表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

無事、新しいガラス作りを始めました

 割ってしまった皿を急いで片付け、私は急いで工房に入った。


 いつも通りの熱気が私を襲う。それでも初めて工房に入ったより幾分か涼しい。それは私が工房に入る時は、ニアが窓を開けてくれるから。


 ニアのガラス作りを汗だらだらで見学していたら、いつからか窓が開いているようになった。ニアは暑さに強いらしく、工房で作業をしていても、うっすらと汗をかく程度。

 だから、今まで窓を開けていなかったらしい。


「このままでは、弟子失格になってしまう……」


 私の呟きに気がついたニアが振り返る。


「お、来たか。これから……」


 私はニアに詰め寄った。


「ニア! 私は窓を閉めていても大丈夫ですから!」

「は?」

「だから! 弟子のままでいさせてください!」

「ちょ、待て。落ち着け」


 ニアが私の両肩を掴んで距離をあける。


「いきなり、どうした?」

「ニアは窓を閉めてガラスを作っていたのに、私のせいで窓を開けないといけなくなってしまって……」

「ガラスを作る時に窓が開いていても、閉まっていても、あまり関係ないぞ」

「ですが! 私なんかに合わせなくても」

「……そういうことか」


 なにかを察したニアが私の肩から手を離す。


「別におまえが全部オレに合わせる必要はないぞ」

「え? ですが、ニアは私にガラス作りを教えてくれる師匠で、弟子の私がそれに合わせるのは当然では?」


 今までは、それが当たり前だった。

 なにかをするときに自分の意思など関係ない。目上の人に。王家に。すべてを合わせることを求められてきた。


「オレとおまえは違う。どうやっても、まったく同じにはならない。だが、目指すものは同じ。好きなガラス作品を作りたい」

「はい」

「なら、お互いに譲り合い、その中間を見つければいい。でないと、二人とも作れなくなる」

「ですが、私はニアが作る邪魔をしたくありません!」


 ニアの大きな手が私に伸びる。思わず目を閉じて肩をすくめると、頭をポンポンとなでられた。


「え?」


 目を開けると、ニアがいたずらをした子どものように笑っている。


「窓を開けるぐらいで邪魔にはならない。あまりオレを侮るな」

「いえ! 決して、そんなつもりは!」

「大丈夫だ。オレだって譲れない時は言う。だから、おまえもちゃんと言え」

「ですが……」


 口ごもる私をニアが指差す。


「弟子の状態把握も師匠の仕事だ。つまり、弟子が自分の状態を報告することは、弟子の仕事。わかったか?」

「あの……本当に、いいのですか?」

「あぁ」


 私はゴクリと息をのんで拳を握った。


「では、あの……さっそく、言いたいことがあるのですが……」

「なんだ?」


 大きくかまえるニアを私はまっすぐ見上げて言った。


「靴下を洗濯に出す時は、裏返したままにしないでください。あと、食べた後の食器を流しに運んでもらうのはありがたいのですが、ちゃんと水桶の中に入れてください。それと……」


