仮面
上椿高校は今日から授業が始まる。しっかりと六時間目まであるが今日はオリエンテーションだけだから簡単だろう。勉強が嫌いな俺でも、今日くらいは寝ないでいようと心に誓いながら、倉重先生が来るのを上田さんの赤面を鑑賞しながら待つ。
ショートホームルームも無事終わり、一時間目の国語の準備に取り掛かる。って言っても教科書はまだ必要ないらしく、筆箱を出すだけだが。さて、時間もあまったし上田さんと雑談でもしますか。
「ねぇ、大西。ジュース、買って来てくんない?」
「いいよー!何がいい?」
「午後ティー」
「りょーかい!」
おいゴミ。上田さんとの会話を邪魔するな。まあ、無視すればいいだけの話だが。それにしても、あの大西って人、美少女すぎん?前世ではアイドルとかやってそうな見た目だな。でも、いつか破綻しそうだ。
はーい。もう四時間目の時間ですよー。え~っとぉ~四時間目は~、あ!ロングホームルームだぁ!わぁ、すっごく楽そうで優君うれしー。はい、ってことでロングホームルームがこのあとある。内容は特に聞いてないが、多分係決めとかじゃないか?
予想通りこの時間は、クラスの係決めと委員会を決める内容だった。係は全員分の役職があり、委員会は十二人分の役職がある。俺は、係は上田さんと一緒のにして、委員会は入らなくていいや。
「上田さん。係、何にする?」
「私は、掃除係にしようかと」
「上田さん掃除好きだもんね。なら俺もそうするか」
上田さんと放課後の教室掃除。青春の香り。うおー!妄想が捗るー!・・・あっ。係人数三人・・・だった。ちくしょー!上田さんとの教室掃除デートは!・・・なんだ教室掃除デートって。
役割最終決定の時間がやってきました。掃除係は人気がなく、俺と上田さん、あと一枠空いている状況だ。そして、その一人は黒板の文字を消す係の中から選ばれる。その係の定員がオーバーしたからだ。それは人気だよね。今はIT時代。黒板を使う人の方が少数だ。
さて、誰が来るんだろうな、っては?ゴミがいるじゃないか。って言うかトップカーストのやつらが黒板けしの係にいるのか。・・・クソッ。おいゴミ。来るんじゃねぇ。あっち行け、しっし。
「ねえ、大西。この役割、譲ってくんない?」
「いいよー!じゃあ、私は掃除係ね。分かった!」
おおー!神よ。私はあなたを信じていましたよ。大西さんが掃除係になった。これにて係決め終了。次は委員会決めだ。俺は特にやりたいものないし、上田さんと雑談でもしときますか。あ、でも上田さんがやりたい奴があるかもしれん。
「委員会って入る?」
「いえ、私はチェス部に行きたいので」
「ふっ、そんなに俺と居たいか・・・。」
「はい!」
「おっと直球ドストレートの返球。うれしすぎて俺歓喜」
やはりモテる男は辛いな、こんなにも愛されてしまう。俺と会った女の子は全員俺に惚れてしまうよ。あっ、ゴミはいらない。あと、ブスも惚れないでほしい。俺は人外の顔は受け付けないので。
「よーし決まったなー。掃除係は今日から仕事があるからなー。サボるなよー」
今日からか。チェス部、開けておいてもらうか。俺は昨日ラインを交換した堀内さんに連絡を入れる。
何気に女の子にラインするの初めてだわ。緊張する。
五、六時間目の授業も終わり、放課後がやってきた。マジ疲れた。六時間目何もしないと思ってたのに、問題プリントやらされてマジで疲れた。
「よし!掃除だね!その前に自己紹介しておこうか。じゃあ、わたしから。名前は大西京子だよ!よろしくね!」
「次は俺だな。加藤優だ。よろしくな」
「私は、上田麗奈と申します。よろしくお願いします」
「じゃー!掃除やっていこうー!!」
「俺が箒やるから、雑巾と塵取りどっちか決めて。それを回しながらやっていこうか」
「分かりました」
