10.イレギュラーな様子
「聞きたいことというか協力を願いたいというか......この世界は凛花姉も気づいてるだろうけど、『呪われレイルは王国紫剣騎士団長を目指す』の世界。で、今は王子が死ぬ前後一ヶ月のとき。だから、王子を刺客から守れるように協力して欲しい」
凛花姉にはこの漫画についてよく語っていた(一方通行)。だからそれなりに内容も分かるだろう。
「それと。レイルの様子がおかしいの」
「やっぱりそうなの?かなぁ、とは思ってたけどなんだろうね?」
凛花姉がニコニコと緩んだ表情からすっと真剣なものに変わる。
「レイルって小さい頃のトラウマがあって女性が苦手だし、そもそも人間不信気味じゃん?でもヒロインちゃんがそれを癒して二人は恋仲になる。ていうか、もうなってるはずなのに...なんでいねぇんだよ!!」
カップル推し出来ないじゃん...。
「凛ちゃん!お菓子あげるから落ち着いて...」
「子供じゃないっての」
さっきから思ってたけど、この人私のこと子供扱いしすぎじゃない?なんか、可愛い子供とかペット見るときの視線が......。
「で!!ヒロインちゃんがいないせいで、レイルがこのままだとヤバい気がするの!!」
凛花姉の視線から逃げるように声を上げる。
「ヤバいっていうのは?」
「闇堕ちする気がする!!救わなきゃ!!」
「凛ちゃん!一人で考えられたのはすごいけど、こ、根拠は?」
「オタクの勘舐めるなよ!!」
騒ぎまくる私と違って混乱している凛花姉に説明する。
「つまり!ひとつ、王子を助けるために動向を把握すること!ふたつ、レイルの闇堕ち回避!みっつ、伯爵家か侯爵家の養子になってるヒロイン聖女ちゃんを探す!これを手伝って!!」
昨日ぶりの土下座をバージョンアップして披露する。「う、うん」と凛花姉が困惑している隙に言質を取った。協力者がいるのは正直やりやすい。それに先輩騎士だから王宮にも詳しそうだし、顔も広そうだ。
「あと...」
今から話すことを考えると、少し口籠もってしまう。
「凛花姉とかが死んだ理由なんだけど...」
そう言い、俯き加減の顔を上げ凛花姉を見る。彼女はいつも通りに微笑んでいた。思わず体に入っていた力がふっと抜ける。
それから色々話した。凛花姉が通り魔に会ってから自分が今ここにいることまで。
「頑張ったんだねぇ......」
凛花姉が手を伸ばし、私の頭を撫でる。すごく懐かしい。
「それにしても」
手を引っ込めてニヤっと揶揄う表情を浮かべる凛花姉に、今度は何をされるのかと身構える。凛花姉がこの表情をするときは大抵くだらないことを考えているときなのだ。例えば......
「凛ちゃんが復讐とか、イメージ湧かないな〜!」
来た。
「それはレイルが漫画のストーリーで復讐とかやってたから、実際にやるのはどんな感じかなって気になったのと......家族はどうでも良かったけど凛花姉が死んだときは少し悲し...?くはないけど、虚無感があったからなんとなく」
そう返せば、凛花姉の口角がさらに上がる。
「え!私のこと好きなのっ!?」
「......さあ。ほら、あれじゃない?それなりに親しくしてたお隣さんが引っ越した、みたいな感じ?いつもいたのにそういえばおないんだっけ、みたいな」
「ふふ!私のこと大好きなんだねぇ〜!!」
「ニマニマするなくそ姉!!」
「嬉しいなぁ?」
凛花姉の声を遮るように立ち上がると勢いのままに扉へと向かう。
「この後用事あるから!」
こういうのは柄じゃないのだ!!
廊下に出て部屋の扉が閉まる直前、ふふっと懐かしい笑い声が耳に残った。
◇◇◇◇◇◇
「ふふ、それで来るのが遅かったのね」
「は、はい」
なんで王妃様とお茶飲んでんのおおおお!!!!
