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3 林檎は認めないその1

 放課後になると、やはり空はいつも通り夕陽が登って赤褐色の演出に落ち着く。



 退屈、憂鬱、不満、ストレスばかり積もる学校での約半日の終わりにホッとする。

 学生鞄に荷物を詰め、席から立つと丁度電話が掛かってきた。



 スマホをポケットから取り出す。

 ーー林檎からの着信か。

 電話番号が両親と妹の三人のみの登録しかされていないから、電話番号の末尾を見るだけで誰か分かってしまう。



 この電話が掛かってきた瞬間が、悲しい現実と直面している時だ。

 SNSをする必要がない俺は、電話で済む程に連絡相手が少ないのだからーー



「ーーもしもし」



 悲しい現実を受け止めながら応答する。



『お兄ちゃん? 学校終わったでしょ?』

「終わったけど……」

『人生も終わったみたいな口の重さだけど大丈夫?』



 心配されなくとも、生まれた時から俺の人生は終始終わっている。

 それをちゃんと受け入れて生活をしている。



「大丈夫大丈夫。どうした?」

『カレーに入れる林檎を買ってきて欲しいの』

「お前の汁でも入れたら良いだろ? 同じ林檎だし」

『冗談だとしても酷いよお兄ちゃん! とりあえずお願いね!』



 怒鳴られた俺は、スマホを耳から遠ざけた。

 次には通話を切られ、帰りに林檎をスーパーで買っていくことが決まった。



 俺も人間だから、拒否権があるはずなのだがーー



 妹とは、常に勝手な存在だ。

 だがそれが可愛かったりしたりする。



「和樹、一緒に帰らないーーかな?」

「俺と? いやあ……悪いんだけど俺、帰りにスーパー寄って帰るから」

「私もスーパー寄って帰るから、だからだめ?」

「……」



 電話の内容を聞いていたようだ。

 スーパーに寄って帰る用事は俺と同じで、それと多分家路が分からないから送ってもらいたいのだと察して、



「分かった。じゃあ、帰るかあ」



 快くーーいや、ボランティア精神を働かせて一緒に帰ることにする。

 用事が一緒なら、断る理由はなかったーーなんて、本音は仕舞っておく。



 ♡



 まるで同棲カップルが如く、買い物に来ているおば様方に「まあ! 若いわね〜」などと小声で言われ、如月は頬を赤くしている。



 俺は全く気にしていないが、如月のように普通の思春期の女子であれば恥ずかしかったりするのかもしれない。



 思春期が、中学一年生の一年間で綺麗に終わった俺としてはおば様方の良くある勘違い程度にしか思わない。



「とりあえず、別れるか。俺、林檎買いに野菜売り場へ行くから如月はーー」

「ううん、着いてくから気にしないで」

「……そうか?」



 如月は頷き、着いていくと言ったそばから先に売り場へ向かっていく。

 俺が着いていく形となってしまった。



「林檎は、艶と赤みの良い物を選ぶと甘くて美味しいよ」

「へえ〜」

「それと、ヘタが裂けていない、真っ直ぐピンと立っている物を選ぶと傷ついていなくて新鮮だよ」

「林檎一つくらい、俺だったらポイッと取って適当に買ってるよ。じゃあそれを踏まえた上で、どれが良いんだ? クリケロ(クリスタル&ケルベロス)のように赤過ぎる林檎みたいなのが良いってことか?」



 俺はゲーム内アイテムに例えながら、林檎を目利きしてみる。

 すると、横から手が伸びて来て如月が一つ林檎を手に取った。



「これが赤過ぎる林檎だよ」

「じゃあこれにする」



 ーー俺も単純だ。



 ゲーム内アイテムに似た、赤みが強く、艶のある如月の選んだ林檎をカゴに入れる。



「さて、次は如月のーー」

「私はお惣菜を適当に買うだけだから、選ぶ必要ないよ? 先にレジ行ってて」

「……なあ、夕飯うちへ……食いに来たら?」



 俺は如月の肩に手を置き、真剣に夕飯を誘う。

 お惣菜を適当に買って、それが夕飯だなんて想像しただけで俺だと寂しくなる。



 家庭環境について、聞くつもりは一切無い。

 だが、聞く必要がないのもまた事実だ。

 聞かなくても分かるーー



 如月は家に帰ったら、一人だ。



「うちでゆっくり夕飯食べて、少しPCでゲームでもしてから帰ったらどうだ? 林檎はカレーを多く作り過ぎる癖があるから、余るし」

「……良い、の?」

「うん」



 俺に振り向き、首を傾げた如月に頷く。



「だから金使わんと、ゲームの課金に回すとかさ? どうせ、家に帰っても親居ないからお惣菜買うんだろ? なら、親居なくて飯が無い時は……うちに来たら良いだけだし。美味いぞ、林檎の飯」