「はーい!じゃあ、わたしは雑巾やるよ!」
「私は塵取りですね」
教室掃除はものの十分で終わった。机と机の間を雑巾と箒が通るだけだからね。・・・それにしても、大西さん大丈夫だろうか。いやなことを全部押し込めた仮面に、やりたくないことを率先してやり、立場が上のやつに媚びを売る。昔の俺と同じ顔をしている。
「じゃあ、帰ろうか!」
「そうですね」
「大西さん。ちょっと待って。上田さんは先に部活行っといてくれない?」
「?分かりました」
「なになに?時間かかるやつ?」
「少しだけだよ」
上田さんが、「では、お先に」そう声を上げる。言って教室の扉を閉めた。ここには俺と大西さんしかいない。静寂が渦巻く教室。それを壊そうと大西さんが声を上げる。
「用事ってなに?加藤君!」
「いや、辛くないのかなって」
「辛いって?」
「その、すべてを押し殺したような仮面のこと」
「え?・・・バレてた?」
「ああ」
「そっかそっか」
大西さんは、一瞬驚いたような顔をしたが、またいつものようにニコニコ仮面を張り付けたような顔をしている。
「なんで気づいたの?」
「昔の俺の同じような顔をしているからね」
「そっ、か。加藤君も同類だったか」
「今は違うさ。俺は辛くなって逃げたからね」
「いいなー逃げ場があって。わたしにはそれがないから」
悲しい思っているのだろう。声音にはそれが如実に表れている。でも、顔には一切それが出ない。ずっとニコニコと万人受けするような顔で俺を見ている。多分、仮面の剝がし方がわからないのだろう。学校でも、もしかしたら家でも、その仮面をずっと張り付けているのかもしれない。
仮面はストレスを生む。人に合わせて、自分を押し殺し、無理やり笑顔を作る。発散する時間もなく、ストレスが蓄積されていく。それがいつか許容量を超え、爆発する。
「なら、俺の部活に入らないか?」
「部活?」
「そう。チェス部っていうんだけど基本的には何もしなくていい。辛くなったら部室に来て思う存分吐き出しに来るっていう逃げ場」
「他には人・・・いる?」
「ああ、いる。だが誰も君を拒絶しないし、みんなが君を受け入れてくれる」
「嘘だね。私を受け入れてくれる人はどこにもいないよ」
「まあ、そう思うよな。昔の俺も人間恐怖症だったからな」
「人は気に入らないないものには攻撃する。興味の対象外でも、普通でも攻撃する」
「そうだね。昔の俺も同じ考え方だった」
「わたしは今のままでいい。これより悪化するかもしれない選択はしない」
「賢明だ。でも、もう限界なんだろ?」
「そう・・・だね、限界だよ。でも、これしか生き方を知らないんだよ」
「大丈夫だ。俺が変われたんだ。大西さんも変われるさ」
「そう・・・分かった。とりあえず明日、見学しに行くよ。加藤君の言う通り受け入れてもらえそうだったら逃げ場にしていい?」
「ああ、いつでも歓迎する」
「じゃあねー!加藤君!ありがとう!」
「またねー」
これで少しは救えただろうか。昔の俺も美愛がいなければああなっていたかもしれない。いやー妹がいてよかったわー!流石俺の天使だ。今日も一緒に寝てやろう。じゃ、部室に行くか。
「ごめん。遅れた」
「遅い。早くチェスやろ」
「ふっ。かかってくるがいい」
チェス部には堀内さんがいた。あんなに乗り気じゃなかったのに・・・。あのチェスが相当楽しかったようだな。よし!これでずっとチェスができそうだ。ぐっへっへ、もう絶対に離さないもんねー。
「そういえば、明日、見学者がくることになった」
「え?なんで?」
「俺に惚れた――――
「なんで?」
「だから俺に――――
「早く言え」
「守秘義務です。すみません」
「そう」
上手い、いいわけだと思ったんだがなー。まあ、納得してもらえてよかった。