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無事、弟子になりました

 吹きガラスを作るための吹き棒は一本しかないという。それだと、どうしてもニア様と、その、か、かかか、間接キスをするということになる。


「そ、そんな恥ずかしいこと、私にはできません!」


 私は頭を抱えて工房のスミに座り込んだ。


「婚約をしてない男女が……いえ、婚約していても結婚前の男女がそのような、はしたないことを! で、でも、吹きガラスを作るためには…………」


 ブツブツ呟く私にニア様が不思議そうに訊ねる。


「おまえ、この熱さは平気なのか? 人族なのに?」

「熱いですけど、ガラス作りには必要なんですよね? なら、我慢します」


 紫の瞳が驚いたように丸くなった。


「てっきり、この熱さに逃げ出すと思ったんだがな」

「私は! 本気! なんです!」


 バンバンと床を叩いた私にニア様が吹き出した。


「わかった、わかった」


 ニア様が諦めたように、ふわりと笑う。


「オレの負けだ。弟子入りを認めてやる」


 私はその笑顔に見惚れかけて、我に返った。今! 今! 弟子入りを認めるって!


「ありがとうございます!」


 速攻で土下座した私は、さっそくニア様に土下座禁止令を出された。なぜ……



 こうして、私の弟子生活が始まった。ニア様のガラス作りを勉強しながらの家事生活。


 もともと、立派な弟子になるため、屋敷の使用人やメイドの動きを観察して、料理や掃除などの家事をしっかり覚えた……つもりだった。


 でも、実際に家事をしてみると、いろいろ違うことが多い。


 雑巾がうまく絞れなくて水浸しになったり、洗濯した服を干したらシワシワになったり。

 それでも、なんとか弟子をやっていけてる……と思う。たぶん。



 こうして、なんやかんやと数日が経過した、ある日。



 本日の昼食は焼いた塊肉と蒸し野菜とパン。


 私は黒くなりかけ……いや、少し焦げ…………いや、いや。ちょっと焦げたけど、香ばしく焼けた肉とパン。パンは黒炭にならなかったから、進歩してるはず!

 前向きな私は、料理をテーブルにセッティングして、庭に出た。


 外にある工房へ移動して、そっと中を覗く。そこでは、ニア様が真っ赤に燃え盛る炎と格闘していた。


 紫の瞳が炎と同じ赤色に美しく染まる。何度でも見惚れてしまう……が、それでは弟子の仕事ができない。


 私は気づいてもらえるように大きな声をだした。


「師匠! 昼食ができました!」


 振り返ったニア様がガラスのような瞳で私をにらむ。


「師匠はやめろ」


 少し考えた私は言い直した。


「ニア様! 昼食ができました!」


 にらみ顔に眉間のシワが追加される。


「様を付けるな」


 仕方なく、もう一度言い直した。


「ニア! 昼食ができました!」


 仏頂面が真っ赤になる。普段はあまり表情を出さないから、そのギャップが可愛い。


 ニアは逃げるように私から顔をそらし、窯の中に視線を戻した。


 私としては師匠かニア様と呼びたいけど、それを本人が(かたく)なに拒否する。なので、仕方なく呼び捨てにしているけど、やっぱりスッキリしない。


 私が(もだ)えていると、背後から影が落ちた。


「食べないのか?」


 振り返れば私を見下ろすニアが。


「た、食べます! 食べます!」


 私はニアとキッチンへ移動する。いつの間にか食事は二人でとるのが習慣になっていた。

 ニアは私が料理を焦がしても、味付けを失敗しても、なにも言わずに毎回完食してくれる。師匠が神すぎて涙が出そう。


 私は焼きすぎでカチコチになった肉と格闘しながら、チラリとニアを見る。


 椅子に座る姿勢は自然と背筋が伸びていて、食事の所作(しょさ)も何気にキレイ。見た目はガサツそうなのに、意外と繊細。

 いや、繊細じゃないとアレ(・・)は作れない、か。


 なんとか固い肉を食べきった私は食後の紅茶を淹れた。ほんのりと漂ってきた紅茶の香りを楽しむ。

 そこで珍しくニアが私に質問をしてきた。


「なんでオレのことを知っていたんだ? それに、ここにガラス工房があることは、麓の人間しか知らないはずだが」

「それはですね……少々お待ちください」


 私は割り当てられた自分の部屋に急いで戻った。カバンをあさり、布を何重にも巻いたモノを取りだす。


「コレです」


 私は持ってきたモノをニアの前に出した。慎重に布を外し、中身を見せる。


 それは、グニャリと曲がった花瓶。いや、曲がりすぎて一輪もさせない。花瓶とは言えない代物。


「この花瓶に一目惚れしました。この澄んだガラスに紺色から紫へと変わる挿し色。まるで夜明けの空みたいで。こんな綺麗なガラスを作れるようになりたいって」


 私は、初めてこの花瓶を見た時のことを思い出した。


「私、ずっと親に言われるまま生きてきて……なにをしても、こんなものか、って冷めてて。でも、この花瓶を見た時、全身がしびれて、涙が勝手に出て……世界には、こんな自由があるんだって。初めて感動っていうものをしました」


 ニアが顔を真っ赤にしながらも、ちゃんと話を聞いてくれている。


「だから、この花瓶を作った人に弟子入りしようって。それが出来るように、ちょーっと婚約破棄する方向に王子と周囲の人を動かしましたけど。このガラス工房を見つける時の労力に比べたら、簡単でした」

「……待て。人を動かした?」

「はい。大臣の一人が権力を握りたかったようで、私の元婚約者が好きそうな娘を養女にして、送り込んできました。ですが、貴族社会のルールも曖昧にしか覚えておらず、そのたびに教えていましたら、私が意地悪していると噂がたちまして。それなら、と逆に利用しました」


 私は可愛らしいと評判の笑顔で話を閉じた。数秒の沈黙。ニアが呆れたような顔をした後、盛大に笑った。


「策略家になったほうがいいんじゃないか? 軍師でも良さそうだ」


 思いがけない言葉に私はテーブルを叩いて立ち上がる。


「私は! ガラス作品が! 作りたいんです!」

「そうか、そうか」

「私は! 本気! です!」

「だが、吹きガラスを作るために必要な吹き棒は一本しかないからなぁ」

「それなんですが……頑張って、ニアの吹き棒を……うぅ、あぁー。やっぱり、恥ずかし……うぅぅぅぅぅ」


 私は頭を抱えて考え込む。そんな私を見ながらニアが顎に手を添えて、うん、と頷いた。


「片付けが終わったら工房に来い」

「え?」


 顔をあげると、ニアと目があった。まっすぐ見つめてくる視線になぜか胸が跳ねる。


「吹きガラス以外の作品の作り方を教えてやる」

「あ、ありがとうございます!」


 私は速攻で調理器具と食器を洗って片付けた。興奮のあまり、皿を二枚ほど割ってしまったけど。


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