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追放

 ◆


 俺はため息をついた。戦闘結果は満足いくものでは無かったのだ。

 ここは厚さ数十センチの鋼鉄製の二重扉に守られた地下室の中。ボールトと呼ばれる区画で会議室やコンピューター室など、作戦立案に必要な設備がまとめられている。もちろんここも現実の世界では無く、仮想世界の一部だ。

 周囲にはけわしい顔のプレイヤーのアバターたち。さっきまで一緒に戦っていた味方のメンバーたちだ。もっとも俺は、彼らに対して仲間意識とかそういう面倒な感情は一切合切いっさいがっさい全く持って無い。キャンペーンへの参加にはチームへの加入が前提となるので、嫌嫌いやいや入っただけだからだ。あまり多くの人間と絡むのは好きじゃ無い俺がチームに入ったのは端的に言って金のためだ。キャンペーンでは少人数戦より大きな金が動く。


 だがそれもこれも負けたのでは話にならない。


 今回の敗因は、俺と僚機のパイロット――アミュレットと言う俺の女弟子だ――のせいではない。他の奴らに足を引っ張られた。ヘマした奴は大勢いたが、とりわけ酷いのがSEAD隊のヴァルチャー1だ。そいつの為に俺の努力は全て無駄になった。


 チーム戦はこうなるから嫌なのだ。いくら頑張っても、必ずヴァカとヴォケが現われてこっちの足を引っ張ってくれる。もし少人数戦で大規模キャンペーン並に稼げるなら、俺は絶対にチームに入ったりなぞしない。

 アミュレットは落ち着かない様子で周囲を見回している。彼女はこの種のキャンペーンに初参加で、戦闘後ミーティング――デブリーフィングと言う――に出たのもこれが初めてだ。


 これから始まるのは責任の押し付け合いだ。一体誰のせいで負けたのか? 犯人認定されれば、チームから外されキャンペーンには出れなくなる。それがここのルールでありオーナーの方針だ。

 “仕事の出来ないゴミは俺のチームに不要だ”ってのがそいつがよく使うセリフだ。奴の自室にはデカデカとその文句が張ってあるに違いない。


 そのオーナーの名はフランクと言う。一言で言えば嫌な奴。長々と言って構わないなら“人を支配することに生きがいを感じているパワハラが服着て歩いてるような男”だ。フランクは太り気味のどっかの重役みたいなアバターを使っていて、いつも不機嫌そうにしている。

 お近づきになるのは極力避けたいタイプだが、評判の悪い俺(と言ってもフランクほどじゃ無いぜ)をチームに入れてくれるオーナーなんて奴くらいしかおらず、えり好みが出来る立場では無かった。


 厚さ数十センチの鋼鉄製二重扉に守られた区画で、ウダウダ責任の押し付け合いは正直鬱陶しい。どうせゲーム内の仮想世界なんだから、陽光溢れる綺麗で見晴らしのいい高層階で、コーヒーでも飲みながら次の休みをどう過ごすかとか愉しい話をしたいものだ。

 そんな妄想に浸りながら、クソつまらないミーティングなぞ早く終われっ!と解放されることだけをひたすら祈っていた俺には隙があったようだ。例の第1級戦犯候補のヴァルチャー1が、責任を押しつけられそうな“生け贄の山羊”を探していたのだ。運が悪いことに(向こうにとって)そいつは俺に目をつけた。

 俺はこのチームに入って間もない。責任をおっかぶせるのにうってつけと思われたらしい。


「お前。ヴァイパーとか言ったな――お前とそこの女が手間取ったせいで俺たちの攻撃が遅れた。なあ、みんなそう思うだろ?」


「ああ、そのとおりだ、ビショップ。貧乏くせえ戦闘機乗りやがって。無料配布のデフォ機体、F-16なんか持ち出して一体何する気なんだよ? せめてF-15くらいポイントで買えや。無課金自慢なら他でやってくれ。本当、そういうの迷惑なんだよ。貧乏人」


「たかが一機のSu-27にグタグタと時間かけやがって。お前の腕じゃカジュアルプレイがお似合いだぜ」


 バルチャー1のプレイヤーたちが集団で俺にがなりたてる。俺は苦笑いを浮かべた。こいつら“筋金入りの”NOOB(初心者プレイヤーの蔑称)だ。俺はここでは新入りだがここ以外ではそうじゃない。


