審判
フィクションですって書くと逆にリアリティが増す不思議
「...ご飯がのどを通らなくて...。よく眠れなくて...。」
瞳は親に半ば引きずり出されたーあるいは彼が心の奥底で望んでいたのかもしれないがー真白な診療室にて一人ごちた。
担当の精神科医は男性で、神経質そうな見た目をしている。
けだるそうにしながら、聞いているのかいないのか、わからない表情を浮かべながらPCのモニターを見つめながら瞳に質問を投げた。
きっと定型があるのだろう。
ーいつから症状が出ましたか
ー何が苦しいのですか
それがわかっているなら、そこにはいなかっただろうよ。
そう思うが。
しかし、当時の自分は機械的に
ーわかりません。
ーわかりません。
質問によっては「多分」という言葉が枕言葉になって続いていたかもしれない。
だが、今のように悪態をつくことなく答えるしかなかった。
気持ちとしては検察に引きずりだされた容疑者だ。
審判者たる者の言葉は最初から決まっていたのかもしれない。
「うつ症状ですね。それも重度の。」
きっと同じ日に刑事裁判を受けた被疑者Aも同じように感じたかもしれない。
あまりにもあっけなく結果は示された。
瞳は声を発することなく、自分の足もとをじっと見つめた。
「そもそもなんでうちの内科なんですか?会社近くではなくて?」
「家族の勧めで。あと周りの目が怖くて。」
「周りが気になるんですね。」
周りの目はいつだって怖い。誰だってそんなものだ。
寄る辺なく、真黒な虚無感がいつも這いずっているならなおのことだ。
ましてや、ご時世もご時世だ。ソーシャルディスタンスだとか言って寄る辺を作ることすら許されない。現代の村社会が再編されるのではないかとすら思う。
瞳が心を保てなかったことは不運ではあるがありきたりなことなのかもしれない。
しかし、瞳にはそんなことを思う余裕はなかった。
ーあの時上司に相談していれば
ーあの時仕事のマニュアルを残していれば
地元に一時的に逃げたにもかかわらず瞳の脳内はそういった「業務」で埋め尽くされていた。
業務業務業務業務業務業務業務業務業務業務業務の日々がやがて業務ではない黒い何かに姿を変えて瞳を圧殺したのだろう。
「お薬を処方します。診断書も書きます。それでは来週また同じ時間に。」
その一言で瞳は診察室を追い出された。
そして瞳は待合室のソファに座ると、もじもじと手を動かしながら、ジッと足元を見つめていた。
フィクションです。