑誌にのっていた温泉宿の温泉と同じような光景に息を飲んだ。


「再現度高い……」

「はい。お嬢様の記憶から読み取りました、温泉宿なる場所の風呂と同じように再現致しましたので」

「――って!パイモンさん!?なんでここに……」


馴染みのある声がしたので、入口の方を見ると、袖を捲り上げ、タイツとブーツを脱ぎ、髪の毛を後ろに束ねたパイモンの姿があった。桶を抱え、その中にはナイロンタオルっぽいものや、瓶などが入れられている。


というか、たしかに女湯に入ったはずなんだけど……。

「はい。主の身の回りのお世話をするのはメイドの務め。温泉の作法にはまずは身を綺麗にして浸かるのがマナーだとか。つまり、お体を洗わせていただきたく、こうしてお傍に侍っております」


自分で洗えるんだけど、という定番なツッコミはおいて、洗うだけでは済まないケアセットまで手に持っているのはなんなんだろう。


「そもそも、あなた男でしょ!」

「はい。しかし、このメイド服を着ている間だけでは女性。つまり、お風呂でもお仕えさせていただくのはなんら問題はないかと思います」

「…………」

「きゃん」


大層なことを吐くパイモンをじとりと睨み、胸に手をあててみると、膨らみはない。身長も男性の平均より少し高めの身長。メイド服を着ているので、高身長の女性だと間違われるけど、明らかに男の身体だ。


バスタオルを巻いてよかったと安堵しつつ、よよよと涙を浮かべる顔をつねってみた。

「いひゃいれす!」

「いくらなんでもお風呂まで来るのはやりすぎでしょ!」

「し、しかし!フルフルとゼパルはお嬢様のお部屋で駐留しておりますし……おひとりで温泉は、寂しいかと」

「お風呂くらい1人で入れます!過保護なくらいの忠誠はありがたいけれど、異性に裸を見られるのは恥ずかしいわ!」

「で、では!ナニを斬り落とせば、お隣で侍るのを許してくれますか!」

「心が男なら駄目でしょ!」

「しゅん……」


長い耳をぺしゃりと下げ、風呂場の戸まで押しやる。まるで私が虐めているみたいではないか、と罪悪感が抱いていると、脱衣所から廊下へ繋がる戸のノック音が鳴る。


「どうぞ」

「失礼致します。あら、パイモン、どうしてオマエがここにいるの?」

「あっ、アスモデウス!?」

金髪の髪をツインテールに、パイモンと同じアメジストの瞳と、同じメイド服だがメイドカフェでよく見るような、ミニスカートのものを着こなす、褐色肌のエルフはぱっちりとした瞳を怪訝そうに深める。彼女はパイモンと同時期に世界に生まれ落ちた魔族で、いわゆる姉らしい。力を持つ魔族は人間みたいに生殖行為では生まれないらしいが、自己申告でそういうのだから、そうなのだろう。


パイモンが持っているケアセットと同じものを所持しており、彼女もパイモンと同じことをしようとしたのか、つかつかとパイモンに歩み寄ると、げしっとパイモンの尻を蹴飛ばした。


「いってぇ」

いつものような金糸雀が歌うような綺麗な声でなく、男性的で野太い声が声帯から生まれる。さらにもう一発と今度は横腹を殴り、脱衣所の扉まで追いやる。


「雌雄同体ならともかく、オマエはれっきとした男性でしょう。魔王様は女性なのだから、マナーは守るべきだわ」

「だ、だけどっ」

「はっきりいうわ。オマエには魔王様の傍に侍り、お世話することは許されていても、美しくも尊い裸体を拝見する資格は持たないの。それは私たち女性の役割か、魔王様の伴侶となられる方のみの特権よ。無礼だわ。身の程を弁えなさい、この愚弟!!」


追撃でデコピンを喰らわせて、私に向き直るアスモデウスは桶を下に置いて、両ひざをついて謝る。


「お見苦しいところを見せて申し訳ございません。愚弟の忠誠は本物ではございますが、少々行き過ぎたところがあるようです。姉として後で指導しますので、ご容赦ください」

「そ、それはいいんだけど……パイモンが、その……」


まるで人を殺しそうな勢いの鋭い眼光でアスモデウスを睨んでいる。羨望と悔しさがにじみ出た表情にみてはいけないものを見てしまった気がして、つい目を逸らしてしまう。

「お、お嬢様ぁ……」

最終手段とばかりにつぶらな瞳で訴えかける。自分が可愛いと自覚しているので、小首を傾げ、両手に拳を作り顔に当てる。ぶりっ子でも様になる美しさをもっていて、つい許してしまいそうになる。


