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11歳の春

――今世の私、11歳の春。


この日は、1、2回目の記憶と同じく、婚約者の顔合わせの日だった。


スカーレット家は代々王妃を排出している由緒正しい家柄で、お父様のお母様のお姉さまは今は亡き王太后だ。所謂政略結婚の駒である私には、この婚約に異議を唱えることはできず、第一王子、レジナードと婚約を結ぶことになる。


このレジナード、傲慢でプライドが高く、優柔不断。過去でもセシリアに恋心を寄せ、その度に私が嫉妬する原因を作った。今になって思えばこんなちんちくりん王子、どこがよかったのか理解できない。顔も頭の良さも、強さも私の知っている魔族の面々の方が遥かにしのぐからだ。


特に、美貌と気立てではエルフのパイモンは魔族の中でも随一だ。


中性的な顔立ちで女性の格好をしても可笑しくないほど。こちらの顔色を伺い過ぎるのと、過保護すぎなのが玉に瑕だけど、こちらの意図をいち早く察知して、一回り先で望みを叶えようとしてくれる。その姿はまるでメイドのようだ。


以前に、綺麗なのでメイド服とか似合いそうだと吐いたら「お望みとあらば」と創造魔法と私の記憶の中にあったメイド服を真似て、現在はクラシックメイド服を着て城の雑務を担当している。



そのほかにも悪魔の名を関する魔族たちはどの人も見目麗しく、不甲斐ない私に忠義を尽くしてくれるので、こちらも彼らの平和な生活の為に尽力しようと思う。世の中、持ちつ持たれつってやつだ。


魔王城の魔族たちのことを考えていると、いつの間にか顔合わせの時間が着ていたようで、習慣的に挨拶を済ませて、いつの間にか対面の席にレジナードが着席していた。


お母様とレジナードの生母、第一王妃が会話に花を咲かせ、レジナードは同年代の私の顔をじぃっと見ていた。

「どうされましたか、レジナード様、私の顔になにかついていますか?」

「別に。妹のセシリアとは何度か顔を合わせているが、似ていないな……と」

不満そうに吐き出された言葉に場の空気が凍った。お母様はセシリアのことが嫌いで、第一王妃も聖女ではあるが、平民のセシリアのことをよく思っていない。そんな2人の前でセシリアの名前を出すなど、爆弾を投下するに等しい言動。


さらにいうなら、その言動はセシリアに気があると捉えられても可笑しくない。王国的な言い回しではそう聞こえる。


この馬鹿はなにも考えていないが、私と同じ綺麗な金髪の髪と、正反対のサファイアのような深い青い瞳は底冷えした冷たさを示す。


「あら、レジナード様はセシリアと顔を合わせたことがありますの?」

「聖女は神に祈りを捧げ、この国の平和を守るのが仕事だからな。記念式典で何度か会ったことがある」

「そうなのですね。……セシリアは平民の血も混じっていますので、貴族の礼儀作法にも不慣れなので。なにか粗相をしたか心配ですわ」

「そんなことはない。明るく聡明で気立てもいいから話していて楽しかったぞ」


お母様が遠回しに「セシリアに構うな」と牽制するが、それに気づかずにセシリアを庇う素振りを見せる。お母様はセシリアアレルギーといっていいほどセシリアのことを嫌っているので、眉間の皺が不愉快そうに深まった。


王妃はあたふたしながら、「それでもレティシア様ほどではありませんわ」とフォローを入れるが、そもそもセシリアと比べられることすら許せないお母様は怒りで手に持っていた扇子をばきりと折る。


貴族としてのプライドが高いから、自由奔放で世渡り上手なセシリアと比べられる度に「何故オマエは完ぺきではないの!?」と八つ当たりされる未来が見える。


悪手なフォローにため息をついていると、丁度声がかかる。


「レティシアお嬢様、奥様方、レジナード王子様、大変お待たせ致しました。お茶と茶菓子をご用意いたしましたので、配膳させていただきます」

ワゴンを引いて中庭に現れたのは、パイモンだった。


パイモンは11歳の時、魔王城で出会い、時が来るまで魔王領維持の為に内政を頑張ってもらおうと思ったのだが……。


「魔王の為に死ねない奴隷などいる意味がございません。どうぞ、侍る許可を頂きとうございます。時が来るまでこの身をいかように御使い捨て頂ければ幸いでございます」

とついていくと一行に引く気配がなかったので、渋々ここに連れて来た。


魔族は1000年前の戦争で強い者は封印されたが、そうでないものは世界各国に散り散りとなり、密かに子孫を残していた。数こそ少ないが、人間に見つかれば奴隷にされるか、差別の対象なので、人目につかないところか、魔族だと隠れて暮らしているのが実情。


