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パルミラ  作者: Yoi
13/15

写真

†5

翌日朝早く彼女は発っていった。僕は何とか彼女を見送ることが出来、二言三言の挨拶をして、慌ただしく彼女と別れた。

見送りをすませると、僕も荷造りを始めた。

少ない荷物とおみやげを、スーツケースにあらかた詰め込んでしまうと、僕の目は部屋の隅に残された、パルミラに、ようやく向けられた。

パルミラはまだ、昨夜、僕が向きを変えた時のままに、何もない壁を見つめて、ひっそりと静止していた。


僕は無意識にこのロボットから目をそらしていたことに、その時気づいた。いつの間にか、もう以前ほどの愛着を感じられなくなってしまっていた。それでもここに置いていくのも迷惑だろうと思った。手荷物にして飛行機に乗せようとしても、荷物としてあらかじめ送ることすら、周りの人に阻まれて、うまくいかないだろう。僕はやっかいな物を持ってきてしまったと、内心後悔していた。それでも、長い間一緒に暮らしていた擬似的なパートナーではあるのだから、責任を持って、連れて帰る必要はあると思った。


僕は何となく、パルミラに微笑みかけ、壁に向けて伸ばされたままの手を掴んで、彼女を振り向かせた。愛らしい彼女の顔を覗き込んでも、彼女はうつろな瞳のままで、にこりとも微笑んではくれなかった。


笑わないパルミラをつれ、僕は再び長い間飛行機に乗って、自分の国に戻った。

飛行機の中で、僕はずっと眠っていたが、夢に見たのは遠い異国で出会った彼女との甘くおぼろげな思い出くらいだった。


充実した5日間の旅行に疲れて、ぐっすりと眠っている間に、世界は旅立つ前の見なれた様相を取り戻していた。



住み慣れた部屋に戻り、荷物を元あった場所に片付けてしまうと、僕はすぐ自分のパソコンに向かった。自分のメールボックスに、着信はまだ無かった。さすがに帰国したその日にメールが来ることはないとは思ったが、僕は自分の分の写真はその日の内に整理してしまい、早々に彼女に送っておいた。


しかし、それから数日が経っても、彼女からの返信はなかった。


ようやく返事が返ってきたのは、旅行から帰ってきて2週間ほどが過ぎた頃だった。

『おくれてしまってごめんなさい』

とは文面に書かれていたものの、メールはわずか数行の簡素な物だった。それでも、そのシンプルな文面の中に、彼女らしい快活さを感じて、僕は思わず微笑んでしまった。


メールには、確かにたくさんの写真が添えられていた。

彼女は、おそらく、カメラに入っていたたくさんの写真をざっと整理しただけで送ってきたらしい。中には少し手ぶれして、お世辞にも上手に撮れているとは言えない写真も数枚混じっていた。それでも、その写真は僕と彼女の懐かしい旅行の記憶を呼び覚ますのに十分すぎる物だった。僕と彼女が旅行先で取った幾つもの写真。教会、遺跡、美しい自然……。


しかし、その写真も後半になって、僕はその中に、数枚、取った覚えのない、見なれないものが混じっていることに気づき、思わず首を傾げた。


それは、日本での写真のようだった。

おそらくは、何処かの島なのだろうか。美しい海が背景に拡がった、高原の中で彼女と一緒に微笑む、パルミラの写真。しかし、そのパルミラは彼女が旅行に連れてきていた物とは違う物のようだった。彼女のパルミラより、それは明らかに新しい個体だった。彼女の連れてきていた物は、彼女の祖母の物だったから、時間が経ったパルミラ特有の少し落ち着いた皮膚の色をしていた。この写真に写っているのは、おそらくまだ、製造されて1年と経っていないもののようだった。どうやら、この写真自体が先日の旅行より少し前に取られた物のようで、写真のデータをよく調べると、“撮影日5/6”と記録されていた。


しかし、なにより僕を驚かせたのは、その写真に写った彼女の表情だった。

それは、とても自然な笑顔だった。僕の持っているカメラに写った彼女の写真には、その笑顔はなかった。僕の写真に写ったどの笑顔よりもずっとその笑顔は自然で、そして、耐え難いほど美しかった。傍らで微笑むパルミラの笑顔は、やはり愛らしかったが、彼女の微笑みは、そのパルミラの微笑みの比ではなかった。


僕は長いこと、人工的な微笑みばかりに心を許してきたせいか、人の微笑みの真贋すら、もう見分けが付かなくなっていたようだった。彼女のその微笑みは、微笑むことを目的としていなかった。それは、内側から零れてしまって生じたものだった。僕は、彼女のその表情を撮影していないだけでなく、“知らない”ことに気づいた。そして、そのカメラを向けた誰かが、明らかに彼女の一瞬の表情を出来る限り美しく捕らえようする一種の愛着を持って、そのレンズを彼女に向けていることに僕は気づいた。

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