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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

朝倉 ぷらす短編集

解決編など蛇足 【case. 悪魔憑きの夜】

作者: 朝倉 ぷらす

【scene 0. 繰り越し】





 赤を――ぐちゃぐちゃに塗り潰したくなった。





【scene 1. 容疑者宅から回収されたデジタルカメラに収められていた動画】


『あは。あー。あー。てすと。てすと。今日も、いい天気、だったよ。ね? じゃあえーっと。えっとね?


 ビデオ撮るときって、なんだか緊張するよね。


 えっと。


 これがわたし。

 こっちがあなた。


 ふふ。


 わたしを映します。やっほー。

 ここが、二人の部屋。


 あっ、座ってなきゃダメだよー。


 わたしがいて、あなたがいる。


 なんて、美しいのかな。


 ね?


 ね?


 ね!


 ……ちょっと前まで行儀が悪かったんですが今は素直に座ってくれてます。


 お椅子に座ろうねー。


 ふふ。


 ああもぅ、可ぁあ愛ぃいなぁぁ。可愛いなあ……っ。


 真っ赤なYシャツも、

 あっ、ああっ、どうして縛られてるの!?


 誰がこんなヒドイこと。


 え、でもお行儀が良くならないと、ダメだよぉ。


 くふふ。


 縄目のついた腕。

 舌を這わせるの。

 力の無い両手に。

 黒ずんだ指先に。

 絡める指の間に。


 ねえ?


 乱れた髪の毛の一筋に。すき通す髪の感触を覚えたい。

 ああ、甘い。


 押し付けるように重ねた唇と、押し返す唇に挟まった吐息。


 動かない足。


 可哀相。


 カワイソウ。


 ああ。


 白に。紅に。茶に。

 肌に。何かが。赤に。

 椅子が。緑に。黒に。

 きれいに。銀に。


 わたしは。


 無邪気? 狂気? 笑顔?


 だから。笑う。愛す。見る。

 あなたを。見る。見る。見る。見る。見る。


 あなたは。虚。絶望。暗闇。死。


 そして。


 ?


 だから。足は。動かない。


 まだ期待して。


 つまり。


 セカイは。淡蒼。


 されど。緋。



 ああぁああああ、、、はぁ……美しぃいなぁ。



 ……何かしゃべる?

 俯いてちゃ、わからないよ。


 もしかして、カメラ苦手?

 シャイなんだね。


 そんなあなたの一面が知れて、良かったぁ。

 あはは。』


『う……ん……。』


『どうしたの? ゆっくりでも、しゃべってみて。』


『なん……で。』


『???


 え。


 なんで?


 なんでって、なんで?』



『お前は――誰だ?』



『え。


 え?


 あれ、あれ。』


『ゃ、めろ……。』


『?


 ?


 ?


 は?


 なんで?


 ナンデ、何で。


 何で何で何で?? 


 何が何が何で何が何で何が何で何が何で何がナニがナンでナニがナンでなにがなんでなんでなんで何が何でそんなにも。



 わたしを嫌うの?



 …………。


 ……。…………。……………………。…………………………………………。…………。………………………………。



 もう、いいや。』


『――~~っ゛あ゛あ゛!! ぁがっ! 痛ぎっ――止めっ!! あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛ぁ゛あ゛あ゛ああ゛あっ!』