数十分前。
凛花姉から逃げ、とある騎士に声を掛けられて廊下を歩いている現在。
何故こうなったかと問われれば正門の騎士にリントと名乗って案内して貰おうとしたときに、待ち伏せていた凛花姉に攫われたからである。
無駄に準備のいい凛花姉は私と話すためだけに、王城の有り余っている客室の一つを貸してもらったらしくそこに連れ込まれたのだ。
そうして逃げて廊下を彷徨っているときに、正門にいた騎士が私のことを追ってきてくれていたらしく、廊下で鉢合わせ時間以外は予定通りに進んでいる今である。
「こちらです」
騎士に案内されて着いたのは、すごく豪華で重そうな扉の前。「お試し」と言っていたからてっきり騎士の訓練場に行くのかと思ってたんだけど...?
ギギギ、という効果音が尽きそうなほどゆっくり扉が開けられたその先には——
「まあ、貴女がリントちゃんね!エレノア・ルートナリアよ、エラって呼んでね!」
...そして現在に至る。
「あの、王妃様。私などが愛称で呼ぶのは...」
「いやね、遠慮しなくていいのよ!!そんなことより、リントちゃん可愛いわよね!こんな華奢な体でとても強いのが想像出来ないわ!!」
「身に余るお言葉です」
王妃様ってもっと堅くて、美女で、こう...威厳に溢れてるやつじゃないの?あ、美女は合ってるけど。
「あ、あの...一つお聞きしたいことが」
そうして王妃様の言葉を漫画でありがちな礼儀でしばらく返し、ようやく聞きたかった本題に入る。
「あら、何かしら?」
「あの、身に余る光栄なのですが...何故お茶会を?」
ずっと疑問に思っていたのだ。「お試し」はどこいった。
「あら、聞いてなかったの?私と過ごしたあとに騎士団の方へ向かう予定よ」
......元々予定に組み込まれていたらしい。誰だ隠したやつ。
「誰かしら、伝えていなかったのは」
同じこと考えてる!!味方ゲット!!
「ですよね、私はレイルに『正門にいる騎士にリントと名乗ってください』とだけ聞いたのですが...」
そう言いながら、頬に手を当てて考える素振りをみせる。
「あら?じゃあレイルかしら、伝えていなかった馬鹿は」
え?王妃様...口悪い。待って脳内の可愛い印象が崩れる......ってか美女の真顔って怖。
「ああ、そうだわ!貴女レイルのことはどう思っているの?」
「...どう、とは?」
怪訝な表情をしているであろう私に、王妃様が目を輝かせて答える。
「だって、あのレイルが気にかけている子よ!!ついにお嫁さんが出来るかもしれないじゃない!!」
..........え?
いや、待て待て待て待て。女だとバレ...ているとは限らない。発言的に黒だけど。
「お嫁さん、ですか...?」
「そうよ!!だって貴女、女の子でしょう?」
..........い、言い訳!!何か言い訳を!!
「......私は確かに女らしいですが...男です」
「嘘がバレたことについては気にしなくていいのよ!!というかこんなに可愛い子が女の子だって気づかない方が馬鹿なのよ!!」
即バレすぎてもはや笑うしかない。女の勘怖い。
「で、レイルのことはどう思ってる?好き?」
勿論です!!と口から出かけた言葉を飲み込む。多分、王妃様はあれだよね?恋愛感情について言ってるんだよね?ここで好きだと言おうものなら、すぐに逃げられないよう手を回されそうだ。
「恋愛感情抜きで、お慕いしております。(『推し』は...)憧れ、に近い感情でしょうか」
「まあ!ちなみにどこが好きなのかしら...?」
なんか流れが怪しい方向に......?
