9ー2. ——視点
夜道をひとしきり歩くと、六、七メートル程前から男が来ているのが見えた。街灯からも距離があり辺りは暗闇に包まれているため、近くに来るまで認識できなかった。
向かいから来るその男とぶつからないよう、道の端に身を寄せる。一緒に歩いていた両親も腕を掴んで、同じように避けさせた。
すると、何故か男は私達が避けた方向に来る。前が見えていないのだろうか。いや、見る限り男はよそ見などはしていない。なら故意だろう。悪戯ですれ違いざまにぶつかるなどごめんだ。
そう思いまた避けようとしたところで、隣から呻き声が上がった。母の声だ。発作でも起きたのだろうかと心配になったところで、また呻き声が聞こえた。今度は父の声だ。
咄嗟にそちらへ目を向けると、男が父に何かを刺しているところだった。男の手にあるものは微かに銀色に輝くことから、ナイフだろうと考える。通り魔、だろうか。耳をつんざく絶叫が聞こえる。それが自身の声だとは気がつかなかった。
そうしている間にも、父からナイフが抜かれ、男は私の方へと寄ってくる。
「やだ!!!!!!!」
不意に今までに感じたことのない程の激痛が走った。刺されたのだろう、その部分がひたすらに熱い。
ふっと地面に倒れ込むと目の前が真っ暗になった。意識が朦朧としてくる。次第に何も感じなくなってきた。ああ、まだ死にたくないな、という思いが頭を占める。
死ぬときに頭に浮かぶのは、一番会いたかった人らしい。
意識が薄れていくのに対し、とある女の子のことで頭が埋め尽くされていく。
凛ちゃん。最期に会いたかったな。あんな家族で大変だっただろう。それでも私にだけは、両親よりも少しだけ懐いてくれていて、すごく嬉しかった。
将来はもっと仲良くなって、一緒に暮らすことが夢だったんだよ?凛ちゃんさえ良ければだけどねっ!
家族の形は歪んでいたけれど、自信をもって言える。大好きだよ!私の大事な——。
◇◇◇◇◇◇
「ねえ!凛花姉でしょ!?」
部屋に入って扉を閉めるなり大声で叫ばれる。
「ふふ、そう呼ばれるのは懐かしいなぁ」
目の前にはずっと会いたかった大好きな女の子がいる。せっかくの再開なのに不機嫌そうだ。頬を膨らましていてもとても可愛い。
「凛ちゃんこそ雰囲気変わったねー!」
今目の前にいる女の子は、黒髪碧眼で男装をしている。それで丸みが無くなったからか、より大人っぽくなり綺麗な顔が際立っている。完全無欠と周りに呼ばれていた頃の冷徹さは全く見当たらない。
というか、元々あの子に冷徹さなんてないけどね!
あの子は色々なことをこなすことが出来て冷たい雰囲気だったせいで、死角のない完全無欠と思われて周囲から遠巻きにされてたんだよね。凄すぎて逆にね。
実際は明るくて優しい完全無欠に近い漫画オタクだ。
「そう?自分じゃ分かんないなー」
凛ちゃんが頬に手を当てて首を傾げる。
可愛い〜!!逆になんで周りは女の子だって気がつかないの!?この可愛さ、普通気づくでしょ!?
あいつらみんな馬鹿なの!?!?
「ってそうそう、凛花姉に聞きたいことがあるんだけど」
凛ちゃんが口調は少しおどけたまま、でも真剣そうにも聞こえる声で話を切り出す。
真面目モードかっこいい!!!!可愛い子キャラに色気足すのはマズイよ!?
「いくつかあるんだけど...まずはこの世界のことについて、ね?」