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ミッション準備

 ◆


 俺は奥から手を上げて、ミーシャを部屋に迎え入れた。


 ミーシャとはキャンペーンで知り合った仲だ。と言っても味方としてでは無く、いつも敵同士としてだが。

 最初の戦いでは、俺は日本側、奴はロシア側で北方領土上空の航空優勢を奪い合った。次に会った時、俺は中国の人民解放軍の一員として、奴はロシア側で中露国境上でのつばぜり合いだ。

 三回目はウクライナ紛争を発端にした欧州連合軍vsロシア軍の戦いで、俺は欧州側、奴は当然のようにロシア側だった。


 つまり仮想世界の戦いでもミーシャは常にロシア側でしか戦わない。そして乗機はいつでもスホイな律儀な愛国者だ。

 ちなみに俺との対戦成績は、6対4。つまり俺の勝ち越しだ。もっともミーシャはそんなのは誤差の範囲だと主張するだろうが。


 奴は、ずかずかと部屋の中に進むとテーブルを挟んで俺の対面に腰を下ろした。


「良く来たな、ミーシャ。メンバーを紹介しておこう。今ドアを開けたのがアミュレットで俺と同じF-16(ファルコン)に乗っている。隣に居るのがスキニーでF-15(イーグル)使いだ。リアル国籍は二人とも日本になる」

 アミュレットは軽く頭を下げた。スキニーは、ふふん、こいつがアレか……と言う感じで見ている。


「俺はミーシャ。ロシア人だ。メインの機体はSu-27(スーシュカ)……ヴァイパー、細かな紹介は後でいい。お前の送って来たミッション概要には目を通した。だが俺はまだ参加を決めた訳じゃ無い」


「そうだったな。条件は会ってから決める約束だった」


「参加費は300ポイント。それ以上は払わん。獲得ポイントは山分け。条件をのめなければ俺はこの場で立ち去る」


 さっそく報酬の交渉だ。だが腕前はともかくこいつはゲームで食っているプロでは無い。

 対して俺はプロだ。そうそう素人のいいなりになるつもりは無い。


「参加は無料でいい。但しポイントの山分けは無理だ。勝てれば日本円で100万円を払おう」


「分かってないな。俺は山分けでなければ立ち去る……と言ったんだ」


「それは残念だ。まあこういうこともあるってことだな……後で100ポイントを送っておく。呼び出しにつきあってくれた礼だ」


 きょとんとするミーシャ。止められると思ったんだろう。

 足下を見たつもりが、そのアテが外れたのだ。


「本当に帰るぞ」


「止めてないが」


「人が悪いな。150万にならないか?」


「無理だ」


「今、俺が帰ったらメンバーが集まらないぞ。お前だって困ってんだろう?」


「舐められたもんだな。俺の通り名を言ってみろ」


 “デフォ使いのハイエナ”。この呼び名は、俺がハイエナのごとく金にがめついことに由来する。ついでに言えば“デフォ使い”の意味は俺の機体が、無料配布のF-16――デフォルト装備だからだ。

 大抵の奴らは俺が金を惜しんでデフォ機体をそのまま使っていると思いこんでるが、さすがにそれは違う。俺は子供ガキの頃からF-16が大好きだった。親父がまだまともだった頃、 よく一緒に三沢の基地祭りで米軍のF-16を見に行った。子供時代の数少ない楽しい思い出だ。


 ミーシャはハーッとため息をついた。


「……もういい。わかった。降参だ。ハイエナ相手に価格交渉しようとした俺が間違ってた。100万円でいい」


「お前を歓迎する。ようこそチームへ」


「……で俺の役割は?」


「8機構成の護衛隊編の隊長を任せるつもりだ。文句はあるまい? と言う訳で残りのメンバーに関しては自分で集めてくれ。よろしく頼む」


「おい待てよっ! 残りの人捜し、全部俺に押しつけようってのか?」


「自分の編隊なんだから当然だろうが。それとも、俺の同業者どもを押しつけられたいか? 悪いことは言わん。それだけは止めておけ……タダで人を集めろとは言わん。一人ごとお前へのリベートとして10万払おう。もちろんパイロットへの報酬100万は別に払う」