「何をわらってやがるっ!」


「責任をかぶせようとしても無駄だと思うぜ。こっちは自分の仕事はした。どっかの無能と違ってな」


 だが周囲のバルチャー隊のメンバーが奴に加勢する。

「俺たちのことを皮肉ってるつもりらしいぜ、ビショップ」


「女の前だからって無駄に強気は恥ずかしいぜ」


「ヴァルチャー隊も舐められたもんだ」


 俺はせせら笑う。「雑魚だって言う自覚はあるようだな。まるでチンピラのロールプレイだ」


 だがこいつらは予想以上に短気だった。

 いきなりビショップと呼ばれた男が俺の胸ぐらを掴む。


「このキャラは30%のSTRボーナスだ。貴様の貧弱なアバターとは違うんだ。どうだ? 苦しいか」


 ビショップが俺の襟で喉を締め上げる。

 反撃しようにも俺のアバターはパイロット特化タイプだ。この筋肉お化けには通用しそうにない。アミュレットが慌てて駆け寄ろうとするが、俺は片手をあげて制止した。


「攻撃機乗りが……STR強化かよ」


 俺は足を蹴り上げだ。ビショップは悲鳴を上げてうずくまる。狙ったのは金的だ。それくらいのハンデは俺が許す。NOOBどもが血相を変えて俺を取り囲む。みな空を飛ぶより銃剣での戦いが得意そうなタイプだ。それが三人。まさか全員大人しく急所を蹴らせてくれはしまい。


 アミュレットが助けを求めるようにフランクの方を見る。

 黙っていたフランクが立ち上がった。


「ヴァイパー、いいかげんにしろ。俺の目の前で暴力ざたとはいい度胸だな」


 俺かよ。


「怒る相手が違うだろ。これは正当防衛だ。それに余計なモノは潰しておいた方がこいつのためさ。どうせ使い道は限られている」


「黙れ。下品なジョークは許さん」


 俺はわざとらしく肩をすくめてみせた。

 よろよろとビショップが立ち上がる。「フランク、お願いだ。一回だけこいつを殴らせてくれ……俺の大事なとこを蹴りやがった」


「お前も黙れ、ビショップ。すぐ席に戻るんだ」


 ビショップの仲間達は気まずそうに自席に戻る。俺とアミュレットも席についた。


「さてゴミども。お前らには心底がっかりだ。試合にあっけなく負けた上に、誰のせいで負けたかも決められない」フランクが言う。


 俺は言ってやった。

「誰が悪いかなんて、あんたには分かってるはずだ」


「黙れと言ったはずだ。それにしても、まるで自分と関係無いような言い草だな、ヴァイパー。残念ながら、俺は今、考えているんだ。お前のせいで負けたんじゃないかとな」


「冗談だろ、フランク」


「お前には、俺が冗談を言ってるように見えるのか?」


「フランク、確かに俺は、敵機の排除に少し手間取ったが、アレは……」


「黙れと言ったはずだ。最後の警告だ。繰り返さんぞ」


 俺はフランクの表情を見て悟った。奴は本当に俺を追い出そうとしている。

 ビショップが笑い出す。「最高だ。フランク。あんた良く分かってるぜ」


「喜んでくれて嬉しいよ。だが安心するのは早い。俺は悩んでいる。ヴァイパーか貴様か、どちらを追い出そうかとな。二人とも今回の戦いでは大きなヘマをしでかした」


 ビショップは口を開いたまま凍りつく。


「さて、どちらを追い出すべきか? いつもなら俺が決めるとこだが今回は趣向を変えよう。多数決で決めるんだ。俺は民主的なリーダーを目指しているからな」

 フランクはそう言ってニヤニヤ笑う。そして皆の顔を見回した。


「ヴァイパーを追い出すべきだと思う者。挙手しろ」


 ヴァルチャー隊のメンバーが全員、それに加えて他の奴らが5人ほど、ゆっくりと手を上げた。

 クソッ。そこの5人、後で覚えていろ。


「念のために言っておく。棄権きけんは許さない。必ずどちらかに手をあげろ」


 おずおずと、さらに10人ほどの手を上げる。俺の追放に賛成する奴がメンバーの過半数を超えた。俺はやる気を失った。こいつら、あの時何が起こったのか全く理解していない。

 それとも予想以上に俺は嫌われてるってことか? いずれにしろ馬鹿らしくて、チームにとどまる気は完全に失せた。


「出てけと言う事か? フランク」


「らしいな。この場で土下座で俺の慈悲を乞うてみるか? 一度、日本式の謝罪ってのを見てもいい」


「悪趣味だなフランク。そこまでしてお前のチームに居たいとは思わない……あばよ。悪いが今回の参加費は払わんぜ」


 何か言いたそうなアミュレットの腕を掴み、俺はボールトから出て行こうとした。だが俺の背後で声がした。


「フランク、俺は反対だ」 「私も反対よ」


 振り返ると、見知らぬ男と知っている女。女の方はソリの合わないAWACSのクリスナイフだった。どうでもいいがフランクに逆らうとは物好きな奴らだ。

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