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5 モブ、先生になった その1

 舞い込んできた面倒事を、俺は拒むこともできる。

 だが、プライドだけは高いだろう雅人先輩の土下座を見て、無視するほど俺も人間として落ちぶれていない。



 と、言うのはあくまで言い訳だ。



 先輩だろうと、同級生だろうと、俺を認識する存在がまた一人増えたのだ。

 モブである俺が、モブから脱しようとしている。

 キャラを放棄の方向へ進んでいる。



 このチャンスを活かさないモブはいない。

 ある程度友達が居て、他愛もない話をしながら放課後に喫茶店へ行くような関係を望む俺は、罪悪感を少し感じながら雅人先輩に手を伸ばす。



 ーー脱モブ! の、踏み台よろしくお願いします。



「……物理的になら」


「お願いします! 先生!」


「……う、うん」



 俺が頷くと、雅人先輩ーーいや、弟子? 生徒? は、「放課後、昇降口で待ってます!!」と言って、深々と九十度のお辞儀をすると戻っていく。



 姿が見えなくなってから、後ろを振り返ると、



「ん?」

「……俺が……ん? だっての」

「がーんばっ!!」



 笑顔の如月にブイサインされた。

 雅人先輩に関わってしまったのは、半分以上お前のせいだと言ってやりたい。

 だが、無自覚な人間にそれを言っても無駄なのは俺が一番知っている。



 ……ため息がまた出る。



「如月、今日親は?」

「えーと……帰ってこないけど」

「なら中学へ林檎を迎えに行ってくれるか? あいつら五限だから。未央ちゃんにも、ご飯食べて行くよう言って連れて、それで先に家へ帰れるよな?」

「うん。和樹は?」

「用ができたから……俺はちょい残る」



 まるで、週刊少年漫画雑誌のヤンキー漫画が如くーー

 放課後に決闘があるか如くーー



 だが、ただ物理的に強くなる方法を伝授するだけである。

 それをどう説明すれば良いのか、咄嗟に言葉にできるほど頭が俺は良くない。



 だから何となくーー変な濁し方をして先に如月を家に帰すしかなかった。



 ♡



 放課後になり、結果午後も如月としか話すことはなかった。

 如月と話し、彼女が友達のところへ行けば、「誰? あんなの居た?」と言われ、それを聞いてしまう始末。



 俺の影の薄さ、やはり何があっても変わらないらしい。

 如月、未央ちゃん、雅人先輩と、認識できる人間が増えても一度できた空気はそう変わらない。

 そしてまた、俺はその出来上った空気に溶け込む背景なのだから当然である。



 そんな俺に、今日生徒ができました。

 物理的に強くなるたいと、土下座までしてきたチャラ男。

 ヤンキーとも言える、有名人でありながら、イケメンがそんな情報を帳消しにして貴公子と呼ばれる先輩。



 ーー貴公子 雅人先輩である。



「先生! お願いします!」

「えーと、とりあえず……投げ技からで良いですか?」

「それよりも先生! 先生なんすから敬語はやめてください!!」

「ええ……」



 それは無理あるだろ……。



 俺が嫌そうな顔をすると、



「と、とりあえずよろしくお願いします!」



 先に折れてくれた。

 俺はとりあえず、先輩を連れて校舎裏へ行く。

 校舎裏は先生の目に付かない。



 これを授業と例えて、授業内容が投げ技伝授ーーと、なると先生に見られると誤解を招く。

 誤解を解けば良いだけだが、受けないに越したことはない。



 だが、何故だ。何故なんだ。



 校舎裏のベンチ、もう既に三人の客人が座っていた。

 そしてうち二人は、スポーツ系少女を挟んで睨み合いをしている。



「……先に帰れと言ったよな」

「無理よそんなの」

「お兄ちゃん! 妹なんだから迎えに来て当たり前でしょ!?」



 お前に関しては一度も迎えに来たことないだろうが……林檎!!

