決壊
チート能力だったり、圧倒的カリスマだったり。
あこがれるけどそんなものは持ち合わせていなかったりする。
そういうギャップ。だれでもあるよね。
『どうしよう』
彼、赤鳥 瞳が母に酔った勢いでかけた電話はたったその一言だった。
瞳は大手メーカーの新卒2年目である。
大学は中堅のマンモス大学に通い、人並みにサークル活動に励み、人並みに学業にも励んだ。
そんな中で幸か不幸か大手企業の採用選考に通過し、昨年から郷里を離れ、一人暮らしをしていた。
あまりにもどこにでもある石ころである。
そんな彼は2年目にして大きなプロジェクトのメンバーに抜擢され、日夜業務に励んでいた。
そういえば聞こえはいいがはたから見れば無理難題を体よく押し付けられた形になる。
いや、実際には彼がそう思い込んでいただけなのかもしれない。
いずれにせよ、プロジェクトの進行どころか会社自体の業績も芳しくない。
そんな芳しくない状況の中、ストレスから逃れるために酒を飲み、スーツのまま体を横たえたところ、恐ろしいほどの虚無感が彼を襲い、彼は不意に母の声を聴きたくなったのだ。
「どうしようって、あんた、明日も働くしかないでしょうよ。まだ月曜日よ。」
母は何の気なしにそう返した。
「そうだよね。何でもない。ごめんね。」
「謝る必要なんてないわよ。不安になったの?何かあったから電話しなさいね。」
(何かわからないけど、何かあったから電話したんだよ。)
彼は一人、心の中でつぶやき、ため息をつきながらスマートフォンを投げ出した。
一人の部屋は案外、孤独である。
孤独を好むものはいるが孤独に耐えられるものは誰一人いない。
カセットコンロすらない彼の部屋では、コンビニで買った食材を乱雑に入れるための冷蔵庫、身体を横たえるためのベッドと服をぶちまけるためのクローゼット、たまにつけるテレビ、そして誰かとつながるために使用する重さ1kgにも満たないスマートフォンのみである。
腕で目を覆う。ー不安が身体を覆う。
スーツを脱ぎ、寝間着に着替える。ー不安は身体にまとわりついたままだ。
風呂で体を洗いながす。ー不安はどこにも流れてはくれない。
そんな日々が続いた。
そういうものだと瞳自身も割り切っていた。
しかし、日に日に不安は彼を静かにーしかし確実に蝕んでいた。
眠れない時が増えた。しかし身体を横たえた
食欲も失せた。しかし胃に何かを詰め込んだ。
そんな日々が続いた。
そういうものだと瞳自身も割り切っていた。
そして終にー虚無感が彼を飲み込んでしまったのだ。
今朝がた、胃に詰め込んだはずのドーナツだった吐瀉物を前に、業務中にもかかわらず彼は母に電話した。
『どうしよう』
涙がぼろぼろとこぼれてくる。
「『どうしよう』ってあんたどうしたのさ?」
さすがの母も異変に気が付いたのかそう尋ねた。
「わからない...。けれど何か不安でさ」
「何かわからなけど不安って何よ。」
「わからないんだよ。...それなのに今朝食べたドーナツを吐いちゃって,,,。」
その後も彼の独白は続いた。
彼のいうことには論理も意味もそれどころかクソも詰まっていなかった。
しかし、母はそれをただ黙って聞いて一言だけ言った。
「今週末、実家に帰ってきなさい。」
彼、瞳はその一言だけでなんとなく救われた気がした。
なんやこれ。