12歳夏
――12歳夏。
1年、私は積極的にお茶会や催し物に積極的に顔をだしていた。というのも、良好な関係を築いていれば、将来セシリアに窮地に追い込まれたとしても、少なくとも自分の敵になるような立ち周りをする人間を減らすため。
処刑エンドなんてもう死んでもゴメンなので、1人でも王国の味方は増やしておきたい。
それが功を奏したのか、スカーレット家嫡子ということもあり、私は社交界の中でも中核あたりに食い込むことができた。風の噂では、赤薔薇のレティシア、反対に下級貴族との縁を大切にしているセシリアは白薔薇のセシリアだなんて呼ばれているらしい。
日本人だった頃の私にとっては、顔から火を吹きそうなほど恥ずかしい異名だが、ファンタジー世界というのはそういうものなので、我慢しようと思う。
そして、私の仲間になれば密かな特典がついてくるのも、私が中核に食い込めたおかげだと思う。たとえば、代表的なものは化粧品の融通。生前の知識を応用し、魔法技術を駆使してつくったお肌にもやさしい化粧品は、令嬢に人気があった。
この世界には下地クリームや、保湿乳液なんて概念はないので、画期的だったようで、中立派だった令嬢もこれ欲しさに私と縁を持とうと集まってくるのだ。
売り出すつもりもないので、本当に一部の親しい人にしか融通していないので、信頼を得ようと日々令嬢からのあからさまなゴマすりには、呆れかえるほど。
終いにはどこからか情報が漏れたのか、王国中の商人が「化粧品をうちで販売しないか」と持ち掛けるので、ここ最近の私は疲れがたまっていた。
先日なんてここにはあるはずのないレシピを盗もうとどこかの紹介が雇った暗殺者が、私の部屋に侵入しようとした。魔法で撃退したし、その暗殺者は鬼の形相をしたパイモンたちに連れ去られてからは行方はわからない。
「……ねぇ、パイモン。化粧品のことなんだけど、王国に売り渡してもいいと思う?」
給仕をしてくれていたパイモンにふと質問を投げかけると、小首を傾げる。
「総合的なことを申しますと、王国に売り渡すメリットはないかと存じます。世界的に見ても王国の軍事力は低く、物流、生産力は中盤ほどでめだった成果がございません。土地も大きくもないので、お嬢様のご尊名を轟かせるにはもったいないかと思います」
「あ、いや……そういうことじゃなくて、化粧品の為に令嬢にゴマすりされたり、命を狙われたりするのやだなぁって」
一日中気を張るという行為は疲れる。肩を落とすと、真顔でパイモンは答えた。
「では不忠共に鉄槌を下してはいかがでしょう。配下の中には戦闘力に長けた種族もおりますので、お嬢様の一声があれば一瞬で王国を殲滅――」
「そういうのはいいから!私は平和に暮らしたいの!」
つっこむと、パイモンは唇をとがらせる。
「いい案だと思いましたのに……。かしこまりました。では、化粧品のレシピを有効的に活用するべく、もっとも利益が多い国に売り渡し、王国に流通させるのはいかがでしょうか」
「利益の多い国って?」
ケーキがのった小皿を置くと、パイモンは頭の中の記憶を映像化する魔法を展開する。白い壁に映画館のスクリーンのように映像が現れ、そこにはエジプトのような砂漠に囲われた国が広がっている。
「――ローゼ王国の反対側、南に広がるプトラ王国は水源に乏しい国ではございますが、原油や鉱石などの資源が豊富で、各国との取引で経済が潤っております。ローゼ王国にはない資源の取引に関して太いパイプを持ちますので、この化粧品のレシピを売り渡し、魔王領発展の為の資源を集められてはいかがでしょうか」
「化粧品売れるかな?」
「国民性として、女性優位の国柄ですので、美容品系は感心が持たれるかと。経済力が豊かで人口も多いので、ローゼ王国で流通させる以上のメリットは遥かに高いと思われます。許可さえ頂ければ、外交や交渉の能力に長けた者をこの国に派遣いたします」
「でも、そういう国に関わるのって、面倒じゃないかな?諍いに巻き込まれるのは嫌なんだけど」
前世にいた世界の技術はこの国にとっては遥か先の時代に流行る技術と言っても過言ではない。突出した商品がきっかけで、国は発展するが、逆にトラブルに巻き込まれることも想定される。現に、商人に首を狙われるのがいい例だ。
「そうならないように補佐をするのが、我らの務めです。お嬢様はどんと玉座に構えて頂ければ、我らが全力で補佐いたしますし、現状のしがらみからの脱却は可能かと確信しております」
パイモンの言葉には嘘偽りはなく、自信に溢れていた。献身的に尽くしてくれて、私の我儘に付き合ってくれているのに余計な仕事を任せるのは気が引けたけど「使われてこその奴隷」だと食い気味に言われてしまったので、好意に甘えて首を縦に振った。