 なんて、突っ込まない。

 冷たい眼差しで「何をしている馬鹿が」と、家族だからこそできる心のチャットで言い放つ。



「何でそんな目するのっ!?」

「……」

「無視しないでええ!」

「……」

「林檎ちゃん、お兄ちゃんはご立腹みたいよ? 何してくれているのかしらねえ」



 それはお前にも言えるんだよ、馬鹿二人目の選ばれしアンポンタン。

 とも、またまた突っ込まない。



「あのう……お兄さん。二人がどうしてもお兄さんと私が帰るって……張り合って」

「……巻き込んでごめんね未央ちゃん」

「い! いえ! そのう、大丈夫です」



 未央ちゃんは微笑む。

 一番まともな子が居ることに助かった。

 突っ込む気の起きない俺の、心の拠り所となりそうだ。



「先生、如月沙苗以外の二人は?」

「馬鹿な妹と、その親友です。まあ、親友の未央ちゃんだけは手を出さないでください。馬鹿な妹は別に好きにしていいです……馬鹿なんで」

「馬鹿馬鹿言わないでえ!」

「五月蝿いよ馬鹿」



 素早く言い返され、更に素早く言い返す。

 林檎は涙目になると、未央ちゃんに泣きすがった。

 しかし、如月に襟首を掴まれベンチの裏に片手で投げられーー何もなかったかのように側転して着地する。



 馬鹿だ……本当にこいつら、馬鹿だ。



「ーーまあ、とりあえず始めましょうか」

「はい! お願いします!」

「わ、私も何かできますか?」



 手伝うことを建前に、馬鹿二人から逃げたい未央ちゃんはベンチから素早く俺の元へ走ってきた。

 良い子過ぎる未央ちゃんに顔を見上げられ、犬のように可愛く見えて頭を撫でてしまう。



 やはり未央ちゃんが一番良い子だ。

 この子こそ、ヒロインとして成立するまともな性格である。

 ライトノベルに置き換えて考えると一番比較しやすかった。



 さて、馬鹿二人が地上最強トーナメントを始めたところで俺は未央ちゃんに手伝ってもらい、先輩にまずは背負投げから教えることにする。



「これは俺の個人的な背負い投げですけど……まず、こうして手首を掴んで自分の方へ引っ張ります」

「ーーっ!?」

「そしたら胸ぐらを掴んで体を捻り……相手を背中に乗せます」



 未央ちゃんを相手にして、ゆっくりと動きを覚えてもらうため実際に投げる前までをやってみせる。

 背中に未央ちゃんを乗せると、柔らかいお餅二つが押し付けられる。



 ーー良く考えてみれば、今日は胸に縁があるようだ。



「……あのう」

「ん?」

「……そ、そのう。お兄さん……胸が」

「ああ、うん。降ろすからーーよっと」



 俺は未央ちゃんを降ろす。



「どうですか、こんな感じで」

「背負い投げって、そんな形でもできるんですね……ちょっと! 試しても良いですか?」

「じゃあ俺をまずは背中に乗せるところまで」

「ーーはい!」



 未央ちゃんを背中に回し、ゆっくりと先輩に投げられる前まで試してもらう。

 すると、中々の身のこなしでもう少し体の捻りを大きくし、上半身を屈めることができれば、隙のない素早い背負い投げへ持っていけそうだ。



 柔道を少ししていたか、もしくは柔道をできる体なのかーー



 これなら、ほんの数日教えればある程度の投げ技を習得できるだろう。

 面倒事も数日の我慢で終わりそうだ。



「ーーああああ!!」

 


