無事、お留守番となりました
この日は朝からよく晴れていた。私はシーツを洗濯して、木の間に張った紐に干していく。青い空の下で揺れるシーツは見ていて気持ちいい。
「おや、こんなところに人族のお嬢さんが?」
初めて聞く声に振り返ると、それはそれはキレイな美青年が立っていた。
絹糸のように艶めく白銀の髪。背中に流れるほど長いが、今は風に遊ばれて舞い踊る。
まっすぐな鼻に小さな顔と細い首。太陽の光を知らないかのように白い肌。
華奢というより華麗で。それなのに男性と分かる顔立ち。そして、なにより特徴的なのは目。
なによりも赤く、まるで……
「キヌファ!」
庭に出てきたニアが駆け寄ってきた。
「どうした?」
「どうしたも、こうしたも、ありません。あなたが姿を見せないから、こうしてここまで来たんですよ」
穏やかな中に怒りをこめた声。ニアがすまなそうに頭をかいた。
「あー、わりぃな。ちょっと、いろいろあって」
「そのようですね」
キヌファと呼ばれた美青年が私を見る。ニアの知り合いのようだし、挨拶をしておかないと。
私は平民の服のまま膝を折った。
「セリーヌと申します。お見知りおきを」
私の自己紹介にキヌファが片眉をあげる。そして、そっとニアに耳打ちをした。
「訳ありですか?」
「説明すると面倒なんだよ」
「そうですか」
キヌファが私に一歩近づき、胸に右腕を当てて頭をさげた。
「私はキヌファと申します。お見知りおきを」
「あの……ニアとは、どのようなご関係ですか?」
顔をあげたキヌファが笑顔で答える。
「私はニアの補さ……ングッ」
ニアがそのたくましい腕でニアの口を後ろから塞ぐ。少し位置がずれていたら首が絞まりそう。
「仕事! 仕事仲間だ!」
「え!? じゃあ、キヌファ様もガラス作りをされているのですか!?」
「あ、いや。そっち……じゃなくて、だな」
歯切れが悪いニア。キヌファがニアの腕を外して私に微笑んだ。
「ニアのガラス作りは趣味みたいなものです。本業は別にあります」
「そうなのですか!?」
「キヌファ!」
怒鳴るニアをキヌファが睨む。
「事実でしょう? あなたが仕事に来ないから、こちらは仕事が溜まってきているのですよ」
「あー、それは悪かった」
バツが悪そうにニアが呟く。
「なんのお仕事をされているのですか?」
私の質問にニアの目が盛大に泳ぐ。
「いや、その、あの……なんていうか、まとめる、というか……」
「書類をまとめる仕事をしているんですよ」
見かねたようにキヌファが口を挟んだ。
「提出された書類に間違いがないか確認をする仕事です。なので、毎日仕事にくる必要はないのですが、定期的にきて仕事をしてもらわらないと困るのです」
「そうだったんですね」
私は田舎がそこまで識字率が高くないことを思い出した。
食事をした時はメニュー表を渡されたが、それはニアが字を読めることを知っていたから。字が読めなければ、口頭でメニューの説明をする、と平民文化の本に書いてあった。
ニアが焦ったようにキヌファに同意する。
「そ、そうなんだ。で、ちょっと書類を溜めちまったから、行かないと」
「それは、ぜひ行ってきて仕事をしっかり終わらせてください」
「い、いいのか?」
ニアが少し驚いた顔になる。
「どうしてですか?」
「オレがいなかったら、今日はガラス作りできないぞ」
「それは仕方ありません。本業のほうが大切ですから」
「……分かった。キヌファ、工房を片付けてくるから待っててくれ」
「わかりました」
キヌファが軽く頷く。ニアがこちらをチラチラと何度も見ながら工房へと走っていった。
その様子にキヌファが口元に手をあててクスクスと笑う。
「まったく。あんなニアは初めて見ましたよ」
「ニアとの付き合いは長いのですか?」
「……そうですね。子どもの頃からですので」
「ニアの子ども時代……今と同じような気がします」
「その通りですよ」
キヌファが真っ赤な目で私を見下ろす。なにか言いたげなので、思い切って訊ねてみた。
「どうかされましたか?」
「あなたは、どうしてここに?」
「私はニアの作品に一目惚れして、弟子入りするために、ここに来ました」
「………………え?」
キヌファのキレイな顔が驚きで固まる。信じられないモノを見たような、そんな顔。
「あの駄作……いえ、あの独特で、特徴的すぎて、誰も理解が追いつかない、あのガラスに? 一目惚れ? ですか?」
「はい」
私はしっかりと頷いた。次の瞬間。
「アッハッハハハ」
細い体からは考えられないほどの大笑いが響いた。キヌファが全身を使って笑う。
「ちょっ! どうして、そんなに笑うのですか!」
キヌファが目にたまった涙を拭いながら私を見る。
「し、失礼しました。まさか、そんな感性豊かな方が人族にいるとは」
笑いの余韻をこらえながらキヌファが優雅に微笑む。
「いや、あなたのような方がいて良かった。で、あなたは今、ニアの弟子ですか?」
「はい!」
キヌファが私と視線を合わすように屈んだ。
「ニアのこと、よろしくお願いします」
「ほ、ほぇ!?」
思わぬ展開に私は変な声がでた。いきなり美麗な方のどアップは心臓にも悪い。
「ニアはあぁ見えて、意外と孤独なんですよ」
「え?」
キヌファがにっこりと微笑む。美しすぎる笑みに顔が思わず赤くなる。しかも、瞳が……
「…………バラみたい」
「バラ?」
「あ、す、すみません。目が赤いバラみたいにキレイだったので」
私の言葉にキヌファの目が丸くなる。
「バラ……は初めて言われました。いつも、血のようだって言われるので」
フッと息を吐いたキヌファはどこか寂しそうで。私は思わず叫んでいた。
「そんなことありません! キヌファ様の目は朝露にぬれたバラのように瑞々しく輝いています!」
と、ここで自分が恥ずかしいことを言ったことに気づいた。両手で頬を押さえ、顔をそらす。
「す、すみません。初対面なのに、このようなことを言いまして」
「いえ、いえ。お気になさら「キィヌゥファァァー!?」
地を這うような声に慌てて顔をあげる。ニアが黒髪を逆立ててキヌファの背後に立っていた。
「おまえ、勝手に弟子をたらしこむんじゃねぇよ」
四方に発散される殺気。鳥や小動物たちが一斉に逃げ出した。
しかし、キヌファは慣れた様子で。
「普通にお話していただけです。ほら、準備が終わったなら、さっさと行きますよ」
ニアの頭にチョップを入れた。それだけでニアの雰囲気がいつも通りになる。
「クッソー、痛えなぁ。じゃあ、ちょっと行ってくる。帰りは遅くなると思うから、先に寝ていてくれ」
「わかりました」
風が強くなってきた青空の下。私は手を振って森に入っていく二人を見送った。