「分かった、じゃあーーお邪魔します」



 素直でよろしい娘様なことでーー



 うちに来ることが決まり、林檎だけ買って帰ることした。



 ♡



「ただいまー」

「お兄ちゃん! おかえり! 聞いて……」

「初めまして。和樹さんと清き交際をさせていただいています、如月沙苗と言います」



 俺は分かってしまった。

 林檎が案外、弄りやすいキャラクターであることを見抜き、わざと誤解を生ませているとーー



 林檎は、俺が女子を連れてきたことに絶望的な表情をした。

 それは多分ーー兄に何故彼女ができたのか。

 ゲームばかりし、モブ史上最強の空気扱いを受ける俺を良く知っているからだろう。



 ありえない、何だそれ、意味不明ーー



 俺自身、何だこれ……意味不明だから余計だ。

 如月は彼女でもなければ、今日知り合ったばかりの清きも汚れもないただのクラスメイトなのだから。



 ただ一つ言えるのはーー俺を認識できる謎の人物であること。



「ーーお兄ちゃん……これは? 悪ふざけ?」

「むしろこれを悪ふざけ以外に、お前は何を思う」

「あ、あのう……彼女さん、何ですか? そうなんですか!?」

「はい、彼女です」



「ーーお前は黙っておけ!」



 林檎の入った袋で頭を叩いて黙らせる。



「お兄ちゃん……?」

「……勘違いしたら、負だこいつには」



 俺は沙苗を連れて、リビングへ入る。

 後から追いかけるように入ってきた林檎は、頬をふくらませる。



 林檎は怒ると頬を膨らませる傾向にある。

 まだ勘違いしてるようだが、そのうち林檎にもすぐ分かる話だと放置する。



 林檎に林檎を渡し、コーヒーを淹れた俺は沙苗とテーブルに向か合う形で形で座る。

 横目に頬を膨らませながら林檎を擦る我が妹を見ながら、何となく沙苗へ話題を振る。



「なあ、いつもああしてたとか?」

「え? うん……まあ」

「健康に悪いだろ?」

「……うん」



 沙苗が頷くと、



「ーーガブッ!!」



 キッチンから、何やら硬い物を齧る音が聞こえ顔を向けるとーー

 林檎が林檎を齧って共食いし、強い視線を俺に向けていた。



「……そのための林檎だったのか」

「激辛にしてるうううう!!」



 擦っていたはずの林檎を全て食べてしまうと、激辛宣言する我が妹様。

 兄妹ながら恐ろしいと感じる、狂気に満ちた宣言だった。



 ♡



「……」

「……」



 ご飯を食べ終えたと同時に、人生も終えた俺達は静かだった。

 終始無言ーーいや、終わりのない無言に、互いに汗をダラダラと垂らしながら静かな流水の音を聞いている。



「お、おい……先に出ろよ如月」

「い、いや……よ。私はお風呂が好きなの」

「俺も風呂が好き過ぎるんだ。良いから出てくれ……まだ体を洗っていない」

「なら……その貧相な体を見てあげるから、早く洗って出たら?」

「……いやいや。なら俺がお前の髪を洗ってやるから、それ終わったら出てけ。先に体洗っただろ?」

「……じゃあ体洗ってあげるから出てく?」

「……いや、自分で洗うから……」



 狭い浴槽に向き合いながら、一緒に風呂へ入る俺達を他人が見れば同棲カップル。

 だが、事実上はただのクラスメイト。



 俺が服を脱いでいると、何も知らずシャワーを浴びに来た如月と脱衣所でばったり合った。

 そこへ、またまた何も知らずシャワーを浴びに来た林檎に見られーー怒鳴られ、一緒に入っていろと風呂場へ蹴飛ばされた。



 俺が出ることもできたが、風呂だけは譲れない。

 筋肉面の疲労は風呂でしか落とせないからだ。

 如月に出てもらえないか交渉したが、頬を赤らめながら頑なに拒否されたのだった。



「なあ……お前俺と入ってて平気なのか?」

「平気……だけど? お、男と入るのなんて全然余裕」

「いや、むしろ余裕無さそうなんだけど……」

「よ、余裕ですけどおお!? じゃ、じゃあ和樹は……どうなの?」



 呼び捨てとタメ口になってから、口調まで変わり強気女子高校生の素顔である。



 最初は優等生ぶっていたが、タメ口になったら馬鹿っぽさが際立っている。

 だがこっちのほうがーー生き生きしているとは思う。



 さて、答えてあげるとしようーー



 如月の問にーーそれはそれはとても塩らしく。



「お前の体見ても興奮もしねーし、別にドキッともしない」

「…………」

「何なら、小さい子供のように股の間にお前を挟んでやってもーー」

「ーーこ、興奮しないでよ?」

「……地雷踏んだわ、マシでしますか?」

「わ、私は恥ずかしいんだけどあんたに負けたくないの! 黙って私を股に挟んでて」



 まさかの冗談が聞かないーー馬鹿だった。




「……何してるの?」



「「ーー!?」」



「アッハハハ……面白いね! ちょっとそのまま二人居てね? ホームセンターで生コン買ってくる」



 そして勘の良い妹に見られていた。



「ま! 待てええええ!! ホームセンターに生コンはーー」


「ーーじゃあ柿谷さんに貰うっ!! 私が帰ってくる前に浴槽から出たら……生コンじゃ済まないから」


「お、落ち着いて妹さん? 生コンだけでも十分人は殺せるのよ!?」


「……なら清水さんのところからデンキウナギ買ってくるーーいってきまああああすっ!!」



 元気良く飛び出していく妹だが、俺達は突っ込むしかできないーー




「「それこそ売ってねええええ!!」」



更新があ……ごめんなさい!!

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