反対者
◆
俺の追放に反対する二名の出現にビショップの顔が歪む。そして吐き捨てるように言う。
「余計なお節介は自分の身を滅ぼすぜ。お前らこいつの仲間か?」
「仲間では無い」 「仲間じゃないわ」
見事にハモる見知らぬ男とクリスナイフの声。男は言う。
「少なくとも今はな……だが俺はこいつに出て行かれると困るんだ」
「金でも盗まれたか? 女でも取られたか? いずれにしろ諦めたほうがいい。こいつを庇うってことは、俺の敵に回るってことだ」
その男はビショップの脅しを無視した。フランクを睨む。
「約束が違うな、フランク」その痩せ型のアバターには妙な貫禄があった。「ヴァイパーがいると言うから俺はこのチームに入った。奴が抜けるならこの話は無しだ」
いや……たしか。俺は思い出す。
俺は確かこの痩せた男と対戦したことがある。使用機体は……F15イーグル。名前は……そうだ、スキニーとか仲間が呼んでいた。
フランクは面白くなさそうに答えた。
「そんな約束をした覚えは無い。お前がチームに入ったのはすでに決定事項だ。出て行くと言うなら覚悟することだ。俺の力を使えば、他のチームがお前を受け入れないようにすることは可能だ。二度とキャンペーンに参加できんぞ」
「ねえフランク。私の話も聞いて。戦域指揮官として言っておきたいことがあるわ」
「クリスナイフ、お前もか……まあいい、言って見ろ。手短にだ」
俺は出てきた笑いを噛み殺す。フランクもクリスナイフには弱いのだ。彼女の乗機はAWACS E-3セントリー。持ってるだけでポイントをバカ食いする金持ち御用達の機体だ。そんな誰も使いたがらない(少なくとも貧乏人は)機体オーナーは貴重な存在だ。AWACS無しの貧乏チームと嘲られたくなければ、フランクも彼女をむげに扱うことは出来ない。
「余計な真似すんな、AWACS乗り。お前ヴァイパーのアレか何かか?」
クリスナイフは怖い顔でビショップを睨む。そして俺を指さした。
「私はこの男の恋人でも何でも、友人でさえ無いわっ! 私はただ事実を言っておきたいだけ。この男――“デフォ使いのハイエナ”が戦ってた相手は“チェコの狂犬”よ。ワールド・ウォー・オンライン史上、最強であり最凶の化け物。あんただって名前くらい聞いた事あるでしょう? ハイエナに足止めされてなかったら、あんたの部隊、一瞬で壊滅してた…………ねえフランク。あなたも本当は知ってるんでしょ?」
ビショップは少し怯んだように見えたが、すぐ調子を取り戻した。
「そんなの知るか。だいたい大げさだぜ。こいつが互角に戦える相手なぞたいした奴のはずがねぇ……そういやお前、なんでこの男のことをハイエナって呼ぶんだ? 意地汚そうな奴だからか?」
「そうね。そんな感じよ。この男の通り名は“デフォ使いのハイエナ”。性格最低の貧乏プレイヤー。ポイントにがめつく、損すればギャーギャーわめくせこい奴。無料配布のF-16を平気でキャンペーンに持ち込む貧乏人よ。だけど、だけどね。この男、腕の方は――腕だけは」
クリスナイフは悔しそうに言葉を飲み込んだ。一体こいつは誰の味方だ? 俺の悪口、言いたいだけじゃないのか?
スキニーが後を繋いだ。
「腕の方は……ランカークラスだ。しかも最上級クラスの。そいつは俺が保証する。実際、この男はランク1を喰ったことがあるからな。非公式戦の話だ」
「ランク1を……負かした? でたらめ言うな。こいつがそんな……」
「事実だ」 スキニーは笑った。「なんせ喰われたランク1ってのは俺のことだ。だいたい、こいつの機動を見て強さも分からんのか? 話にならん」
この男がランク1? ってことは大会の優勝経験者……そうか。
そう言うことか。間違いない。こいつは“狂犬”が出てくる前の優勝者、イーグル使いのスキニーだ。数年前にゲームから引退したと聞いていた。だから俺は気がつけなかったのだ。
「ビショップ……ヘマをやったのはあんたの方。あんたはハイエナが稼いだ時間を有効に使えなかった。SEAD(敵防空網制圧)なんだから多少の危険は顧みず突っ込むべきだったわね。だいたい戦闘中にろくすっぽ私の指示、聞いてなかったんじゃないの」
「……う、うるせえ」
「ハイエナもハイエナよ。あの時、何で早く私に報告しなかったの? 相手が“狂犬”だってこと、スキニーが教えてくれなかったら私も気がつけなかった。もっと早く知ってれば増援が間に合ったかも知れない」
「増援? 余計なお世話だ、クリスナイフ。“狂犬”とまともに戦えるのは俺しかいない。やみくもに集まられても迷惑だ。獲物をわざわざ献上するようなもんだからな。だいたい俺はそいつが攻撃位置につくまでの15分、ちゃんと時間を稼いだ。文句を言われる筋合いは無い。言いたいことがあるなら、そこのヴァカども――ビショップたちに言え」
「……そんなんだから、あんた嫌われるのよっ! 戦いはみんなでやるものなの。“デフォ使いのハイエナ”って言えば嫌われ者の代名詞じゃない。悔しくないの? 損してると思わないの? あんたはいつもそう。だいたい、私達が初めて会ったあの時だって……」
フランクが不機嫌そうに眉をしかめた。
「クリスナイフ。感情的な意見は不要だ」
「わたしは……感情的なんて成ってないわ」
「成っている。ギャーギャー喚くのはそこまでにしておけ……まあいいだろう。俺の気は変わった。ハイエナを追い出すのは無しにしてやる。そろそろ夕食の時間だ。今日はこれで解散としよう。最後に結論だけを言っておく」
フランクはビショップをはじめヴァルチャー1のパイロットたちを指さし笑みを浮かべた。
「無能なゴミども。お前達にチームの席は与えられない。二度と俺の前に現れるな」
真っ青に成ったビショップと仲間のパイロットたち。まあフランクにしては妥当な判断だ。
「待ってくれ、フランク。誤解だ。こいつら口裏を合わせて俺たちを……」
フランクはビショップの存在を無視する。
そして、とってつけたような笑顔を俺に向けた。気持ち悪い。吐いてもいいか?
「ヴァイパー、残れて良かったな。おめでとう。だがお前を追い出そうとしたのは俺の本心だ。お前はミスを犯した。自分の腕だけでチームに居られると思っているなら大間違いだ。次に追い出されるのは貴様かもしれん……警告はした。教訓を生かすか無視するかは貴様次第だ」
「俺はミスなど犯していない。あんただってそれを認めただろうが」
フランクはもう一度、気味の悪い笑みを浮かべるとそれ以上俺の相手はしなかった。皆の方へ顔を向け、ミーティングを締めくくる。「次のセッションは来月の三日だ。遅刻は絶対に許さん。以上だっ! 解散っ!」
「これで終わったと思うなよ。この礼はする。楽しみに待ってな」
ビショップが出て行こうとする俺の後から捨て台詞を吐くが、気にもとめなかった。
嫌われるのも恨まれるのも俺は慣れている。