『あはははは。血ってあったかいね。綺麗だよね。ねぇ。ねぇねぇねぇ。わたしを愛してるって言ったじゃない!』


『…………。』


『…………。』


『さぁ外に行こうか。



 ねえ。』





【scene 2. 埃を被った安楽椅子】


「ぅぷっ。」


 明るいなどとはお世辞にも言えないような、手狭な物置。二人に与えられた特別室(丶丶丶)は、常に白熱灯の光で(ほこり)が浮かび上がるような、資料だらけの部屋だった。


 おそらく、煙草の副流煙の方が、まだ少しは健康的だろう。


文園(ふみぞの)くん。ここはお手洗いではない……ということだけ、留意しておくよ。」

「う……く、はい。土御門(つちみかど)先輩。すみません。ちょっと、席を外します。」

「はい。僕はもう少し、この動画を検証していましょう。」


 ずずっ、と紅茶を(すす)る音と、一拍おいて出た溜め息。

 切れ長の目は、文園をチラとも捉えなかった。


 その、怜悧な視線の先。モニターに映し出された動画では、二人の男性が血だらけになっていた。

 動画が回収された地域で発生していた、連続男性失踪事件。その捜査をしていた二人の警察官も失踪し、そして、動画の中にいた。


 グロテスクな趣味の悪い映像を眺める土御門は、眉ひとつひそませずに紅茶を(たしな)む。


「すみません。先輩。もう大丈夫です。」

「わかりました。」


 文園が席を立ってから今まで、動画はとある場面で止められていた。


「さて、文園くん。これをどう思うかい?」

「これ、ですか。」

「ああ。」


 チェック柄の灰色のベストの折り目正しく、整髪料で撫でつけた髪の毛からも神経質な側面を思わせる。

 土御門(つちみかど) 忠晴(ただはる)。科捜研の、変人だった。

 手の平を広げ、眼鏡を左右から鷲掴むようにして掛け直す仕種には、土御門の合理主義的な性格が見て取れて、そして、それは二杯目の紅茶にスティックシュガーを折り割って入れる所作にも表れる。


 病的に伸びた指がスラリと、彼の雰囲気を増していた。


 その指が、画面を指さした。


「これ……中身が出ているんですか?」

「そうだ。(はらわた)がはみ出している。」


 ボサボサの頭を掻きむしる動作、Yシャツはだらしなく、ズボンに仕舞い忘れている。

 文園(ふみぞの) (ぎん)。捜査一課の使い走りだった。

 彼の最大の特徴は、とにかく神経が図太く、人間関係に頓着しないことであった。そして、埃が舞う中で紅茶を嗜む土御門の特別室に、臆面もなく足を踏み入れるところなど、賞賛さえされていた。


 人懐っこい糸目がより細められて、小難しいく考えを廻らして、そして失敗しているのだろう。


「やっぱり、そうなんですね。ぅへぇ……。」

「それで、この出来損ないのスナッフフィルム(もど)きに映っている捜査官……縛られている方が、近辺のコンビニに深夜、現れた、と?」

「ええ、はい。」


 手近な椅子を引っ張って、文園は座って軋ませる。長い間使われていなのだろう、油が落ちたような耳障りな金属音だった。


「店長が夜、バックヤードで監視カメラをモニター中、前を割かれてヒモのような物が(丶丶丶丶丶丶丶丶)垂れ下がった人物(丶丶丶丶丶丶丶丶)を認め、直後、それが腸の様な物であるとわかり、消防に連絡、事件性を鑑みて警察にも連絡が回ったものの、」