 ミーシャは少し考え込んだ。「その100万の報酬は、俺がまとめて受け取っていいか? 自分のチームのパイロットには俺から払う」


 やはり、そうくるか。ミーシャはパイロット達への報酬を中抜きして儲けたいのだ。


「お前に任せる。こっちはメンバーさえちゃんと集めてくれるなら文句は無い」


 ミーシャの顔がかすかに輝いた。「分かった。これで契約成立だな」


「全ては成功報酬だってことを忘れるな。ミッションに負ければゼロだ」


「もちろんだ。心配するな。来れそうな奴のアテもある。腕も問題無い」


 ミーシャには、ロシア空軍パイロット同士のツテがある。奴と同じようにこのゲームでこずかい稼ぎをしているパイロットたちだ。腕の方は信用していいだろう。

 俺は内心ほっとする。何とか足下をみられずにメンバーを集められ。予算も想定内に収められた。


「問題があるとすれば、何で俺が自衛隊の側で戦わなきゃならんのか……ってとこだな」


「PvP(対人戦)じゃ無くて、対AI戦なんだ。細かいことは気にするな」


「俺の信条に反して日本側で戦うんだ。プラスで50万円、何とかならんか?」


「却下だ」


 さっきから、部屋の隅でスマホでボソボソと誰かと話していたスキニーが突然、大声を上げた。


「喜べヴァイパー。決まったぞ!」


「何がだ?」


「もちろんパイロットだ。今すぐお前と話をしたいそうだ」


「知り合いに声をかけたのか……どのロールを割り振った?」


「ほらよっ。話せば分かる」


 奴は端末を投げてよこした。ニヤけた表情が気になる。

 悪い予感がした。


「ハロー、ハイエナ。あんたにしては素直な話よね」

 女の明るい声が耳元で響いた。


「その声は……まさか。お前なのか?」


「そうよ。私よワタシ。クリスナイフ。スキニーからあんたがさっきの無礼を謝りたいと言ってる……と聞いたのだけど?」


 やけに嬉しそうな俺の天敵、AWACS乗りのクリスナイフ。

 スキニーはニッコリ微笑んで俺にウィンクをした。

 この男とは、後でじっくり話し合う必要がありそうだった。


 ◆


 日本時間で夕方の17時からミッションを始めることを決めた俺たちは、一度自分たちの現実世界に戻ることにした。ミーシャだけはずいぶん前に仲間を集めるためログアウトしている。時間的にはギリギリだろうが奴のことだ、なんとか残りのメンバーを集めてくれるだろう。ミーシャにとって今回の報償金は魅力的なはずだ。


 俺はログアウト・シーケンスを完了し、VRヘッドセットを外した。狭苦しい自室のベッドに戻った俺は、壁の時計を確認する。もう昼に近い朝だ。

 こういう時に備えストックしておいたカップラーメンをたいらげてから、数時間の仮眠をとることにする。


 寝る前にハニービーとグラスホッパーには緊急メッセージを送る。奴らは何を置いても駆けつけてくるだろう。あいつらの腕は把握してるし、よく一緒に飛ぶから連携にも問題は無い。戦闘前に少しだけブリーフィングすれば十分だ。どうせ開示されている情報は最小限であまり悩むことは無い。プレイヤーの状況対応能力がクリアの鍵と成るはずだ。


 目が覚めた俺は、一杯水を飲んでからヘッドセットを身に着け仮想世界にダイブした。

 ミッション用の特別なボールトに着いたとき、すでにほとんどのメンバーは集まっていた。知っている顔と知らない顔。知らない顔はミーシャとクリスナイフが集めた護衛隊と攻撃隊のメンバーだろう。