魔族奴隷は珍しくないので、パイモンと、身の回りをお世話してくれるために連れて来たらしいサキュバスのゼパルとフルフルは逃亡奴隷で、私に見つかって連れて来られた、という体でここに置いている。


ゼパルは赤色のウェーブの髪の毛に青い瞳、身長は低く、胸が大きい方。フルフルは身長が大きいが胸はなく、スレンダーで水色の髪の毛に黒い瞳を持っている。この2人に共通しているのはこめかみに黒い山羊の角と、悪魔の尻尾が生えているくらいだろう。


3人共系統が違うが美人が目の前に現れ、レジナードの息を飲む音が聞こえる。王妃がキっとレジナードを睨むが、それでも王子の視線はパイモンたちに注いだ。


「お菓子でございます」

「あら、見たことのないお菓子ね?これはなに?」

王妃は配られた小皿に乗せられたクッキーを興味深そうに眺める。すると、フルフルが紅茶を王妃に入れながら答えた。


「ラングドシャと呼ばれるお菓子でございます。卵白を泡立てて作るクッキー生地に、チョコレート……カカオと呼ばれる豆をベースに作ったクリームを挟んでおります」

「まぁ、さくりとしていて美味しいわ。どこのお店で買えるのかしら。それともパティシエの手作り」

交代で今度はゼパルが答えた。


「申し訳ございません。こちらのラングドシャは市販されておりません。レシピはレティシアお嬢様が考えたもので、それをパティシエに作らせたものでございますので」

「まぁ、こんな美味しいものを?レティシア様は多彩ですのね。うちの息子にはもったいないわ」

私が褒められる光景に、徐々にお母様の顔色は戻っていく。貴族は国の最先端に立ち、平民を導かねばいけない存在で、こういった”新しい物”や”画期的”な物をつくって、貴族社会、ひいては王国社会に浸透させればステータスとなる。


花が咲いたようにお母様が笑う頃には、機嫌が回復していた。


「ほほほ、そんなことはございませんわ。王位継承権一位のレジナード様も、去年で帝王学の授業を終えられたとか。それに比べれば非才なうちの子が恥ずかしい限りです」

かちゃん、と食器が擦れる音がした。気にするほどでもない音ではあるが、ふとそちらを見るとパイモンが暗い顔でティーポットを持ったまま、肩を震わせていた。


会話に夢中な王妃とお母様は聞こえないだろうが、私には確かに聞こえた。


「お嬢様が非才だと?蠅風情が……、よくも大口を叩けたものだな。殺してやろうか」

いつも女性声を作って慇懃に振舞っていた態度はそこにはなく、まるで場末のヤンキーのようなドスの聞いた声と今にも人を殺しそうな鋭い表情になっている。


フルフルとゼパルは直立で、声がかかるのを待つ体勢でありながらも、うんうんと頷き同意をしている。


魔王という存在に忠実だからか、こういうことがある度にいつもこういう態度を取る。そもそも人間を友好的に見ていないからか、私がこの場にいなければ有無を言わずに手を出しているだろう。


預かり知らぬところでなら、言い訳が経つが、一応顔合わせの場だし、お母様にいたってはムカつくことも多々あるけれど、家族でもあるのでじぃっとパイモンの顔を見つめて、念話を飛ばして牽制する。


【パイモン、聞かれたらどうするの?】

【――しかし】

【問題を起こすなら、魔王城に帰ってもらうから】


パイモンはぴたりと動きを止めた。油を指してないロボットのように、顔をこちらに向けて、捨てられた子犬のような表情を浮かべる。


【申し訳ございません!以後言動に出さないように気を付けます!】

【……別にレティシア様の身の回りのお世話は、私たちがするから貴方は帰っていいんだけど】

【そうですね。お風呂とかは流石にパイモンじゃ問題ありますし】

帰れという反応に応戦するように、ゼパルとフルフルがうっとおしそうな声でパイモンに話しかける。


【ってかさ、パイモンいる意味ある?たしかに強いけど、身辺警護なら私たちで足りるでしょ】

【ゼパル、お嬢様の側に侍りたいと願うのは魔王城全ての臣下が心から願っていることでしょう。パイモンは職権乱用で側に侍っているだけだけれど】

【そっか、能力関係なく侍るには、魔王様の最側近っていう立場を利用しないと侍れないもんね!】

【――殺りあうか?】

【望むところ――】

【3人共、帰る?】


紅茶を飲みながら平然を装って、激化する3人を諫める。すると借りて来た猫のように大人しくなり、しゅんとした声で答えた。


【お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません】

【じゃれる程度の喧嘩ならいいけど、しようもないことで喧嘩しないで。いいわね】


クッキーのおかわりの配膳や、紅茶を入れ直したりとメイドの仕事をこなしつつ、3人は返事を返してくれる。ぽっと出の人間でも信頼してくれて、好意を見せてくれるのは嬉しいが、それが原因で喧嘩がしないで欲しい。