「消防や警察が到着する以前に、その人物は姿を消していた、と。」

「はい。」


「ふむ。……不思議な話だ。」


 脚を組み替えて、土御門もまた椅子を軋ませた。

 特別室には、まともな予算が下りていないことの証左だった。


「店長の証言では、表に出ると怪我を負った人物は存在せず、代わりに、見たこともない美女いたそうです。」

「美女。」

「ええ、レジを担当していたバイトの男性も、同じように証言していますね。ああ、でも、確認したところ、やはり、監視カメラには、」

「腸を垂らした、失踪したハズの警官が映っていた。」

「はい。」


「オカルト……だと?」


「はい。」


「なるほど。」


 土御門 忠晴。

 専門は、怪奇事件である。特に、証拠が存在する怪奇事件があれば、それらが迷宮入りする前に、証拠は土御門に回される。


「事件を整理しよう。」


 土御門の仕事は、怪奇事件の超常性を、現実世界に落とし込むことであった。

 連続男性失踪事件。その操作の鍵を握るハズだったビデオカメラには、複数の容疑者が映されていた。


 いや、正確には、容疑者が入れ替わっていく様子が映し出されていた。


 悪趣味なスナッフフィルム擬きには、男性同士の衆道的な交わりと、その後、縛った側が倒れ、縛られた側が縄を解いてどこかに消えていく様子が、何度も映しとられていた。

 生気を失い、足取りも覚束ない様子。


 中には交わりの最中(さなか)、絶叫と共に振り下ろされた刃物によって、腸が引きずり出される場面もあった。


 どう考えても、それで生きていられるとは、思えなかった。


「しかし、重要なのは音声の方だ。」

「ええ、そうですね。」


 動画に残された音声。それは、どう聞いても男女二人の物であったからだった。


「音声だけを聞けば、この動画に美女が映っていたと思うこともできるだろう。」

「ですが、最後の二人は。」

「わかっている。文園くんの課の、先輩だろう?」

「ええ、はい。」


 文園は、怒りとやるせなさで唇を噛んだ。


「工藤先輩は、まだ、どこかをさ迷っています。」

「この、縛られてナイフを突き立てられている方、か。」

「はい。」

「コンビニで、腸を晒していた美女。その正体。」

「はい。」


「文園くん。これは単純なオカルトだよ。」





【scene 3. 解決編は、お呼びじゃない】


「単純な、オカルト……?」

「ああ、文園くん。そもそも、この事件を止めるにはどうすればいいか、わかるかい?」

「い、いえ。」


 土御門の下に集まってくる怪奇事件。そのすべてに、原因は何だという添え状が付いてくる。


 しかし、重要なことは、そこではない。


 事件が発生して、その犯人を合理的な理由をもって逮捕する。

 警察とは、そのような組織であって、それ以上ではない。


「わからないか? この犯人たちは、大なり小なり……死んでいる(丶丶丶丶丶)。」

「死――」

「いや、正確には、いずれ死すべき状況にある、というべきだろう。」

「な、なるほどです。」


 こと、ここに至って土御門の視線はモニターに向けられたままであった。


「つまり、この工藤という警察官一人を、取り押さえてどこかに閉じ込めておくことが出来れば、いずれ、この事件は(丶丶丶丶丶)終息するだろう。」

「そ、うでしょうか。」

「まず、間違いない。」


 つまらない問題を解かされたと言わんばかりに、残り時間の減っていく動画を、土御門は眺めていた。

 その減り続ける時間が、文園には何かを暗示しているように思えて、焦燥感が募っていく。


「あ。」


 そして気が付いた。


「土御門先輩は、どうして、この事件が終息すると、考えているんですか?」


 残り時間は、後わずかだった。

 ちょうど、美女の声をまとった男性警官が、縛られた工藤に近づいてキスを迫っているところだった。


「なに、難しいところは何もない。……ただ単純に、これがオカルトであるなら、何を目的としているのか、と、そのように考えただけだ。」

「目的。」

「ああ、この行為。すべては目くらましだった。縛られた側が切り裂かれ、そして、美女の声が縛る側から縛られた側へと移っていく。……その根本は、西洋魔術の死霊術に近い。」


「は、はい。」


 土御門が変人だと言われる理由。


 それは、オカルトをオカルトだと切り捨てず、合理的に発生し得る現象だと考えられるところにあった。


「これはね、文園くん。魂魄を、回収しているのだと、思う。」

「はい。」

「身体は、死んでいて、操り人形のごとく。つまり、対象を殺して、その魂魄を回収したのち、新鮮な身体に乗り移っているのだと、考えられる。確か、そういう呪術があったハズだ。」

「なるほど。」

「つまり、工藤くんは、死んでいる。」


「――はい。」


 淡々と告げられた言葉には、一切の容赦がなかった。


「僕はね、オカルトなんて(丶丶丶丶丶丶丶)信じていないから(丶丶丶丶丶丶丶丶)、何とも言えないが、この犯人(丶丶)は、ひと目見ただけで催眠が可能な技術があるのかもしれない。」

「はい。」

「だから、常にカメラ越しの景色を見ながら、彼を捜すと良い。」

「わかりました。」


 終ぞ、土御門が文園を見ることはなかった。


「さて、僕の晩ご飯も決まったよ。」

「はい?」


「なに。ラーメンだよ。僕にできることなど、ニンニクを足し算して生きながらえること、くらいなものだから。」


「はあ。」


「襲われたら、怖いじゃないか。」









~fin~

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― 新着の感想 ―
[一言] グロテスク~!スナッフ~! でも嫌いじゃない~! むしろ好き~! いかにもアレな感じのキャラクター設定がいいですね♪ もっとこのシリーズ読みたいです(*´ω`*)
[一言] ぬおおー さっぱり分かりませんでしたー! 吸血鬼でも出るんですかい! それから序盤の狂気がなんだか怖かったです!
[一言] 大塚英志の作風を彷彿とさせる作品でした! この、オカルトと科学が絶妙にマッチした世界観は大好物です! それに、今はオカルト扱いされているものも、100年後には科学で解明されてるかもしれません…
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