「遅いわよ、ハイエナ」とクリスナイフ


「護衛隊の他3人は何とか集めたぜ」とミーシャ


「こっちも攻撃隊の8人は全員集めたわ。感謝しなさいよね」


 俺は、奴らが連れて来た初対面のパイロット達に軽く挨拶をした。「よく来てくれた。今日はよろしく頼む」


「噂は聞いてるぜ“デフォ使いのハイエナ”」ミーシャが連れてきた一人が俺を睨み付ける。


「そいつは光栄だ」


「今度俺とサシで勝負しろ」


「それを望むなら、ミッションで自分の力を証明してみせろ。あんたが十分強いなら俺は挑戦を受けるかも知れないぜ」 本音を言えばそんな勝負をする気は全く無い。


 執事のようなひげを生やしたアバターが俺に挨拶をした。こっちはクリスナイフの知り合いだ。

「ノーマンと申します。クリスお嬢様がいつもお世話になっております」別に俺は彼女の世話などしていない、と答える代わりに俺は曖昧な笑みを浮かべた。我ながら自分で考える以上に大人な振る舞いも出来るようだ。


 グラスホッパーが挙手した。

「僕の取り分の相談です」


「……報酬は伝えた金額のとおりだ」


「またまた、ご冗談を」


「文句なら後にしてくれ。今は忙しい」


「文句じゃありません。重要な商談です」


 ハニービーが割り込んだ「グラスホッパー、止めなさいよ。もう時間も本当に無いし。でもハイエナ、報酬はこのままでいいから、あたいの借りはチャラにして。それぐらいはいいでしょ?」


 しょうがない。俺はうなずく。


「では、僕の借りも」


「お前は駄目だ。どんだけ俺に借りがあると思ってるんだ?」


 グラスホッパーはため息をついて席に座り直した。

「いいです、いいです、分かりましたよ。うまくやられた気がして悔しいですが」


「では、さっそくブリーフィングに入らせてもらう」


 俺は指揮官用の卓に歩み寄り、スクリーンを作動させた。

 あまり指揮官面をするのは好きではないが、今回はしょうがない。俺は参加メンバーの顔を見回す。


「俺はヴァイパー。今回のミッションのゲームオーナだ」


 地図を投影し作戦の説明に入る。目標の優先順位と侵入経路、各隊の攻撃のタイミング。予想される敵の反応とこちらの対応。例外状況の対処方法を一気に説明する。

 そして最後に全体の指揮権をAWACSのクリスナイフに委譲する。戦いが始まれば俺に指揮をする時間は無いし、SEADの一員である俺が最後まで生き残る確率も高くない。

 AWACSは戦況を俯瞰出来る安全地帯で、最後まで生き残って管制するのが仕事だ。


「任せなさい。負ける気はしないわ」クリスナイフは不敵に微笑んだ。


「攻撃隊の投入タイミングには注意してくれ。勝負はそこで決まるだろう」


「自分こそ、ポカしないように気をつけなさい。敵戦闘機がうじゃうじゃ生き残って、こっちのせいにされても困るわよ」


 俺は肩をすくめると皆を見回した。「そろそろいくぞ。用意はいいな?」

 皆がうなずくと、俺はコンソールでシステムを呼び出した。


 “しばらくお待ちください。現在、戦闘空間の生成中”とメッセージが空中に表示される。


 人間同士で戦うキャンペーンとは異なり、対AI戦であるミッションは始めるのが楽だ。基地から飛び立つ必要も無い。


 “開始 5秒前”の表示。カウントがゼロになった瞬間、俺は愛機F-16で戦闘空域を飛んでいた。


 以下が今回の部隊の最終構成になる。

 ***


 日本国自衛隊


 AWACS(コールサイン:ブルーホエール)

 機長:クリスナイフ E-3セントリーx1


 ECM隊(コールサイン:ジェリーフィッシュ)

 パイロット:ハニービー 機種: EA-18Gグロウラーx1


 SEAD隊(コールサイン:ソードフィッシュ)

 編隊長:ヴァイパー、僚機グラスホッパー、副長スキニー、僚機アミュレット 機種:F-16ファルコン x2、F-15Eストライク・イーグル x2


 護衛隊(コールサイン:バラクーダ)

 編隊長:ミーシャ 機種Su-27スーシュカ(NATO名:フランカー) x4


 攻撃隊(コールサイン:スーパードルフィン)

 編隊長:ノーマン(クリスナイフの知り合い) F-15E ストライクイーグルx8


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