「ーーきゃっ!!」



 先輩に「良いですね」と言ってアドバイスをしていると、如月が林檎に突き飛ばされたのか未央ちゃんに当たり、そして未央ちゃんが連鎖的に俺にぶつかってきた。



 未央ちゃんは俺の制服を両手で掴むと、体を密着させてくる。

 元気一杯な女子で、常識あると思っていたが、か弱い。



 俺は未央ちゃんを背中に付けたまま、クルッと後ろを振り向き、とうとう互いに回し蹴りして空中で足の甲と足裏をぶつける馬鹿に怒鳴る。




「ーーいい加減にしろおお!! 未央ちゃんが怖がってしまっただろうがあ!?」



「「……? …………ご、ごめんなさい」」



 俺が怒鳴ったことに、二人は一瞬きょんとしたがすぐにしゅんとなって謝った。

 本当に、どうにもならない馬鹿二人だ。



「よし、じゃあ再開しましょう先ーー」

「「はああああ!!」」

「お前らじゃねーよ!! お前らは大人しくしてろ、じゃねーと家に入れねえからなっ!?」

「「……はい」」



 投げ技伝授の再開を、地上最強トーナメントの再開と勘違いした二人に、また怒鳴る。

 今度こそ大人しくなった二人は、距離を離してベンチに座った。



 未央ちゃんには、悪いが監視役としてお手伝いを頼み、俺は先輩に背負い投げをスムーズにできよう教えることにする。



 俺は投げられても受け身を取れるから平気だ。

 だが、臨場感があった方が良さそうだな……。

 一度告白し、今も追いかけていそうな如月を彼女と見たててやってもらうとしよう。



「如月……ちょっと手伝ってくれ」

「え! なに!?」

「むう……!」

「お前は膨れるな。とうとう林檎になるか? エデンの果実となるか?」

「……わかったあ!」



 納得いかないながらに、林檎は返事をする。

 そして如月が俺の元へ嬉しそうに来る。

 何故嬉しそうにルンルンと鼻歌を刻んでいるのか、全く分からないが大人しいから良しとする。



「ちょっと先輩の彼女役をしてくれないか?」

「……ええ」

「嫌と言うならーー」

「や、やるけど!? やりますけど!?」

「……う、うん」



 逆ギレされた。胸を二回殴られた。



「じゃあ先輩、如月を守るつもりで」

「は、はい!」

「演技を入れるか……何だよお前彼氏か? やるのか?」



 我ながら下手な演技である。



「やってやるよ」

「へえ、なら俺を止めてみろ!」



 まるでダサいヤンキーのような台詞を吐いて、俺は飛び込んでいく。

 そしてーー


「ーーはっ!!」



 先輩は見事に、俺の教えた通りに投げた。

 流れの中だと完璧な背負い投げの形だった。



「よっと。うん、先輩ナイスです!」



 受け身をとって転がり、立ち上がる。

 先輩は嬉しそうにガッツポーズして、また深々とお辞儀する。



 これで面倒事は終わってくれるだろう。

 背負い投げ一つ覚えておけば、喧嘩になっても使える。

 あんまり、ヤンキー同士の争いに使われたくはないが……武道に身を置いていた俺としては。



「じゃあこれくらいで……」

「先生! 明日は!?」

「……あ、明日!?」

「はい!」



 まだ続くの? この感じ? 



 俺は如月に助けを求める。

 しかし、如月は顔を逸らすとスカスカの口笛を吹きながらベンチへ戻っていく。



「もしかして明日はーー回し蹴りとかですか!?」

「あ、ああ……う、うん? 回し蹴り……ですかね」



 ……ああ、終わった。

 俺は先輩が卒業するまで、あれよこれよと近接戦闘向けの体術を伝授することとなりそうだ。



 あくまで予感でありながら、それが現実となりそうで、俺は三人を連れて先輩と別れた後すぐに未央ちゃんに助けを求めるしかなかった。



 馬鹿二人に助けを求めるわけにはいけないーー



 あの二人なら、確実に暗殺向けの体術を伝授すると悟れてしまったのだった。

先輩はヒロインじゃないですからねっ!?

モブ史上最強主人公=物理的に最強をしたかったんです! BL展開が欲しいって……?←(その展開希望の方は教えてください! 参考にします!

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