無事、居候になりました
翌日。
痛みで動けなかった体は、不思議なことに一晩寝ただけで、ほぼ完治。ケガって、こんなに早く治るものかしら? と私は首を傾げた。
大事に育てられケガをすることがなかったため、よく分からない。でも体が動くなら、やれることをしていかなければ!
まずは弟子入り。
ガチャリとリビングのドアが開く。私は同時にドアの前に滑り込んで土下座して。
「おはようございます! 師匠!」
「……弟子入りは認めていない」
「おはようございます! ニア様!」
「様付けは、やめろ」
「ですが!」
私が顔を上げるとニア様の顔面ドアップ。かっこ良すぎて、変な汗が出そう。
「体はいいのか?」
「は、はい! おかげさまで、すっかり良くなりました!」
「……早いな」
「早い?」
「いや、なんでもない」
ニア様が屈めていた腰を伸ばす。私はもう一度頭を下げた。
「お願いします! 私を弟子入りさせてください!」
「どこの誰か知らんが、嫁入り前の女がこんなことをするな。とっとと帰れ」
「私はセリーヌと申します。帰る家はありません!」
後頭部に視線を感じる。私は感情に訴えることにした。
「私はこの国の公爵家の娘だったのですが、婚約発表パーティーで浮気した婚約者に婚約破棄をされまして……そのことで私は父の怒りをかい、家を追い出されました」
「……」
「他に頼る人もおらず、他にいく場所がありません」
「…………」
もうひと押し!
「私はニア様に弟子入りしたい一心でここまで来ました。どうか! どうか! 弟子にしてください! でなければ……」
「でなければ?」
「この家の玄関前に犬小屋を建てて、そこに住みます!」
「……いぬ、ごや?」
ニア様の声に私は顔をあげた。
「はい! 犬小屋ぐらいなら、私でも作れますから!」
「……番犬にでもなるのか?」
「弟子になる前に必要なら、犬にもなります!」
ニア様が勘弁してくれ、とばかりに額を押さえて俯いた。
「あのなぁ。ここは普通の家だぞ。使用人なんていない。自分のことは、自分でしないといけない。分かっているのか?」
「はい! あと、師匠の世話もします!」
ニア様が額から手を離して顔をあげる。
「なぜ、そうなる?」
「読んだ本には、弟子の仕事は師匠の身の回りの生活から始まる、とありました! ですので、屋敷の使用人やメイドの動きを観察して、料理や掃除などの家事をしっかり覚えてきました!」
「つまり、最低限の家事はできるのか」
胸の前で腕をくみ悩むニア様。私はもう一度、頭を下げた。
「お願いします!」
私の頭に大きなため息がのる。
「仕方ねぇな」
この一言で私は、なんとか居候の地位を手に入れた。
「ありがとうございます!」
「とりあえずは朝飯だ」
「任せてください!」
こうして意気揚々と私は立ち上がりキッチンへ。出来上がったのは……
「「…………」」
二人の視線の先には黒焦げになった目玉焼きと、黒炭になったパン。
「すみません!」
頭を下げる私の前でニア様が椅子に座る。
「初めて作ったなら、こんなもんだろ。食べるぞ」
「はい!」
焼けすぎた目玉焼きとパンは、香ばしいをはるか彼方に通り越して苦く固い。それでもニア様はなにも言わずに完食してくれた。
私の師匠は神様だ……
と感動しながら片付けをしていると、声をかけられた。
「片付けが終わったら、外にあるガラス工房に来い」
「外にあるガラス工房、ですか?」
「ガラス作品はそこで作っている。この家の隣にある小さな小屋だ」
ニア様が指さした窓の先。そこに小ぶりな丸太小屋がある。
「わかりました! 急いで片付けて行きま……」
ガシャーン。
洗っていた皿が手から滑り落ちて割れた。
※
あれから追加でもう三枚ほど皿を割ってしまう。しかし、ニア様は「どうせ、皿を洗ったのも初めてだろ」と怒らないでくれた。
「本当に神……」
片付けを終えた私はニア様が先に入っている工房へ足を向ける。
森の木々を切り倒し、芝生が広がる少し開けた土地。周囲には民家どころか、まともな道もない。
まるで森の中に浮かぶ島。
私はそんなことを考えながら、ガラス工房の小屋の前に立った。
ここで、あの憧れのガラス作品が生み出されている。
そう考えるだけで、普通の丸太小屋が豪華な城になる。恐れ多くて、ドアノブも触れない。でも、そんなことを言っていたら、工房に入れない。
私は手を伸ばしては、ドアノブに触れそうになると手を引っ込め……を何度も繰り返す。あと、一歩の勇気が出てこない。
根性なしの私は膝から地面に崩れ落ちた。
「あぁ、もう、神聖すぎて入れないぃぃ」
「……なにやってるんだ?」
カチャリとドアが開く音とともに、頭上を熱気が走り去る。顔を上げると、ニア様が呆れたように目が見下ろしていた。
私は慌てて膝の土を払いながら立ち上がる。
「い、いえ! なんでもないです!」
「とっとと入れ」
ニア様に促され、私は工房の中に入った。
工房内はさほど広くなく大きな窯が二つと、複数の作業台のみ。
ニア様が窯の一つを指さした。
「あそこの窯でガラスを溶かして、こっちの窯でガラスを成型する。ここでは主に吹き棒方式でガラスを作成している」
「本で学びました!」
「特殊な魔法石で超高温を維持している。窯にはオレの許可なく近づくな。焼け死んでも知らないからな」
「はい!」
私は額に浮き出る汗を拭いながら窯を見つめる。ニア様がガラスを溶かしているという窯に近づき、閉じている蓋を開けた。
猛烈な熱気に襲われる。皮膚がチリチリと痛む。髪の毛が焼けそう。
「どうだ、熱いだろ? ガラスを作るっていうことは、こんな熱気の中にずっといるってことだ。その白い肌を火傷することもある。耐えられないなら……」
ニア様の説明を横に私は窯を覗き込んだ。
熱気で顔が焼けそうだけど、それより興味が勝る。窯の中にドロリと溜まった赤い液体。それが、あのガラスになるなんて。
感動(?)で高揚している私にニア様が声をかける。
「……そんなにガラス作品を作りたいのか?」
「はい!」
私の返事にニア様は近くにあった吹き棒を手に取った。それから窯に吹き棒を入れ、先端に溶けたガラスをクルッと巻き付けた。
そして、その吹き棒を私の前に差し出す。
「ほら、吹け」
「へっ!?」
「吹いたら先端のガラスが膨らんで作品が作れる」
「し、知ってます。本で読みました」
ガラスの作り方については一通り本で学んだ。独学だけど。空気を入れることで先端のガラスが膨らみ、グラスや花瓶の形になる。
それは、分かっている。でも!
「なら、とりあえず吹いてみろ」
「で、でも……これ、ニア様が使われている吹き棒、ですよね?」
「そうだ」
私は思わず一歩さがる。
「おい。早くしないと、ガラスが固まるぞ」
「無理です!」
「なぜだ? 作品を作りたいんだろ?」
私は両手で顔をおおった。
「だって! ニア様と! 間接キスしちゃいます!」
この時の呆けたニア様の顔を、私は一生忘れられないだろう。