「お、お風呂の世話はアスモデウスにしてもらうので、あなたは外に出ていなさい」

「……ふぁい、かしこまりました」

さすがにそういう関係でもない男性に身体を洗われるのは気が引けたので、命令を口にすると、盛大に肩を落としたパイモンが踵を返し、アスモデウスだけが脱衣所に残った。


「――ふ、ふふふ!勝った!いつも役得立ち位置にいる弟から見事、お嬢様のお風呂のお世話という重大任務を勝ち取ったわぁ!!!!」

「…………」

「はっ、もうしわけございません。では、まずはお体から洗わせていただきます」

パイモンと正反対の華奢な身体を動かし、献身的にお世話をしてくれるが、その呆れるほど強い忠誠と変態思考はパイモンと姉弟だなと肩を落とした。


…………。


「魔王様、お風呂上りに申し訳ございません。至急対応して頂きたい案件がございます」

髪の毛をアスモデウスに乾かしてもらいながら、コーヒー牛乳もどきを煽っていると、小走りで慌てた様子のパイモンが現れる。


「どうしたの」

「はい、以前、化粧品のレシピと原材料である大豆をプトラ王国へ流通させた件で、問題が生じまして」

そういえば、ちょっと前にその案件を丸投げしたような気がする。最近王国で買えるようになってからは令嬢たちからの声がかからなくなり忘れていた。

「続けて」

「現在、重要な工程部分は魔王領で担い、原材料の加工や調合をプトラ王国に負担させて販売させているのかと思うのですが、早い話がレシピそのものを買い取らせて欲しいそうです」

「成分の抽出とかは緻密な魔法の操作が必要になるし、現状の人間の魔法技術がないのと流出させるデメリットの方が大きいからなしになったよね?」

「はい、しかし、プトラ王国内では人気商品となり、今やリコリスメーカー……失礼、魔王領産化粧品はなくてはならない商品になったのですが、反対に偽物が横行し、健康被害等が多発しているようです。自体を重く見た王国が使者がしびれを切らしてこちらに参られたそうです」


要はレシピを買い取って製法を公開するか、またはおかかえの商会にレシピを渡して生産販売を委託、偽化粧品を減らそうという魂胆なのだろうか。凡人の私からすればこれくらいの考察しかできない。


交渉とか政治とか疎いけれど、彼らの上に立っている以上は知らないでは済まされない。

「アガレスと、交渉に長けた者を至急呼んで貰える。あと護衛として強そうな魔族も一緒に呼んで」

「かしこまりました。相手の狙いを聞いて、その後首を跳ねて突き返すのですね」

「なんでそんな物騒な思考になるの。前半はあってるけど、その後は対応次第。強そうな護衛を呼ぶのは……相手に侮られない為かな」

ただでさえ、私は幼い身なりをしている。弱くて、頭が悪そうで侮られて下手に見られるのは上の者として立つ瀬がない。もちろん、私たちの方が強いが、相手の態度が彼らの琴線に触れて早まったことをされては、私が求めていない事態になりえるだろう。


「かしこまりました。護衛にアモン、バルバトス、エリゴス。交渉の補佐にはアガレス、そして私がお傍に仕えます」

「人選は分かるんだけど……パイモンかぁ……」

「な、なにか問題がございますでしょうか!?」

くわっと目を見開き、泣きそうになりながら片膝をつく。

「能力的には問題ないかと思うんだけど、今回は侮られないように、見た目的にも強そうな、怖そうな魔族で固めたいんだよね。女の子が傍に侍るよりは強そうに見えない?」

その点で言えば、アモンたちは人狼や獣人族のけもみみイケメンな身なりだか、獣形態にもなれるので威圧できる。アガレスは見た目的にも迫力がある。パイモンは男性だけど、格好のせいで……。


「華奢に見えるんだよなぁ」

「ガーンッ!……かしこまりました。では、これならどうでしょうか!」

パイモンは顔を上げて魔力を纏わせると、執事服を纏う。アガレスとは対を為す白い燕尾服と赤いネクタイが特徴的な華美で儚さを感じるイケメンな格好に変身する。


普段の格好を見慣れているのでつい「イケメン」と口走ってしまう。

「――!ありがとうございます。お嬢様に最初に褒めていただいたメイドの姿も気に入っておりますが、こちらの格好も褒めていただけるのなら、日替わりで着てもいいかもしれません」

「まぁ、元々あなた男性だから」

「……それで、この格好ならお傍に侍ることを許していただけるでしょうか」


折角姿を変えてくれたのだから、断ることもできず頷く。すると花が開いたようにぱあっと明るい笑顔を見せて踵を返した私の後をついてくるのだった。



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