注連縄《しめなわ》の話
ちょっと真面目にこんなお話も。
伊勢志摩地方では注連縄を一年中飾ることをご存知ですか?
年末の取り替え時以外、いつでも玄関に注連縄があるのが普通なので、関東へ引っ越して来たとき、お正月過ぎて取り外すというのは何だか抵抗感がありました。
と言うか、もう長く住んでいるのに、未だにそこだけ頑なで、わざわざ伊勢から注連縄を取り寄せて一年中飾っています。
伊勢の注連縄は、藁の縄に前垂れを付けた、「ごぼうじめ」と言われる形のもので、木札、紙垂、ウラジロ、ユズリハ、エセビ、橙を飾るのが特徴です。
特に、この地方独特な飾りと言えば、木札でしょうか。
表には「蘇民将来子孫家門」(そみんしょうらいしそんかもん)または、「笑門」(しょうもん)と大きな文字で、「七難即滅」(しちなんそくめつ)「七福即生」(しちふくそくせい)と小さな文字で墨書きします。
ちなみに、我が家のは蘇民将来子孫家門でした。
裏には「急々如律令」(きゅうきゅうにょりつりょう)それと、セーマン(五芒星)ドーマン(九字)のマークを描きます。
私が幼い頃、注連縄は祖父が作っていて、縄を綯う手付きや、藁の匂い、木札にまじないの言葉を書く墨の匂いなどを今も懐かしいく思い出します。
達筆な祖父が毛筆で書くその文字は、いかにも魔除け! と言う感じで、ご利益ありげに思えたものです。
この「蘇民将来」と言うのは、日本各地に広く伝わる民間信仰らしく、特に伊勢に限ったものではないらしいです。
岩手県にも「蘇民祭」という有名なお祭りがありますもんね。
伊勢に伝わる蘇民将来の伝承はこんな内容です。
昔、須佐之男命が、伊勢の地を旅したとき、日が暮れて泊まるところに困っていたところ、貧しいけれど心優しい「蘇民将来」という男が、自分の家に泊めてくれ、手厚くもてなしました。
須佐之男命は蘇民将来の親切にたいそう感激して、「後の世に疫病あらば、汝蘇民将来の子孫と云いて、茅の輪を以て腰に付けたる人は免れなむ」と言い残して去って行ったそうです。
以来、蘇民将来の家は、茅の輪のお陰で疫病から逃れ、代々栄えたそうです。
それで、いつの間にか伊勢では注連縄に「蘇民将来の子孫の家ですよ」と言う意味で、「蘇民将来子孫家門」と書くようになったとか。
木札に書かれたまじないの意味を現代語風に言えば、「蘇民将来の子孫に降りかかる七難を即座に滅し、七福を即座に生め! 急いでやれ!」と言うことなのでしょうね。
今、また第三波が来ているらしいコロナ禍のお守りとしてはぴったりだなぁと思い、今年もまたお取り寄せして、一年を通して玄関に飾ろうと思うのでした。
ただ、こちらの方には馴染みがないため、外し忘れのズボラな家だと思われる恐れはありますが、そこはまあ、目を瞑りましょう。
以前、海女の話を書いたとき、こういったお話に興味をお持ちの方から感想いただいたので、また書いてみました。