そんなやりとりが繰り広げられる一方で、レジナード様が口を開いた。

「おい、レティシア」

「なんでございましょうか」

「そこのエルフが気に入ったので、城に持ち帰りたいのだが」


レジナード様が背後に立っているパイモンを差す。パイモンは目を伏せ気味で待機をしているので、顔色が伺えないが、念話の魔法は起動させたままなので感情は読み取ることができる。


【…………お嬢様、この家畜に等しい愚かな生物を殺しても?】

【やめてください。お嬢様に汚い動物の血を見せるなど不敬です。殺すなら勝手に裏で殺してください】


「一応理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

物騒な話をしているので、顔に出さないように努力をしつつ、レジナード様の言葉の真意を確かめるべく会話を交わす。


「魔族という下等な生物ではあるが、見目麗しく、礼儀作法も心得ていて、なにより気が効く。きっと王宮でもやっていけるだろう」

自慢げに鼻息を鳴らすが、そもそも、王宮のメイドたちはほとんどが下級貴族の出身だし、魔族を縁故で採用すれば、慰み物として連れてきたのか、そうでなくても魔族差別が強い王宮では虐めの対象になる。


そもそも渡す気はないけど、私たち王族でない貴族なら問題ないけど、レジナード様の立場からすれば総合的に見て体裁的に良くないし、双方にメリットのない提案なのに。なにいっているんだ、コイツ。

「……王子、それは」

お母様が言いかけたが、お母様だと最終的に言いくるめられそうだ。それは困るので、失礼を承知で気づかないフリでわざと言葉を遮るように言う。

「――お言葉ではございますが、成人もしていないうちに魔族奴隷を使用人として王宮に招くのはレジナード様の体裁と外聞的によくありません。何卒ご容赦ください」

「エルフが駄目なのか?後ろの悪魔でもいいぞ?」

今度は両脇に控えるフルフルとゼパルを指差した。


2人は肩をぴくりとさせ、パイモンの流れ弾が当たったことに不愉快そうな声を念話内で上げた。


【お嬢様に仕えられる最高のご褒美を賜っているのに、蠅程度に仕えるだなんて、反吐がでるどころじゃないでしょ】

【たかが人間に仕えるくらいなら舌噛んで死んだ方がマシってものですわ】

「使用人を変えればいいという問題ではございません。魔族だからいけないのです」

「おまえだって魔族を使用人にしているだろう!」

思い通りに事が運ばないことにとうとうレジナードは声を荒げ、紅茶をひっくり返しながら立ち上がる。自分の思い通りにならないから、感情的になって目尻を吊り上げている。相手にするのも面倒くさくなってため息がでそうだ。



「私は王族ではないですし、魔族と言えど同性ですので側に置いているのです。対してレジナード様は魔族でしかも異性を側に置こうとしている。慈悲と呼ばれるには少々無理があるかと存じます」

「王族に従うのが貴族の役目だろう!奴隷程度寄こしてもだれも文句言わんだろう!」

「いいえ、反第一王子派がこれ見よがしに魔族奴隷に関して突いてきます。それと、王族の魔族奴隷は先程も申しましたように外聞も悪いので平民や中立派の貴族からの支持率の低下を促す一因にもなりえましょう。……それに」

喋りすぎたので、紅茶を飲んで一息ついてから言いたいことを言った。

「王族と申されるなら、無理に下の者の所有物を取り上げる行為はみすぼらしいにもほどがございます。上の者としての器量を見せてくださいませ」


さすがにいい過ぎたかと、密かにお母様に視線を送るが、お母様はただ代えの扇子を口元に当てるだけ。視線に気づくと、こくりとだけ頷いたことで、この対応は間違っていなかったと安堵した。


続いて王妃の顔色を伺うが、王子に対して冷ややかな視線を浴びせているだけなので、安心した。

王子は目の敵を前にするような鋭い視線で私を睨むが、気づかないフリをしよう。プライドの高い王子がプライドを踏みにじられたのだから、私に抱く感情も想定できる。


「……紅茶が冷めてしまいましたわ。お菓子もないですし、口直しに軽食はいいかがでしょうか」

「そうね。よければお願いできるかしら」

王妃は話題を変えるように頷いた。


「パイモン、お茶のおかわりをお願いできる?ゼパルとフルフルは厨房に行って軽食の準備を命じてきて頂戴」

「かしこまりました」


無駄のないお辞儀をすると、それぞれが行動を開始した。その後ろ姿を密かに、レジナード様が視線を送っていたのを私は見逃さなかった。

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