 つらつらと話す私をニアが慌てて止める。


「待て! 待て! 待て!」

「はい」

「日常のことについては後で聞く。というか、メモして渡してくれ」


 そう言ってニアがうなだれた。


「すみません! 言いすぎてしまって」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」


 ニアが力なく頭を横にふる。


「今はガラス作りの話をしていただろ? ガラス作りについては、なにかないのか?」

「ありません」


 きっぱりと断言した私にニアの頭がますます落ちた。


「そうか、そうか。それなら良かった」

「その声の様子だと、まったくよろしくないように聞こえますが……」

「気にするな。それより、本題に移ろう」


 ニアが力なく歩きながら私を手招きする。作業台にカバーがないランプが一つ。


「これを使ってガラス作品を作る。小さい作品にはなるが、ガラスを扱う練習に丁度いいだろう」


 ニアがランプに火をつける。


「青い……炎?」


 小さくもしっかりと燃え上がる青い火。


「魔法石を使って高温にしているため、火が青くなっている」

「キレイですね。青い火は初めて見ました」

「極秘の魔道具だからな。他言するな」

「はい!」


 他言してはいけない物を見せてくれたってことは、弟子として信用されてるってことよね。


 私は心の中でガッツポーズをする。そこに、ニアが箱に入ったガラスのセットを持ってきた。


「この魔道具を使ったガラス作品の作り方だが」


 ニアがピンセットで透明なガラス片を掴む。反対の手には鉄の棒。


「この小さいガラスをピンセットでつまんで、火に当てる。で、溶けてきたら、こっちの棒に巻きつける。火から外して形を整えたら、あとはゆっくり冷やす」

「……それだけ、ですか?」

「それだけだが、うまく巻き付けないと丸いガラスはできない。あと、慣れてきたら他の色のガラスを加えて、好きな色のガラス玉が作れる」

「好きな……色」


 私の脳裏に、あの花瓶が浮かぶ。紺色から紫に変わる夜明けの空を自分で作りたい!


「頑張ります!」


 こうして私の挑戦が始まった。


 ひたすら集中してガラス玉を作るが難しい。まず、円形にならない。次に急速に冷やして割れてしまう。


 何個もの失敗作が並んでいく。そこに声をかけられた。


「おい。少し休憩したら、どうだ?」

「え?」


 突然のニアの声に顔をあげる。窓の外の日差しが傾いている光景が目に入った。


「もう、こんな時間!?」

「随分と集中していたんだな」


 ニアからコップに入った水と塩飴を渡される。ここで私は全身が汗だくになっていることに気がついた。


「あ、ありがとうございます。あと、すみません……」


 水分を準備して差し出すのは、本来なら弟子の仕事なのに。やはり、弟子失格……


「気にするな」


 私の思考をかき消すようにニアが言った。


「弟子の面倒をみるのも師匠の仕事だ」


 そう言ってニアが塩飴を食べる。私も塩飴を口に入れた。この塩っぱい中にほんのり甘さがあるのが、たまらなく美味しい。


 私が水を飲んでいると、ニアが外を見ながら質問をしてきた。


「この山に入る時、麓の人間に止められなかったか?」

「そういえば竜族が飛んでいることがあるから、深入りするな、と忠告されました」

「そこまで言われて、よく山に入ったな」

「逆ですよ。竜族が飛んでいるなら、一人でも山に入れると思いました。大きな獣や魔獣は、竜族の魔力を警戒して近づいてきませんから」


 ニアが水を飲もうとしていた手を止めた。


「へぇ。でも、竜族に出会ったら、どうするつもりだったんだ?」

「別に、どうもしません。竜族とは不可侵条約を結んでいますし、基本はこちらから手をださなければ問題はありません。竜族を野蛮だと言う人もいますが、私は人間のほうが野蛮だと思います」

「なんで、そう思うんだ?」

「竜族は大きな力を持っていますが、契約は必ず守ります。その点では、すぐ約束を破る人間のほうが信用できません」

「ずいぶんと竜族の肩を持つんだな」


 不機嫌そうにニアが水を飲む。竜族のことが嫌いなのかしら?


「肩を持つわけではなく、率直な感想です。それに竜族は特徴である翼と尻尾を消せるそうですし。意外と人間社会に紛れているかもですよ?」

「ゴフッ」


 ニアが飲みかけていた水を吹き出した。


「どうしました!?」

「い、いや。なんでもない。それより、今日の夕食はなにが食べたい?」

「え?」

「熱心な弟子のために、たまには師匠が作ってやる」


 さすがに私は慌てた。


「そこまでは困ります! 弟子の仕事を取らないでください!」

「いいから。おまえはオレに直してほしいことリストでも書いてろ」

「それは一晩かけて書きますから!」

「そんなにあるのか!?」


 私はふと数えた。


「軽く二十項目ほど」

「まずは五個ぐらいから……」

「ですが、どれも重要ですし……せめて十五項目ぐらいは直してほしいです」

「なら、八個!」

「譲って、十三項目ですね」


 私の提案にニアが食い下がる。


「せめて、九!」

「無理です」

「おまえ、弟子なんだから、もう少し融通きかせろよ」

「融通をきかせられない項目ばかりなので」


 さらりと流す私をニアが悔しそうに見る。なんか、どっちが弟子か分からない混沌とした状況。


 とりあえず本日の夕食はニアが作るので、直してほしいことリストは十項目にする、ということで落ち着いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