無事、山の麓の町に着きました
弟子生活にも少し慣れてきた頃。私は食料品や生活用品の在庫の数をチェックしていた。
「そろそろ塩がなくなりそうですね。小麦と……あ、そういえば私の服ももう少しほしい、かな。あと、髪ゴムと、タオルも……」
必要最低限の服しか持ってきてない私。ここはニアしか住んでいなかったため、女性に必要なものは当然ない。
「なら、麓の町で買うか?」
「ひゃっ!?」
背後からいきなり声をかけられて肩が跳ねる。振り返るとニアが。しかも、ニヤリと口角をあげて。
「悪い。驚かすつもりはなかったんだが」
「……絶対、驚かすつもりで声をかけましたよね?」
私の問いに無言の笑顔。やっぱり驚かすつもりだったんだ。最近はこんな感じで遊ばれることが増えている気がする。
私はむぅ、と唸りながら話を進めた。
「買い物に行ってもいいのですか?」
「必要品もあるし、買い出しに行くのもいいだろう」
「自分で?」
「自分以外に誰が行くんだ?」
ニアが不思議そうに首を傾げる。一方の私は……
「自分で買い物に行ってもいいのですか!?」
気がつけばニアに迫っていた。
だって、自分で店に買い物へ行ったことなんてなかったから。必要なものは屋敷にそろっていたし、装飾品などは商人が屋敷に商品を持って売りに来ていた。
「そりゃあ、買い物ぐらい行ってもいいぞ」
「ありがとうございます!」
私は両手を胸の前で合わせて喜んだ。キラキラと妄想を広げる私に、ニアの申し訳なさそうに声をかける。
「田舎の山の麓町だからな。目新しいどころか、普通の商品さえもない時があるぞ」
「……自分で買い物ができる」
「聞いてねぇな」
なんか、いろいろ心配だから、とニアも買い物に一緒に行くことになった。
私一人でも大丈夫なのに。いや、むしろ弟子なのだから、師匠の手をわずらわすわけにはいかない。そう考えていると。
「……おまえ、塩を担いで、この山を登れるのか?」
「ご同行願います」
私は素直に頭をさげた。
※
麓の町は中心地に神殿と、その周りに複数の商店と飲食店、そして民家がある程度だった。町を分断するように立派な大通りが一本。それを挟んで店が並ぶ。
「昔は岩塩や魔石が採れて賑わっていたらしい。今は採掘場付近が竜族との不可侵の中立地帯になって、こんな感じだ」
「なぜ、不可侵の中立地帯に?」
「利権をかけて争っていたが戦争になりかけてな。だが、人族からしたら、ここは地形的に戦争をするのは不利。竜族は数が少ないから、戦争で数を減らしたくない。そもそも、戦争をしてこの土地を手に入れても、それを補うほどの岩塩と魔石が採れそうにない」
「つまり、戦争をしても採算が取れない。それなら、お互いに不可侵の中立地帯にして争いを回避したほうがマシ、となったのですね」
納得した私にニアが頷く。
「そういうことだ。理解が早いと説明も楽だな」
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「ニアは人のことを人族と言いますが、この辺りの方言ですか?」
ニアが言葉をつまらす。
「あー、それはだなぁ……」
素早く視線を巡らせたニアは一軒の店を指さした。
「あそこ! あの店は雑貨屋だから必要な物があるんじゃないか? 服も売っているぞ」
屋敷を追い出された時は、ニアのガラス工房を目指すのに必死で、店を見る余裕なんてなかった。
私は小さな疑問はすぐに忘れ、目的の店へ走り出す。
「こういうところは単純で助かった」
なぜか後ろでホッとしているニアを置いて、私は店に飛びこんだ。
「いらっしゃい」
「ふぁあぁぁ……」
本で読んだ通りの言葉に出迎えられ、私は感動した。四十代ぐらいであろう女店主が私に笑顔を向ける。
「おや、初めて見る美人さんだね。あぁ、色男の連れかい」
「色男はやめろ」
「まったく。町の娘に見向きもしないと思ったら、とんだ面食いだ」
「違う」
ニアが会話するごとに不機嫌顔がひどくなる。そんなことより私は棚に並ぶ商品に釘付けになった。
「なんて可愛らしいコップ……あぁ、こっちのお皿も。あ、これもいいですね」
感激している私を遠くから冷めた視線が飛んでくる。女店主がヒソヒソとニアに話しかけた。
「あれ、ただの木でできた、どこにでもあるコップだよ。皿も木でできた普通の皿だし」
「あぁ……都会育ちで木でできた食器を見たことないんだろ」
「いや、いくら都会だからって、そんなことないだろ。どこぞのお貴族様のお嬢様じゃない限り」
ニアが苦笑いをする。
「まあ、お貴族様ってことはないね。美人だけど服はウチらと同じだし、手は荒れてるし。あれは働き者の手だね。大事にしてやんなよ」
「いや。だから、そういう関係では……そうだ。欲しい物があるんだが」
「おや、珍しいね。なんだい?」
ニアが女店主と話している間に私は目的の物を見つけた。両手に抱えて二人のもとへ行く。
「それで全部か? 服は?」
「持ちきれないので、今日はこれで」
女店主がニアの背中を叩く。
「なに言ってるんだい。荷物持ちなら、ここにいるだろ。もっと買いな」
「え、でも……」
「服ならこっちにカワイイのがあるよ。ほら、試着だけでもしてごらん」
私は女店主にひっぱられ服コーナーへ。そこであれやこれやと見繕ってもらい……
「ほら、いい感じだろ」
着せ替え人形となって、いろんな服を試着していた。服を着替えるたびに女店主がニアに意見を求める。しかし、ニアは「あぁ」「うん」と頷くのみ。
そうですよね。他人の服なんて興味ないですよね。師匠を退屈させるなんて、弟子失格! 早く終わらせないと。
私は動きやすさと、通気性と保温性に重点をおいて服を選んだ。その結果。
「ちょっと、もう少し可愛らしい服を選びなよ」
女店主からダメ出しをもらった。
「でも……」
「ほら、あんたも黙って立っていないで。ちゃんと選んであげなよ」
話を振られたニアの目が丸くなる。私は慌てて止めた。
「い、いいんです! これ以上、ニアの手を煩わせるわけには……」
「オレが選んでもいいのか?」
予想外の言葉に私は固まる。女店主が笑顔でニアの背中を押した。
「いいよ、いいよ。選んであげな!」
「なら……」
ニアが服コーナーに消える。ドキドキしている私に女店主が声をかけてきた。
「色男が彼氏だと、いろいろ大変だろ」
「か、彼氏!? わ、私はニアに弟子入りしているだけで、そういうのではないんです!」
大慌てで否定した私に女店主がキョトンとした顔になる。
「弟子入りって……なんの?」
「ガラス職人の弟子です」
「え? あのガラスの!? コップを作ったら水が漏れる、花瓶を作ったら花が入らない、ような物しか作れない色男の弟子!?」
「はい!」
女店主がさとすように私の肩を叩く。
「男は顔だけで選んだらダメだからね」
「私はニアの作品に一目惚れして弟子入りしました」
「奇特な子だねぇ」
あれ? なんか憐れむような目で見られているような。
「辛くなったら、いつでもこの店においで」
「は、はい。ありがとうございま、す?」
話の流れがよく分からないから、とりあえず感謝しておく。そこに、服を手にしたニアが戻ってきた。