「え、えーと。(ヒロインちゃんと出会う前だから...)強く自分に少しでも誇りをもっていて、努力を続けているところでしょうか。あ、でも心の病んでいる部分を隠してする自己犠牲は嫌いです」
今のレイルはまだ心の傷を癒してもらっていない。そんな中自身に誇りをもって奮い立たせているのはすごいことだが、傷を隠してまでそうする姿はファンから見ればただただ痛々しいだけだ。
今はやらないといけないことが多いけど、少しでも落ち着いてきたらすぐにヒロイン探しを始めねば。
「...そうね、流石だわ。レイルの様子がおかしいことに気づくだなんて。リントちゃんはなんで分かったの?」
先程までとは打って変わり、落ち着き鋭さが増した目に少し怯む。だって美人の怖い顔は死ぬほど怖いんだから!
っと、おう...エラ様に答えなければ。なんて答えよう。漫画で傷が癒やされていない状態のレイルを見て知っているから、と返すわけにもいかないし。
他にレイルに初めて会ったときに気になったこと......
「......目、でしょうか」
「目?」
「はい。レイルの目は...何も、感情がこもっていないように見えました。いえ、正確にはあるんでしょうけど...全てがどうでもいいというか諦めているというか、そんな感じでしょうか...」
漫画で見て知ってはいたけど、実際に見るとすごく怖くてなにより苦しそうだった。
そう答えると、エラ様から鋭い視線を向けられる。
「でもそれは矛盾していないかしら。レイルが仮に全てをどうでもよく思い諦めていたとして...ならば何故彼はあれほど必死に剣術を習得したの?騎士の試験に合格することを信じて」
うっ。ごめんなさいエラ様言い方が悪かったですごめんなさい。
「えーと。なんだろ、0か100のあるかないかではなくて、あるはあるけど小さいみたいな?えとえと。例えば、感情はないわけじゃないけどその起伏はすごく小さい、みたいな感じ...ですかね?」
元々レイルの様子についてはオタクの勘で把握しているところもあるのだ。言葉にできなくても気にしないでいただきたい。
「......何故そう思ったかの理由はそれだけ?」
......いや。あと一ついうなら——
「...同じ、だったから」
「リントちゃん?」
「いえ。それだけですよ、本当に。割と勘のところもありますし」
無意識に口から出た言葉はエラ様には届いていなかったようだ。
レイルは、私と似ている。
笑顔の仮面をつけて、自分の感情には蓋をして。そうしていく内に、蓋の上に塗り重ねられた、そうだと無理矢理思い込んで作った偽りの感情が重くなりすぎてしまって。それから自分の本心がわからなくなるまでそう時間はかからなかった。
過去の私と今のレイルに唯一違う点があるとすれば、それは救いがあるかどうかだ。
私はレイルに救われた。
彼の、自分に少しだけでも誇りをもって努力を貫くその姿勢に、周りに助けられながらも最後は自身で籠っていた殻から抜け出したところに、強く惹かれ本当に尊敬していた。
レイルという存在があったから、変に死なども考えてこなかったし、だから今こうしてこの場にいられる。
「......そう。それだけにはとても見えないけれど、今日はそこまでにしてあげるわ!」
エラ様の鋭い視線と表情が、ぱっと明るいものに変わる。王妃という点ではさっきのモードがいいんだろうけど...普段のエラ様知ってるとめっちゃ怖い。
「じゃあ、この後は確か騎士団に行くのよね!いってらっしゃい、頑張ってね!」
「お時間を割いていただきありがとうございます。幸甚に存じます。では、失礼致します」
パタン、と扉が音を立てて閉まる。
「疲れたー!!!!」
大声で叫んでもいいよね!?だって考えてみ?これからの上司と会うんだと思ったらそのトップと言っても過言でない存在とお茶会だよ!?入社直後に社長とお茶会的な!?めっちゃ緊張したー!!
「では紫剣騎士訓練場へご案内します」
ほら、案内係の騎士の人から同情の視線来てるもん!!はぁ、つっかれたあ!