新しい朝が来た その1
な匂いで目を覚ます。台所からパタパタと動き回る音が聞こえた。彼は隣で自分を抱き枕がわりにしがみついて寝息を立てているアルマを引き剥がしてベッドから起き上がる。
「おはようございます。起こしてしまいましたか?すぐ出来ますから座ってて下さい。」
台所で調理していたフレイラは仙一郎に気づくと振り返る。結局、彼女は取りあえず同居することになったのだが、アルマに遠慮しているのか男性である仙一郎を警戒したのか頑なに押入れで暮らすと言い張ったので押入れの上段が彼女の部屋となったのである。
「ああ…おはよう…ございます…」
寝ぼけ眼で言われるままダイニングテーブルに腰掛けるとフレイラはてきぱきと配膳する。トーストした食パンにレタスとハム、ポーチエッグが乗った皿に野菜サラダ、コーヒーといかにも美味しそうな料理が並ぶ。
「ありものですが…どうぞお召し上がりください。」
「わざわざ用意してくれたんですね。ありがとうござます!」
「アルマ様に警固役を承った以上、お食事に毒など入れられたら大変ですから私が安心安全な食材を自ら調理してお出しするのは当然のことです。」
大真面目に語るので仙一郎は思わず苦笑いした。
「いただきます。」
フォークで一切れ口にはこぶ。
「ウマっ!」
思わず声をもらしてしまうほど旨い。その出来はレストランと遜色ないもので仙一郎は夢中で掻っ食らってあっという間に平らげてしまう。後には舐めたように綺麗になった皿だけが残った。
「ごちそうさまでした。」
「おそまつさまです。コーヒーおかわりは?
「あ!お願いします。」
フレイラは慣れた手つきでコーヒーを入れなおす。
「どうぞ。」
仙一郎にコーヒーカップを差し出そうと彼女が前かがみになるとその豊満な胸が強調される。スウェット越しに見事な量感を感じさせる膨らみを目の前に彼女がノーブラであることに彼は気づいた。よくよく考えてみればスウェットは代用できたが女性物の下着などあるはずもないので当然だった。彼は目をそらしてカップを受け取るとひとくち喉に流し込んで照れ隠しに話しかける。
「食事、すごく美味しかったです。フレイラさん料理上手なんですね!」
「私は基本的に食事は必要ありませんがアルマ様は食通でいらっしゃいますから。長年身の回りのお世話をしておりました私にとっては当然のたしなみです。」
「へぇ…凄いんですね。」
「もしかして私が剣だからって戦うことしか能の無い戦闘狂かなにかだと思ってました?」
「いや!いや!そんな!別にそんなこと…」
フレイラがジロリと睨むので、また剣を突きつけられたら大変だと仙一郎は慌てて両手を振って否定する。
「いや本当にしっかりしててフレイラさんが剣だなんてことの方が信じられませんよ。」
「ちょっと手を出して下さいませんか?」
「あ、うん…」
彼はとりあえず手を差し出すとフレイラはテーブル越しに身を乗り出して手を握った。
「何を?」
突然のことに仙一郎がうろたえていると甲高い金属音が響き、突然フレイラが目の前かから消え去りずっしりと重い感触を感じ手には剣が握られていた。
「おっと!」
思わず落としそうになり慌ててしっかり握りなおしたそれは確かに西洋の剣だった。鏡のように反射する綺麗な刀身は鋭い光を放ち、柄の部分には精緻な文様が刻まれていてまさに一流の職人が作り上げた美術工芸品ぜんとしていたので思わず見惚れてしまう。
「いかがですか?」
脳内に直接フレイラの声が聞こえるので彼は慌てて剣を落としそうになる。
「ホントに剣なんだ…」
彼が剣に向かって語りかけると、次の瞬間ふたたび金属音がしたかと思うと目の前に手を握ったままのフレイラの姿があった。
「いかがです?お分かりいただけましたか?」
「え?ええ…フレイラさん、凄く美しかった…」
「な!な!な!何を言ってるんですか!」
フレイラは顔を真っ赤にして飛びのいた。
「違う!違う!剣が、剣が美しくて素晴らしい物だったって意味で…」
「ははは!そうですよね!そう!そう!」
仙一郎は慌てて弁明し、それを聞いたフレイラは決まり悪そうに照れ笑いを浮かべテーブルの食器を片づけ始めた。
今朝は少し早めに家を出なければならなかったので流しで洗い物をするフレイラを横目に大きくひとつため息をついてから支度をはじめる。駅まで路線バスを使ってもよかったが無駄な出費は避けたかったので歩くことにしたのだが彼はあらためて自転車が盗まれたことが思っている以上に気持ちを落ち込ませていることに驚いていた。
カバンを手にとり出かけようかとすると突然、勢いよく玄関のドアが開く。
「ヨーレッゲル!仙一郎!」
飛び込んできたのはリザだった。カジュアルなジーンズ姿の金髪の女性はキッチンのフレイラを目にすると仙一郎の方に向き直り
「なんですカ?この女ハ!ワタシという者がありながら!やっぱり胸が大きいのがいいデスカ!このケダモノ!スケコマシ!ムッツリスケベ!」
と怒鳴り声を上げる。
「いや、彼女は…」
「相変わらず騒がしい女ですね。」
仙一郎が慌てて説明しようとするとフレイラが口を挟む。
「んん…この感じハ…」
リザは目を細くして何かを感じ取ろうかとするようにフレイラを睨む。
「ああ!アルマんとこの召使いデスカ!ちょっと見ない間二成長シテ…」
「アルマ様と敵対する貴方とは休戦中なのは聞いてますが、私は貴方のことを完全に信用している訳ではありませんからね。」
「たかが剣ごときに信じてもらう気ハありませんネ!」
「何だと!」
「何デスカ?」
二人は睨み合い一触即発の張り詰めた空気が漂う。たまりかねた仙一郎が割って入る。
「と…ところでリザ!朝早くどうしたの?」
「そーでしタ!お迎えに来ましたネ!仙一郎がチャリをパクられたのデ大学まで送るようアルマから連絡がありましたネ!」
「ああ!そうなんだ!ありがとう!そんじゃ出ようか!」
仙一郎がリザの背中を押してそそくさと外に出ようとすると何故かフレイラもついてくる。
「何?フレイラさん…」
「私は仙一郎様をお守りするのが仕事ですからご一緒します。」
「ちよっとそれは…」
仙一郎が困った顔をするのでリザがフレイラに突っかかる。
「仙一郎が困っているでショ!ワタシだってあまりベタベタつきまとうと迷惑だからト遠慮してると言うの二!素直にお家で大人しくしてな!この野暮天が!」
「はぁ?カトンボ風情がわめくな!」
「分かった!分かった!分かったからケンカしないで!三人で行こう!三人で!」
「仙一郎がそう言うんでしたラ…」
「はい、かしこまりました。」
仙一郎はゲッソリとした表情でため息をついた。